いれぶん
「疲れたー」
突然の来客にドタバタしながらもなんとか家の中が静かになった。長谷雅が泊まることをあっさり了承したお母さんはいつもより手の込んだ夜ご飯を作り、お父さんは上機嫌でお酒に付き合わせていた。
お父さんの世間話を笑顔で聞きながらお酒を飲む姿は普段は忘れているアイツの大人感を醸し出していた。
今はお兄ちゃんの部屋で寝ているかゲームしているかのどちらかだろう。
私は、冬休みの課題に取り組み中である。短い冬休みの間で大量の課題を消化しなければいけないのだ。
「ふぁぁー」
大きなあくびが出た。
トントン。
私の部屋のドアを誰かが叩いた。
「どーぞー」
入ってきたのは長谷雅。
「こんばんはー」
相変わらずヘラヘラしている。
「もう11時だよ?何しに来たのよ」
「んーとね、夜這い?」
ハテナマークをつける意味がわからない。
「とりあえず誰か呼べばいい?」
「えっ、冗談だって。ちょっと調子に乗っちゃった~」
ついでに、へてっ☆も付いてる。
「乗っちゃった~、じゃないでしょ!ここは女子高生の部屋なんですけど?」
「わかってるよー。ケンが寝ちゃったから暇になったんだよね」
「寝ればいいじゃん」
「今日、昼寝しちゃったから眠くないんだよ~。ねえ夕紀ちゃん、ゲームしない?」
「ゲーム?」
「うん!ケンの部屋から持ってきて一緒にしよっ」
最近ゲームをしていなかったから、少し付き合ってあげてもいいかもしれない。
「いいよ」
「やった!」
ガッツポーズをして長谷雅はお兄ちゃんの部屋にゲームを取りに行った。
「あっ、そこそこ!ジャンプ!」
「え、あ、えいっ」
協力しないと敵を倒せないゲームを、協力したことのない私達がしている。思った通り連携はバラバラ。でも、普通に楽しかったり。
「やばっ、死ぬ!夕紀ちゃんアシスト!」
「ア、アシスト?!どうすんのよー」
少ししかやったことがないゲームだから本当に下手だ。
「えと、右下のボタンを俺の近くで連打して!」
「こ、こう?」
「うんっ、おっしゃー!とどめだ~!」
なんとかうまくいったらしく、長谷雅が敵を倒した。
「疲れた」
「あはは、これ上級ステージだからね~」
「そんなステージしてたの?どうりで難しいわけだ。」
「夕紀ちゃん、すごく上手だったよ!」
「それは、長谷雅が強い、から」
「さーんきゅ。……うーん」
唸りながら首を傾げ始めた。
「な、なによ」
「名前で呼んでくれないかな?俺、夕紀ちゃんからフルネーム以外で呼ばれたことないんだよね」
そういえばそうだ。でも、長谷雅は初めて会った時から長谷雅だったわけで今更変えるのも気がひける。
「ダメなの?」
「んー、ダメっていうかー。男なら可愛い女の子には下の名前で呼ばれたいじゃーん」
ものすごく言葉が軽い。
「だったら可愛い女の子に呼んでもらってください」
「え~、相変わらず鈍いなー。俺は可愛い夕紀ちゃんに雅って呼ばれたいんだよ?」
「か、か、可愛くなんて」
「可愛いよ」
可愛いと男に言われたことないから、なんて答えればいいのかわからない。
「そ、そう、ですか」
「なんで敬語?とにかく!雅って呼んでよ」
どうしよう。これは呼んだ方がいいのだろうか。でも、誰にでもこういうことを言ってるんだろうな。
だったら他の女とは違う反応の方が気を引けるかも。
変なことを考えてしまい、拳を強く握った。気を引きたいなんて、思ってちゃダメなのに。
「なんで迷ってるの?俺、自分から下の名前で呼んで欲しいって言ったの初めてだよ。自信持って呼んでよー」
は、初めて?いやいや、これも女をたぶらかすテクニックなのかも。
きりがない思考に嫌気がさして私はヤケになった。
「……み、やび」
緊張してちゃんと声がでなかった。
「聞こえないなー、もう1回お願い」
わざとらしく耳に手を当てている。
「み、雅っ!」
「よくできました~!」
「う、うん」
凄く凄く恥ずかしい。雅って呼ぶのは今だけにしよう。
「その場しのぎじゃないよね?明日からもずーっと雅って呼んでね」
「え……あ、はい」
考えてたことがバレており、それに加えて返事をしてしまった。
「よろしいっ。じゃ、ありがとね!」
しかし、こんな嬉しそうな顔で言われたら誰だって悪い気はしないだろう。
《笑顔に胸がキュンとしたら恋してるって認めなさいっ》
って小春が言ってたのを思い出した。こんなの認めたくはないのに。




