帰宅
RPG序盤からメラゾーマ撃ちまくれる仕様だったらなんか楽しそうですよね。
アルコールの臭いが鼻につく席に座り、シノと神奈の3人でいつも通りの話の内容をグダグダと話していると、いつの間にかクラスの席は埋まり、朝のHRが始まる。
毎朝同じようなことしか話さない担任のお説教を淡々と聞き流しているとそれもあっという間に終わり、1時間目、2時間目──と教師の話を適当に耳に入れ、雑談時には寝て、板書をチョークの色に沿ってボールペンで色分けしながら写してると、あっという間に時は過ぎていった。
やがて6時間目終了のチャイムが学校中に響き渡り、帰りのHRなんていう個人的に最もいらないと思う時間もすぐに終わった。
号令係の合図に合わせて「さいならー」なんて呟きながら適当に頭を下げた。
「ナツ君、今日は何時くらいにログイン出来そう?」
スクールバッグの持ち手を肩にかけたと同時だった。俺の右斜め後ろの席の神奈が尋ねた。
「あぁ、今日の部活は顧問が臨時出張で自主錬になったんだ。だから今日は結構早めにログイン出来るかな」
神奈の席の1つ前でもあり、俺の右隣の席であるシノは、バッグをとっくに肩にぶらさげ、首だけを後ろに回してそう答えた。
「へー。ドー君は?」
「今日は同好会もないし、いつでも行けるぞ」
ちなみにシノは卓球部に、俺はパソコン同好会に所属している。
九百合高校の卓球部がどれほど強いのかは全く分からないが、シノはシングルスの代表選手らしく、去年の新人戦で優勝し、学年集会で表彰されているのを、俺ははっきりと覚えている。
あの糸目でどうやってボールを追いかけているのか、とても気になるところだ。
それに対し俺はパソコン同好会で、週に数回、学年の隔たりもへったくれもなくゲームをわいわいやっている。仲間とのギスギスしたライバル関係も無い、平穏な世界だ。
そして神奈は帰宅部。特筆することなし!
「じゃあ、今日の突撃は、僕の自主錬が終わり次第ってことだね」
「別に無理して早く切り上げなくていいぜ?」
「いや、どうせレギュラーのメンツしか集まらないだろうし、何本か先輩達と試合に付き合って終わりかも。だから……5時前にはログイン出来るかな?」
神奈と俺は吸い寄せられるように時計に目をやる。黒板より上の壁にかけられているアナログ式の丸い時計は、3時20分を指していた。
帰宅にかかる時間を差し引いても1時間は自主錬するんだな。
さすがシノだぜ。略してさすシノ。
「5時ねー。りょーかーい。それまで家で爆睡してよっと」
「家が近いっていいよねー。羨ましいよ」
「学校の窓から自分の家のベランダが見えるってなんか変な感じだけどねー」
神奈の自宅は〝全校生徒で一番近い〟と言われていて、神奈の言う通り、壁一面に張られている強化窓ガラスから、神奈が住んでいるマンションが一望出来てしまうのだ。
車4台分は並走出来るように整備された国道が、神奈の住むマンションと九百合高校の間を横から割り込むように伸びている。
登校時間は1分もかからないらしく、だからいつも俺達よりも早く学校に着くことが出来て、俺達よりも早く席を奪って堂々と爆睡出来るのだ。
もう少しゆっくりすればいいのにな。
「じゃ、そんなわけで、私は帰りまーす。じゃーねー♪」
やけに高いテンションで机に置かれた鞄を掴み、教室から出て行った。
神奈が階段を降り終わったであろう音が聞こえるまで俺達は神奈が出て行った教室の扉を見つめていた。
「じゃ、俺も帰るよ。」
「うん。それじゃまたね。」
俺達は微笑み合いながら、互いの右手の拳をコツンと当て、俺は帰路に着いた。
7月にしては暑く感じる、アスファルトで舗装された平坦でまっすぐな道を歩いて行き、朝に改札をくぐった駅に再び戻ってきた。
ホームに降りるとベストタイミングで各駅停車がやってきたので、迷わずそれに乗り込んだ。この時間の各駅停車じゃ利用者数はそこまで多くないので、いつも空席がある。
なんで学校の最寄り駅は各駅停車でしか止まらないんだろうな、なんて考えながら、スマホで『EARTH』のゲーム情報、アップデート情報、攻略方法等が書かれた『EARTH』の公式サイトを開いた。
〝ヴァルキリー〟攻略者は……まだいないようだ。
俺が学校で退屈な時間を過ごしている内に、20人の廃課金プレイヤーの団体が挑んだらしいが、ボス手前で全滅させられたなんて情報まで細かく載ってある。
そこの掲示板にはどうやらその団体のメンバーのものらしき書き込みが残されていた。少し目を通してみたが、互いの責任の擦り付け合いが目立ち、見るに耐えなかった。
が、この書き込みに、気になる1文を見つけた。
【まあ幻獣対策してなかったし、負けたのは仕方ないかもしれないな】
幻獣。
それは一部のダンジョンで、極めて低い確率で出現するモンスターの事だ。
〝ヴァルキリー〟ステージに限らず、幻獣クラスのモンスターは辺りに湧き出てくるモンスターのレベルを1回りも2回りも上回っており、中には〝物理攻撃無効〟なんて厄介なパッシブスキルを持つモンスターだって存在している。
個体それぞれの特徴や弱点を把握していないと、討伐どころか退却すらもままならなくなる化け物揃いだが、その点討伐すれば莫大な経験値や、希少価値の高い素材が手に入るなど、見返りも大きい。
ただ、幻獣についての話を聞く限り、ハイリスクハイリターンと言えるほどのバランスは取れてないんじゃないか、と俺は考えている。
ちなみに俺は、7年間プレイしているが、出会った事は1度もない。モンスター図鑑も幻獣枠は全て空欄になっている。
だからこんな客観的で、気楽に説明が出来るのだ。もし仮に対峙した経験があれば、ボキャブラリーの限りを尽くして幻獣の恐ろしさを語っていたのだろうけど、確率上よくある話だ。仕方のないことだ。
うん。仕方ない仕方ない、とオキノはオキノは余裕ぶっこいた顔でそう言ってみたり。
やがて俺を運ぶ便利な鉄の芋虫は目的地に到着し、息を吐きながら横っ腹を開くと、俺を含めた数人の人間を吐き出した。そして俺を吐き出した芋虫に背を向けたまま、まるで逃げるように階段を駆け登り、定期券を使って改札口をくぐった。
改札口を抜けると、早く家でくつろぎたいという衝動に駆られ、脇目もふらず走り続けた。
『EARTH』のステージクリア報酬は全て、一番最初にクリアした団体のみにしか与えられない仕様となっております。