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二十一話 朝練と調査依頼

「……何よ、これ」


 朝日が照らし出す光景を目にし葉子は呆然と呟いた。

 転移された先。

 そこはビル街だった場所だ。整備され、専門の業者が磨いてきた窓や修繕を繰り返したアスファルトの道は、面影を残しながら、面影を残すが故により無残に感じる壊れ方をしていた。

 どこの都市かなど、子供である葉子には判別がつかない。しかし、その大量の瓦礫と血の匂いが生命の残り香を感じさせた。

 呆然とする葉子の前方で、リオンは腕組みをしながら廃墟と化した街を観察する。無意識なのか、その思考が呟きとして口から洩れていた。


「……一晩で都市一つが壊滅。……銃が一般に出回っていない日本で、経験のない人の戦闘は不利、か。……ライフラインの途絶を考えると都市部での行動は避けた方が良いわね」

「おね、……リオン?」

「……何でもないわ、少し考え事」


 訝しげにリオンの表情を伺う葉子に気付き、リオンは首を横に振って思考を振り切る。そして己の目的を達成しようと考えた。


「早速始めましょうか。まず、その鉾を軽く振ってみなさい」

「はい」


 切先を鞘で包まれた鉾を持ち構え、葉子は振り上げるとそれを振り下ろす。


「ていっ、……うわっ」


 だがその重量の移動に身体が慣れていない為に葉子は体勢を崩し足を縺れさせてしまう。バランスを崩しながらも転倒は防いだ葉子にリオンが言葉を掛けた。


「やってみて解る通り、慣れない人が振るとそうなるわ。それも当然の話よね、鉾を振るうための筋肉が出来ていないし、何より感覚を知らないのだから。そういう訳だから、今大事になるのは数を熟す事よ。取り敢えず、戦いについて講釈を垂れるのはそれを問題なく振り回せるようになってから」

「…………」

「対象を用意する必要があるかしら。そうね……」


 恨めしげな視線を向ける葉子を無視し、リオンは周りを見回す。その視線がある個所で止まった。そこにはショーケースが有ったのだろう、破れた服を纏うマネキンが無造作に転がっていた。壊れた窓の破片を取り払い店内の様子を伺えば同様のマネキンが複数転がっていた。

 これを使おう、リオンはそう考えると一体のマネキンを担ぎ葉子の下に戻る。


「これを的にするわ。振るにしても目標が無いとやり辛いだろうしね。さ、思いっきりやりなさい」


 リオンの指示に何か言いたげな表情を浮かべるも、今は練習を優先すべきだと判断する葉子。

 手に握った鉾の柄を意識して握り込み、その存在を強く認識した。急所へ叩き込めば即座に生物の命を奪ってしまう刃がこの武器には付いている。そう考えると葉子の掌に汗が浮かんだ。


「っ!!」


 一端鉾を地面に刺し手を離すと、己の着るジャージでその手汗を拭う。再度柄を握り、リオンの設置したマネキンを見据える。表面の白いマネキンには大小様々な傷が付いていた。それが葉子には不気味に感じられてしまう。

 上段へ鉾を構える。その構えは武道を意識して行われたモノではない。ただ、斬る行為とは上から斬り降ろすモノだと言う安易な考えの下に行われた構えだった。


「ふぅ……、やぁっ!!」


 息を整え、しっかりとマネキンを視界に収めると葉子は駆け出しマネキンへと斬り掛かった。振り下ろされる銀色の刃。それはマネキンの頭頂部を狙って振り降ろされる。

 しかし、その一撃はマネキンの頭に命中せず、マネキンの左肩を霞める程度だった。


「うぅっ」


 思う様に動かない自分の身体と得物である鉾に若干の悔しさを感じ葉子が呻く。その一連の動きを、リオンはしっかりと観察していた。


「やっぱり、最初っからは無理よね。……葉子」

「何?」

「素振り百回を貴女に課すわ。一本一本、考えながら丁寧に振りなさい。その中で自分なりに振り方を試行錯誤するの。型を教える、なんて丁寧な事をやるつもりなんかないわ。私も教わっていないし。それに、結局は体感の問題だから貴女がどれだけ才能が有ろうと無かろうと私にはどうしようもないのよ。という訳で、始め」

