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七話 手に入った情報

 街へ来て二日が経過した。同居人の巨大蜘蛛とはこれと言った問題もなく付き合えている。余っていた竜肉をあげたら、ご機嫌に体外消化を開始したのでびっくりしたものだ。

 屋敷の本棚には古めかしい書籍が山の様に貯蔵してあったのが中々に印象的だった。まあ言語が解らなかったり、時たま英語や漢字で書かれた物が混じっていたりするのだけど。

 そして僕は今日、街の南区にある商店街を見て回っている。プレイヤー達が大探索大会で手に入ったモノを大々的に売っている様だ。その中でも、一番の売れ筋は食料品である。数日間ひもじい思いをしたプレイヤー達は我先にと食料を買い漁っているとは早朝屋敷に尋ねて来たトーマスさんの言葉だ。


 辿り着いた南の大通りは人でごった返している。街の外は過酷な自然環境だと言うのに、ここだけ近代文明の都会染みた賑わいだ。そこに、僅かな違和感を覚える。

 が、やはりそんな事はどうでも良い。

 今は兎にも角にも掘り出し物を探そう。いや、まずは露店で串焼きを買おう。いったい誰だ、こんなに美味しそうな匂いを垂れ流している奴は……。


 視線を辺りへと巡らせる。匂いを漂わせている犯人は割と直ぐに見つかった。


「何してんだいジョウ」

「お、よう魔法使い。つーかトーマスさんにはさん付けで俺は呼び捨てかよ?」

「だって、何かジョウには敬称似合わない気がするし」

「……お前、社会に出たら叩かれるぞ? それ」

「生憎叩かれる様な社会は既に眼の前に無いモノでして……」

「うーわ、止めろよその胡散臭い魔法使いロール!! 何か背中がムズムズしてきたぞ!?」

「おっと、ジョウの弱点を一つ見つけてしまったようだ」

「ハッ!? もしや俺は取り返しのつかないミスをしたのでは?」


 戦慄しているジョウを放って置きながらその手に持たれているモノへ視線を流す。この鼻孔を擽る甘しょっぱい匂いはジョウが現在手に持ち、そして火で炙ってはひっくり返している串焼きのモノだった。

 ジョウは露店にて串焼きを行っていた。ハイドアーマーを脱ぎ、前掛けと帽子を被ったその姿は飲み屋や夏祭りで見かける焼き鳥屋その物だった。

 何と言うか、手付きが素早い。小慣れてるとでも言うのだろうか、手の動きに無駄が無いのだ。


「ジョウは今日焼き鳥屋さんみたいだね」

「お、解るか? いやぁ、飲み屋でバイトしながら色々と覚えたもんだぜ。割と多いぜ? 昔取った錫杖がよ」

「それって、どれも中途半端に終わったって意味じゃないの?」

「ハッ、俺は器用だからより多くの技術を習得しているのさ」


 皮肉を言ったが自信満々に流された。少し悔しい。

 しかし、ジョウの発言にも頷けるモノがある。何せ、眼の前の串焼きは本当に美味しそうなのだから。


「ジョウ、二本頂戴」

「おい、中途半端な奴を喰いたいのか?」

「ジョウの勝ちで良いよ、そんな意地よりも君の串焼きが食べたい」

「へへっ、毎度あり。ついでにお前の名前を使って宣伝してもいいか? 魔法使い御用達、みたいなよ」

「図に乗るな、僕は客で君は店長だぞ?」

「お客様は神様、ってか? 今時流行んないぞ、それ。今のご時世、お客様はビジネスパートナーだ。でなけりゃ売る方が被害を被って仕方がない」

「おい、僕を五月蠅いモンスターと同列に扱ってないか?」

「そんな訳あるかよ、……ホレ、二本出来上がりだ」


 ジョウはそう言って焼きたての串焼きを二本僕へ差し出す。

 僕が下らない口喧嘩を吹っかけている時に、ジョウは己の仕事をしっかりと熟していた。

 何と言うか、大人と子供の差をはっきりと見せつけられた気分だ。


「……御代は?」

「いやぁ、通貨の価値が馬鹿みたいに上がっているからこういった食品関係は物々交換、トレードが基本になってるな。串焼き二本ならそれよりも少し多めの肉なり食料なり、ってな。お前にはサービスだ、この大量の肉だって大半がお前の仕留めた奴だしよ」

