家にお呼ばれされました。
隼人くんからのメールは、あれからすぐに送られてきました。
中身は分かっているけど、開封の時はやっぱりちょっぴりドキドキしてしまいます。で、どうだったかというと、この前借りたあのビデオのコピーが添付されてるだけの空メールでした。
続く土日を私はだらだらとして過ごしました。──と言っても、頂上になっちゃった以上は責任持ってやらなきゃなので、そのビデオを見ながら色々と動きの確認をしていました。幾つにも重なった不安定なはしごの上で人がフラフラしながらバランスを取っているのとか、すごく参考になったんです。
こういうのを生業にする人っていうのは、凄いんだなぁ……。改めてそう思いました。私はお嫁さんを生業にしたいな、できたら隼人くんの妻として。
って私、なに言ってんの!?
そんなこんなで詰まらない土日が過ぎ去って、月曜日が来ました。
体育祭まで、残る日にちはたったの五日しかありません。私のクラスにも気のせいか、目に見えない緊張が現れはじめているように思えます。
そんな中にあって、私の友人沙月ちゃんは。
「見て見てアオイー! 行ってきたんだよディ〇ニー!」
元気な声と共に、目の前にちゃらちゃらと可愛いストラップがかざされました。耳の大きな某ネズミがあしらわれてます。
「唐沢と日曜日に行ってきてさー、超楽しかった! 混んでたけど全然気にならなかった!」
唐沢、というのは沙月ちゃんの彼氏の名前。なぜか沙月ちゃんはいつも、彼の事を苗字で呼びたがります。
それにしても語る沙月ちゃん、羨ましくなるくらい楽しそうです。私も隼人くんとディズーランドに行ったら、こんな風になるのかなぁ。しても仕方ない空想をする自分が、何だか虚しく思えました。
机に顎を乗せたまま、私は沙月ちゃんの自慢話を聞いていました。いいなぁ、沙月ちゃんは。いいなぁ、沙月ちゃんは。いいなぁ、沙月ちゃんは……。
「──あれ、アオイ? 泣いてんの?」
言われて初めて、頬を伝う涙に気がつきました。
「泣いてるみたい……」
「みたいって……」
沙月ちゃんは何かを悟ったように、ストラップを仕舞うと私の目を覗き込んできます。そうして、私に優しい口調で言うんです。
「何かあったなら、言ってみなよ」
って。
隼人くんがまだ登校してないのを確認して、泣き付きました。
どうしてかって? 決まってるじゃないですか! 沙月ちゃんは〇ィズニーランドに行ったりして、楽しそうにリア充ライフを送っているのに! それに引き換え私ときたら、その気があるのかも分からない隼人くんに振り回されてばっかりなんだもん……!
しかも沙月ちゃん、私がTSUT〇YAで経験した話をしたら大爆笑したんです! そりゃ笑うよ、笑えるよ! 私は他人事じゃないから笑えないんだよぉ……。
「そんだけ愛されてるのに気付かない成田も成田よね。マジで気付いてないならよほどの鈍感野郎だよ」
私が言いたい事を全てぶちまけて、一頻り笑い終わった沙月ちゃんは言いました。私はまだ、沙月ちゃんに寄りかかってます。
「隼人くん、なんか組体操本気で取り組もうとしてるみたいだしさぁ……。もう私、どっちを優先したらいいのかさっぱり分かんないよぉ」
「あの成田が、組体操に本気か……。なんか、意外だな。もっと個人技が好きかと思ってた」
「サツキちゃんならどう思う? どうするの?」
尋ねると、え、と沙月ちゃんは変な顔をしました。「あたしだったら?」
「うん」
「そう言われてもなぁ……。成田ってあんまりあたしの好みじゃないから……」
「そうなの?」
「何かに熱中できるのはすごい事だと思うけど、彼氏として見るなら事情が変わるかな……。あんまり一途すぎると、ちょっとね。ていうかあたしからすれば、アオイの想い方も情熱的すぎるかも」
私が、情熱的?
