二十二話 魔道具製作と三日月の依頼
「……よし、出来た。後は、どうなるかな」
早朝。
ライガーは己の屋敷に有る談話室に居た。しかしその談話室にあるソファや机、カーペットは部屋の隅へと押しやられ、いつもとは違った雰囲気を醸し出している。
剥き出しになった木製の床の上に、ライガーはチョークで直径二メートル程度の円を描き、その内側に文字や記号を描き込んでいた。完成したそれは、一般的に魔法陣や魔法円と呼称される様な模様になる。
描かれた模様は、まず四角だ。円を丁度四分割する様に頂点を取り、その点と点を結び四角を形成する。九十度の直角を持つ正四角形、それを四十五度傾けた状態に描く。
その直角の内側を更に線で仕切り四つの小さな正四角形を作り出す。ライガーは出来た四角形の中に、文字を書いていく。上に当たる部分には浸透、右には滞留、真下には固定、左には生成とそれぞれ四つの単語が描かれた。更に対角線上にある小さな正四角形を線で結び、真ん中で交差した線の交点を基準に直径一メートル程の円を描いた。
そこで一つ息を吐き、ライガーは床から立ち上がった。
「さて、次だ」
ライガーは早足に己の自室へと向かう。自室の扉を開け、部屋に入ると机の上に置いてあるそれへ手を伸ばす。それは、リオンに渡したアミュレットの素材として触媒を作った時に出来た余り物だった。アミュレット製作に使ったモノと比較すると二分に一程度の規模しかない触媒は机の上に八つ程転がっており、その中から四つを手に取った。。
ライガーは触媒を抱えると早足で部屋を後にする。その騒がしさに寝ていた蜘蛛が眼を覚まし、辺りを見回して異常がない事を確認すると再び眠った。
「これと、……あ、こっちはこれかな」
再び談話室に戻ると、ライガーは魔法陣の中に触媒を並べていく。全部で四つ、それぞれ単語の描かれた四角形の中に設置する。
それを終えると、ライガーはウィンドウを開きアイテムを選択する。
取り出したモノは槍杖、ライガーの得物である。普段使っているモノとは異なり、今ライガーの手の中に有る槍杖は鋼鉄で構成されていた。
柄に黒い布を巻いたそれを、魔法陣の中心へ設置する。
そこまで作業を行って、ライガーは額の汗を拭った。
深呼吸を二回行い、魔法陣を見下ろす。四つの触媒と一つの武装。それらは今回ライガーが行う儀式に必要な材料だった。
ライガーが試そうとしている儀式とは武器の媒介化である。ライガーはリオンが所持するアイゼンリートを思い浮かべ、武器の形状を持つ魔道具を作成しようと考えた。ではどのようにしてそれを作るのか。ライガーはその問いに対し二つの方法を考える。一つは魔道具を武装に埋め込む方法、もう一つは武器自体を触媒に編成させる方法だ。
埋め込み式と変性式、この二つを考えた所でライガーは重要な事を思い出す。ライガーは、武器の構造に詳しい訳では無かったのだ。埋め込み式の場合、刃に埋め込むにせよ柄に取り付けるにせよ、対象となる武装の構造を熟知する必要があるのだ。ライガーは得物と呼べる武装を所持しているが、その構造を完全に把握しきっている訳では無い。
故に今回、ライガーは変性式を採用した。
その際、ライガーは己に掛かる負担を軽減する方法がないかと考え屋敷に残されていた資料を漁った。そして十四冊ほどの本を読み漁りその方法を見つける。そのページには魔法陣と触媒を用いて魔法の効力を上げる儀式について記述されていた。陣の形式、必要となる触媒等についての記述を読む内にライガーは考えた。触媒の魔力を武装に宿らせれば良いのでは、と。
触媒を用いて触媒を作る。触媒を作る為の触媒を用意する手間はどうなのだと考えたが、ライガーは先日の様に活力を根こそぎ持っていかれるのを嫌った。故に、取り敢えず余った触媒で実験をしようと考える。それ程までに、触媒の作成が億劫だった。
「……さて、やりますか」
両腕を肩の高さまで持ち上げると前へ突出し、その掌を重ねる。重ねられた掌は魔法陣の方向を向いている。
腕を伝って魔力を放ち、ライガーは呪言を呟く。
「――――流動せよ。流れ、回り、その物を我が色に浸せ」
