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二十五話 届かない力と届いた声

「がっ!? く、そぉっ!!」


 爆発により吹き飛ばされたリオンが強化された身体能力を駆使し受け身を取る。

 その視線が、跳ね上がる首のアミュレットに向く。

 それまで細かい掠り傷しかついていなかったアミュレットに、目に見えて解るほどの傷が付いていた。

 リオンは、己の脳が赤熱化する錯覚を覚えながらも周囲に視線を巡らせる。


 爆音に驚いたゴブリン共が、各自の武装を構え体勢を整えている。

 右、左上、そして中央へ視線が彷徨い、リオンはその影を見つけた。


 灰色のローブに身を包んだ長身の人影が見える。

 その手には金属製の長大な杖が握られていた。杖の装飾は、四角と円で構成された様々な図形がロッド部分に描かれ、先端にはアメジストの様に紫色の輝きを宿す結晶が嵌め込まれている。

 リオンはその特徴から、眼前の人物を魔法使いと断じた。


 燃え盛っていた脳内が一気に鎮静化する。

 アイゼンリートの強化に伴う反動を引き受けても掠り傷程度だったアミュレットに、目に見えて解る規模の亀裂を生じさせる攻撃を加えた相手は魔法使いであった。

 その事実が、爆発する感情のままに動こうとしたリオンに思考的ブレーキを掛ける。

 リオンの想定する魔法使いとはライガーだ。

 大気中の精霊のような胡散臭い物に嘆願して起こす現象とライガー自身の力によって引き起こす現象。

 それは規格外の威力を備えるモノからアウトドアの便利ツールの様な扱いのモノまで様々であった。

 それらの体験を踏まえ、リオンは眼の前の敵について考える。

 リオンは魔法使いが攻撃として繰り出したのであろう爆発を回避できなかった。そしてその爆発は、アミュレットが無ければリオンに致命傷を負わせていた可能性の有るものだ。

 そして、敵の手札は先の爆発以外に判明にしていない。

 警戒はしてもしすぎる事はない状況である。


「んー? 何だ、大した戦力はないとか言ってたくせに居るじゃん、目付き悪いのが」


 敵の口からおどけた雰囲気を持つ流暢な日本語が吐き出された事に驚きながらも、リオンはアイゼンリートを己に寄せる様に構える。

 それはリオンが対象を警戒する際に無意識下で行う防御の姿勢だった。


「それなりの力を込めて撃ったのにまるで無傷で居やがる。それに、得物は上等な魔剣の類いと来たもんだ。なあアンタ、ひょっとしてこの世界の勇者だったりする?」

「ゆう、しゃ……?」


 敵の口から飛び出してきた思わぬ言葉に、リオンは思わず聞き返した。

 辺りでは、ゴブリンが静かに警戒の体勢を取っている。リオンはその様子を見て、眼前の敵が魔物を支配する立場にあるのではという仮説を立てる。


「勇者、知らない? 世界を切り裂く者、新しい時代の到来、旧時代の淘汰とかまあ色々な呼び名が有って、放って置くと強大過ぎる力を持つ病原菌みたいな奴だよ」

「病原菌……」


 あんまりと言えばあんまりな物言いに、リオンは微妙な表情を作る。

 しかし、敵の魔法使いはそんな事を気にせずに言葉を紡ぐ。


「で、どうなのさ?」

「私が勇者? そんな者になった覚えはないわ。まあ、私の持ってるこれが勇者のそれだって言うなら結構納得できるけど」

「それ。その魔剣はどこで手に入れたんだい?」

「さあ、どこだったかしら? 貴方には教えて上げない」

「つれない、なっ!」


 敵が杖を振るのと同時にリオンの周囲が爆ぜる。

 しかし今回、リオンは直撃を回避する事に成功していた。会話の端から、敵がの攻撃意志の様なモノを感じ取り即座にその場を飛び退いたのだ。

 残光を引いて駆けながら、リオンは己の胸元にあるアミュレットへ視線を移す。

 アミュレットの傷は増えていたが、爆発の直撃を受けた時とは異なり掠り傷程度のモノだった。

 しかし自らが原因で付いたモノでは無く、相手に付けられた傷であるという認識がリオンの中に小さくない怒りを発生させる。


「ははっ、足早いじゃん!!」

「くっ!?」


