つー
登校ラッシュの廊下はうるさい。理由は王子が登校する時間だから。柚宇野 翔 (ゆうの しょう)は2年の中で、いや、学校中で1番モテてるらしい。
それで、あだ名は王子。自分が廊下を歩くだけで大騒ぎになることを考えて、登校時間を調節してくれればいいのに。
教室でゆっくり本を読んでいたいのに随分迷惑だ。
「夕紀~!」
朝から私に抱きついて来たのは、2年になって知り合った宮島小春。常にテンションが高いから始めは苦手だったけど、今はすっかり気を許せている。
「おはよ、小春」
「おはよ‼ 夕紀今日も美人だねっ」
ピンク色のリュックから教科書などを取り出しながら小春が笑顔で言った。
「それはない」
「あるよー。あっ、そうだ!昨日ね、山下君に告られちゃったの!」
「おっ、良かったじゃん!」
「うん!嬉しすぎて心臓ドッキドキだったよ」
「ついに恋人だね」
「うん!夕紀に直接報告したくて、学校行くの楽しみだったんだよ!」
「そっか、そっか。おめでとう」
「ありがと~!」
白い肌を興奮で赤くするほどに嬉しそうな小春を見て、私も嬉しくなった。
放課後、
「本当にいいの?」
躊躇する小春の背中をとんっと優しく叩いた。
「当たり前でしょ」
「でも…」
小春は彼氏からデートに誘われたらしい。いわゆる放課後デートというものだ。しかし、私を1人にして帰るのは…と小春の優しさが炸裂している。
「私、今日は図書室で勉強してから帰るから。気にしないで」
「………わかった。ありがとう」
「うん。楽しんで来なさい。」
なんとか了承し、山下君が迎えに来た。
「じゃあ、行くね。また明日!」
「行ってらっしゃい!」
小春に言ったとおりに図書室へ。
小春と一緒に帰れないのは寂しいけど、小春が好きな人と幸せな時間を過ごせるのならこれはこれでいい。
「なんかあたし、小春に依存してるかも」
「してるねー。小春ちゃん依存症だね」
「え?」
つい思ったことを口に出してしまい、やばいと思った瞬間、声が聞こえて振り返った。
後ろにはクラスのお調子者の沢田悠。
ついでに、小春の彼氏である山下和弥の親友でもある。
どちからと言えばかっこいい系の山下とは対照的に、小柄で可愛らしい感じ。
「今、俺の事、可愛いって思っただろ」
沢田がムスッと頬を膨らませて言った。
「わかるの?」
「あったりまえだろ。顔見りゃわかんだよー」
テレパシーですか。
「そうかそうか」
「おいこら、なに頭撫でてんだよっ」
「沢田が可愛かったからつい」
茶色い髪をわしゃわしゃ撫でる。
「可愛い可愛いって、俺は男子だぞっ。御山だってかっこいいって言われたらへこむだろ?」
「別に」
むしろ褒め言葉になるんじゃないかな。
「ふんっ、いいもん。いつか大きくなって見返してやるもんな」
「はいはい」
「バカにしてるだろ⁉」
「してないしてない。あのさ、」
「なんだ?」
「さっきから沢田がうるさいから図書委員に睨まれてる」
声を潜めて伝え、視線を本の貸し出しカウンターに向けると眉間に皺を寄せた委員の女子と目が合った。
沢田もあたしの後にビシッと睨まれたようだ。
「怖っ」
「そういうことだからあっち行きなさい。ワンコ」
「犬扱いするなー!」
「…おて」
「わ、わん」
差し出した手のひらに沢田の手がちょこんと置かれた。
「よしよし、ポチ」
「誰がポチだっ」
「ナイスツッコミ。じゃあ、あたしは勉強するから」
「おう、じゃあな」
そして、柴犬のポチはお家に帰りましたとさ、めでたしめでたし。