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潜入

〝ヴァルキリー〟ステージ移動のため画面が暗転し、数秒経過すると、再びパソコンのウィンドウに光が灯る。

画面には細かな装飾まで描写された、立派な宮殿の入口の扉がそびえ立つ。

扉の高さは、周りのオブジェクトと比較してみて、およそ10メートル弱と言ったところだろう。

いつ見ても素晴らしいグラフィックだ。

ネットで出回っている〝ゲーム社員は全員未来から来た説〟が有力なだけはある。


そんな巨大な扉と対比してポツンと、1.7メートル程度の2つの人影──俺と皐のアバターが、重々しい雰囲気を醸している扉の前に堂々と仁王立ちしている。

地の薄そうな長袖の黒いコートに、リアルの服屋でよく見るジーンズ、黒い柄のランニングシューズと、休日にデパートに買い物に行く成人男性のような防具に、左手に丸い盾を持ち、鞘に収めた短剣を腰の後ろに差している人間のアバターが俺だ。

レベルは981で、今就いている職業は〝戦士職〟の中の最高クラスの項目職、〝英雄〟。

魔力の最大値が極端に減るかわりに、体力、持久力、攻撃力等の全パラメータが飛躍的に上昇する職業である。

そして装備品の事についてだ。

これは確かにふざけてあつらえた装備だが、これでも立派な防具の1つなのだ。

一昨年の秋の期間限定ダンジョンの期間限定で手に入れられる装備品で、加算される防御力は、地の薄そうな見た目通り紙っぺら同然だが、敏捷性がぐんと上がったり、攻撃力が上昇するなど、期間限定らしい性能を持っている。

そしてもう1人、控えめな胸と股の秘部を隠し、まるで水着のように露出をメインにした防具に、両手に短剣を握っている女のアバターが皐だ。

レベルはなんと1031。

職業は〝戦士職〟の中でも、魔法も存分に使って闘うことが出来る珍しい項目職〝マジックウォリアー〟というものだ。

〝戦士職〟は基本、魔力の最大値を犠牲にして、攻撃をメインにパラメータが上昇したり、攻撃に有利なスキルが身に付く職業だが、〝マジックウォリアー〟だけは魔力の最大値が下がらず、おまけに自分の魔法の効果を上昇させるスキルが存在する、変わった職業なのだ。

そしてこれも装備品について言及するが、これも俺の装備品に似た、夏限定イベントでしか手に入らない装備品である。

効果も防御力を犠牲に性能重視なのだが、女アバターの装備は、低確率でモンスターを見蕩れされ、行動を封じることが可能らしい。

Bカップもないアバターのどこに見蕩れる要素があるのだろうかと疑問ではあるが。


扉に向かって1歩踏み出すと、錠が外れたような音が響き、金属製の重そうな扉がゆっくりと開いた。

アバター1人分の幅まで扉が開いたところで、2人は宮殿の中に潜入した。

潜入すると、突然画面に無数の小ウィンドウが表示され、そこには緑色のバーや、細かな数字が書かれている。

これは俺のアバターのスキルの1つで、確か半径20メートル圏内にいる敵モンスターの名前やレベル、残り体力、そして位置が自動で分かるようになるというものだ。

ある程度やり込んでいればモンスターの名前やらレベルはかなりどうでも良くなるが、位置が分かるというのはとても重宝している。

〝ヴァルキリー〟ステージのような、モンスターの1発が致命傷になりかねないダンジョンでは、モンスターの位置情報が無いと不意打ちを食らって死にかけることもある。

それでも当たる時は当たるけど。


とりあえず今見えている、Lv.500のモンスター7体を適当にいなし、抜刀して反撃を繰り返していく。入口に近い場所に沸き出るモンスターはまだ少ない方だから、気楽に倒せる。ボス部屋に近くなると、こことは見違えるほどの地獄になるが。