 魔法使いが杖を振ると、リオンの進路を待ち伏せする様にその眼前で爆発が巻き起こる。

 爆発の余波は、着実にアミュレットへの傷を増やしていく。

 リオンの思考に僅かな焦燥が生まれる。

 このまま回避を続けても、爆発の余波で着実にダメージを蓄積され、やがてはクリーンヒットを喰らうだろうという予測が立つからだ。

 故にリオンは、その場で立ち止まり突撃体勢を取る。一方的な状況を打開する為に突撃を行う事にしたのだ。それが、焦燥感により生み出された行動選択であるとも気付かずに。


「オオォォォッ!!」


 気合を込めた雄叫びと共に、青い光と化したリオンが魔法使いへと迫る。

 魔法使いはリオンの突撃を見破っていたのか、周囲を爆発させて突貫するリオンに対しダメージを与える。

 アミュレットに新しく二つの傷が追加される。それは深々と、痛ましい傷跡を残す。

 だがリオンの口元には笑みが浮かべられている。

 己の身を斬らせたが、敵の攻撃を掻い潜り懐へ侵入する事に成功したためだ。


「抜けただと!?」

「死ね!!」


 眼前には驚愕に表情を歪ませた魔法使いの貌が有る。

 その反応に一層笑みを深め、リオンはアイゼンリートを横薙ぎに振るった。

 しかし、魔法使いの驚愕の表情が瞬時に嘲笑へと変化する。


「まあ、それでどうにか成程甘くはないんだよね」

「なっ!?」


 驚愕の声を上げるリオン。

 確かな力を込めて振るわれた一撃は、敵の首筋で止まっていた。

 正確に言えば首筋の数センチ手前、そこに半透明の壁が発生し、アイゼンリートの刀身を囲い拘束していた。


「言葉を返そう、死ね」

「がぁっ!?」


 驚愕に身体を停止しさせたリオンの眼前に杖の穂先が向けられ、紫色の閃光と共に爆発が発生する。

 一際強い爆発の直撃。

 それは一瞬の内にリオンの身体を駅近くの廃ビルへと弾き飛ばした。


「絶好調! さぁて、じっくりトドメと行こうか?」


 声を弾ませながら、ジェネラルはリオンの吹き飛ばされた廃ビルへと歩を進めた。



「ぐ、ぁぁ……っ!? ごほっ、けほっ」


 砕けたコンクリートの瓦礫と立ち込める埃や煙。

 激突の衝撃に呻くリオンは、呼吸と共に口内へと侵入した粉塵に思わず咳き込む。

 咳き込みながらも、その手から己の得物を手放す事はない。

 柄を握る手に力を込め、剣を杖の様に活用して立ち上がる。


「まだ立つんだ。ここでやっとくのが正解のようだよねー」

「っ、くそがぁぁ」


 どうにか立ち上がったリオンの視線の先、月明かりを背にジェネラルが歩み寄る。

 悪態を吐きながら、リオンはアイゼンリートを正眼に構えた。

 心理的ストレスと肉体的疲労がリオンの集中力を掻き乱す。

 視界は定まらず息も荒い。

 注視すれば、胸に下げるアミュレットには中央から二分する様に大きな亀裂が一つ入っている。

 灯る光も現在のリオンと同様に弱々しい。


「そのまま寝てれば楽に死ねただろうに。あ、でも俺は拷問好きだから結局苦しいかー、盲点」

「……ヘラヘラと、五月蠅いんだよこの木偶の坊がっ」

「おお、まだまだ元気か」


 嘲笑と愉悦に顔を歪ませるジェネラルに、リオンは憤怒を持って立ち上がる。

 が、その脳内に有るのは眼の前の敵をどう倒すかではなく、眼の前の敵からどう逃げるかという思考だった。

 現状を冷静に考えた結果、リオンは己の力だけでは眼の前の存在に勝てないと判断する。

 リオンが死んだ場合、残された家族を三日月が庇護する事はあり得ない。そこに旨味が無いからだ。

 故に、何が何でもリオンは生き残らなければならないのだ。


 しかし状況は芳しいとは言えない。

 敵は余りにも強く、現状のリオンは打ち負かされ衰弱していた。そもそも、ジェネラルの魔法から逃げ切れるのかという疑問がある。この時点で真正面から突破するという選択肢はない。

 そして、眼前の強大な敵から逃げられる妙策は思い浮かばなかった。

 リオンの脳内に絶望が色を広げ始める。

 脳内で様々なシミュレートを行うも、何をどうやっても爆殺される未来しか思い浮かばないのだ。


(……どうする、どうすればっ)


