九話 集う探索者
リオンとの邂逅から一週間が経過した。
メンバーは順調に集まり、僕を含めて六人の探索者が今屋敷の談話室に集まっている。
大きなテーブルの上に軽い食事や果実ジュースなどを置き、さながら小規模なパーティと言った所か。
さて、集まったメンバーについてお浚いしようか。
まずウォリアーのリオン。バスタードソードを取り扱う彼女は今回の探索における最大威力の前衛だ。
次に弓を扱うシューターのシュンとシャオ。シュンは長身の男であり、得物の弓はロングボウだ。一方のシャオはメンバーの中で最も小柄な少女であり、取り回しの良いショートボウの他にも投げナイフを使う。
そしてディフェンダーのケビンとマイク。両者とも力強い体躯を持ち、直径一メートルは有ろうかと言うホプロンを軽々と持ち上げて見せる猛者だ。また、二人は兵装としてブロードソードを腰に下げている。
異常が今回のチームメンバーであり、僕とリオン以外は度々組んだ経験があるらしい。
「さて、集まってから今日まで連携訓練などを行ってきた我々だが、明日、迷宮探索に出発しようと思う」
僕の言葉に対して顔に不安を浮かべるような奴はいなかった。
その腹の内までは読めないが、期間をおいて行った訓練は焦燥を消すのに一役買った事だろう。
「では明日からの成功を祈って、乾杯」
≪乾杯!!≫
皆は各々の席に配置された果実ジュースの入ったグラスを手に取り、号令と共に口の中へ流し込む。
それを見て、僕も自分の手の中にあるグラスを傾けた。舌に触れる葡萄の風味が心地良く、僕は即座に二杯目を用意するのだった。
「あ、ライガーさん!! 私も御代わり良いですか?」
「こらシャオ、少しは遠慮っていうモノをだな……」
元気よくお変わりを要求するシャオとそれを嗜めるシュン。二人は兄妹であり、シュンが先にこのゲームを始め妹のシャオがそれに続いたそうだ。シャオがゲームをやる前のシュンは後衛だったのだが、シャオがゲームを始める事になって以降、兄妹二人で組む時は専ら前衛を熟していたそうだ。
「そう気にしなくても良いよシュン。まだ大量にあるしね」
「しかしなぁ、甘やかすと碌な事に成らないような気が……」
「あ、兄ちゃんまた私の悪口言ってる!!」
「普段のお前の行いを省みてから言えよ」
「えー!? こんな可愛い妹もっていったい何が不満なのよ!!」
「冷蔵庫にあった俺のプリン」
「うっ」
「部屋に飾ってあったプラモデル」
「あ、あれは、掃除してあげようかと……」
「極めつけは米の焚き忘れで空腹に喘いだカレーの夜だっ!!」
「それは私だって辛かったもん!!」
「知るか!! 元凶のお前が辛かろうが辛かろうが俺の知った事じゃないわっ!!」
「さっむー!! ひょっとしてそれダジャレの心算? ちょー寒いんですけどっ!!」
二人は僕をそっちのけで口喧嘩に興じ始めた。
この二人は高い頻度で喧嘩をしている。それはもう、一度始まると喧しくて仕方がないレベルでするものだから、聞いている身としては堪ったモノじゃない。
故に僕は、この喧しい兄妹喧嘩を鎮静化する為に二人のグラスへ御代わりを注ぐのだった。
「はいはい可愛い御嬢さん、御代わりですよ。ほら、シュンも」
「やっほい!!」
「あっ、っとに。……すまんな」
「だから気にしなくて良いってば」
シャオが喧しいのはまだ小学生である事を考えれば仕方がない事だ。子供の仕事は遊んで騒いで勉強する事と言ったのは誰だったか忘れたが、その言葉には概ね賛成と言えよう。
そして兄であるシュンはシャオの面倒を見るのが大変だと、訓練後に笑顔で愚痴っていた。
何だかんだでこの兄妹は仲が良い。シャオは最も頼れる目上の存在が傍に居り、シュンは守るべき妹が居るからこそ平常な精神を保てていた。そんな二人を見ていると此方まで心が明るくなった気になってしまう。
現に二人は果実ジュースを傾け始めてから笑い合い、味の感想を和気藹々と話し合っている。
「でさ、やっぱりゴリゴリ君はあの味に限るよね!!」
「まあな」
「イチゴ味!!」「コーラ味」