浸透、と書かれた四角形の頂点部分が発行し、その光がチョークで描かれた魔法陣を伝い瞬く間に陣全体が発行する。
暫くして魔法陣の上に設置された槍杖に変化が現れる。魔法陣の光が槍杖を包み始めたのだ。
それを見て取ると、ライガーは次の呪言を呟く。
「――――滞留せよ。その物の中で蠢くのだ」
槍杖の表面を覆っていた光がその内部へ浸透し、槍杖自体が光を発し始める。その発光を確認し、ライガーは更に呪言を重ねる。
「――――定着せよ。その物の内に留まるのだ」
その呪言による槍杖の変化は確認できない。その様子にライガーの表情が険しいモノへと変化した。
魔法陣に記された単語はそれぞれ儀式における工程を指すものである。ライガーの見る槍杖には、浸透した魔力がその内で蠢いている様子が鮮明に見て取れていた。しかし蠢く魔力は槍杖を破壊し溢れ出そうとしている。ライガーはそれを押さえ付ける為に集中力を高めていた。緊張からか、その背を少なくない量の汗が伝う。
暫くして槍杖が一際強い光を放つ。数秒程度強い発光が続き、その光が収まると槍杖の周囲を青い光を放つ燐光が漂っていた。それを見て、ライガーは成功したのだと確信する。
あと一息。そう己に言い聞かせ最後の呪言を呟く。
「――――この物、形成す物なり。名を氷玻璃と刻む」
漂っていた燐光が槍杖へ収束し弾ける。発生した極光が部屋を染め上げライガーの視界を焼く。
暫く続いた発光現象が終息し、徐々に復活する視界で薄らと目を開ける。ぼやけた視界が、カメラのピントを合わせる様に鮮明になると、ライガーは槍杖へ視線を向けた。
そこには刃を青く輝かせ、燐光を纏う槍杖の姿が有る。近寄り、屈み、それを手に取った。槍杖は握り手からライガーの体温を奪わんとする様にその身を冷たくしている。
一振り、二振り。
軽く振って依然と重さの違いが無い事を確認する。
そこまでして、ライガーは息を吐いて脱力した。
「ふぅ、……うぉっ」
脱力すると同時にその身体が大勢を崩しその場に崩れ落ちる。集中と緊張が切れた事で強張っていた身体の筋肉が弛緩したのだ。
強かに腰を打ち付けたライガーは目尻に涙を浮かべた。
「痛っ、ったくもう……」
悪態を吐きながら立ち上がり、再び槍杖を見る。ライガーの眼には、槍杖の中で渦巻く魔力がはっきりと見えていた。
「…………えいっ」
魔力の渦を見ている内に、ライガーはその力を試してみたいと言う欲求に駆られる。その様子はどこか、エノコログサを眼前に揺らされた猫に似ていた。
試しに一回。そんな考えから、ライガーは槍杖で談話室の床を叩く。
次の瞬間、突如出現した氷柱の群れが屋敷の壁を突き抜いた。
◇
「……ん、メールだ」
魔道具の作成に伴う倦怠感から、己の寝床で横になっているライガーの目前にウィンドウが表示される。宛先に書かれている名前へ目を向ければ、それは三日月からのモノだった。
「なんだろう?」
指でウィンドウを操作し送られてきたメールに目を通す。
その文面には他の魔法使いについての話があると手短に纏められていた。
「他の魔法使い。僕以外の魔法使いも居たんだっけ……」
自分以外の魔法使い達を脳裏に思い浮かべながら、ライガーは話の内容がどのようなモノかを考える。
現状、三日月の側から依頼されている魔道具作成は始まったばかりであり、成果よりもノウハウを確立する事が大事な時期だ。その時期に研究を行うライガーを駆り出し魔法使いについて話す内容は魔道具に関連する事項以外にない。
では、それはどのように関連するのだろうか。
まず考えられるのは研究要員の増員だ。研究を行うにしても、ライガー一人では発想や知識に限界が来る。その限界を拡張するためにも、他者の声は必要不可欠と言えた。
次に考えるのは単純な戦力としての運用だ。基本的に、超常の力を行使可能な魔法使いは戦術面において非常に有用だ。個人規模の冒険においても、火か水のどれかを使えるだけで非常に便利であり、それらは戦術にも応用できる。三日月の目的が世界の奪還である事を考えるに、有用な戦力の確保は必須であろう。
「……そう言えば、三日月は戦闘を視野に入れた奪還が目的だと言うけど、その全体の戦力や敵の首領である魔王については全然聞いてなかった」