確かにそうかもしれません。でも情熱的すぎるって、恋に夢中って、いけないんでしょうか……? 問うていないうちから、沙月ちゃんは答えを口にしてくれました。
「あたしたちさ、まだまだ中学生なんだよ。これからきっと何度も何度も出逢いを重ね続けなきゃ、オトナにはなれないんだよ。だったら今のうちからそんなに本気でなくたっていいっていうか、たかが中学生の恋愛なんだから気楽にいけばいいと思うんだ。ああ、この人ちょっとかっこいいな……くらいの気持ちで、みんな彼氏作ってるよ。アオイの想い方は羨ましくなるくらい一途で可愛いけど、そんなんじゃいずれ破綻しちゃうと思うなぁ」
……なぜでしょうか。
私はだんだん心が冷めてくるのを感じていました。
恋愛なんて、そんなものなんでしょうか。隼人くんが『タワーブリッジ』の完成に本気で取り組むように私が隼人くんを本気で想うのは、中学生の身としては不相応なんだよ。沙月ちゃんはそう言っているような気がします。
「あたしが唐沢に告られたの、小五の時だったんだけどさ」
沙月ちゃんはまだ懐かしそうに語っています。
「あいつもあの頃はバカでさー、ちょっとエロい本とか読んで中途半端に目覚めて、気になってたあたしと色々したいって迫ってきたんだよね。あたしも興味あったし、唐沢のこと悪くないなって思ったから、いいよって返事した」
……すごっ。
「そんな程度の付き合いでも、あたしたちは三年以上も続いてるよ?」
「それは、サツキちゃんがすごいんだと思う」
「まあね。長続きしてる自負はあるけど」
照れたように笑った沙月ちゃんは、私の頭をそっと撫でてくれます。隼人くんのそれより柔らかいけれど、温もりはちょっとだけ劣る手で。今はあんまり、私を癒してくれません。
あたしは応援してるからね、と沙月ちゃんは前置きします。
「でも、中学生の恋愛の垣根って、アオイが思っているよりずっと低いはずだよ。あんまり難しく考えないでさ、とりあえず気持ちをぶつけてみたら?」
……私が初めて、隼人くんに恋慕の情を感じたのは、確か中学一年に上がってすぐだったと思います。
最初は見かけが目に留まって、次に目に入ったのは仕草でした。何気ない日常の所作のひとつひとつが妙にかっこよくて、気がついたらいつも隼人くんのことを目で追いかけてました。惚れたんだって自覚するのに、半年くらい時間がかかりました。
いまになって思えば、私の想いだってその程度でしかないのかもしれません。私が好きになったのは隼人くんの性格ではなくて、あくまで表に出てくる顔や動作だけ。少女漫画みたいな恋してるなって自分では思ってたんですけど、そんな純なものではないのかもしれません。
それでも。
隼人くんにそれっぽいフラグを立てられるたび、そしてそれを折られるたび、こんなに私は隼人くんに夢中になって落胆するんです。
たとえ動機が不純だとしても、私の想いにウソはないんです。私、隼人くんが好きなんです……。
こうなったら、覚悟を決めます。
行動で隼人くんに魅せるしかありません。
私、決めました。組体操の練習を本気で頑張ってるところを隼人くんに魅せ続けて、そしていつか振り向かせます!
へぇ、あいつも頑張ってるんだな。そう思わせたら私の勝ち! あとは練習終わりか本番終わりにでも隼人くんを呼び出して、告白とかしちゃいます! そしたら成功間違いなし!
気合い十分で体育の時間がやって来ました。ポジティブに考えなきゃ、やっていられません。頑張れ、私。ここが正念場よ!
「よーし、そのまま左足をちょっとずらすんだ!」
「はい!」
先生の掛け声に合わせて、左足をずりずりと動かします。下からの悲鳴は、今日は聞こえてきません。
「大丈夫? 痛くない?」
「大丈夫!」
ん、と私は息を漏らしました。先生が手を叩いてます。
「乗るの巧くなったじゃないか! どうした三笠、今日は調子がいいのか?」
えへへ。今日は気合いの入りかたが違いますからね。何てったって、あと五回の練習風景だけで隼人くんを落とさなきゃいけないんだもん!
