最高戦力
ゲームの技や特技で1つ覚えるとしたら何がいい?
と尋ねられたら、「ちからため」が欲しいですね。単純に力が欲しいです。バイキルトとかだと魔力必要なのでダメですね。はい。
自宅の最寄り駅から3分程走ると、表札に〝興野〟と書かれた一軒家に到着する。
そして、扉に手を掛け、手前に引いた。
「ただいまー」
独り言のように、ひたすら棒読みで、そう呟いた。
そして、我が家の玄関に足を踏み入れ、一番最初に目に付いた光景はというと、上は薄い生地のブラウス1枚、下は白のパンツ1枚のみを身に纏い、ボサボサ頭でアイスキャンディーを咥えながら廊下をペタペタと歩いている、1人の少女と出会った。
「…おかえり」
貞操観念もへったくれもないこの女の名は興野皐。正式に同じ血が通っている、たった1人の実の妹である。
小学6年までは、女の子らしい笑顔を浮かべて、皐の同級生とかと仲良く遊んでいたが、中1の春から急に「学校つまらない」と言い出し、不登校になった。
不登校になってから笑顔もめっきり減り、朝から夜まで部屋に篭って何かしらのゲームを静かにやっている。ゲームの音が聞こえないのはイヤホンでも付けてるのだろうか。
しかし、こんな無防備なお年頃の妹と鉢合わせになり、なんかのエロゲーみたいに事案が発生するわけでも、性的興奮を覚えることも、一切合切ない。
ブラウスが少しはだけて、チラチラと見える真っ白な肌に目を奪われたり、パンツを見て役得だと感じることも、全くありえない。
自分の妹の痴態なんて、皐の引きこもりが始まってから、そして俺が高校に入学してからずっと、家に帰れば確実にこの場面に遭遇する。
ゲームの電源を付ければタイトル画面が表示されるのと同じだ。
今の俺ならあいつがここで脱ぎ出しても動じないだろう。
逆に服を着始めたら心配するね。
「…そうだ、お兄ちゃん」
「あ?」
「…ちょっと『EARTH』のダンジョン、手伝ってくれる?」
「…………」
「…何?」
「いや、珍しいな。お前から頼みごとなんて」
『EARTH』にしろ、現実にしろ、皐からお願いなんて、生まれて初めてだ。
どうしたんだ皐。頭でも打ったのだろうか。
「…頭は打ってない。なんとなくだから」
ふいと目を逸らし、アイスキャンディーを齧る。
その反応に対し、俺は
「そうか」
とだけ呟き、靴を脱いで廊下を進む。
「じゃーとりあえずログインして待ってろ。手洗って着替えるから俺は」
皐の顔は見ずにそう言い残し、2階にある自分の部屋に向かうべく、ゆっくりと階段を登った。
鞄を部屋に置いてから洗面所で手洗い、うがいを念入りに行い、また部屋に戻る。
部屋に入ると同時に扉付近に据え付けられている部屋の電気を付けて、パソコンを立ち上げ、起動時間を利用して制服からパジャマに着替えた。どうせ外に出る用事も無いし、これで十分だ。
そしてマウスを動かし、カーソルを合わせてカチカチッとダブルクリックをして、『EARTH』のウィンドウを開く。
背もたれ付きの回転する椅子に腰を下ろし、コントローラーを繋げ、準備を整えた。
その時、なんとなく、ふと横に目をやった。すると視線の先、すなわち部屋の出入口に、皐が立っていたのだ。右手に皐専用のノートパソコンを抱え、左手にはイヤホンとコントローラーを握りしめていた。
「…………!」
「…入って、いいよね?」
椅子に腰掛けてたため、ちょうど皐から見下されるような、威圧されるような、そう思い込んでしまった。
それに加えて、あまりにも予想外の光景に言葉を失い、無言で、ゆっくりと頷いた。
皐は俺の心境なんて気にもとめず、俺のベッドに寝転がり、パソコンにイヤホンとコントローラーを接続し、ほふく前進をするような体勢でノートパソコンを開き、コントローラーを握った。
