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お買い物デートしました。




 一週間に体育の授業は、たった三回しかありません。

 タワーブリッジみたいな大技をこなすためには、その僅かな練習のチャンスを適切に活かしていかなきゃいけないんです。先生の指導にも熱が入ってきて、私たちもだんだん本気になってきます。

 最上段だけの次は、二段目と三段目での合同練習でした。つまり、二段目が立ち上がった時の揺れと不安定さに三段目がきちんと耐えられるかどうかの練習なんです。


「持ち上げるよー!」

 下の子の合図に、私はちょっと震えながら首を振りました。こ、怖いよ……。

 せーのっ、と六人分の声が重なって、タワーは少しずつ高さを上げていきます。地上高はたった一メートル半なんですけど、そのくらいしか身長のない私にはそこは恐怖の舞台です。ああ、こんな事なら私、選ばれたくなかったなぁ……。今さら弱気になっちゃいます。

「よし」

 立ち上がった私たちを見て、先生が号令を掛けます。「二人とも立ち上がって、練習したみたいに上で手を繋いでみるんだ。いいか、間違っても相手を引っ張ったりするなよ?」

 そんな事を言われても!

 足がすくんじゃって、なかなか立てません。先にすっと立ち上がっていた隼人くんは、早くももう手を差し伸べてくれてます。ちょっと待ってよ、そんなに私を慌てさせないでよ!


 と。

 バランスを保つために広げていたつもりの腕を、隼人くんが取りました。

「あっ」

 間抜けな声を上げちゃいました。とたんに燃えるように熱を発し始める顔に、私はぶんぶん振って冷気を纏います。違う、違うよ私。隼人くんはただ私を引っ張ってくれただけで──、いやでもそれは『気になる』っていう深層心理の現れなのかも!?

 ああ、やっぱり何度裏切られても私、この手の柔らかさには惚れ込んじゃうよ……! どうか隼人くん、そのままずっと私の腕を握っていて下────。


「何してるんだ三笠、早く立ち上がれ! 下が苦しそうにしてるだろう!」


 ……怒鳴られました。




 練習を終えたその日の中休み、私と隼人くんは職員室に呼び出されました。

 先生はいきなり渋い顔をして、言うんです。

「このクラスの『タワーブリッジ』の出来が、今のところは一番遅れている。特にまずいのは三笠、お前だ」

 ですよね……。私はため息を漏らしました。てっぺんにいる間もふらふらしてるし、バランス取れずになかなか繋いだ手を保っていられないし。

 ちなみに隣の隼人くんは、さっきからぴくりとも動いてません。というか揺らいでません。そりゃ、それだけ体幹がしっかり鍛えられてたら、あんなにすっと立ち上がれるはずです。いいなぁ、凄いなぁ……。

「いいか、お前たちは『選手』なんだ。かつ、二人で一つなんだ。もっとしっかりと連携できないと、まとまった演技にはならないんだ」

 先生の言葉はまるで、隼人くんにばかり気を取られる私に向かって釘を打ち込んだみたいでした。


 何だかしゅんとしてしまって、隼人くんの後ろをとぼとぼと歩いて教室に帰ります。こういう時、隼人くんの右手は私に優しくありません。

 こうやって後ろから見てみても、やっぱり隼人くんはカッコいいんです。髪型も決まってるし、服も丁寧に着てるし、でも真面目すぎなくて男子の友達と笑いあってたりして……。告白した子も何人もいたって言うし、私には高嶺の花すぎます。どうして隼人くんは、運動もできて可愛い他の子たちを選ばないで、私を相方にしたんだろう。

 そんな私の不安を煽るように、私の横を歩き去ったクラスメートの女の子たちが声を上げました。

「なんでうちのクラス、一番上があの三笠ちゃんなんだろうねー。他所のクラスより目立てないじゃんかー」

 ぐさぐさと背中に鏃が刺さりました。あの子たち、うちのクラスの女王様的存在なんです。あの子には誰も逆らえないし、外面も外見も超優良だから男子にモテモテだし。

 はぁ。

 私なんて、以下略。




「まー確かに、それは傷付くよね」


 私の愚痴を聞いてくれた沙月ちゃんは、そう言って頭をそっと撫でてくれます。

「ずっとこのまま言われ続けるのかな……。そしたら私、心折れちゃいそう」

「しょうがないよ、成田ってあれでかなり競争率高いしさ」

「うん……」

 私みたいに隼人くんに心を奪われてる女子って、このクラスには意外と多いみたいなんです。その隼人くんとのペアが私なら、そりゃみんな不満を感じちゃいます。分かってるんです、そんなの……。

 もういっそ私、降板を打診しちゃおうかな。あ、でもその前に隼人くんに告ってみて、潔く果ててから降板した方がいいな。──って私、何を画策してるの!?