よーし、と先生はまた声を張り上げました。「一段目、ゆっくり立ち上がってみろ! 無理はするなよ!」
じりじりと高さが上がり始めました。あっ、向こうで隼人くんがこっち見てる。
なんだか叫びたい気分です。ほら見てよ隼人くんー! 私だって、やる時はやるんだよー! って。
「よし次、二段目行くぞ!」
「はいっ!」
おわぁっ! 揺れる! さっきより揺れてる!
当たり前です、だって二段目の子たちは一段目の子たちの上に乗ってるんだもん。ふらふら揺れる私の脳裏に、昨日観たあのビデオの映像が蘇ります。ええっと、こういう時は一旦足を踏ん張って……。
「痛いっ!」
下の子が呻きました。しまった、ちょっと力をかけ過ぎたかな。落ち着いて私、少しずつ、少しずつ……。
立ちました。
私たちのタワーが練習で初めて、三段全部立つのに成功しました!
「やった……!」
思わずガッツポーズしちゃいます。満足げな笑みを浮かべながら、先生が遥か下で怒鳴りました。「いいぞ! あとはゆっくり三段目の三笠から、順にしゃがむんだ!」
えー、もっとこのままでいたいのに。だってほら、隼人くんがあんなに嬉しそうな顔をしてるんだもん。
不満をぐっと堪えて、私は素直にしゃがみました。次いで二段目、一段目が、それぞれの足場の上に膝を折って座ります。
ぴょんぴょんっと、足取りも軽く私は段から降りました。やったやった、土日のうちにちゃんとイメージトレーニングしておいて良かった!隼人くんありがとう!
「今日はタワーの練習は、このくらいにしておくか」
疲れたーってぐったりしてるみんなを前に、先生は笑って提案します。達成感に包まれながら、私は元気に返事しました。
「はい!」
……その後の授業は、まるで身に入りませんでした。
体育の授業中に、気力も体力も使い果たしちゃったみたいです。始終ぼうっとして、足元が覚束きません。
「あんたね……」
私の目論見を話すと、呆れたように沙月ちゃんは私を眺めました。
「そりゃ、振り向かせるにはいいかもしれないけどさ。そんなに今からガチになって、本番で倒れるとか勘弁してよ?」
「だいじょうぶ」
私は親指を立てます。うん、だいじょうぶ。隼人くんのためなら、なんだってがんばれる。
「不安だなぁ」
沙月ちゃんのそんな呟きを最後に、ふっと声が聞こえなくなって────、
──気がついた時には、放課後でした。
「起きた?」
尋ねる声が、隼人くんの声に聞こえます。ああ、私まだ夢を見てるんだな。そう思って目を閉じようとした私の額を、誰かがぱちんと弾きます。
「痛いっ!?」
跳ね起きた私の前に、隼人くんが立っていました。あ、と間抜けな声が出ちゃいました。
って、あれ。もう五時か……。
「よく寝てたなぁ、三笠」
隼人くんはやれやれと首を振ります。「この前送ったDVDのデータさ、一部欠けてるところがあったんだ。綺麗にコピーし直したのを渡そうと思って」
はいこれ、と隼人くんはDVDを渡してきます。ぽやんとした目で受け取った私は、はっとしました。私、隼人くんを待たせちゃってたんだ……。
ごめんなさい、今まで寝てて。そうだよ私、どうせ寝るなら帰って寝よう。
「……ありがとう」
お礼を言うと、私はぐらっとしながら立ち上がりました。隼人くんは不安そうに眉を寄せています。
「三笠ん家、確かけっこう遠いんだよな……。そんなに疲れてるなら、一度うちにでも寄る?」
えっ。
今、何て言ったの?
『うちに寄るか』?
いいの!?