「…………」


 どうにも、申し訳ない気分だ。

 眼の前のジョウという男性は一見粗雑な様で、その実大人でおまけに義理堅い。

 尊敬できる目上の人だった。

 僕は無意識の内のこの人を見下していたが、考えを改める必要が有りそうだ。


「……ありがと、またねジョウさん」

「おう、またな! ……ってあれ? 今アイツ、さん付けしなかったか?」


 首を傾げて呟いたであろうジョウさんの言葉が聞こえたが、僕は振り返らずに人混みへ紛れた。

 だって、恥ずかしいじゃないか。



 串焼きはとても美味しかった。

 甘く、適度に辛く、そしてしょっぱいタレが細かく切り分けられた肉の表面を完璧にコーティングしていて、噛む度に肉の油と甘辛くそして香しいタレが口の中で混ざり合い、その至福を脳へ伝達しつつ食欲を増進させてしまう。

 その増大した食欲を前にして、二本の焼き肉串という質量は余りにも少な過ぎた。串焼きを食べ終わった僕を襲ったのは満足感ではなく、物足りなさだったのだ。

 なんてこった、これならもう四本ほど買っておくべきだった。

 そして、こんな美味しい串焼きを手掛けるジョウに対して、俺は何と失礼な口をきいていたのだろう。

 間違いなく、彼は職人だった。

 これからは益々呼び捨てに出来ない。


 さて、それ程歩いて以内にも関わらず居並ぶ露店の品揃えは変わっている。

 ジョウの居た場所ではやたらと美味そうな匂いが立ち込めていた為に気が気ではなかったが、今はそんな気持ちにはならない。

 どうやら、果物や生肉等の未加工食品を販売している様だ。

 香辛料やソース等の強烈な刺激はないが、果物固有の仄かな甘さが風に乗って鼻へと流れてくる。

 生肉は流石に生ものであるという事もあり、商人達は注文した人々の名前を記録し後日お届けに行くようだ。


「すいません、そこのリンゴっぽいやつ下さい」

「はいはい、リンゴ二つね。御代は?」

「じゃあ竜肉の干し肉で」

「む、美味しそうだ。酒に合いそう。宜しい、商談成立だ」


 紐で吊るした干し肉を二本分譲りその代価としてリンゴっぽい果実を二つ頂く。

 僕がこの果実をリンゴと言わない理由はその色に有る。形状は紛う事なきリンゴのモノだが、その色が青いのだ。

 緑色ではなく本当に真っ青だ。

 故に僕は、これを蒼リンゴと呼ぶ事に決めた。


 一つを口元へ運び、齧る。

 果汁はリンゴの風味であり、そして従来のリンゴよりも甘い。

 糖度が高そうだ、等と考えながら蒼リンゴを食べ続ける。苦にならない味だ。異世界のリンゴは苦いかも知れないと覚悟していたが、これなら普通に食べられる。むしろ好ましい。