 悩む私の頬を、沙月ちゃんがぷにっとつつきました。

「ヘタレだからねー、アオイは。あたしは小五で告白された側だけど、今だってカレに『好き』って言うのには何の抵抗もないよ?」

「でも……」

「アオイ、自分の想いをヘタレな根性のために諦めるなんて、もったいないよ? せっかく体育祭一番の山場で手を繋げるチャンスなんだからさ、その時お互いに恋仲になれてたら最高じゃん!」

 う、それ言われると痛いです。

「ハヤトくんと練習してる時のアオイ、いつもより何倍も生き生きしているみたいに見えるもん。端から見たらバレバレっていうか、本人にも気付かれてるんじゃない?」

 最後の一言に、私はぴくっと反応しちゃいました。えっ、そんな、それはないです。だとしたら隼人くん、意図的に私を避けてる事になっちゃいます。そうだとしたら私、私、ますますどうしたらいいのか分からなくなる……。

 青ざめた私に沙月ちゃんは、まぁ頑張りなね、とか適当な言葉で話を中断してしまいました。



 色んな不安にまみれたまま、放課後がやって来ました。

 だから、疲れて机でぐったりしてる私の所に隼人くんらしき影が寄ってきた時、私は真っ先に疑いの目を向けちゃいました。ああ、この端正でイケメン風な顔の奥で、私の存在はどんな扱いを受けてるんだろう。

「……どうしたの?」

 尋ねると隼人くんは、さらっとその続きを口にしました。

「ちょっと付き合ってくれないか、三笠」



 えと。

 えっと。

 ええっと。

 いま私、『付き合ってくれないか』って聞こえたんですけど。間違ってないですか?

 マジ? ガチ? 本気!?


 やったぁ──────!


 と、喜びかけて私はブレーキをかけました。待て待て私、あんたは何度このパターンに引っ掛かるつもりなのよ。私の早とちりな誤解が勝手にフラグだとか決めつけるから、違った時のショックが大きいんじゃない。

 ダメだよ、私。引っ掛かっちゃダメ。ここはあくまで冷静に。緊張で溜まった唾をごくんと呑み込んだ私は、尋ね返しました。

「何に付き合うの?」

「駅前の商店街に行きたいんだ。暇じゃないなら、構わないんだけど」

 あれ? もしかしてこれ、買い物へのお誘い的な感じなんでしょうか?

 せっかく自制した期待が、またムクムクと胸の中で膨れ上がってきちゃいました。もしかして、もしかしなくても、これってお買い物デート!

「無理?」

 少し声を小さくした隼人くんに、私は元気よく返事をしました。

「大丈夫だよ!」




 とは言え、私たちの住む街の駅前までは、学校からたった三分で着いちゃいます。

 校門を出てから三分近く、口の中がカラカラになった私に会話能力なんて有りませんでした。だって! だってだって、すぐ横を隼人くんがポケットに手を突っ込みながら歩いてるんですよ!? ちょっと悪そうなその歩き方、少しカッコいいんです!

 同じ学校の制服を着た二人が、同じテンポで同じ方向に歩いてるんです。カップルに見えないはずありません。さっきからもう、私の頭は沸騰寸前です! 隼人くんとカップルに見える!キャ────────!

 あの、もし良かったら手とか繋がせて下さい! どうせ体育祭のクライマックスで繋ぐんだから、いま繋いでも同じですよね! ついでに身体とか寄せたいです! この前沙月ちゃんに貧乳呼ばわりされたけど、胸とかもサービスで当てちゃいます!


