せぶん
ガタンゴトンと電車の揺れが心地よい。乗客は少なく車内はとても静かだ。ただし私の隣を除いて。
大きな溜息が出る。なぜかというと…
「ねえねえ、夕紀ちゃん?聞いてる?俺を巡って女の子達が激しい戦いを繰り広げた話、今いいとこなんだよ~」
コイツがいるからだ。
事の始まりはさかのぼること30分。
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「わー、眩しー」
家の前で、私が太陽の光に歓声を上げていると、長谷雅が自転車で現れた。しかも爽やかに。路面がツルツルに凍って転んでしまえばいいのに。
「おっ、夕紀ちゃん!どっか行くの?まさか…この前言ってた好きな人と?」
「違うから!」
「違うのか。可愛い格好してるからてっきりデートかと」
ちなみに、今日着ている物は全部小春が選んでくれた。服の少ないあたしにお母さんがお金をくれた時に、「全身コーディネートしてみたかったんだ」と楽しそうに選んでくれた。
だから服が可愛いのはあたりまえで、問題は着ているあたしが服に見合った容姿を持っていないこと。
「違う。で、何の用?」
「暇だったからケンとどっか遊びに行こうと思って」
「お兄ちゃんいないよ。今日バイト」
「えっ!?」
携帯持ってたよね。何のための携帯なんだ。
「メールか電話で確認してから来なよ」
「携帯失くしちゃってさー」
「あはははー、ドジでしょー」と笑う。自分で隠した向日葵の種を忘れたハムスターが浮かんだ。
「とにかく、お兄ちゃんはいないから。帰って」
「えー、夕紀ちゃんは友達と遊びに行くの?」
「1人だけど」
「あ、そーかそーか」
長谷雅の顔がパッと明るくなった。嫌な予感しかしない。
にこーっと笑って長谷雅は言った。
「俺も一緒に行くよ」
「はぁ?」
聞き間違い?今、俺も一緒に行くって聞こえたんだけど。
聞き間違いだよね?誰か聞き間違いって言って。
「聞こえなかった?俺も一緒に行くって言ったんだよ」
聞き間違いじゃなかった。
「なんでそんな誇らしげなのよ。嫌にきまってるでしょ」
「そんなこと言わずにさ。せっかくオシャレしてるんだから、1人じゃ勿体ないよ」
「あんたには関係ないでしょ」
「大ありだよ。親友の可愛い妹が1人で出かけるなんて、心配じゃないかー。チャラチャラした男共がよってくるかもしれないんだぞー」
どんな頭しているんだろうか。
「大丈夫だから!心配無用です。」
「まあまあ、そう言わずに。俺、暇なんだよ。ね?いいでしょ?」
でた、子犬。これは計算なのか?
「う……あーもう、いいよ」
「やったあ!」
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というわけで、私は長谷雅と一緒に出かけることになってしまった。
「俺を巡って取っ組み合いの喧嘩したんだよ、あの子達。凄いと思わない?」
「まぁ、凄いとは思う。………こんなチャラ男を奪い合うなんて、その人達騙されてたのかな。」
最後のは小声で呟いた。
「でしょ!凄いよね~。ん、最後何か言った?」
「へ、あ、ううん。何も言ってないよ」
地獄耳ですか。
「そっか。俺の悪口言ったのかと思ったよー。俺さ、地獄耳なんだよね~」
そうだと思ったよ。
「気のせいじゃない?」
「そうかも~。あ、着いたよ。降りよ」
「あ、うん」
平日とはいえ、冬休みだから人はそこそこいる。特に若い人達、カップルとかね。
「カップル多いなー。俺たちもそう見えてるんじゃない?」
「ないから!」
カップルとかありえない。
「えー、ザーンネン」
ニヤニヤして、あたしをからかって楽しんでるんだ。
「そういえば、一緒に来たけど何か買いたい物あるの?」
「んー、特にないよ」
「無いのに来たの?」
「うん~。暇だったから~」
私はあんたの暇つぶしか。
「…あーもう。じゃあ、私が勝手にお店決めるよ、いいよね」
長谷雅にいちいち怒ってたらキリがない。諦めて、欲しい物買ってしまおう。
「もちろん。俺はデートを楽しむよ。」
「いや、デートじゃないんだけど。」
冷たい視線を送る。
「えー、違うのー?」
「違います。 」
先が思いやられる。