「……………はぁ。」
何か一言言おうと言葉を探そうとしたが、皐のことだ。何を言っても無駄に終わるだろう。そう悟り、思わずため息がこぼれた。
「で、どこ手伝えばいいんだ?お前ならどこででもソロで余裕だろ?」
セーブデータの起動画面の、パーセンテージが溜まっていく様子を見つめながら、傍らで寝そべる皐に訊いた。
「…〝ヴァルキリー〟50ステージ目……。そこを2人で行きたい」
「………そう来たか…」
今から一時間後にシノ達と挑む予定なんだけどなぁ……。
「…どうせ今日も行くつもりだったんでしょ?お兄ちゃん」
………とりあえず事情を説明しておくか。
「あー。実はな、皐…」
「…?」
真実を明かす時の決まり文句で話を切り出し、俺は今日の計画を赤裸々に話した。
「…東雲君とやる約束してたんだ。お兄ちゃん」
「すまんな。お前とやると運良くクリア出来ちまいそうだからよ。」
ここからはただの自慢話になってしまうが、去年の夏、暇こいてた皐を誘って2人で、小規模なタッグトーナメント大会─自宅でエントリー出来て、自宅で参戦できる形式─にエントリーした所、見事優勝に名を刻むことになってしまったのだった。
いくら小規模と言っても、─多分プレイヤーの住まいとかリアルの都合で大規模な大会に出場出来ない─廃課金勢やガチ勢が半数を占めていたというのに。
あの時に垣間見た皐の実力は、世界大会でも通用するレベルだと思うのに、当の本人は、
「出掛けなきゃいけないからやだ」
と断言し、大会には一切出場していない。もったいない奴め。
ちなみに、俺とシノは毎年、その大規模な大会にわざわざ赴いて、出場しているが、去年はシノが部活で大会に参加出来なかった。
今年も夏の大規模な大会は出場出来ないだろうな。致し方ないことだけど。
まあ、そんなわけで、十分世界にも通用するかもしれないコンビ、神奈風に言えば……えーっと……ドーツキ?……サツドー?
……まあそんな2人で挑んだら、〝ヴァルキリー〟も突破出来てしまうんじゃないか、なんて発想に至ったのだった。
ファンタジー系バトル漫画を読んだ直後の中学生みたいな発想だが、そこは察してくれ。男の子ってのはいつだって夢を抱えている厨二病予備軍なんだよ。
今だって傘持ってたら振り回して卍○とかやりたくなるんだよ。
そんなもんなんだよ、男の子ってのは。
閑話休題。
そんな半分本気、半分冗談の成分で構成された俺の返答に、皐は
「…クリアは最初からするつもりはないけど」
「………はい?」
今なんて言った?え?クリアしない?クリアしないの?何故に?
「…私は最初から、お兄ちゃんと50ステージの道中でダラダラモンスターを倒しまくりたかっただけ」
「………………あーなるへそおけおけ。」
皐の言葉に5秒くらい間を空けて、俺は棒読みで返答した。
確かにさっき皐は〝2人で行きたい〟とだけ言ってたね。
確かに〝2人でクリアしたい〟とは一言も言ってないね。なるほどなるほど。
だがクリアを目指すどころかボス部屋にも突撃せず、2人で道中を彷徨ってモンスターを狩りまくることに何の意図があるというのだマイシスターよ。
と言いたいが、せっかく1年ぶりの協力プレイだ。
ここは何も口出しせずに皐に従ってやるのが一応の兄としての使命だろう。
そうだ、きっとレベリングか素材集めのどっちかなんだろう。きっとそうだ。それしかない。
そう割り切り、俺はコントローラーのボタンを押し、〝ヴァルキリー〟50ステージ目の突撃確認画面を開いた。
「行くぞー」
「おっけー」
お互いの準備を確認し、俺達はダンジョンに潜入した。