ふと浮かんだ疑問に思考を脱線させる。敵の戦力や情勢の確認は、魔道具の作成において必要な工程だ。むしろ、それを前提にして用途を考えるのが普通ではないだろうか。そう考え、ライガーは詳しく話を聞かなかった己を反省する。
「まあ、いずれにせよ……」
呟きながら、ライガーはベッドから身を起こし自室の窓から外を見やる。
「これを、どうにかしてからだよねぇ……」
窓の外には巨大な氷柱の棘が乱立していた。
それは、ライガーが魔道具を作成し終え、軽はずみにその力を行使してしまった時に形成されたモノだ。屋敷の壁を突き抜けた氷柱の群れは、砕けその破片を地へ落下させると天へ真っ直ぐ伸びる氷の尖塔を幾つも生み出す。それはまるで、種から芽吹く植物の如く、しかしそれよりも断然高速で発生し、辺り一面の気温を瞬時に低下させる力を持っていた。
急激な温度変化に起因する暴風と、それにより飛ばされてきた様々なモノが辺りには散乱し混沌とした様相を見せている。
それを目にし、ライガーは大きな溜息を吐いた。
◇
「ふむ、漸く来たかと思えば、お疲れの様だね。話は後日にした方が良いかい?」
「……いや、……大丈夫、……多分」
発生した様々な問題を解消した後、ライガーは疲労した身体を引き摺りながら三日月の下へ現れた。その顔色は疲労のために良いとは言えない状態である。
オフィス内の差し出された席に腰かけ、三日月の用意したコーヒーに口を付けるライガー。そろそろ三日月の出すコーヒーの味にも慣れ始めていた。
「では、話に移ろうか」
「その前に聞きたい事が色々とあるんだけど良いかい?」
「良いとも、何が聞きたい?」
笑顔で返答する三日月を確認し、ライガーは再度口を開く。
「敵の首領や全体の戦力について。同時に味方の規模も知りたい。三日月は独自に動いたって言うけど、魔法が有ったとしても今回引き起こした事件は大規模に過ぎると思うしね」
「うん? ……おお、そう言えば説明していなかったか。いや、ならば良い機会だ。この場で必要な知識を与えて置こうじゃないか」
納得した三日月は手元にウィンドウを開くとそれを操作し、後方に映像を投影した。
「ではまず、我々の規模を話しておこう。最初の異世界転移の際、私達は一万人以上の烏合の衆だった。そして三日の内に」半数以上が死に絶えた。その更に半分、四分の一以下の人員だけが最終的な帰還を果たした。それが私達だ」
「……それ程までに、過酷な状況だったのか?」
「そうとも。今回の転移で拠点の有る場所を活用した要因にもなった環境だよ。死んだ者の中には私よりも数段優れた存在が何人も居た。それがどの様に成長するのかは知らないが、可能性を消してしまうのは余りにも惜しかった」
ウィンドウに凡そ4000人という文章が表示される。
「身一つで放り出された私達は、まず魔物や猛獣の脅威に晒された。狼や大鷲、その他様々な敵対生物を前にして、牙を失った動物である人間の何と脆い事か。だが私達には数という武器が残されていた。誰かに食いつく狼の首を二人で締め上げ、降下した大鷲にしがみ付きその羽を毟った。……いや、これでは私達の歴史だな、脱線甚だしい。話を戻そう」
手元のウィンドウを操作し、新たな文字を映像に移しこむ。
映り込んだ映像は下を向いた矢印とその横に並んだ帰還の文字。三日月は帰還後の話をする様だ、そうライガーは考える。
「帰還した後の話をしよう。と言っても、君がリオン君と訪れた時の内容を補足する程度だがね。私達凡そ四千人の帰還者は異世界で身に着けた技能や魔法を活かして会社を立ち上げた。そう、ダイバーズ・ギアを製造し販売した会社だ。我が社は異世界を観測し、それと同時に異世界の知識を獲得し、有事の際に迅速な判断を下せる人材を育成していた。それらの人材は世界各地にある我が社の子会社にて今も活動している事だろう」
矢印の先に、ギア開発、世界中に支社を持つという文章が追加される。
「……世界規模の会社だったんだ」
「中々の規模だと自負しているとも。退職する者もいない。いや、退職のしようもあるまい。入社と同時にダイバーズ・ギアで地獄を観測させ危機感を植え付けるのだから」