……どうやら第二次が開催されそうだ。
喧嘩の予兆を見て取った僕はその場を離れるのだった。
「やあケビン、マイク。楽しんでる?」
「まあな。これ、結構美味いが何の肉?」
「恐竜」
「おいライガー、酒はネェのか!?」
「無いよ、未成年だから購入できません」
ケビンは恐竜の肉で作った串焼きに驚き、マイクは酒が飲みたいとごねる。お酒の購入を未成年に頼むなし。
「確か二人も基本的にペアで活動してるんだっけ?」
「ああ、依頼を受けたり必要に応じて組む時はあるが、その時は専らディフェンダーやってるな」
「といっても剣が使えない訳じゃないぜ? シールドバッシュで伸びた間抜けを捌くのには持って来いだったしな」
「え、対人?」
「まあゲーム内ではな。こっち来てからは魔物以外に使っちゃいないさ」
豪快に笑いながら言うマイクは酒も飲んでいないのに酔っ払いの様だ。そんなマイクの口にケビンが竜肉のソテーを放り込む。五月蠅い奴を黙らせるには口を塞ぐのが一番という事だろう。
「それでも、たまにゃあ対人訓練もするがな」
「ああ、この世界の人間が襲ってこないとは限らない。仮に文明を見つけたとして、それの水準が中世御貴族様の社会だったら目も当てられんしな」
「あー」
場合によっては人間を殺害する事も視野に入れている。
言外にそう告げている様に感じられる話だった。
そう言えば、考えてもいなかった。最初に遭遇する事になったのが話の解る遊牧民の皆様だった事もあるんだろう。危ない考えだ、人間全員が彼等の様に僕らを迎えてくれるなんて保証はどこにもないのだ。
まして僕は魔法使いだ。超常の力を行使する存在をこの世界の宗教が容認するだろうか。恐らく、その宗教の教義に触れる様な事が有れば資格を向けられるだろう。
そこら変もしっかり考えなければならない。
「その場合、どうするのさ?」
「場合に因っちゃ殺すさ」
「おい、マイク!!」
「ケビン、状況が状況だ。こういった状況下で武器を手に取った以上、コイツだって立派な戦士さ。そうだろう? ハーフボーイ」
「ハーフボーイって僕の事かよ? まあ戦うのは必要に迫られればやるだろうさ。けど現状どうなるか解んないな。もしかしたら震えて何も出来ないかも知れないし……何より、出来れば考えたくないしね、殺人なんて」
「おいおい、の割には随分と冷静な受け答えじゃないか」
「実感が湧かないからさ。何せ、僕はまだ人間を殺した事はない。恐竜は殺したけど、同種族ともなれば流石に勝手が違うだろうさ」
「そうかい。ま、当面は魔物との戦いだ。それが終わってからお前と組んだままでいる保証も無いしな。最悪、どちらかが死ぬ可能性だってある」
「そうだね。だから、精一杯頑張ろうじゃないの」
「へっ、その通りだ」
じゃあな、と言うとマイクは串焼きを三本分一気に食べて己に割り当てられた部屋へ向かう。その後ろ姿を、ケビンは困った顔で見つめていた。
「すまんな、いつもはもっと気の良い奴なんだ。ただ、状況が状況だから……」
「解ってる。むしろ有り難いよ、緊張感を失わずに済んだ」
この言葉には嘘が一つもない。
そう、身の安全何て誰も保証しないのだ。故に考えすぎるなんて事はない。常にあらゆる事を気に掛けておいた方が有事の際に役立つだろう。尤も、それも気休めでしかないのだが。
「ケビンも何か言いたい事が有ったら遠慮なく行ってくれ。戦いの駆け引きとか、僕と貴方達を比べたら僕の方が圧倒的に劣っているんだから」
「……解った、頼りにしてるよ?」
「勿論」
ケビンは苦笑を浮かべるとマイクを追いかけて退出した。
視線を巡らせると、シュンとシャオの兄妹が喧嘩で疲れたのか寄り添いあいながら寝息を発てていた。
「お疲れ様、リーダーやるのも様になってきたんじゃない?」
「リオンか」
椅子に腰を掛けた僕の後ろからリオンが声を掛けてくる。
その手にはまだジュースの入っているグラスが有った。
「リーダーって言う程の事は何もしてないよ。誰がどれだけ出来るかを頭に入れてちょっと料理を振る舞っただけじゃないか」
