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六話 屋敷と同居人

 魔法使いライガーは街に居た。

 門は石材を高く積み上げられた重厚な造りのモノであり、地震で崩れたら大変だなどと考えながらライガーは大通りを歩く。

 その耳にひそひそと話し声が聞こえる。


「あれが魔法使い……」

「ライガーって名前らしい……」

「中学生……」

「ばか、そこは黙っておいてやれって……」


 ライガーは己のキャラクター名を少しだけ後悔した。


 それからライガーは大通りを抜け街の中央にある噴水広場へ辿り着いた。

 ふと、案内を務めていたトーマスが足を止めてライガーを見る。


「……何さ?」

「いや、魔法使いってどこに案内すりゃいいのかなってさ」

「それには私がお答えします」

「っ!?」


 突如響いた声に視線を彷徨わせるライガーとトーマス。

 噴水広場の来たにある大通りからメイド服を着た少女がゆっくりと歩いて来る。


「初めまして魔法使い様。私の名前はアリッサ、この街の管理人を行っている者です」

「メイドちゃんの名前が明らかに!?」

「アリッサちゃんだって!!」

「ちょー可愛い!!」

「お前ら空気読めよ!?」

「…………」

「こほん、失礼。魔法使いの方はこの街の北地区に住んでもらう手筈になっております」

「手筈、ね……」

「それでは後について来てくださいな」


 そう言うとアリッサは微笑みを浮かべたまま踵を返し先程通った道を歩いていく。


「じゃあね、トーマスさん」

「ああ、また今度」


 トーマスに軽く挨拶をするとライガーはアリッサの後を付いていく。

 その際に、ライガーはふと人混みに視線を彷徨わせた。その視線が有る人物捉える。それは若い男だった。アリッサとライガーを見つめていた群衆の一人である彼は頭痛を患っているのか、額を押さえて苦痛に顔を歪めながら空を仰いでいた。改めて周囲を見渡すと、他にも何人かがその男と同様に額を押さえていた。


「……風邪でも流行っているのかな?」


 それを見て抱いた引っ掛かりをそのままに、ライガーはアリッサを追う。


 二人は暫く無言のままに道を歩いた。

 かと思えば、道を歩いている途中、唐突にアリッサがライガーへと話しかける。


「魔法使い様は、何故魔法使いに成られたのですか?」

「ライガーって読んで、敬称は性に合わない」

「ではライガー様と」

「……まあいっか。それで、僕が魔法を使う理由は簡単だよ。ただ単に興味を惹かれたからだ」

「興味ですか?」

「そう。世界には様々な法則が渦巻いている。慣性の法則とかフレミングの法則とか。魔法ってのはさ、要は未だ一般に知られていない法則なんだよ。それも、人間の感覚では完全に定まっていると言えない、本来ならば理解不能な法則だ。それってさ、凄く神秘的じゃないか? どれだけ科学が発展しようとも人間では到底図ることの出来ない未知の法則。それが堪らなく素敵に思えたんだ。だから、その一端にでも触れたくて魔道を志した。……最初はそんな事を思いつつも所詮ゲームだって馬鹿にしてたけどね? 始まりは、そんな所かな」

「……私にも、魔法は使えるでしょうか?」


 アリッサは不安げな表情でライガーへ尋ねる。

 その問いに対し、ライガーは柔らかく微笑んで返答した。


「やってやれない事はないさ。始めは色々と訳が解らなかったけど、現に僕も魔法を使える。決して特別な事じゃない。ただ、認識できていないだけなんだ。君も魔法が好きなの?」

「好き、というよりも憧れに近いのかもしれませんね」

「憧れ?」

「はい。私が生まれた所に限らず、魔法使いとは伝説の代名詞でした。片や勇者に加担し魔物の対群を滅した魔法使い。片や星を落とし街を滅ぼした魔法使い。耳に聞くそれらはとても大きな存在で、だから私は魔法をこの目で見たいと思った。……そして、出来るなら使ってみたいとも」