 ゆっくりと歩み寄るジェネラル。

 一歩後退るリオン。

 ジェネラルは軽薄な笑みを浮かべながらも慎重に、リオンの唯一の退路である廃ビルに開けられた穴を塞ぎながら歩く。

 焦燥感が加速する。

 状況に責め立てられる思考はその速度を増すが妙策は浮かばない。

 次の一歩を踏み出すためにジェネラルの足が地を離れる。

 それを見た瞬間、リオンは建策の思考を捨て現状で出来る事を行おうと決めた。


 正眼に構えていたアイゼンリートを逆手に持ち、もう一方の手も柄に添えると、その切っ先を地面へと突き立てる。

 警戒しながら挙動を観察していたジェネラルはその意味の解らかない行動に間抜け面を晒した。


「……は? いや、何それ」

「こう、するのよっ!!」


 リオンが柄を持つ手を捩じる。

 それと同時にアイゼンリートの刀身が突き立てられた先の地面を抉った。

 これにより地面に少ない量の瓦礫が形成される。

 リオンは、その中でも一際大きいモノに狙いを付けた。そのサイズは、丁度ジェネラルの顔面と同程度である。

 器用にも刀身をシャベルの様に扱い、地面より掬い取った瓦礫をジェネラルの顔に放った。


「うおっ!?」


 どれだけ高性能な防壁を持とうとも、己の顔面へ高速で飛来する硬質の物体という現象は生物を怯ませるのには十分過ぎる情報だった。

 一瞬、僅かな時間だがジェネラルがその長身を竦ませる。

 リオンは、その一瞬に賭けた。


 瓦礫が防壁により弾かれる。

 その際に一瞬だけ可視化された半透明の障壁目掛けて、一息の内に間合いを詰めたリオンがアイゼンリートを振るった。

 闇夜に青い極光を発し高速で振るわれる魔剣が、眼にも止まらぬ速さで障壁へと迫る。

 接触。後に轟音。

 現状のリオンに許された、アイゼンリートの最大威力が障壁を捉えた。

 ジェネラルの障壁は余りにも甚大な物理ダメージに悲鳴を上げ、ダメージにより崩壊を開始した個所を補修する為に流される魔力が火花を散らす。


 リオンは、アイゼンリートを押し出す腕に力を込めつつジェネラルに視線を向ける。

 ジェネラルは己の障壁が気傷つけられたという事実に動揺しているようだった。

 ならばと、リオンは足を踏み出す。

 力強く地面を踏み締め、己の身体ごとアイゼンリートを押していく。

 その行動はジェネラルを後退させる。

 展開される障壁が押し込まれるのに合わせる様に、ジェネラルが蹈鞴を踏んだのだ。

 この事から、ジェネラルの障壁は座標に固定される城壁の様なモノではなく自身の周辺に纏われる鎧の様なモノである事が判明する。

 それを見て取ったリオンは、己の限界を超えてアイゼンリートを行使する。


「なんだと、俺の障壁がっ」

「なんだ、ヘラヘラしてると思ったら素はそんなのな訳か」

「なにっ」

「ま、どうでも良いわよ。アンタは、ここでっ」


 まだ動揺から抜け出せていない様子のジェネラルを鼻で笑いながら、リオンはその力を増大させる。

 力強く握られた柄が音を発てて軋む。

 二歩、三歩と踏込み、リオンはアイゼンリートにて障壁ごとジェネラルを持ち上げた。


「なっ!?」

「吹き、飛べッ!!」


 驚愕するジェネラルを気にせず、リオンはそのままアイゼンリートで空中へと押し出す。

 数秒ほど浮遊するジェネラル。

 その周囲には魔法障壁がスパークを放ちながら可視化されている。

 可視化された障壁へ、リオンは回し蹴りを繰り出した。

 轟音。

 物理的衝撃を弾く効果を持つジェネラルの障壁にリオンの繰り出した渾身の蹴りが命中した音である。

 障壁の弾く力は強い衝撃を生み、己を害しようとした攻撃を容易く弾き飛ばす。先程起きた障壁の損傷は、リオンの一撃がその弾く力を上回り発生するエネルギーを押し返した事で起きた現象だった。