「現状でそれを出来る人が一体何人いるかを考えてから言った方が良いわね。こちらの不便が殆ど無くなる様に準備しているだけで相当なモノと思うけど?」
そんなモノだろうか。
リーダー、もしくは指揮官などは状況を素早く解析し、その時々の適切な解を求めそれを元に効率の良い策を考えなければい行けない。それが僕に勤まるとは到底思えないのだ。参謀が居ればもっと違うのだろうが、仮に居たとしても咄嗟の判断が僕にどれだけ出来るかは未知数だ。一人でいれば身軽な判断が出来るが集団では勝手が違う。
そこが、少し不安だった。
「それでも、不安は尽きないよ。用意しすぎるなんて事はない。何せ下手すれば落命の危機だ。明日は気を張って行こう」
「勿論よ」
グラスを取り出し、ジュースを注ぐとそれを喉へ流し込む。
一息ついた僕を見たリオンは何やら苦笑を浮かべていた。
「……何さ?」
「魔法使いだって聞いてたけど、貴方は結構普通だなって思ったのよ」
「そうかい。ま、僕以外が普通って保証はないけどね」
「奴は我ら四人の中でも凡庸な、とかいう展開に繋がったりするの?」
「しないよ、僕らは基本的に繋がりが薄いんだから。てか四天王とか……」
「十二神将とかの方が良かったかしら?」
「知らないよ!!」
ふざけた会話だ。
実りも無ければ意義もない。でも、そんな無駄でしかない会話が僕の緊張を和らげているのは確かな事だった。
リオンの笑顔には、そう言った気遣いも含まれているのかもしれない。
暫くの間、僕達は笑いながら下らない話に興じた。それが終わり、リオンが割り当てた部屋に帰るのを見ると、僕は仲睦まじく寝ている兄妹に毛布を掛け、宴の片付けを始めた。
◇
「……それじゃあ言ってくる。この袋は屋根裏に隠しといて」
「――――!!」
「今のは、了承かな? それじゃ元気で」
翌朝。
僕はまず、同居人の巨大蜘蛛にある物を預けた。そのある物とは、内広袋と呼ばれる魔道具である。
腰に難なく下げられるサイズの袋は、魔法の力によりその内部空間を肥大化させている。
どの位肥大化しているかと言えば、軽く四畳半を越える範囲であることは間違いない。
その袋に、今回の探索遠征で使わない物を詰め込んだのだ。幾ら魔道具や魔法の恩恵があるとは言え、積載限界はあるのだ。ならば余剰分を少し確保して必要のない物は置いていく方が効率的だ。
そして我が屋敷の同居人は人の目に付きにくい場所に隠れるのを得意としている。
その同居人ならば、安心して物品を預けられるという物だ。
挨拶を済ませると、僕は屋敷を出る。
玄関口では、既に他のメンバーが待機していた。
「準備出来たのかしら?」
「お蔭様でね」
質問を投げるリオンに短く返す。
メンバー全員を見渡すと、全員用意は万端の様だ。
「それじゃ、行こうか」
≪応!!≫
気合の入った返事と共に、僕達は歩き出した。
◇
南区の大通り、大門を抜け荒野へと出た僕達は足の速い亜竜種に包囲されていた。
「わー、恐竜いっぱい。軽く初心者用装備が作れそうなくらい居るー!?」
「全部倒せたらの話だけどな……。それと、それは多分別ゲーのシステムだ」
半泣きで叫ぶシャオにシュンが諦め半分の声音で反応する。
そんなやり取りをしつつもメンバーは即座に戦闘態勢を取っていた。尤も早く構えたのはリオンだ。バスタードソードの刀身に巻き付けられていた布を外すと、柄を両手で持ち方に担ぐ。良く見ればリオンのレザーアーマーの右肩には金属製の肩当が付けられている。その肩当に付いた大量の傷を見るに、その構えはリオンの基本戦闘スタイルなのだろう。そう言えば、訓練でも度々この構えを行っていた。木剣を使っていた為に肩当はしなかったのか。
次にケビンとマイクがホプロンを前面に構えリオンの前へ進み、その後方でシュンとシャオも己の得物である弓に矢を番え構える。
そんな現状で、僕は前に出た。
それと同時に亜竜種の集団からも一体が前に出る。その一体は随分前に僕が手懐けた亜竜種だった。
「ライガー!?」
「大丈夫だよリオン、……多分」