「なるほど」


 淀みなく喋るアリッサにライガーは愉快げな笑みを向ける。

 それは類似する思考を持つ者への親近感が生み出したものだ。

 二人はその後も魔法について和気藹々と話しながら道を歩いた。

 そして、目的の場所へと辿り着いたのかアリッサの足が止まった。その表情に笑顔はない。


「到着です。ここが貴方に与えられる屋敷です」

「ここが……」


 ライガーは視線を巡らせる。

 屋敷は鬱蒼と生い茂る雑草と木々により薄暗い印象を見る者に与える、俗にいうお化け屋敷だった。


「……まずは掃除からかな?」

「そうですね。それと、屋敷に有るモノの使用及び所有権限は全てライガー様に帰属されます」

「へぇ、何か付いてるの?」

「ベッドや台所。他に机や図書室とその蔵書などですね」

「図書室って、既に中身が有るのか?」

「はい。前にここで暮らしていた者の物がそのまま 残ってます」

「……前に暮らしてた人いたんだ」

「…………」


 何気なく放ったライガーの言葉にアリッサは押し黙る。

 何やら隠し事の気配を感じながらも、今は詮索すまいとライガーは再び笑みを浮かべた。


「ま、いいよ。それでどうする? 弟子入りでもするかい?」

「良いの、ですか?」


 ライガーの言葉は同好の士とのコミュニティを築きたいが為に発したモノだった。

 そして、その言葉はアリッサが期待していたモノでもあった。


「うん、もっと話がしたい。ま、その代り屋敷の片付けは手伝ってもらうけどね?」

「……それだけで、良いのですか?」


 アリッサが胸の前で手を組み、躊躇いがちに話しかける。それに対するライガーの返答は何時になく優しげな笑みによって行われた。


「良いよ、金がかかる訳でも無いし、君が魔法を悪用するなら僕が潰すしね」


 優しい笑顔のままに、ライガーは平然と潰すという発言を行う。その清々しいまでの宣言にアリッサは唖然とした。


「さぁって、まずは庭からだ」


 唖然とするアリッサをその場に残し、ライガーはマイペースに片付けを始める。

 そして置いて行かれている事を認識したアリッサは早足にライガーの後を追うのだった。



「……ふぅ、大分片付いたかな」

「お疲れ様でした。やはり、魔法とは凄まじいモノですね」

「使ったのはドラゴンや街じゃなくって家の掃除だけどね」


 時は昼下がり。

 屋敷の片付けを行っていたライガーとアリッサは来た時よりも見栄えの良くなった外観に汗を拭いながら休憩していた。

 二人が頬張るのはライガーが獲得した竜肉を塩で焼いたモノだ。

 肉の油と塩のし塩気が適度に混ざり合い、粗雑ながらも深い味わいを生んでいた。


「……美味しい、真面な調理もされていない竜肉なのに」

「雑な調理はアウトドアの醍醐味ってね。はい、お水」

「あ、ありがとうございます」


 串に刺された塩焼きの竜肉を頬張るアリッサに、ライガーはコップを取り出し魔法で水を注いで渡す。


「さて、それが終わったら次は屋敷内の掃除だけど。……そっちの予定って大丈夫?」

「あ、心配ありません。数日分の業務は昨日終わらせてあります」

「業務って何さ?」

「企業秘密です」

「…………」


 不明瞭な回答に対し、ライガーはムッとしながらも片付け要因が増えた事を喜ぼうと前向きに考える。

 実際、アリッサという少女がその身に纏うメイド服は伊達ではなかった。

 風の魔法により木々の枝葉を切り落とせば、それを即座に集積していた場所まで運ぶ。輸送の際の足取りも危うげな所はない。

 玄関前の石畳も備え付けの箒を使い慣れた手付きで迅速に行っていた。

 屋敷の外でこれなのだ、室内ならばより精力的に動ける事だろう。そういった思惑がライガーにはあった。