 そして、その反発するエネルギーが今、空中で放出される。

 リオンの蹴り出しと合わさり、反発のエネルギーは身に纏う障壁ごとジェネラルを上方へと押し出す。

 詰まる所、ジェネラルは吹き飛ばされた。物凄い勢いで。


「うわああぁぁァァァァァ…………」

「はぁ、はぁ、はぁ。……っし、何とかなったか?」


 荒い息を吐き出しながら、リオンは背筋を流れる汗に顔を顰めた。

 危機を脱した事への安心感から足の力が抜け、その場に跪く。


「は、ははっ、もう勘弁よ。何? あれ。あんなのと戦わなくちゃいけないの?」


 乾いた微かな笑いと共にリオンが呟く。

 アイゼンリートを握るその手の震えは恐怖からか。

 リオンは己の愛剣と心構えさえあればどんな敵をも打倒できると心のどこかで思っていた。それが今宵打ち破られる事となる。

 疲弊した身体は重く、思考は早急にこの場を離れろと命令してくる。その事実が、リオンの心をどうしようもなく傷付けた。

 今まで出した事も無い、制御できるかどうかすら判然としない力を発揮しても尚、敵を殺傷するに至らなかった。その事実を胸の奥に沈めて立ち上がる。

 アイゼンリートによる強化を解除し、途端に重くなった身体を引き摺る様にしながらリオンが歩く。


「一先ず、帰らなくちゃ。……あーあ、ボロボロじゃない。せっかく貰ったのに」


 首の紐を引き、アミュレットを眼前へと移動させる。

 この一夜の間に、アミュレットは罅だらけになっていた。

 その罅が、己を守護したための物であると考えたリオンは、自然と暖かい気持ちを抱く。


「さて、さっさと去りましょうか。奴に追って来られたら目も当てられない」

「なんだ、逃げるのか」

「っ!?」


 立ち去ろうとしたリオンの背後から、聞きたくもない声が聞こえる。

 即座に振り向いたリオンの視界は眼前に迫る掌で塞がれ、驚きにより一瞬身体が硬直した。

 その一瞬の間に、伸ばされた手はリオンの首を掴み軽々と持ち上げてしまう。


「ぐっ!? けはっ……」

「ああ、っとに、心臓に悪いっての。だが、今度はしっかり殺させてもらうぞ?」

「こ、のっ……」

「あっと、ソイツとはバイバイしようか」

「ッ!?」


 空中に吊り下げられた状態のリオン。その右腕にジェネラルが己の杖を向ける。

 リオンの右手には、彼女の得物であるアイゼンリートが握られていた。

 ジェネラルの危機意識はそれに向けられている。戦闘時に見せた尋常ではない耐久力と身体能力は、全てこの魔剣の力に因るものだと判断したためだ。

 目的は武装の解除。得物を手放させ、その恩恵を受けられない状態にしてしまえばこの女は脅威ではなくなる、そう考えたのだ。

 しかしここでジェネラルの予期せぬ現象が起こる。

 得物を手放させるために杖の穂先から放った電撃が、魔力に因る防壁によってその進路を阻まれたのだ。


「なっ、衰弱状態で魔道具を使える筈が……、…………、――――ああ、そう言う事か」

「なに、を……」


 息も絶え絶えに言葉を発するリオン。

 それを無視してジェネラルの左腕がリオンの胸元へ伸び、それを掴んだ。


「この胸飾りが秘密かっ!!」

「あ、ああっ、返せ!!」


 アミュレットをリオンの首から引きちぎると、ジェネラルはそれを観察し始める。その最中、リオンは衰弱した身体を振り乱し拘束から抜け出そうとしていた。先程とは一転し見た目相応にか弱くなってしまったその細い腕を懸命に伸ばし、奪われたアミュレットを奪還しようと足掻く。


 普段のリオンならばそのような事をせず、怒りながらも冷静な対応が出来ていたはずだ。しかし現状のリオンはただ己の感情のままに行動している。

 それはライガーに贈り物を貰ったという経験が招いた結果だった。対人的繋がりに疎く、また感情を抑圧する事に慣れてしまったリオンは、贈り物を通してそれまで封印していた性質を呼び起こしてしまった。

 その性質とは、幼児性である。

 リオンにとって、幼児性は縁の無い性質に思える。実際にリオンは、己の父を失ってから子供としての自分を極力出さず、肥大化した義務感を己の中心に添えて行動してきた。そしてリオンは、甘える事を知らないまま成長した。

 だがリオンに甘えたいと言う欲求が無い訳では無い。抑圧に慣れて麻痺した脳が、自然と幼児性を封印していたためだ。

 それが瓦解した。

 ライガーの贈り物であるアミュレットはリオンの身を案じて贈られたモノである。それはリオンを、心配する立場から心配される立場へと引き戻す引き金になってしまう。アミュレットの強い守護力も悪い。身一つで戦ってきたリオンの不安を最大限に軽減したが故に、リオンはそのアイテムを付けている間は親に抱擁される様な安堵を感じていた。そして、それと同時に感情を制御しきれなくなっていく。

 その傾向は行動にも深く表れている。ライガーと知り合う前のリオンならば先のゴブリン戦において死骸の頭部を踏みつぶすと言った挑発的ニュアンスのアクションは取らなかった。そんな暇が有ればすぐに斬りかかるといった思考の下に、敵を最速で切り裂いただろう。