「えっ、いきなり?」

「まさか、こんなに早く休憩するつもりだったの?」

「っ!! そんな事言ってないでしょ!!」

「怒鳴らないで。さっさと始めなさい」

「くぅっ」


 粗略な言葉で命令するリオンに対し、葉子は苛立ちを募らせ始める。リオンのそれが、指導と呼べるモノだと思えなかったからだ。

 説明の意図は大体読める。環境から、リオンが真面な指導を受けていない事は瞭然であり、危機を乗り越える上で己に最適化した我流の戦闘術が仕上がるのも理解できる。しかし、それでももう少し丁寧に教える事は出来ないのだろうか。そう、葉子は思ってしまった。


「ふっ!!」


 一振り。

 ただ腕だけを動かした為に、上段から鉾を振った際に前方へ移動する身体。それを支える為に葉子は慌てて片足を前に出し転倒を防止する。

 その後、五回程度振る内にどうせ出すのならば最初から足を突き出せば良いのではと思い付く。


「やっ!!」


 その考えが良かったのか、先程の振り方よりも苦しくない様子が見て取れる。そして二十回目に差し掛かる頃、葉子は腕を下ろした。武器を振るうのに慣れていない子供の腕に、鋼鉄で出来たその鉾は重すぎたのだ。むしろ初めてで二十回も続けて振れた事を褒めるべきだろう。

 視線だけを移動させ、葉子はリオンを見る。そしてリオンの姿を見て目を丸くした。

 リオンはアイゼンリートと同じくらいのバスタードソードを取り出し、片腕でそれを持つと腕と刀身を真っ直ぐに伸ばし、その体勢を維持していたのだ。

 表情を僅かにも動かさず、片手で地面との水平を保つ事で腕に負荷を掛けている。見るからに重そうな剣だ、葉子はそう感じた。大きさこそ葉子の持つ鉾が勝っているが、鉾は長柄である故に真ん中を持てば重さが分散し持ち易く、また葉子は両手で扱ている為に少し重いと感じながらも触れない重さではないと感じる。

 では、リオンのそれはどうか。両手用に対応した柄を持ち水平を維持するその姿勢は腕全体や手首に多大な負荷を掛けると容易に想像できる。前に葉子は、学校の掃除の時間に少女漫画に登場する騎士の真似をして箒の柄の先端を握り水平に構えた事が有った。その時、軽いと感じていた箒が異様に重く感じた事を覚えている。まして、リオンの持っているモノは鋼鉄の塊だ。重くない筈がない。

 これだけの事を為せるようにならなければいけないのか。そう考え、葉子は気の滅入る思いになった。


「疲れたの?」


 そんな葉子に顔を向けず、何気ない感覚でリオンが尋ねる。葉子は疲れていた。しかしそれを素直に言っても良いのだろうかと思い悩む。


「えっと……」

「疲れたのなら休んでも良いわ。振る時に雑な振り方をせず、しっかりと考えながら振ればそれでいい。まだ初日だもの」

「……うん」


 リオンの言葉に少しの安堵を覚え、葉子は丁度良い大きさの瓦礫に腰かけた。

 二の腕辺りに鈍い痛みが有る。それは長距離走やスポーツで思い切り身体を動かした時に良く感じる類いのモノだ。要は筋肉痛である。

 痛みを発する箇所を揉み解しながら、葉子は再びリオンを見る。

 視線の先にいるリオンは先程と同様に剣を地面と水平に構えた姿勢で停止していた。それを見て、その様な鍛え方もあるのだろうと葉子は考える。

 十分ほどの休憩を挟み、葉子は再び鉾を振り始めた。



「九十九、……百!!」

「はいお疲れ様」


 日が昇り、辺りがすっかり明るくなった頃に葉子は課されたノルマを終えた。

 瓦礫に腰を降ろし、葉子はそれまでの訓練を振り返る。

 初めの一振りは何も解っていなかった。得物の重さも、その威力も、負担も、危うさも。

 二振り目は思い切り振った。足を縺れさせて体勢を崩す己を情けないと思いながらも、より力を入れた。

 七振り目で漸く前進した。振られる鉾の勢いと共に己も前進する。体勢が安定し、心なしかその振りが鋭くなったように感じられた。そこから、葉子は鉾を振る事に僅かな楽しみを見出した。