 ライガーという少年は、基本的に片付けが嫌いだ。

 生活に不自由するレベルにまで達しない限りは日々のゴミ出し程度しかやらない人間である。

 故に片付けの得意な人材は大いに助かるのだ。


「それでは、これから住む事になる屋敷の扉を開いてただいまー、……と、…………」

「どうかしましたか?」


 屋敷の玄関を開け放ったライガーはその身を硬直させた。

 それを訝しんだアリッサが身を乗り出して玄関口から屋敷内部を除く。そして眼を見開いた。

 そこには、巨大な蜘蛛が巣を張っていたのだ。全長一メートルの蜘蛛が張る巣の糸はそれ相応に太く、接続部分の木板がぎしぎしと軋む程だ。


「いや、それだけデカいんだから自分で獲物ぐらい獲れるでしょ!?」

「!?」

「何その今気が付いたみたいな反応!! て言うかお前は今まで何を喰ってきた!?」


 それが魔法使いと愉快な同居人との顔合わせとなった。



「ホンットにびっくりした」

「大きな蜘蛛ですね。……この蜘蛛、何時からここに住んでいたのかしら?」


 玄関へ入った二人は、何故か意思疎通を図れる巨大蜘蛛と対峙していた。

 その重厚さは半端ではない。

 巨大蜘蛛はジェスチャーにて何かを伝えようとしている様だ。

 しかし身体の構造があまりにも人間とかけ離れている為に何を伝えようとしているのかがまるで解らない。


「何と言っているのでしょう?」

「解んない。魔法使いだって万能じゃないからね、取り敢えず蜘蛛」

「?」

「俺達は今からこの屋敷を掃除して、その後に俺はこの屋敷に住む事になる。お前は、俺がお前の縄張りに入る事を了承するか?」


 ライガーの問いは蜘蛛に対する気遣いである。

 巨大蜘蛛の一匹二匹程度、魔法使いであるライガーにとって物の数でもない。

 しかし、ライガーは別に蜘蛛が嫌いなわけではなかった。

 故に蜘蛛と意志を交わし、最悪屋敷の部屋の片隅でも確保できればと考えたのだ。


「了承するならお前の右前脚を、拒否するならお前の左前脚を挙げてくれ」

「…………」


 蜘蛛は迷わず己の右前脚を挙げた。


「ありがとう。それで、部屋の掃除をする訳だがお前はどうする?」


 ライガーの問いに対し、蜘蛛は己の行動を以て返答する。

 蜘蛛は跳び上がると天井に張り付いた。


「おお、格好いい」

「え、そうですか?」


 思わず漏らしたライガーの感想にアリッサは突っ込みを入れる。

 基本的に蜘蛛を嫌わないライガーと違い、少量ながら嫌悪感を抱くアリッサにとってその意見は賛同し難いモノだった。


「まあいいや。話の分かる同居人で助かったよ」

「蜘蛛ですけどね」

「そう言うなよ。さ、掃除を始めようか?」

「畏まりました」


 ライガーの言葉にアリッサは一礼し、外から掃除用具を取り出すと二人は精力的に掃除を開始した。

 仲良く且つ効率良く掃除を進める二人を、蜘蛛はただ天井から見詰めていた。



 広い屋敷の掃除には結構な時間を有した。

 窓から見える空は既に薄暗く夜がにじり寄っている。

 談話室に火を入れて、埃を払ったソファに座りながら二人は水を飲んでいた。


「お疲れ様」

「はい、お疲れ様でした」


 二人の顔には自然な笑顔が浮かんでいる。

 同じ苦労を分かち合った事による親近感が二人の間に仲間意識を形成しているのだ。


「それで、この街での俺の役割はどうなるんだい?」


 ライガーは温めた水、即ちお湯の入ったマグカップを口にしながら尋ねた。

 尋ねられたアリッサは姿勢を正し口を開く。


「当面の間はこれといった義務は発生致しません」

「詰り、これから魔法を借り受けたい時が来る、と?」

「その通りです」

「借り受けたいのはアリッサ? それとも別の人?」