 リンゴは芯を残して食べ終わった。

 割と腹も膨れたので、次は食べ物以外のモノを見ようと思う。


 また暫く歩き、僕は別の露店を覗く。

 この露店はどうやら毛皮を取り扱っている様だ。ざっと見て、虎、狼、熊の物と思われる毛皮が見られる。


「ねぇ店主、これってこの街からどっちの方角に生息してたの?」

「西だね。デカい山脈とその麓にある広い森、森の中に沢山いたともさ」


 大変だったと苦笑いしながら髭を生やした中年の店主が言う。

 西には森が有り、聞けばそこには虎や狼など地球でお馴染みである猛獣の他にも道の生命が居たようだ。

 おそらく魔物だろう。


「……成程、僕は基本的に荒野で活動してたから森へは行った事が無かったな」

「余りにも深いんで俺が所属した探索隊も浅い部分をさらっと見て帰ってきたんだよ。遭難なんてしたら堪ったもんじゃない」

「確かに。じゃ、御代はこの蒼リンゴで」

「……青って、緑じゃなくて本当に真っ青かよ!?」

「一個食べたから味は保証するよ?」

「辛いのか?」

「何で果物で辛いって発想が出るかな。普通のリンゴよりも甘かったよ。むしろ甘すぎるくらい」

「そう、か。まあ、有り難く頂くさ」


 まだ手の中の蒼リンゴを訝しげに見つめる店主を放って置き、僕は再び雑踏の中へ紛れた。



 あれから何軒かの店を見て回り、僕は今街の中央に有る噴水広場へ来ていた。

 街へ転送された人々曰く、始まりの場所。

 そこは今、人でごった返していた。


「さあこの戦士ケントと鎬を削ろうという猛者は居ないのか!?」


 噴水広場の一角にて。

 そこではストリートファイトが行われていた。いや、ストリートファイトと言うよりも決闘か試合と言うべきだろう。

 形式はケントと呼ばれる剣士に対し武器を手放させるか降参させるかというモノだ。

 このケントが中々にやり手であり、周りで見ている観客を飽きさせない様にと挑戦者が居ない時は大道芸も熟すのだ。

 剣士として中堅所と言えるだけの腕前と、エンターテイナーとしての心得を持つ男とでも言うべきか。

 そのケントは、またも挑戦者の武器を弾き飛ばして降参させた。僕が見てから既に十回以上の勝利を収めている。

 そして、それだけ連戦が続くと迂闊に手を出そうとする者も居らず、場は硬直状態といった様子だ。


「まあ待てよ、リック。今度は俺から挑戦をさせてくれ。この場に居るんだ、戦いたい奴が」

「へ? ……おおっ!? 何と、チャンピョン自らが挑戦したいと思う人物がこの場にいる様だ!! その者の名は!?」

「魔法使いのライガー、だ。そこで見ている氷柱使いだよ」


 ケントが指を指し僕の方を示す。

 一斉に僕の方へと振り向く観衆への対策の為に、僕は素早く仮面を取り出し装備した。


「な、何と、我らがチャンピョンは魔法使いとの戦闘を望む様だぁ!!」


 司会のリックという男が観衆を煽る。

 既に戦う理由が無い、等と言えない空気だ。


「まさか、逃げたりしないよな?」

「…………」


 その言葉に、僕は前へ進んだ。



 人垣の向こうから、魔法使いが足音を発てて歩いてくる。

 ケントの心内にあるのは歓喜の感情である。

 より強い相手と戦ってきた。得物を問わず、手段を問わず、唯がむしゃらに。

 時には弓と矢を得物とする者と戦った。その時はゲームの中での話であり、命を懸けた戦いという訳では無かった。だがケントは必死だった。喰らったら一回死ぬのだ。そう己に戒めて、飛来する矢を見切り接敵しする事で倒した。

 時には拳を得物をする者と戦った。敵は己よりも素早く、そして力強かった。リーチにて差が有る筈の間合いへ迷いなく踏み込む様は、飛来する矢へ立ち向かった時を思い出させた。だからこそ、ケントはその時考えた己の嫌な想定を実行した。詰り、敵が己の得意とする間合いへ自ら突進してくる事だ。ケントは剣を振らずに押し付ける様に動く。相手は堪ったモノでは無い。攻撃を避ける事は出来ようとも、奔る己の前に傷つく事請け合いな壁を展開されてはその勢いも萎む。そこを、付いた。手刀にて、驚き戸惑った敵の喉を突き、転倒した所へ剣を突き付けて勝利した。