近付けば近付く程解る、少なくともこの個体に敵意はない。
かと言って態々此方に屈服してきた、等という事は無いだろう。そこでこの亜竜種の視線を探った。するととても解り易かった。この眼前の恐竜は視線どころか身体全体の方向を僕の腰の袋に向けていたのだ。
だとすればコイツ単体の目的は僕の所持している竜肉で間違いないだろう。
そう考えた僕は袋から干し肉を出して眼前の個体に渡した。
眼前の個体はそれを咥えると首を撓らせながら振り、器用に後方の同族へ放り投げる。それを受け取った個体は直ぐに口の中で干し肉を咀嚼し、それを周りの個体が見つめている。羨ましいのだろうか。
投げ終えた個体が再度此方へ顔を向けた。それに合わせて僕はまた干し肉を差し出す。そして眼前の個体はそれを受け取りまた後方の同族へと投げた。
ここまで来ると大体こいつ等の目的が掴めてくる。その考えが正しいかどうか確かめる為に、僕は取り出した干し肉を眼前の個体ではなく後方の個体へと投げた。
投げられた個体は即座にそれを咥え咀嚼を始める。そして咀嚼が終わり、干し肉を嚥下すると此方へゆっくりと歩み寄ってきた。顔を摺り寄せるその個体の頭を撫でて、僕はその背中に飛び乗った。
「ライガー、まさか……」
「うん、乗れるっぽい」
「……ゲームにテイムなんて機能有ったかしら……」
暫く悩んでいたリオンだが、他の個体を手懐けると自分もと背に乗りたがった。やはり恐竜の背中にはある種のロマンが有る様だ。
「でも、食料の消費が激しくなるんじゃないか?」
「おいケビン、消費量は確かに増えるがその分早くに目的地へ着けるだろうが」
「!、そうか、成程!!」
僕は一端南区の商店街を漁り、手綱の代わりになりそうな物が無いかを探す。すると、手綱と鐙のセット売りを発見した。何でも、トーマスさん達と同時期に探索していたメンバーが、旅先で遊牧民と出会い鐙の見本品や馬を手に入れて来たのだそうだ。
必要なモノを買って戻った僕は、亜竜種達へ鐙等を装備させていく。
それが終わると、己の得物をしまった二人が馬上ならぬ竜上にて言葉を交わす。他のメンバーも己の装備を一度格納し、亜竜種の負担を出来るだけ軽減しながら騎乗し、そして荒野を走る。
亜竜種の走る速度は赤を纏う荒野の民が飼い慣らす騎馬に勝るとも劣らない速さだ。
走る恐竜の背中で感じる頬の風は、僕の心にある種の爽快感を与える。
「君のお手柄だよ」
そう呟きながら、僕は僕の乗る個体の背中を撫でた。
一定の距離を開けて、僕達は荒野を走る。ゲーム内での主要な長距離移動手段が馬車や騎乗で有ったため、メンバー全員が騎乗の経験を持っていた事が幸いしたと言える。
暫く亜竜種の背に揺られていると、僕達は荒野を抜け草原に侵入していた。
草原と荒野の境界は既に後方遠く、霞んで見える程離れている。
それから三十分程進んだ先で、亜竜種達が突如その足を止めた。
「ど、どうしたの? 疲れた? まさか、私が重い!?」
「落ち着きなさいよ、アッチのオッサンの方が明らかに重いわ」
「……オッサンって、俺はまだぎりぎり二十台でだなぁ」
「おいおいケビン、嬢ちゃんや坊主たちから見りゃ俺達は普通にオッサンだろ?」
「だがっ、しかしっ」
亜竜種から降りたケビンは何故かオッサンという言葉に拘っていた。
それを放って置き、僕は干し肉を取り出す。しかし亜竜種達は誰もそれを咥えようとしない。
「……………………」
考え、僕は魔法を使う。
腹が空いたのではなく喉が渇いたのかもしれないと考えたからだ。翌々考えれば、既に二時間以上連続して走っていたのだ。疲労も溜まっている事だろう。
「――――土へ嘆願する。地に溝を作り、石を敷き詰めたまえ。――――水に嘆願する。石囲いの溝を水で満たし給え」
簡易的な給水所を作ると、亜竜種達は我先にとそこへ頭を突っ込んだ。
やはり喉が渇いていた様だ。
「皆、ここらで休憩にしよう。コイツ等のお蔭で予定より早く目的に着きそうだし、少しは休ませないと」
辺りを見回しても脅威となりそうな生物の影が無い。その事を確認すると、僕達は休憩に入った。