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手を引かれました。





 組体操『タワーブリッジ』の配置が決まって以来、私の顔は毎日真っ赤です。

 ああ、隼人くんが横を通りました。それだけでもう、私の身体中に流れる血の量が一気に増えちゃいます。全身がぽっと芯から温かくなって、何も考えられなくなっちゃうんです……。

 おかげで眠気は増えるし、気になって隼人くんの方ばかり見てしまうから授業にも集中できないし。


「三笠、最近ずっとそんな感じだよなー」

 机に突っ伏して居眠りしていた私に、ある日隣の机の男子が笑いながら尋ねてきました。

 声の振動を机越しに感じて、私は顔を上げます。ああ、なんだ。隼人くんじゃないのか……。

「ハヤトと一緒にタワーブリッジの頂上に立つから、照れてるんだろー」

「違うよぅ」

 訴えましたが、ぜんぜん説得力ないことに気がつきました。男子は笑います。

「ハヤト、イケメンだもんなー。もしかして三笠、あいつが好きなのか?」

「そんな感じするよねー♪」

 横から沙月ちゃんが割り込んできました。ああもう沙月ちゃん、余計なこと言わないでよ!

「いいじゃない、喜んどけば。あの成田に選ばれたんだよ? 女子の人気がそこそこ高い、あの成田にだよ?」

「へぇ、あいつやっぱり女子には人気高いのか……」

「当たり前じゃん! ま、あたしは本命いるけどねー」

 話がうまい具合に私から逸れたみたいです。私はみんなから顔を背けて、はあと大きく息を吐き出しました。

 本当、どうして私なんだろう。あれから毎日のようにクラスメートの女の子に聞かれるけど、そんなの私にだって分からないし。身長が近い子は他にもいるし。

 と、そんな私の襟首を沙月ちゃんがぐいっと引っ張ります!

「こらー、何ちゃっかり話から逃げようとしてんのー」

「オレたちになら言ってくれてもいいだろ、ハヤトが好きって! 言い触らさないからさー」

 ああもう、みんなの意地悪ーっ!





 体育祭を二週間後に控えて、体育の授業では組体操の練習が始まりました。

 演目は多いので、日毎に一つか二つくらいのペースで攻略します。ただしラストの山場である『タワーブリッジ』だけは例外で、最初のうちから少しずつ練習を積み重ねていくんです。

 発表があった日の、その次の日。よく晴れた太陽の下、体操着に着替えた私と隼人くんはみんなとは別の場所に集合をかけられました。


 どうしよう!

 近い!

 私の肌と隼人くんの肌の間には、たった二、三枚の布しかないんですよ!

 『休め』の姿勢で立ちながら、秘かに興奮を感じながら、私は隣の隼人くんを見ました。あれ、なんかすごく落ち着いてる……。すっごくクール……。

「遅くなったな、二人とも」

 ああ、先生が来ちゃいました。急いで私は前を向きます。

「悪いな、二人だけグラウンドの端に来てもらって。あとで通常練習を始める時には、あっちに走って移動してもらいたい」

 先生も急いでいたみたいです、話す声の息が上がってます。少し目線を上げると、準備体操を終えたクラスメート三十人がもうタワー組みの練習を始めているみたいでした。肩を組んだりして、楽しそうです。

「それと成田、さっきの紙はなかなか参考になったよ。ありがとう」

「あ、ありがとうございます」

 紙?

「とりあえず二人には、高いところに登る練習から始めてもらう」

 私の疑問はスルーされました、そもそも口にもしてませんけど。用意されていた跳び箱を手にした先生は、笑います。

「二人とも、高い所は大丈夫だよな?」


 練習は簡単です。

 少しずつずらされて積まれている二段の跳び箱に、一段目から順に足をかけて、しっかり真上に乗ります。そして足を踏ん張ります。そうする事で、下の二段が立ち上がるのに耐え切るんです。

