壁ドンされました。
えっと、えっと。
今の私の心情を説明させてください。
あの、すごく苦しいです。物理的にも、心理的にも。
すみません。意味、分かりませんよね……。
いま私、クラスメートのとある男子に壁ドンされています。
その、壁に追い詰められて、下から見上げると綺麗な瞳が輝いてるんです!
もう心の中は『キャ────────ッ!』って叫んでます! だってこの人、私がずっと片想いしてた人なんだもん!
そうです。
この人の事、私、中一の時からずっと見てきたんです。ラブラブな目で。
すらりと高い背丈、イケメンと評するに値する顔、いつも一人でクールに本を読むあの姿、スラスラと難問も撃破する頭の良さ、私の苦手なパソコンをも難なく使いこなすその多才さ……。ああ、私この人にずっと前から、どうしようもなく憧れてたんです!
どうしよう、このまま告白とかされちゃうのかなぁ……?
それとも思い切って私からしちゃおうかな?
少女マンガみたいに私が小さくなって真っ赤になって俯いて、か細い声で『……好きです』とか言うのがいいのかな!?
ああ、もう私、幸福感で今すぐ昇天しそうです──!
興奮と驚きで倒れてしまいそうになった、その時でした。
目の前の彼、成田隼人くんが、ぽつりと呟きました。
「『タワーブリッジ』、か……」
えっ。
タワーブリッジ?
それってあの、ロンドンの?
妄想に浸っていた私は、いつの間にか現実に戻ってきちゃっていました。隼人くんは、ふぅん、と唸るなり、私の隣から呆気なく腕をどけてしまいます。
「あ」
間の抜けた私の声にも反応しません。そしてそのままきびすを返して、隼人くんは教室の中に戻って行きました。
「…………」
取り残された私はまだ、そこに立っています。
えっと、ええっと。つまり私、何をされたんでしょうか? 今のは壁ドンじゃなかったんでしょうか?
恐る恐る振り返ると、そこにはこんな貼り紙がしてありました。
『体育祭の組体操について』
嫌な予感がします。
もしかして隼人くん、私がそこにいるのを無視して、この掲示を見ようとしてただけなんじゃ? 或いはその逆で、私がいなかったのに気付かなかったとか……?
どっちにしろ私……、
期待して損しちゃったよっ!
何だか力が抜けちゃって、私はぺたんとそこに女の子座りしちゃいました。そんな、そんなのってないよ。私の胸の高鳴りを返せ! ちょっとだけ何かを期待しちゃったじゃんかっ!
だって、壁ドンなんて滅多にされるものじゃないし、況してや相手が意中の男子なんですよ!? レア中のレアなんですよ!?
はぁ。
何だかなぁ。
紙には、今度の体育祭の組体操についての説明が書いてあります。
私は紙面を適当に流し読みしました。男女一名ずつ、の項で目が留まりました。
ここに私と隼人くんの名前が載ったなら、どれだけ嬉しいでしょうか。なんて、思ってみます。
これは、そんな恋する私──三笠葵が、愛しの隼人くんの振る舞いに振り回され続けるお話です。