 復活した幼児性が闘争機械としてのハイエンドに到達しようとしていたリオンを幼子に戻してしまった。そして、成長と共に薄れていくはずだった幼児性に慣れていないために、その感情の動きとどうやって折り合いを付ければ良いかが解らない。

 その結果が現状のリオンだ。

 拘束され、新たに己の拠り所と成りかけていたアミュレットを奪取されたリオンは無様に返せと喚くだけの存在に成り果てた。


 その無様さを、ジェネラルが笑う。


「くははっ、なんだ一端の戦士かと思ったらガキかよ!?」

「……ぅるっ」

「ああ?」

「さいっ!!」


 けたたましく嘲笑するジェネラルの腕目掛け、リオンは虚空からナイフを取り出し突き刺した。


「がぁっ!? こ、のっ、クソ野郎ッ!!」

「ぐぅ!?」


 痛みによってジェネラルの腕から力が抜け、リオンは拘束を解かれる。

 しかし地べたに座り込んだリオンをジェネラルは蹴り飛ばし、転がった先に走ると更に蹴る、踏むの暴行を加えていく。

 鈍く砕ける音がリオンの体内に木霊する。それは腹部への蹴りにより骨が折られ砕かれた音だった。

 その音が終わっても暴行は容赦なく継続される。

 ジェネラルの所有する杖が発光している事から、恐らく己の力を増大させる魔法を行使しているのだろう。

 多くの打撲がリオンの身体中に出来上がり、右腕が関節からへし折られた。


「っ!? ぎっ!! ぁぁっ!! ……っ!?」

「泣けよ喚けよ!! みっともなくさぁ!!」


 その暴力にひたすら耐えるリオン。しかしその限界は近い。

 既に衰弱しきった身体は反撃の動作すら碌に取れず、ただ蹲り暴虐に耐えるしかない。

 視界が霞む。

 断続的に与えられる大きな痛みは、リオンの中に有る戦士としての矜持をこれでもかと粉砕していく。

 強い蹴りにより地面を転がった。

 既にリオンの身体はは生きているのが不思議になる程のダメージを受けている。全身を土と血で汚し、剣を手放したリオンはただの少女でしかなかった。


「これだけ弱ってりゃ起き上がれないっしょ」


 肩で息をしていたジェネラルは地面に転がり弱々しく光を放っていたアイゼンリートを拾うとリオンの方へ歩き出す。

 動けないリオンは、その足音をただ聞くしかない。耳を塞ぐ事すら困難だった。


「……いや、だ」


 不意にリオンは呟いた。

 嫌だ。

 それは様々な不条理を飲み込みながら足を進めていたリオンが初めて漏らした拒否の言葉だった。

 こんな状況は嫌だ。痛いのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。

 己の内から溢れ出す言葉が弱々しく口を突く。

 それを己の耳で聞いて、リオンは痛感した。己はなんて無様な存在かと。

 脳裏を過る自己否定がボロボロの身体に喝を入れたのか、リオンが地面を這う。


「死んじゃ、いけない。私は死ねない……っ」

「けど、お前は俺から逃げられない」


 地面を這いずり、その場を脱しようとしたリオンにジェネラルは軽々と追い付きその背中を踏み付ける。

 その際の衝撃でリオンの肺から空気が吐き出された。

 ジェネラルの手の中で、アイゼンリートの柄が回る。切っ先は、リオンの心臓に向いていた。


 終わりが近い事をリオンは悟る。

 これ以上、自分の力でこの理不尽極まる存在に抗えないと身を以て知ってしまった。


 どうしようもない、勝てない。

 抵抗しようにも、道具である身体はもう壊れてしまった。

 ここで死ぬ。


 ……嫌だ。


「いやだ、死にたくないっ、誰かぁ……っ」


 涙を流しながら、リオンは誰かに縋る。

 死ぬ訳にはいかないという義務感ではなく、死にたくないと言う己の意志がその言葉を紡がせた。


「助けて……」

「今度こそ、死ね」


 救いを求めたリオン。

 死を命ずるジェネラル。

 己に死を与える為に迫る、己の愛剣。


 そしてそこに、誰かの声が響いた。


『――――勿論、助けるとも』


 不可思議な現象が起こる。

 リオンの心臓目掛けて突き出されたアイゼンリートがジェネラルの手から弾かれた。


「ぐっ!? なにがっ……」

「よぅ。少女を甚振って悦に浸るとは、随分イイ性格をしているようだな」

「誰だ!?」


 突如響いた声に、ジェネラルは己の得物を構えて警戒する。

 朦朧とする意識の中、リオンは白い人影が己の方へと歩み寄る光景を見た。その光景を最後に、リオンは意識を失う。


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