「……それでも、逃げ出す人とか居たんじゃないの?」
「そんな者は面接の時点で人事部が弾く。結果として責任感や自己犠牲の精神が強い人物が多く入社していた気がするな。彼等の最優先目標はプレイヤーに関連する人物の保護だ。その安全を対価に我々の下で戦ってもらうという契約を結ぶのさ。……こんな所か。何か質問は?」
関連人物保護、という文章が追加される。
ライガーは、気が付けば紙を取り出し映像の中の文章を写し、それに対する補足をメモしていた。
「あちら側の現状とか知りたいかな。後、このウィンドウとかの仕組みも」
「宜しい、では説明しよう」
三日月が手元のウィンドウを操作し、新しい映像を投影する。
それは航空写真の様に上空からプレイヤー達の暮らす街を映していた。
「まず私達の使うこれについてだ。これはゲームにおけるウィンドウを魔法によって再現したモノだ。それには専用の魔道具が存在し、それを活用する事で君達はこの魔法の恩恵にあずかる事が出来る」
「魔道具? 自分達で作れるのなら僕は必要ないんじゃないのか?」
「毛色が違う、とでも言おうか。私の仲間は特化型なのだよ。超常現象を行使する事を魔法と称するとして、彼等は一つの方向性に特化しているのだ。例えば、炎の魔法を使う者なら力強い炎を操るが、水や風を操る事は出来ない。魔道具を作成したのはそんな者達の中の一人だ」
「ちなみにどんな魔法を使うのさ?」
「彼女は一定範囲内に独自の法則を設定する、言わば結界の魔法を行使する事が出来る。この街の地下に有るのはそれを補助する大型の魔道具だ。大型魔道具は子機の魔道具と繋がっていて、向こう側の各地域に設置されている」
「それと世界各地に支社を持つって所に関連性があったりする?」
「有るとも。子機は支社の地下に設置されているのだから」
「じゃあ魔道具作成の目的の一つって……」
「そうだね、このウィンドウ、……面倒くさいな、何かいい名前は無いかね?」
「サポートシステムで良いんじゃね?」
「安直だな、……まあ、解り易いからそれで良いか。このサポートシステムはゲーム内における法則を再現した魔法だ。しかし、質量を無視した物質の収納及びその状態の保持を設定するのが限界だった」
「死者の蘇生とかは?」
「そんな事をやったら彼女が負担で死んでしまう」
三日月のその言葉に、試した事が有るのだろうか、負担とはどのような条件で掛かるものなのだろうかとライガーは考える。
「負担の規模ってどうやって決まるの?」
「それは彼女の体感だから良く解らない。ただ、非現実的な法則であればある程、彼女の感じる苦痛は増大する傾向に有る様だ」
「……今の、その彼女の状態は?」
「年中二日酔いだそうだ」
その言葉にライガーは胸を撫で下ろす。精神を病むほどの苦痛を味わっているのではないかと心配したからだ。
「この世界のスピリタルと上手く接する事が出来た事もあるのだろう。最初の異世界で一晩防護結界を張り続けるよりは負担が少ないと言っていたからな」
「それは何より。……で、僕にはその魔道具に手を加えて強化するなりその彼女の負担を減らすなりしてほしい訳だ」
「それも目的の一つだね。さて、魔道具の子機によりあちら側でもシステムを使う事が可能だ。そして、この世界で本物の魔物と戦った人材が戦力となる。と、まあこれが現状だ。私達の規模は敵の首領が率いる魔族の軍勢の足元にも満たない。今あちら側を襲っている悲劇も第一波に過ぎないのさ。だからこそ、力がいる」
「……成程、僕達は劣勢だという事か。それだけでも、解れば力の入れ具合に差が出そうだ」
呟いたライガーの表情は硬い。三日月という底の知れない男をして足元にも満たない現状というのは、ライガーに先行きを不安に思わせるだけの力が有った。
「さて、あちら側の状況を少し話そうか。奴らは各国の首都に対し同時多発的な襲撃を掛けた。方法は君も良く知っている転送式さ。会議で集まっている国のお偉い方は為す術もなく喰われてしまったようだ。まあ、時差により免れた国も有る様だがね。そして、リオン君のいる日本は銃社会ではないため一般市民に対する被害は甚大と言える状況だ」
「銃社会だとそんなに被害はないって事?」