敵の遠距離攻撃を盾でかき消し、懐に潜り込んで短剣を振っていく、防御と攻撃を駆使していくスタイルの俺に対し、皐は魔法で攻撃力や敏捷性を底上げし、2本の短剣を振り回し、ひたすらモンスターの体力を削っていく。

あれほどアバターを滑らかに動かすには、複雑なコントローラー操作が必要となる。俺ですらあの操作が出来るか微妙だというのに…。

やっぱりすげえな皐。

「…幻獣、会えるかな。お兄ちゃんはもう会えた?」

「残念ながら…」

「…じゃあ会えるといいね」

「会いたいような、会いたくないような……」

レア素材には興味あるんだけどね。

「ま、どうせこの潜入にも、シノとの挑戦にも出てこないと思うけどね。確率的に…」

「…フラグ乙」

「マンガじゃあるまいし、そんな都合よく出やしないだろ」

「…フラグを乱立させていくスタイルなの?お兄ちゃん」

「フラグは立てまくれば回収されないという法則があってだな…」

「…全てはこの物語の著者の気まぐれで決まるんだよ」

「誰だよ著者って…」

メタ発言のつもりかい?

そういえばメタ発言のメタって何なんだろう。メタファー?は隠喩だったな…。

まあいいや。この事は知らなくても十分生きていけるし。気にしない気にしない。


いったい今日はどうしたことだろうか。

皐と一緒にゲームすることさえとても珍しいことだというのに、それに留まらず談笑までしていた。ほとんど途切れることなく、会話のキャッチボールが成立していた。

各々の個室というものに閉鎖され、隔離されていた俺達の仲は、意気投合っぷりは、数年の空白期間が存在していても、なお風化していなかった。

シノや神奈、パソコン同好会の連中と、本当に下らない内容から、そこそこシリアスな内容まで、とにかくあいつらと話すためだけに学校に行ってるようなものだった。

本末転倒な思想になってしまうが、合間合間にある授業など、もはや付属品としか認識していなかった。

そして今日、新しく、思いっきり趣味について語り合える話相手が見つかった。

灯台下暗し、とはよく言ったものだと、思わず笑みがこぼれた。

少し、俺の妹を見直した。


味わっていそうで味わっていなかったひとときもあっという間に過ぎ、気付けばパソコンのディスプレイの右下に小さく書かれている時計表示は17時03分となっていた。

当然この時点で退却して、シノ達と合流しなければならないが、このダンジョンから出る方法は、〝クリアする〟か〝体力が0になる〟か〝入ってきた入口から退出する〟か〝脱出アイテムを使う〟の4つだけだ。

まず最初の〝クリアする〟という脱出方法だが、そもそもボスと闘う装備じゃないので、これは論外だ。

2つ目の方法が1番楽な脱出方法なのだが、死亡すると所持金が大幅に減らされたり、装備品以外の持ち物を落としたりと損害が色々でかいから却下。

最後は、俺くらいのレベルなら運要素もバクチ要素もほとんど無いのだが、俺達の現在地はダンジョンの半分以上進んだところで、全速力で戻ろうとしても1時間はかかる。

『EARTH』のダンジョンは、全て入口から脱出できる仕様だが、戻ろうとするとモンスターの出現量が比べるまでもなく上昇するという機能が備わっているのだ。行きは良い良い、帰りはなんとやら、だ。

これでは集合予定時間に間に合わないからアウトだ。

つまり残された手は、脱出アイテムを使うしか方法がないのだ。脱出アイテムはレアアイテムで、1部のモンスターがごく稀に落とすという代物だ。

しかし、約束を破るのは人間としてアウトだ。アイテムを渋って遅刻をするなんてもってのほかだ。俺がやられたら迷わずPKするだろう。

やむを得ず、30個しか所持していないレアアイテム〝アリアドネの糸〟を使って、〝ヴァルキリー〟50ステージ目を一瞬で脱出し、一旦退却することにした。

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