途端に意識が冴えました。あ、でも見かけ上はまだ寝起きを装わなきゃ。今にも倒れそうなふりをして、私は確認を取ります。
「いいの……?」
「大切なパートナーに行き倒れられたら困るし」
キタ! 私って何て幸運なんだろう! 土日の鬱屈してた自分が嘘みたい! 私は勇んで言いました。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかなぁ」
金曜日に続いて、隼人くんの後ろを歩きます。
少し歩幅の大きい隼人くんは、疲れた(事になっている)私に配慮をしてくれているのか、テンポが心なしか速くありません。
別にいいのになぁ、私が追いかけるもん。今の私はそう思えるくらい、幸せに包まれてるんです。
だってだって、お家にお呼ばれするんですよ? 少女漫画的な展開ですよ!?家にはきっと隼人くんしかいなくって、私と二人っきりでドキドキ胸キュンな時間を過ごせるんですよ! ソファーの上とかベッドの上とか、もしくは中とか……!
そんな事されたら私、気持ちが高ぶりすぎて隼人くんに抱き着いちゃうよ!隼人くんの匂いに包まれて、あの優しい手に頭を撫でられて、そして、そして……!
ああ、早く家に着きたいです! そして早く隣に座りたいですっ!
「着いたよ。ここなんだ」
隼人くんはそう言うと、門灯のともった一軒家のドアの前に立ちました。
ますます期待が高まります。隼人くんの家、一軒家なんだ……。って事は絶対、自分の部屋がある!
そこまで思ってから、ふと私は疑問を持ちました。隼人くん一人なら、誰が門灯をつけたんだろう……。ううん、そんな些細な事はどうでもいい!
……あれ、隼人くん? なんでドアの鍵じゃなくて、すぐ脇のインターホンに手を伸ばすの?
「お帰りお兄ちゃーん!」
三秒くらい間が空いて、ドアが吹っ飛ばん勢いで開きました。
で、そこから私よりも小さな女の子が飛び出してきて、隼人くんに抱き着きました。
「…………」
理解が追い付きません。えっと、ええっと、つまりその、この子は隼人くんの妹なの?
「一人で寂しかっただろ?」
「ううん、お兄ちゃんが帰ってきたから平気!」
そうかそうか、そう言って隼人くんは笑います。完全に取り残された私は、呆然とそこに佇んだままです。
今さら思い出したように、隼人くんは私を振り返りました。
「あ、ごめん。上がっていいよ」
「お構いなく……」
私はやっと、その一言だけを返しました。
なんだぁ……。
せっかく二人きりになれたと思ったのに。お家デートだと思ったのに。
また期待外れかぁ。なんか急にまた、疲れが出てきちゃったな……。
リビングのソファーに座って肩を落としていると、奥に引っ込んでいた隼人くんが顔を出しました。
「風呂が沸いてるけど、入る?」
「え、でも着替えがないし……」
隼人くんと入れる訳でもないし。だからいい、と答えようとして、私はふっと自分の格好を見ました。体育のあと疲れて着替えてなかったから、まだジャージのままです。という事は、カバンの中に制服が入ってます。なんだ、着替え、あるじゃない。
「……入ろっかな」
言い直しました。隼人くんは、こっちだから、と廊下を指差します。
「ゆっくりしてていいからな。俺、ちょっと出掛けてくるから。何か困ったら妹に聞いてくれればいいよ」
ちゃぷん、とお湯が浴槽に跳ねます。
「はぁ」
ほかほかとした湯気にくるまれながら、私は短めのため息を吐きました。
ご丁寧にも石鹸やタオルは新品に交換されてます。隼人くんの匂い、そういう所にも染み込んでるかと思ったのにな……。
妹ちゃん可愛かったな、と思いました。家に入る時、質問責めにあったんです。「お姉ちゃん誰?」「お兄ちゃんの友達?」って。目が大きくて顔も整っていて、私なんかよりずっと可愛く見えました。そんな妹ちゃんと仲好くしてる隼人くんが羨ましくて、つい妹ちゃんに嫉妬してしまいます。
いいなぁ、いいなぁ。毎日ああやって笑っているのかな。ここへ来た時の喜びはどこへやら、私は見事に意気消沈しちゃっていました。