「アメリカではコレクターやトリガーハッピーな人々がハンティング気分で魔物を掃討する光景が見られたらしいね。ただ、次は人間の間で衝突が起こったりもする。食料や水の問題は生きていく上で切り離せないからね」
そう言うと、三日月は手元のウィンドウを操作しまた新しく映像を投影する。
映像には高層ビルの居並ぶ街並みが映されていた。しかし、街の到る所から黒い煙と赤い火の手が上がり、流される音からは断続的な銃声と悲鳴が響き渡っている。
暫く街を映していたかと思うと、映像が切り替わった。大きな自然公園か、それともゴルフ場か。広い緑の大地を魔物の群れが行進している。棍棒を持ったゴブリンが主要構成要因であるその群れの中で突如爆発音が鳴り響く。
ゴブリンの足元で起きた小さな爆発。それはゴブリンの脚を抉った。
「これって、……地雷?」
「ああ、昨夜その自然公園にキャンプを敷いた一行が仕掛けたモノだ。しかし、器用なモノだ」
味方が原因不明の爆音と共に負傷し慌てふためく魔物の群れ。警戒のために周囲に忙しなく視線を巡らせながらうろうろしていた固体が脚を負傷する。
そこへ訪れる複数の影。それは人間だった。それぞれ、アサルトライフルやショットガンで武装している。十にも満たない数の彼らは、即座に銃口を魔物へ向け躊躇いなく引き金を引いた。
「ライガー君、信じられるかね? 先の地雷は一発の銃弾と木の板、そして一本の釘で作られたのだ」
「わお低コスト。それで足を負傷させられるんだからリターンも高い」
映像の中では、魔物の群れは既に殲滅されていた。武装した人々は、ゴブリンの死体を漁りながらああでもないこうでもないと話し合いをしている。
「とまあ、このように元気な人は元気だ。ただ、弾薬が切れてしまえばそれまでだろうがね」
「あ、そっか。これだけ派手にぶっ壊れてたら弾丸を作る工場は動かないだろうし、何より材料だって限りがある」
「その通り。合理的且つ殺傷に長けた武器である銃は、用いられる弾丸の供給が途絶えた場合無用の長物と化す。故に彼らの今後の目標はより規模の大きい戦闘の出来る集団と合流するか、弾薬の製造が出来る工場の確保と拠点化だろうな」
「それが出来ると普通のプレイヤーよりも戦闘能力が上がるね」
「まあ、私からしてみれば出来るもんならやってみろという感じだがね」
ライガーの呟いた感想に、三日月は嘲笑を浮かべた。映像の中にいる彼らは笑みを浮かべている。それは、普段ならば味わう事の適わない、大量の命を破壊する事に起因する仄暗い喜びだった。彼らのトリガーは軽く、破壊に伴うエクスタシーを得る為に何かと銃を使う。そう考えた結果、三日月にはこの銃使い達が生き残れるとは思えなかったのだ。
「奴らは基本的に夕方から朝方に掛けての時間帯に活動する。故に昼間は地上を歩けるが、魔物以外の危険も当然ある。そして生物が生きるには食料が不可欠である事を加味し、我々は農地を確保し非戦闘員を日中の農地で働かせ、プレイヤー達には二交代制で農地の護衛にあたって貰おうと考えた」
「食料問題……。それならここみたいに異世界の土地を使えばいいんじゃないの?」
ライガーの発した疑問の言葉に三日月は困ったような笑みを浮かべて溜息を吐いた。
「最初、私達もそれを考えていた。だが、試行錯誤の末にやっと見つけたこの世界は、未開の地が既にない。そして、丁度戦国時代のようなのだ。群雄割拠とでも言おうか。複数ある大陸は戦乱の渦で荒れに荒れている。やっとの思いで見つけたここは大きな島であり、それなりの生産も出来るが現地の人間との折り合いもあり、積極的には動けない。国を奪えばよいのかもしれんが、生憎戦力が足りん。連合など組まれてしまえばこちらの積みは確定したも同然だ」
「……つまり、この島はこの世界で唯一戦争が起きていない、言わば楽園であると?」
「そうなるな」
「それって、下手すれば外来船が来る可能性もあるよね?」
「あるだろうね」
「…………」
三日月の言葉を聞き、ライガーの頭の中に少し前の記憶が蘇る。それは水不足を解消した時に見た遊牧民達の笑顔だった。それは問題を解決した後の宴で見た農耕民の笑顔だった。
