プロローグ
緑豊かに芝が生い茂り、鳥は空を舞う。
健気に咲き誇る小さき花は何よりも可憐である。
そんな場所で、三人の子供が身支度を終えて集まっていた。
「ふぁ~。たくっ、俺はまだ眠いってんだ」
黒髪の少年は眠い目を擦りながら訴える。これから旅立つというのに、その格好は散歩の装いだ。
「だらしないよ! 今朝だって、私が起こしに来なかったら起きなかったくせに。今日がどういう日か分かっているの?」
茶髪を肩まで伸ばした少女が、腰に手を当てて説教をしている。大きな鞄を背負う姿から、この旅にかける意気込みと真剣さが伺える。
「そいつに今更何を言ったって無駄だ。いつまでも甘やかしていると、そいつの為に成らんぞ、ティタ」
銀髪の輝きが少年の幼さとのギャップを生んでいる。装いは至って必要最低限に絞っているようだ。
「うんだと! テメエだって、ティタに起こしてもらったくせによ! 俺らと同じ十歳の分際で、上から目線も大概にしろってんだ」
「フン! 僕と同い年にお前みたいなやつが居ると思うと情けない。ティタ、君はどう思う?」
「……情けない! 大の男が、揃いも揃ってくだらない背比べ! 私には、ウルもアンタも大差ないよ」
ティタと呼ばれる少女は、背負っていた鞄から地図を取り出すと、棒立ちの少年二人に渡した。
「二人とも、なかなか起きないんだから! 〈送迎書〉も地図も私が受け取ってきちゃったよ。しっかりしてよ、二人とも」
「「……す、すみませんでした……」」
ティタの言うことに、ウルと呼ばれる黒髪の少年も、銀髪の少年も言い返す言葉はなかった。
「良い? 二人とも。私たちは国の習わしに従って旅に出るの。三年間、親元を離れて自分の力だけで過ごさなきゃいけないの。誰かを頼るにしても、自分で交渉しなきゃいけないの。……この街から一人で出たことのない私たちがよ……解ってるわけ?」
「うんなの解ってるに決まってるだろ。俺だってそこまで馬鹿じゃない」
「ふーん。半袖短パンの散歩服の状態で〝解ってる〟だなんて言われてもなんだけど~?」
ティタの表情は楽しんでいるように見える。からかわれていることに気付いていないウルは、歯軋りをしつつ堪えるのが精一杯のようだ。
「確かに。そいつの身なりから、この旅にかける意気込みを感じない。身なりまでティタの世話になるつもりか? ウル」
「アンタも他人のこと言えないよ、メイル。
格好はまあまあだけど、荷物が見当たらないじゃない。もしかして手ぶらで行く気なの」
「僕に荷物は不要。僕に掛かれば、どんなものでも容易く手に入るからね。心配など結構さ」
銀髪をサラリと掻き分けて誇るメイル。そんなメイルを見て、ティタは深い溜め息をついた。額に手を当てて空を仰ぐ姿から、ティタの心境は察しれるが触れないでおこう。
「なぁー! こんなとこに何時までも居たかねえよ! さっさと出発しようぜ?」
「まったく。アンタには感傷に浸る時間はないの? これから三年間、故郷と離ればなれになるのよ?」
「別に永遠に帰れない訳じゃないんだ。そんな時間が勿体ないって!」
今にも走り出しそうなウル。そこは十歳の男の子、見えない恐怖より、好奇心の方が勝っているらしい。
ティタは、また深い溜め息をついた。
「ほんと……男ってバカ。この世に永遠なんかないこと位、私だって知ってるよ」
ティタは鞄を背負い直すと、〈送迎書〉を見る。
『子供達よ。この書を受け取ったその日から、君達の〈精進の儀〉は始まっている。楽しいことも苦しいこともあることだろう。それを乗り越えて三年後、心身共に逞しくなった姿を是非とも見せてほしい。子供達よ、健闘を祈る!』
「……行ってきます!」
「どした?」
〈送迎書〉を見ているところに顔を覗かせたウルにティタは驚いてしまった。
「あ、アンタねっ!」
「顔、赤いぞ? 大丈夫かよ」
「ウルに心配される程、私は落ちぶれちゃいないよ」
直ぐに冷静を装うティタだが、心臓はバクバクしていた。実は彼女、ウルのことを異性として意識しているのだ。だが、そんなことを言い出せる筈はなく、今日に至る。三年後、心身共に成長した時に想いを伝えようと思っているようだ。
「オイ。僕もウルの意見に賛同さ。何時までも未練たらしく居るのはかえって良くない。さっさと出発しよう」
「……わかったよ。行きましょ」
芝生を歩き続け、更に森を抜けていく。するとどうだろう、道が三方向に分かれているではないか。
ウル、ティタ、メイルの三人は立ち止まる。ここで別れることになるからだ。旅をしていれば、何処かで会えるかもしれないが、それが何時かは分からない。
「なぁ? 本当にバラバラで行くのかよ。一緒でもいいんじゃないか」
「オイオイ、ウル。もしかして怖いのか?」
「そう言うテメエこそどうなんだ? メイル」
「はあ……、アンタらね、覚悟は出来てるのよね? だったら四の五の言わずに選んで進む!」
ティタが二人の背中を押す。左にウル、右にメイルが立った。残った真ん中にティタが立つ。
「これでよしっ! もう後戻りは出来ないよ。私たちは前に進む。いい?」
「当たり前だ」
「フン。当然だ」
三人は揃って一歩を踏み出すと、そのままその場を離れていく。今、少年少女の旅が始まったのだった。