リビングに戻ると、その妹ちゃんがテレビを観ていました。
「あ、お姉ちゃんだー」
そう言って妹ちゃんは私にも抱き着いてきました。あったかいってモゴモゴ言いながら、制服の上から頬を擦り付けてきます。
「ハヤトくんはどこに行ったの?」
私が聞くと、妹ちゃんは顔を上げて答えます。「お買い物! お母さんもお父さんも帰るの遅いから、お兄ちゃんが晩ご飯を作ってくれるの!」
へぇ……。しっかりしてるんだな、隼人くん。
「ハヤトくんの部屋って、どこ? 勝手に見たらまずいかな」
「んー、たぶん大丈夫! 二階の一番奥だよー」
ちょっとだけ覗いてみようかな、なんて出来心が生まれてしまいました。いいよね、ちょっとくらい。言われた通りに廊下を進み、部屋のドアをがちゃりと開けます。
びっくりです。
パソコン、本、漫画、サッカーボール。そのくらいしかモノがありません。私が来るのが分かってたみたいに、全然散らかってないんです。
真面目な隼人くんのことだもん、案外普段からこうしてるのかもしれない。あてが外れたような、不思議な心持ちのまま私は部屋に足を踏み入れました。
するとすぐに、壁に一枚の紙が貼ってあるのに気がつきました。あれ、この図って確か、以前に隼人くんが砂の地面に指で描いてた図だ。二つ並んだ三段のピラミッドの色んな場所に、細かく数字や文字が書いてあります。そしてピラミッドの頂点は、繋がっていました。
もしかして、この図って……。
目線を逃がすように私は本棚を見ました。『体育授業の指導方法』とか『組体操のコツ丸分かり』とか書いてあるのに、気がつきました。よく見れば部屋の隅にダンベルまで置いてあります。
まさか、と思いました。
「ねぇ、お姉ちゃん」
突然背中からかかった声に、私は飛び上がりました。び、びっくりしたぁ!
妹ちゃんが立っています。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん、お兄ちゃんのこと、好き?」
なななななななっ!?
やばい、顔が真っ赤になってる気がする。単刀直入過ぎるよ妹ちゃんっ!泡を食ったみたいな反応をする私を、妹ちゃんはじっと見ています。
「…………うん」
やっとの思いで頷きました。そっかぁ、と妹ちゃんは言いました。
「お兄ちゃん、うちに他所の人を連れ込んだりしたことなんてなかったもん。だからお姉ちゃんは、特別な人なのかなぁって思ったんだ」
「そ、そんなはずないよ。私はハヤトくんのことが好きだけど、私が勝手に好いてるだけで、ハヤトくんは、きっと何も」
手をぶんぶん振って私は否定します。妹ちゃんの顔が、涙をこらえるみたいに歪んで見えたからです。
この子も私と同じか、或いは私以上に、隼人くんが好きなんだろうな……。
「前にね、お兄ちゃんが言ってた」
妹ちゃんは壁に寄り掛かりました。
「今度の組体操は死ぬ気で頑張って、いいとこ見せるんだって。絶対に失敗できない、何がなんでも成功させるんだって」
……そうだよね。
君はそういう人だよね、隼人くん。
私は部屋を見回しました。あの壁に貼ってあった図は、よく見たら『タワーブリッジ』の人員配置図でした。どこに誰を配置すれば一番安定するのか、計算で求めようとしてたんです。思えば練習を最初に始めた時、隼人くんは先生に紙を渡してました。
教員用の指導書を買って読むくらい、私を誘ってまで手本にする映像を観たりするくらい、隼人くんはやる気だったんです。バカがつくほど真面目です。真面目じゃなかったのは、私の方です。
隼人くんはただただ純粋に、組体操の完遂と成功を願って頑張っているというのに。
私って、最低だね……。
ごめんね、隼人くん。
私、心を入れ換える。
隼人くんに振り向いてほしいなんて動機は捨てて、組体操、頑張るよ。
隼人くんのことは好きだけど、それとこれとは関係ない。その代わり、もし私たちが組体操を──『タワーブリッジ』を成功させられたら、その時はまた私に夢を見させてほしいな。期待が失望に変わったって、私は構わないからさ……。
私はぎゅっと拳を握りました。
痛かった、です。