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邂逅

ポリゴンがばら撒かれるのが止まり、そのポリゴンの源には、無数のアイテムが置かれていた。

「……」

カンナが落としてしまったアイテムに近寄って、遺品?…少し違うけど、それらを無言ですべて回収した。

まだ少し余白があったアイテム欄はそれらで埋まり、あっという間に満杯となった。


《ナツ:先に進もう。》

《ドー:ああ。急ごう》


ここは普通、「これをやったモンスターをぶっ殺そう」とか、そんな言葉をかけ合うべきだろう。しかし、それは出来ないのだ。

あの緑色の粘液。

このグラフィックにトラウマを持つ上級プレイヤー達の話を、俺は知っている。

強力なダメージに加え、行動不能、猛毒のダブルコンボ。

こんな残虐な組み合わせを持つ粘液を攻撃手段として使うモンスターは、1種類しかいない。1種類しか、いてはならない。


7年間『EARTH』をやり込んでいても、今まで会うことがなかったモンスター。

幻獣。


《グブブブブブブ………》


その幻獣の中で最も強く、最も厄介で、最も会いたくないモンスターランキングで堂々のナンバーワン。通称〝裏ラスボス〟。

俺達はそんな最悪なモンスターと出会ってしまい、俺のアカウントでは史上初の幻獣モンスターだ。もう泣きたいよ俺。


〝スライム〟


『EARTH』と同時期に発売された、全く別のゲーム会社のRPGでは、最弱のモンスターといった位置づけになっている。主人公が街や村から出発して、2~3歩進んだあたりでエンカウントするような、生易しい魔物だ。

モンスター名は同じでも、鬼畜度は天と地の差だ。

いや、天と地どころの話ではない。アルミニウム箔片とジンベエザメくらいだろう。


非実体生物で、体が常に流動しており、決まった見た目や形は存在しない。そのためか、いつも周りのモンスターに擬態している。

今のスライムの見た目は、入口付近で見ることができる、身長18メートル、大きな眼を1つだけ持つ、ギガンテスというモンスターに擬態している。

モンスターの色もそこそこ似せているため、見間違えることもあるとかなんとか。

とあるネット掲示板では、スライムのことについてこう解析されていた覚えがある。

「見た目もバラバラで、スライムと露知らず舐めてかかったら毒に冒されて死んだケースも見られている。しかし幸いなことに、パラメータは見た目に関係せず均一だ。体力は60000。魔力は持っていないため攻撃魔法や補助魔法は一切使ってこない。攻撃に当たると100%猛毒に冒されるので、当たらないように立ち回り、対処しよう。物理攻撃は全く効かないから、炎系か氷系の魔法で体力を削っていこう。」

体力60000。これは『EARTH』内の全ダンジョンラスボスをはるかに凌ぐ体力で、〝ヴァルキリー〟の道中で湧き出る雑魚敵の20倍以上の体力を誇る。

もう1つ。スライムのような流動する肉体を持つモンスターは〝非実体生物〟と分類され、このモンスター達は魔法以外の攻撃が効かないという戦士職の看板あがったりの能力を持っている。


『EARTH』内で最も嫌な要素を無理やり詰め込んだようなモンスターでも、討伐報告は何件もあるが、少なくとも今の俺達では構っていられないモンスターなのだ。

てか何が「幸いなことに」だ舐めてんのか。パラメータ均一なことにどこも喜ぶ要素なんてねえよ。


とまあ、スライムに出会った時の絶望を一通り説明したわけだが、このままでは状況は悪化するばかりだ。もう既にスライムの視界に捉えられ、少しでも行動を起こせば迷わず襲いかかってくるだろう。

「なあ皐…」

「…ん、お兄ちゃんもスライムに会ったの?」

「ああ……どうすりゃいいんだこれ…」

〝も〟ってことは皐もスライムに会ったのか。

「…見事にフラグ回収したね」

ほっとけ。滅多に笑わないくせににやけながらこちらを見るんじゃない。

「…魔法職は連れてないの?」

「連れてたんだけどな」

今さっき円環の理に逝ってしまったよ。

「…あれは持ってないの?非実体生物を一時的に〝実体化させる〟アイテム…」

「あー、あ!持ってるわ!」

カンナがドロップした大量のアイテム。あの中に確かあったはずだ。俺はスライムが動き出す前に急いでメニュー画面を開き、拾ったアイテム達に目を通す。

打ち上げ花火(大)……吹き矢の矢……六法全書……凝固収束剤……あった、これだ!

てかこれ無駄に荷物多すぎだろ!〝打ち上げ花火(大)〟とかこのダンジョンで使う場面ねえだろ!吹き矢の矢だけ持ってきてどうすんだよ!筒は?!六法全書はもう意味わからねえよ!殴るの?!法で裁く(殴打)するの?!矛盾してるけど!


《ドー:凝固収束剤を投げるから、何か1発強い技の用意をしててくれ》


他にも気になるものがいくつも見受けられたが、それらはもう無視しないといけない。高速タイピングでチャットを飛ばし、シノに指示を仰いだ。シノは無言で了解したようで、ナツの周りに赤いエフェクトが揺らめいた。

アバターに凝固収束剤を手に握らせ、それをボタン入力で投げさせた。対する的は18メートルの巨躯を持つスライムだ。当てるのは容易かった。


《ブブブ!!ヴヴヴヴヴ!!!》


耳に悪い唸り声を上げ、体表の色が薄くなっていく。そして、動きが極端に鈍くなった。液体を固体にしたんだ。身体が固まって動きづらくなるのは当然よ。

あと、スライムの唸り声を字に表して見るとなんか酷いな。ローターみたい。


《鳳凰の刃翼》


スライムの流動する肉体に凝固収束剤の効果が全体に行き渡ったと同時、シノのアバターが真っ白に光った。この白い光はすぐき三日月状に変形し、スライムめがけてまっすぐ飛んでいった。

この三日月の刃は、スライム─見た目はギガンテス─の顔。目から口の間を通り抜け、横一文字に切り裂いた。肉体から離れた目と頭部には無数のヒビが生じ、崩れ落ちた。


《ナツ:これでしばらくスライムは襲いかかって来ないから行こう!》


メタ視点からは綺麗な切り口を見せ、その切り口を手で覆おうと必死のスライムの横を、俺達は通り過ぎた。

走って、走って、走った。

5分ほど、他の雑魚敵の猛攻をかいくぐり、俺達は、スライムから逃げ切った。

三十六計逃げるに如かず、とはよく言ったものだな。


近くにシノがいたら、コントローラーから手を離してハイタッチをしたかったが、ここは、凝固収束剤を使うべきとアドバイスしてくれた、皐にお礼を言うべきだろう。

「サンキューな、皐。助かったよ」

スライムから逃げ切っても、雑魚敵の猛攻は収まらないのに、俺はパソコン画面から目を離し、皐の方を向いていた。

たかがゲーム、と思うだろうが、感謝をするのに、内容は関係ない、と俺は思っている。今回の皐のナイスアドバイスに、俺は相応の感謝をすべきだと思った。

「……」

返事は返って来なかった。目も背けられた。けど、感謝の気持ちは伝えられた。これでいい。

そして、また画面に目を戻した。

画面には、体力が2割を切ったという通知と、必死で俺を庇っているナツが映っていた。

どうでもいい補足をしますと、六法全書というアイテムは、とあるイベントダンジョンでたまにモンスターが落とす、売却用アイテムです。

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