 これはあくまでも、肩に登る感覚を掴むための練習なんです。

「よっ、と……」

 軽々と登る隼人くんを尻目に、私は手をかけて頑張ってよじ登ります。すると先生から声が。

「そこ、あんまり腕に力を込めるなよ! 下のヤツが痛い思いをするからな!」

「は、はい!」

 そうは言うけど、そうじゃなきゃよじ登れないよ……。そう思って隼人くんを見ると、隼人くんは手をついた瞬間に鋭く息をはいて、勢いよく地面を蹴ってすぐに乗ってしまいました。跳び箱から音がしないところを見ると、大した力はかかっていないみたいです。

 うわぁ、すごい……。

 思わず私、見とれてしまいました。すると透かさず先生から檄が飛びます。

「いいか、ここが上手く行けばお前たちの山場はおしまいなんだ! しっかり真ん中に立って、下の連中に迷惑かけないようにやるんだぞ!」

 はぁい……。


 少しして先生は、向こうのタワー基礎部分の練習を見に行きました。

 私と隼人くん、二人きりです。

「……疲れた」

 小声でぼやいた私は、地面に体育座りをすると手を後ろについて、黙々と練習を続ける隼人くんを眺めていました。

 それなりの角度に開脚してるつもりなんですけど、隼人くんはこっちの方なんて見向きもしません。台の上にしゃがんで、色んなバランスの取り方を試しているみたいです。なんだかバカみたいに思えて、私はまたぎゅっと膝を抱え込みました。


 今に限らないんです。

 隼人くんと私はよく一緒になるけれど、隼人くんは私の事なんてこれっぽっちも気にかけてくれません。だからたまにアクションを起こすと、思わずドキッてしちゃうんです。この前みたいに。

「三笠、ちょっと」

 ほら、こんな風に成田くんの声が耳元で聞こえることなんて────




 って、あれ? 隼人くん!?


「?」

「立ってくれないか?」

 立つの?

 言われるがまま重い腰を上げて立ち上がった私の手首に、すっと誰かの手が触れました。そのままきゅっと力を入れて、軽く後ろに引いてきます。

「あっ……」

 小さく声が出た拍子に、私は後ろに一歩下がってました。あれ、何だろう。背中があったかい……。


 隼人くんの手だ……。

 すごい、男子なのにこんなに手がすべすべなんだ。──って違う! 違うよ! 私いま、後ろから隼人くんに手を引かれたんだよ!

 ねえ隼人くん、それはどういう事? どうして手を引いてくれたの? やっぱあれ? そのまま耳の近くに口を添えて、『お前が好きだ』って言うパターンなの!? 

 やばい心拍数上がってきちゃった! 身体がすっごく火照ってます! てか、突然すぎるよっ!

 心の中の大波乱とは裏腹に、私の顔は驚きと照れで引き攣っています。右耳に隼人くんの息が掛かって、内心もうキャ──────



「悪いんだけどさ、そこ色々描いてあるから、ちょっとどいてくれないか?」


 適度に冷えた隼人くんの声が、私を一瞬にして現実に引き戻しました。

 私は恐る恐る下を眺めます。あ、本当だ。砂に何か描いてある……。

「ご、ごめん」

 数歩後ろに下がって謝ると、隼人くんは「うん」と頷きました。で、私の前にすっとしゃがみ込んで、足元に描かれたその『図』を熱心に見ています。

 私はただ、呆気に取られたみたいにその光景を眺めるだけでした。って言うか、その図は何? 遊びで描いてるの? 樹系図とかトーナメント表みたいだけど……。


 また、期待が崩れました。

 今日でもう三度目です。

 二度ある事は三度ありました。だとしたら次回ももう、こんな風にどきどきするだけ無駄なんでしょうか……。

 相変わらずな先生と相変わらずな隼人くんと、私は何となく練習を終わらせました。不安な気持ちは拭えないままです。


 ねぇ、隼人くん。

 君の本心が知りたいよ。

 君はあんなにも私を翻弄するのに、どうしてそんなに私に無関心なの?

 私はまだ、君の立てたフラグが回収されるのを期待していいの?


 あさっての二度目の練習が、早くも憂鬱です。







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