 ……なんて。

 いくら心で叫んでも、都合よく隼人くんには以心伝心してくれません。時々、私の方を振り返るんですけど、どうやらついて来てるかの確認みたいです。

「…………」

 駅前の賑やかな道に入ると、色とりどりの看板やネオンが頭上に光っています。 ショーウィンドウに並んだ可愛い服の向こうに、仲好く(?)並んだ私たちが映っていました。

 そう言えば私、隼人くんの目的地を聞いてませんでした。確かこの先にラブホテルが──いやいや、そんな訳ないよね。

 聞いてみるのが早道です。ヘタレな私は勇気を出して、隼人くんの背中に声をかけました。

「ハヤトくん、どこか行く場所があるの?」

 隼人くんは黙って先を指差しました。そこには大手書店兼レンタルショップ『TSU〇AYA』の名前とロゴが、仄暗くなった空に輝いています。

 なんだ、ただビデオを借りに来ただけか。がっかりしかけた私ですが、思い直しました。そうでなくても狭い店内なんだから、隼人くんに触れられるかもしれない! 或いは借りるビデオが恋愛ドラマとかで、借りた後に隼人くんの方から『うちで観る?』とか聞かれるかも!

 いいぞ、私! まだ運は尽きてない! 今日こそは期待できるかもしれない! 声をかけられた時の誓いを、もうとっくに私は忘れています。

 案の定、ところ狭しと棚の並んだTS〇TAYAの店内。正面には去年の末に公開されたベタベタ恋愛映画のレンタルDVDが並んでいて、一層私のわくわく感を煽ります!


 が。

「ちょっと、ここで待ってて」

 そう言うと隼人くんは、一人ですたすたと店内に入ってしまいました。

 そして、一分半もしないうちに出てきました。あ、もうディスク用の袋を持ってます。貸し出しは済んでるみたいです。

 私、中にすら入れてもらえなかった……。

「それは……?」

 私がおどおどと聞くと、隼人くんはDVDを引っ張り出します。気になるそのタイトルは、

『百年の計! 中国雑技団の名演技ベストセレクション』


 …………?


「中国雑技団って、大道芸の最高傑作なんだよな。動きのレッスンとかも解説してくれるみたいだから、こいつを見れば参考になる所が多いと思うんだ」

 語る隼人くんは真顔だけど、心なしか少し嬉しそうです。

「『タワーブリッジ』の頂上って、一番露出の多いポジションだから。こいつを観てイメトレをして、明日からの練習に活かそうと思う。あとで三笠のスマホに、コピーしたDVDのデータ送っとくから」

「あ、うん……。ありがとう」

 テンション駄々下がりの私には、その返事が精一杯でした。身体にも触れられなかったし、恋愛映画の表紙を二人で覗いてドキドキとかも叶わなかったし、二人で映像を観るなんて以ての外、って感じだし……。

 結局こうなるんだ。ああもう、振り回された私がバカみたいじゃん! もう信じるな、私! 隼人くんが立ててくれたフラグは、ぜんぶ隼人くんが片っ端から折っちゃうものだと思え!

「悪いな、ここまでついてきてもらって」

「ううん。ちょっと、楽しかった」

 それでも私、偉かったです。できる限り最高の笑みを浮かべて、隼人くんにそう言ってやりました。隼人くんは、うん、と斜め方向に頷きました。

 はぁ……。

 お家に帰りたい……。


 嘆息もそこそこに家路を目指そうとした私に、隼人くんはきっぱりと言いました。かっこよく笑って。

「三笠。頑張ろうな、俺たち。頑張って練習して、もう先生にあんな口を利かせないくらい上手くなろうよ。そのための努力なら、俺は何だってするつもりだからさ」

 うん。

 私はささやかに首を振って、そう伝えました。隼人くんに見えてたかどうかは、分かりません。




 隼人くんは、私と違って真剣なんだな。

 私ときたら毎日毎日、隼人くんの気持ちを伺おうとしてばかりいるのに。

 私だって、組体操は成功させたいです。でもそれと同じくらい、隼人くんへの恋心もあるんです。

 教えてください、お月様。恋と組体操、私はどちらを選んだ方がいいのでしょうか……。


 宵の空にぽっかりと浮かんだ月に向かって、私はそう問いかけました。






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