 だが、そんなケントも魔法とは、魔法使いとは、戦った事が無かった。

 故に望む。

 未知の領域にある力を。

 異種格闘など上等、そもそも己は弓すら相手取った。

 その熱い心意気がケントを突き動かすのだ。


 指名する為に指した指の先。

 魔法使いは仮面を被って舞台へと躍り出た。

 それは言外に告げられる、戦いに付き合うと言う了承だった。


「嬉しいぞ魔法使い。前々からお前と戦いたかった」

「……魔法使いって言っても、色々と種類があって毛色も違う。僕が、君の御眼鏡に止まったと?」

「そうとも。お前に助けられた、と言った知り合いが一人いてな。話を聞いて……」


 話しながら、ケントは構えを取る。柄を手の中で回し、刃で風を一度切り裂き、その切っ先をライガーへ向けた。


「打倒したくなった」

「荒事大好きさんか。厄介な」

「そう言いつつ魔法使い、お前も既に得物を構えているではないか」


 ケントの見据える先、ライガーは虚空より己の得物を取り出していた。

 透き通る、氷か水晶の様な長い棒だ。それは装飾から杖に見え、先端の鋭さから槍にも見えた。


「どう考えたって、ここで逃げたら腰抜け呼ばわりだろう? だからやってやる」

「ふっ、願ったりだ。……それは、槍か?」

「槍であり、杖でもある。僕は槍杖そうじょうって呼んでる。ちゃんとお前のと同じように刃は潰してある練習用だから安心しとけ。……じゃ」


 柄の中央を持ち、それを二度三度と回すと両手で持ち、その矛先をケントへ向けて構えた。

 手慣れた印象を受ける構えだ。矛先を相手へ向け、即座に突き出せる様に腕を折り曲げ槍杖を己の身体付近へ持ってきている。

 今にも突撃を掛けそうな姿勢に、ケントは一瞬ライガーが魔法使いである事を忘れてしまう。


「ボチボチ行こうか?」

「……応!!」


 ケントの返答と同時にライガーは動いた。

 走り、踏込み、初撃を繰り出す。

 一撃目は突きだ。胸を狙って突き出されたその矛先を、ケントは弾き逸らす。

 外れたと見るや、ライガーは即座に槍杖を引き再び突きを放つ。しかしケントはそれをまたも逸らす。


 その突きは速いが、見との戦ってきた一級の戦士達よりも遅いモノだった。

 それが、近接戦に特化した戦士と近接戦も熟せる魔法使いの差である。


 三度目の対を払った後、ケントは踏み込んだ。

 槍杖を払われ無防備に胴体を晒すライガー目掛け、その腹へブロードソードの柄を叩き込む。


「がっ!?」


 腹部への一撃にライガーが呻く。

 後退るライガーへ、ケントは容赦なく蹴りを突きだした。後退ったライガーをそのまま蹴り飛ばすかの様なその蹴りは、しかし寸での所でライガーに防がれる。

 飛来する蹴りの一撃を、槍杖を盾にする事で防いだのだ。


 後方へと弾かれるライガー。

 ケントは追撃をせずにライガーを見る。

 ライガーは、腹を痛そうに擦りながらも何事かを考えている様だ。それに対し、ケントの中で苛立ちがチラついた。

 魔法と戦いたいのであって、こんな中途半端な戦闘がしたい訳では無い。それこそが不満の正体だ。


「魔法を使わないのか?」


 ストレートにケントが問う。

 その言葉に対し数秒程怪訝な表情を浮かべていたライガーであるが、考えている内にその意図を察したのか軽く手を打った。


「ああ、そう言う事。魔法が見たい訳だ?」

「その通り」

「よしよし、なら一つ見せてやろうじゃないの。蹴りのお礼だ、有難く貰っとけ!!」


 槍杖の矛先をケントへ向けて魔法使いが口を開く。


「――――風に嘆願する、敵の眼前で逆巻き給え」


 呪言と共に、ケントの顔面を突風が襲った。

 強烈な風は眼球の水分を奪い、見とは眼を閉じる。

 そして次の瞬間、ケントは腹に激痛を感じ後ろへ転倒した。


「ぐぅっ!」


 地面を転がり眼を開けると、そこには拳が有る。

 ライガーが転がるケントに合わせて走り殴り掛かったのだ。

 力の籠った右ストレートがケントの顔面を容赦なく捉える。顔面を殴られたケントは、今度は地面に転がらずお返しとばかりに殴り掛かった。


「――――氷柱、綴り」


 ケントの拳がライガーの顔面を捉えるより前に呪言が紡がれる。

 拳と顔面の中間点に、突如巨大な氷柱が出現した。ケントは、殴り掛かる勢いのままにそれを殴った。

 激痛と冷たさがケントの拳を襲う。魔法の氷柱は硬く、何よりも冷たかった。


「――――氷柱、綴り、連ねる」

「なっ!?」


 体勢を立て直すために後ろへと跳んだケント。その着地地転に魔法陣が展開され氷柱が姿を現す。

 円へ沿う様に、次々と地面から突き出す氷柱は、瞬く間にケントを捉える檻と化した。空へ背を伸ばす氷柱に囲まれたケントは、その中で身動きを取る事が出来ない。


「僕の勝ちだ。そして、これが魔法使いだ」

「…………」


 氷柱の壁の中で、ケントは剣を手放した。



「……で、賞金は?」


 ライガーはケントが剣を手放すと見るや、リックに賞金を寄越せと要求した。

 それに対し、リックは少し困った様な表情で抱えていた布包みを渡す。


「賞金は、コイツです」

「……剣?」


 リックが抱える布から顔を覗かせたのは剣だ。