 成長に伴う喜びとは心地良いモノである。その成長の成果が己の家族のためになると言うのなら喜びも一入だ。


「この短い間で、それなりの進歩が見て取れた。しっかりと考えているみたいね」

「えへへ……」


 家族に向けるそれとは違うが、それはリオンの正直な賞賛だった。それを受け止めると、葉子はくすぐったい気持ちになり、人差し指で頬を掻く。


「けれど、現状において必要なのは戦闘の技能よりも危険を早期に察知し近寄らない事なの」

「近寄らない?」


 葉子の疑問の言葉にそうだと答え、リオンは話を続ける。


「そうよ。戦闘には多かれ少なかれ死の危険が付き纏う。生きる為に必須となる場合を除き、戦いとは極力避けなければならないものよ。それなりの実力と経験を伴う者なら引き際を誤らないだろうけど、貴女は経験もなく、能力も無い」

「…………」


 はっきりと告げられる戦力外通告に、葉子は納得しながらも若干の苛立ちを覚えた。


「だから、第一段階の訓練は体力の向上や身体作りから始めるわ。これが、貴女の一日の訓練メニューよ」

「これが……」


 腰のポーチから折り畳んだ髪を取り出し葉子へと手渡す。葉子は、若干皺の寄ったその紙を広げ、書いてある内容に目を通す。そこには、室内で出来るトレーニングの一覧が列挙されていた。それは一週間単位でメニューが決められており、一ヶ月もやれば女ながらに筋骨隆々になれるだろうと葉子は考えた。


「……これ、全部やるの?」

「そうよ。決められた回数を決められた日にやりなさい、不満は受け付けないわ」

「…………」


 葉子は所狭しと掛かれた紙を見て、ふと疑問が思い浮かんだ。

 訓練メニューを考えるのはリオンであり、訓練を受けたいと申し入れたのは昨日の夕方だった。ならばこのメニューを製作する時間は一晩しかない。リオンが雑な考えを書くとは考えにくい。だとすれば、リオンはこのメニューを一晩かけて、それこそ徹夜で製作したのではないだろうか。

 そう考え、視線を紙からリオンへ向ける。


「? どうしたの? 質問? それとも不満?」


 無表情で言うリオンの問いに答えずその顔を注視する。良く見れば、その整った顔の目元には薄らと隈が出来ていた。隈と寝不足が、葉子の脳内にてイコールで結ばれる。詰り、リオンは葉子の為に夜なべをしてメニューを作り上げた、そう葉子は考えた。