「お答え出来ません」

「ホント、秘密主義だね」

「……申し訳ありません」

「気にしなくていいよ」


 ライガーは半分以下になったマグカップ内のお湯を飲み干しアイテムウィンドウから果実ジュースを選択し取り出すと注ぐ。

 そしてジュースの入った瓶の注ぎ口をアリッサへと向けた。


「はい、アリッサもどうぞ?」

「宜しいので?」

「うん、アリッサと話すのは気分が良いしね。またおいで? そして今度は魔法について話そう」

「話して頂けるのですか?」

「勿論。まあ、僕の使ってる魔法がアリッサの肌に合うかと聞かれれば疑問なんだけども」

「それでも、触れる機会を頂ける事が有り難いのです」

「そうかい。ほら、飲みなよ?」

「あ、どうも」


 アリッサの差し出したマグカップへ果実ジュースが注がれる。

 甘い匂いが濁りの有る液体から漂い、アリッサの嗅覚を魅了した。

 花の香りに誘われる蜜蜂の様に、アリッサはそのジュースへ口を付ける。

 少量を口内へ含んだ途端、アリッサの口内にてすっきりした甘さと果物の風味が広がった。口から鼻孔へと抜ける匂いは香しく、嗅覚を通して脳に甘い刺激を伝達する。

 その複合された幸福に、アリッサは今日の疲れが報われた気分になった。


「……美味しい」

「気に入って貰えた様で何よりだ」

「これは何の果物を使ったのですか?」

「それは確か、……ああ、葡萄だね。葡萄の果汁を絞ったモノに雪解け水を加えて作った物だ。ここでは葡萄はまだ確認してないからそこまで多くは無いけどね」

「……あの、……それって貴重品なのでは?」

「あ、確かに」

「…………」


 アリッサは先程までの幸福が吹き飛んだ気分だった。

 味の濃さから察する果汁と水を1:3くらいの割合で混ぜたのだろう。そもそも、この状況で生活必需品ではない趣向品を振る舞われる事自体贅沢且つ幸福な事なのだ。

 アリッサの心を申し訳なさが支配し始める。


「まあこの味が好きだから濃縮原液のたっぷり詰まった瓶を三十本程常備しているんだけどね」


 そして、実はそこまで気にしなくとも良いのではないかと思い始めた。

 そもそも、アリッサの目の前で美味しそうに葡萄ジュースを楽しむ少年は魔法使いなのだ。

 自己の常識で図る事こそ失礼というモノだろう、アリッサはそう考えなおした。


「どしたの? いきなり黙り込んで」

「いえ、余りにも美味しかったので少し感動していました」

「あ、気に入った? 良かったら原液の瓶一本いる?」

「い、いえ、そこまでしていただかなくとも……」


 アリッサは断られて唇を尖らせる少年を見て、この少年は己の価値観を共有できる存在を欲しているのだろうと判断する。

 判断材料は魔法の話をする際の反応とこのジュースの話だけだが、それでもここまで劇的な反応が有った。

 より良い関係を築くためにも会話は必須である。

 まして価値観に対する共感を欲する少年なら猶更と言えよう。


「……では、一本だけ」

「そっか!! はい、どうぞ」


 即座に取り出して差し出すライガーの素早い挙動に若干引きながらも、アリッサは差し出された一升瓶を受け取り己の脇へ置いた。

 暫らく二人は談笑しながら同じ時を過ごす。

 アリッサが五杯目の御代わりを頂く頃には日が沈みかけていた。


「もう良い時間ですね。今日はこれでお暇させて頂きます」

「うん、また今度ね」

「はい、では」


 一升瓶を両手で抱えたアリッサはライガーに見送られて屋敷を後にする。

 帰り道の途中、己の抱える葡萄液の瓶を見ながら静かに微笑むのだった。


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