ライガーの神経が研ぎ澄まされ、外来船が略奪及び占領目的で島を訪れた場合をシミュレートし始める。
「何を考えているのだね?」
「っ!?」
しかしその思考は三日月の声により中断された。
「まあ、大体予想は付くが何も言いはしないさ。さて現状についてはここまでで良いか。次は敵勢力について説明させて頂こう」
「解った」
三日月はそれまで表示していた映像を全て消し、新しく映像を表示する。そこには敵勢力についてと書かれていた。
「敵勢力についてだが、実は私達も知らない事が多い。敵の首領を魔王と呼称するのは、召喚した奴らの口にした名称をそのまま流用しているに過ぎない。だが、魔物の軍勢を使役する以上、強ち間違いと言う訳でもあるまい」
「総数の把握は出来ていない、という事か」
「ああ。だが、それでも私達が劣勢である事は間違いない。私達が観測した情報には魔物に指示を出し魔法を使って見せる、黒いローブを着込んだ人型の魔物、或いは人間がいた。私達はこれをジェネラルと呼称し、食料生産地の確保に次いでこのジェネラルを捕獲し魔物を操る術についての研究を始めようと計画している」
「魔物使いであり、魔法使いである存在か。それが襲来する時期が解れば良いんだけど……」
「残念ながら解らない。というよりも数週間前にジャミングが張られてしまってね。魔物共の情報が手に入らなくなってしまったのだ」
「……それって、駄目じゃね?」
「駄目だな」
いつもの様に笑いながら答える三日月の前で、ライガーは溜息を吐いた。
「あの世界は半年で落ちた。今回と同じように世界中の国に有る首都を同時且つ一瞬で制圧し、その後半年で世界を滅ぼした。私達はその工程を知っている。少なくとももう半年は持たせる事が出来るだろう。その間に敵についての理解を深める」
「これからが本番、って事か」
「ああ。もっとも、君と言う存在のお蔭で想定以上に状況は速く進んでいる」
「……僕、何かしたっけ?」
「魔道具を作り出したではないか。リオン君個人にのみ効果を及ぼすものだとしても、携行可能かつ高い効果を持つ魔道具だ。私達の計算では最低でも一ヶ月は掛かるという認識だった。それを、君は僅か一週間足らずで作ってしまったのだ。我々にとっては願ったりさ」
ライガーはリオンに渡したアミュレットの効果が知られている事に驚くが、あちら側でも三日月の同志とやらの下で活動しているのなら監視ぐらいされているだろうと納得する。
既に残りの少なくなってしまったコーヒーを飲み乾すと、三日月が即座にお変わりを用意した。湯気を発たせる熱いコーヒーの入ったマグカップが差し出され、その何とも言えない圧迫感にライガーは少し焦る。
「以上が、現状で私達が手に入れた情報となる。細かい所の疑問はまた後日、という事で良いかな?」
「うん。知りたい事は大まかにだけど知れたしね。それじゃ、三日月の用事を聞かせてよ。僕以外の魔法使いに関わる事なんだろ?」
ライガーの言葉に三日月は不敵な笑みを一層深め、世界地図に似た映像を投影しながら口を開く。
「この世界に転移した君以外の魔法使い達の中で、一人だけはっきりと居場所が特定できた。君にはその人物と接触し現状の伝達と迎えを頼みたい」
「その人の特徴みたいなのは?」
「今映像を拡大する」
「……ひょっとしてこれ、航空写真?」
「うん? ああ、私の仲間が作った魔道具だ。確か鷹だか鷲だかの眼球を百擦り潰して作った触媒とビデオカメラを掛け合わせたと言ったな。製作工程までは知らないし知りたくもない」
「とんでもないな、それ」
冷や汗を流しながら映像を注視するライガー。
上空からの映像が地上に迫るにつれて、件の人物の姿が鮮明になる。
その人物は草原に居た。白く大きなフード付きのローブを纏ったその人物は、身長こそ高いが身体のラインから女性であると判別が付いた。
「……この人か」
「彼女は一体どういう人物だね?」
三日月がニヤ付きながらライガーに尋ねる。その笑みは、ライガーは映像の人物を認識し怯んだ事を認識したが故に浮かんだものだった。
「……クリスティーナ。僕はこの人苦手だ」
絞り出すような声音で、ライガーはそう呟いた。