 考え、その顔に自然と笑みが浮かぶ。リオンは突然ニヤ付き始めた妹を怪訝な表情で見た。


「……お姉ちゃん」

「……何?」

「ううん、なんでもないよ、リオン」

「……そう」


 葉子は確信する、絆は失われていないのだと。

 そう考えると、心が楽になった。まだ逆境を抜け出せていない事に変わりはない。それでも、、繋がりを実感できるだけで葉子は幸せになれた。


「今日はこれくらいにしましょう。毎朝素振りをするから、早起きできるように早く寝る習慣を付けなさい」

「うん。……素振りって体育館じゃダメなの?」

「素振りやってて何か文句を付けて来る奴が出ても困るでしょ? その点、ここなら喋る奴がいない」

「文句……」

「特にチンピラっぽい奴は自分の加虐欲求が満たされる為なら対象は何だっていいだろうし、葉子が戦えない内は基本外。戦えても出来るだけ外の方が好ましいわね」

「でも、外は危険じゃないの? 戦いは出来るだけ避けるべきなのよね?」

「避けてるじゃない、人間との戦いを。共同体の中で行われる紛争みたいな奴ほど面倒なモノはないの。経験則だから覚えときなさい」

「う、うん」


 疲れの滲んだ表情で言うリオンを見て、葉子は何があったのか気になる所であったが追求しない事にした。


「さ、帰るわよ。貴女は帰ったら早速トレーニングをしなさい。……それと、母さんの事を頼むわ」

「解ってるよ、リオンが母さんを大事にしてる事は私が一番よく知ってるから。だから、大丈夫」

「……ありがとう。私は今から一条さんの所で話し合いが有るから」

「うん、頑張って」


 リオンがウィンドウを操作し通信を行う。すると数十秒後、リオンと葉子の近くに魔法陣が展開された。


「さ、帰りましょ?」

「うん」


 呼びかけに静かに返事をすると、葉子はリオンの後に続き魔法陣に踏み入った。



「一条さん、話を聞きに来たわよ?」

「漸くですか。全く、急用が入ったとか言って突然予定を変更するんですもの」

「それは、……すまなかったわ」


 昼下がり。

 葉子の訓練を終え、リオンは一条のオフィスに招かれていた。

 リオンは用意された椅子に行儀正しく座り一条の話に耳を傾ける。


「それで、どんな用事?」

「はい、まずはこちらを見てください」


 そう言うと、一条はウィンドウを操作し新たな映像を立ち上げる。

 そのウィンドウには上空から見える街の姿がある。ビルは崩れ道路は砕けていた。俯瞰する街の各所に、小さく見える火の手がある。一条がその内の一つを拡大して映した。


「……これって」

「はい、一般の方々の中で生き残った人達ですね。彼等は学校や市民会館などの避難所にバリケードを形成し一夜を凌いだようですね。次に此方を見てください」


 再びウィンドウを操作し、一条はある映像をリオンに見せる。

 映像が暗い事から時刻は夜だろうと考えリオンはその映像に視線を向ける。そこには、先程のバリケードに群がるリザードマンや魔犬、ゴブリンなどが群がりそれを突破しようとしていた。

 バリケードの向こうでは、避難していた人々が簡易的な足場を作りそれに乗るとバリケードの上から消火器の中身を噴射したり理科室に有ったアルコールランプと火の付いたタバコで作った簡易火炎瓶で攻撃する光景が広がっていた。

 それを見たリオンは、そう言った戦い方もあるのかと小さく頷いていた。


「何を頷いているんですか?」

「アルコールランプで火炎瓶作る発想が中々、って思ってね。他にも、消火器は内容物である薬剤で目潰しを行い、金属で出来た容器は鈍器にもなるから中々使い勝手が良って事が知れたわ。ちゃんとした武器を使った戦いしかしてこなかったから、こういう日常にありふれた物を武器として扱うって発想には学ぶべきものが有ると思ったの」

「……まあ、いいですけどね。さて、次が本題の映像となります」


 一条は更にもう一つの映像を表示する。

 それはバリケードにて行われている籠城戦の後の映像の様だ。若干明るくなってきた映像を見て、明け方だろうかとリオンは考える。

 暫く見ていると、それまで勢い良く進行していた魔物達の動きがぴたりと止まり、何を考えてか撤退を開始したのだ。


「……これ、は」

「魔物の習性なのかもしれません。三日月さんの話では、彼の行った異世界では昼間に現れる魔物は大概周囲の環境に干渉出来る程の強い力を持った個体だけだったという話でした」

「詰り、昼間は安全だと?」

「少なくとも、現状で確認されている魔物は日が昇る前にどこかへ去っています」

「なる、ほど……」


 映像を見ながらリオンは考える。

 大概の魔物は、昼間はどこぞへと撤退する。ならば昼間に脅威となるのは強力な個体と暴徒と化した人間だ。そう判断し、心に留めて置く。


「それは前提情報なのかしら? これから頼む事への」

「その通りです。リオン、貴方には魔物がどこに撤退するのかを調べてもらいます。活動開始時間は真夜中から。適当な魔物の群れと交戦し、魔物が撤退を始めたらその後ろを追跡してください」

「出来ない事もなさそうね。それで、それに対する報いは何?」

「特にありません。強いて言うなら、リオンさんとそのご家族の食事が数段グレードアップする事でしょうか」

「戦果に応じてって所?」

「そうですね。人質が有る以上、対価なしの戦闘は結構な数やらされると思いますよ? 能力も高いですし」

「面倒事が多そうね」


 リオンは前途多難な未来に溜息を吐いた。


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