 ナックルガードの付いた簡素な印象を持つ両手剣、それこそがこの騒ぎの原因だった。


「ええ、私らが西の森で発見した迷宮で見付けたモノでして。これが中々つよ」

「迷宮について詳しく教えてくれ!!」


 マナー違反だと頭で解りつつも、ライガーは迷宮についての情報を欲する。

 その思考に有るのは知的好奇心一色であった。

 迷宮。

 ダンジョンとも呼称されるそれは例外なく魔物の巣窟であり、そこには財宝や武器が隠されている。

 そんなダンジョンはどうして出来たのだろうか。

 プレイヤー達の間では様々な憶測が飛び交っていた。やれ過去の文明の残り香であるとか、やれ魔王の遠征拠点だとか。

 そんな憶測の中で、ライガーが個人的に考えた事は迷宮が魔法の産物であるという事だ。

 迷宮は基本的に地下深くへと続く構造を持つ。その事からドワーフの文化財とか巨大土竜の巣穴などと言われているが、生憎S.W.でそれらは影も形も出演していなかった。

 そして、それだけのモノを科学に頼らず製造するならば、それこそ魔法を使うしかあるまいというのがライガーの考えなのだ。

 故にライガーはこの話題に跳び付いた。

 件の迷宮を探索すれば、それら神秘をより深く感じる事が出来ると考えたからだ。


「えー、商品より情報が良いと?」

「勿論」

「剣は?」

「いらない、勝手にすればいいよ。それよりも迷宮知りたい」

「……どうしやす? ケントさん」

「良いんじゃないか? 勝ったのはそこの魔法使いだ」

「普通こんな簡単に売っちゃいけないんですけどねぇ……」


 リックは懐から羊皮紙の束を取り出し、それをライガーへ渡した。


「これは?」

「あっしらが探索した迷宮の情報ですよ。仲間内で人数分制作したんで、私は後で模写せにゃ成りませんがね……。まあ、それが商品という事で?」

「ありがと!」


 ライガーはそれを受け取ると、満面の笑みを浮かべながらその場を走り去るのだった。


「……こう言うのを、嵐が通り過ぎたと言うんですかね?」

「さぁな? むしろ、嵐はこれからかも知れんぞ?」

「へっ? ……うぉっ!?」


 ケントに促され周囲を見回すリック。知らぬ間に、周囲の観客のおよそ半数が闘志を醸し出していた。

 迷宮とは、危険区域であると共に財宝の在り処でもあった。迷宮を探索する事で手に入る利益を噛み締めた事のある者や、その話を人伝にこそ聞いたが機会が無かった者が次は自分だとばかりに己の得物に手を掛けていた。


「ありゃりゃ、これはまた随分と……、大丈夫ですか?」

「おお、望む所さ」

「やれやれ、戦いが好きなお方だ」


 上等、と眼を輝かせて呟くケントを見て、リックは肩を竦めその後に再び司会進行を買って出た。


 この日、戦士の部門における暫定最強がケントに決定した。



「やっほい、迷宮の情報ゲット!! 今日はなんて良い日だ」


 屋敷の己の部屋、壁に面して設置された机の上に羊皮紙の束を置きながらライガーは嬉しそうに独り言を発していた。

 そして一通り騒ぎ終わると、ライガーは一転して静かに着席し黙々と羊皮紙に眼を通し始めた。

 時に顎に手を当て、時に眉間を揉み、時に己の部屋でお手製のハンモックを作り寝そべる蜘蛛を突き落としながら読み、考え、そうする内に日が暮れていた。

 夕日が窓から差し込む時間帯。

 ハンモック工事に勤しむ蜘蛛が一息休憩を入れている時、全て読み終えたのかライガーが椅子から立ち上がる。

 席を立ったライガーは、ふらつきながら己のベッドへ歩き、そして仰向けに倒れ込んだ。

 その表情には色濃い疲れが見て取れるが、しかし同時に期待が混ざっていた。


「……よし、明日は遠出だ。もう寝よう」


 そう呟いて数秒、寝息は直ぐに聞こえてきた。

 その様子を静かに観察していた蜘蛛はライガーへ近寄り、静かに布団を掛けるとまた元の位置に戻りハンモックを工事するのだった。


 ライガーが寝ている間、蜘蛛は黙々とハンモックを改修する。

 規模は、昼間ライガーに叩き落された時の三倍ほどに成り、その強度も増していた。

 一段落ついたのか、蜘蛛は手を止め、そしてその動きを止めた。

 窓から月明かりが差し込む時間帯、世闇の中を見渡せばライガーがベッドから転げ落ちている。それを見た蜘蛛はライガーを持ち上げベッドへと戻す。

 そしてまたハンモックを工事するのだった。


 蜘蛛には大した知能はない。ライガーの事も、己に有益な共存存在だと認識する程度だ。しかし動植物にとってこの共存存在程役に立つ存在はいない。ましてライガーは他の人間と違い蜘蛛を蜘蛛だからという理由で迫害したりしない。

 正に寄り添う隣人。

 それは蜘蛛にとって有り難い存在だ。

 関係自体は竜肉を貰ったその時から始まったものだが、ライガーと蜘蛛の間には確かな絆が形成されつつあった。


 そんな隣人を眺めながら蜘蛛の夜は過ぎていくのだ。

 寝相の悪いライガーを元の位置へ戻す作業も初日の夜で慣れた。故に今宵も、蜘蛛は己の作業を継続しながら時にライガーの世話を焼くのだった。



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