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二話 来訪者の街

 街が有った。

 大きな街だ。大地には煉瓦が敷かれ、通りには切り出した石を積み重ねて作られた家々が並んでいる。

 中世ヨーロッパを彷彿とさせる景観を持つ巨大な街の広場。噴水から吹き出す水が陽光を反射する美しい景観。その景観を吹き飛ばすような話し声が聞こえる。それも百や二百ではない、千や二千だ。


「と、まああちらの世界にて我が同志がこちらと対話する力を獲得し、そこへ貴方たちが送られたのですよ」

「……すると何か? 宣伝文句である『もう一つの世界を体験する事になるだろう』って異世界転移の事だったのかよ!?」

「その通り」


 怒号が飛び交っている。

 それらの人々は全てこの世界における異物だ。

 来訪者。

 数百年に一回程度の頻度で現れる謎の知識を有する者共の総称がそれであり、その正体は異世界から来た人間だ。

 来訪者共は鉄砲の製法を伝来したり、戦における戦略を伝えたり、暴れ川の治水を行ったりとそれはそれは目立つ行いをこれでもかとやってくれていた。


「何故、俺達を呼んだんだ?」

「それは……」

「魔王が出たのか!?」

「美女が出たのか!?」

「異世界のエロ本!?」

「お前ら五月蠅ぇ!?」

「貴方達の様な人種を一斉に世界から追放したかったから。だ、そうなのですよ」


 その一言に場が静まり返る。

 静寂は広がり、そして即座に破られた。


「むしろ願ったりィィィィィ!!」

「ここが俺の天下だァァァァ!!」

「そんな事より男の娘ォォォ!!」

「俺とばっちりじゃないですかぁ!?」


 上記の例を見て解る通り、悲しみに捕らわれる者は少数派であり、その殆どの者がこの状況に対し挑戦する様な、挑発する様な、発情する様な眼差しを瞳に秘めていた。


「で、まあそんな相談をされまして、でしたら最低限に戦える様にして下さいなとこちらから注文した訳なのですよ」

「……詰り、ソルジャーズ・ワールドは追放者に対する訓練所兼豚箱だったと?」

「はい、まあ中には予備軍と思われた無実な方々も居る様ですが」

「……そんなぁ」


 質問をしていた青年はその言葉に「明日は面接が有ったのに……」と呟きながらその場に崩れ落ちた。

 集団の中には他にも「テストが……」「弁当が……」「冷蔵庫の中身が……」と呟いている者がいる。だが、やはり少数派であった。


「さて、この中に魔法使いが居ましたら挙手してくださいな?」


 導き手と思われるメイド服の少女が集団に対し呼びかける。

 しかし、集団からは手が一つも上がらない。


「あ、あれ?」


 その様子に、メイド服の少女は困惑を露わにした。


「そういや、魔法使いの姿は見えないな」

「というか、そもそもの人口が少なくて難易度の難しい地雷職だろ?」

「いや、あれは使う者を選ぶ職業なんだよ。普通のゲームの魔法ときたらツール化されてるのに対し、S.W.では自分から魔法の体系を組まないといけないんだから」

「あ、俺のリアフレが魔法使いやってたけど、なんかHTMLを編集している感覚だって言ってた」

「HTML? こっちは十個の方程式を同時に一秒で解答するって話だったけど……」

「諸説あるよな、俳句を作ってそれが魔法とか」

「俳句だったら俺にも出来るさ!」

「おっ」

「じゃ、どうぞ」

「ほれ」

「さぁ」

「うぇ!? え、えーっと、……異世界に 飛んだは良いが 金が無い」

「ハッ!?」

「そうだ、所持金ッ!!」


 俳句、ではなく五七五を聞いた集団は一斉にステータス画面を開き、所持アイテムや所持金を確認し、そして胸を撫で下ろしていた。

 所持アイテム及び所持金はゲームを行っていた時のモノがそのまま反映されていたのだ。


「……魔法使いが、いない?」


 メイド服の少女は深刻そうな表情で呟く。

 この世界における魔法使いとは即ち伝説である。

 魔法とは人間の垣間見る事が難しい法則を理解し、その法則に則って不可思議な現象を起こす存在だ。その絶対数は少なく、そして人材的価値が高い。

 一夜にして堅牢な城壁を作り出した者、敵の兵士千人を瞬時に焼き尽くした者、土地を豊かにした者と様々な伝説が残る中、現在魔法使いを見た事の有る者が減少していっている。

 そんな時に、S.W.のプレイヤーから数少ないが魔法使いを育てる事に成功したと聞き、少女は小躍りし鼻歌を鳴らしながら期待していた。

 それがどうだ、転移された者共の中に魔法使いが居ないではないか。


 メイド服の少女が絶望しかけていた正にその時、集団の上空に映像が投影された。

 それはどこかのオフィスなのだろう、清潔にして無機質な部屋の中に観葉植物が居心地悪そうに佇んでいる。

 その映像の中央には眼鏡を掛けた営業マン風の男が一人、椅子に足を組んで座っていた。


「な、なんだ!?」

「同志っ!!」

「同志、……って事はあの人が俺達をこの世界に送った人か!?」

「何だと!?」

「イケメンかよ、……ちっ」

「良い男じゃないか、一夜を共にしたいモノだ」

「はぁ、まったくホモはどこにでも……こいつ女だ!?」

「何だって!?」

「ホントだ、凛々しいから気付かんかった」

「姉御ぉ!!」

「お姉ちゃんとお呼び!!」

≪お姉ちゃんッ!!≫

「……話しても良いかね?」

「あ、どうぞ。ってか、俺帰りたいんですけど」

「さて、魔法使いがこの集団に含まれない理由だが……」

「あ、無視ですか……」


 やたらと気合の入った連中に押される常識を捨てきれない人々は、この時点で既に疲労困憊である。


「彼等は魔法を扱うが故に転移の座標がズレてしまった様だ」

「それでは……」

「ああ、彼等は間違いなくそちらの世界に居る」

「な、何だって!?」

「俺達の英雄、マスクド・マジシャンも居ると言うのか!?」

「助けられた時にその名を呼ぶと「日朝の某特撮みたいな呼び方するなぁ!!」と小気味良い反応を返してくれるあのっ!?」

「俺の予測が正しければ、奴は男の娘に違いないッ!!」

「……えー、プレイヤーの皆様の中にサイレンスを使える方は居りませんか?」

「そもそも魔法使いがいないだろう」

「……それで、魔法使い達は?」


 メイド服の少女の問いに同志と呼ばれた営業マン風の男が手元で何かを操作する。集団の者はその音からキーボードのキーを叩く音だろうと察する。


「こちらを見てくれ」


 営業マン風の男とは別の映像が展開される。

 それは何かの地図の様だった。

 地図の上には赤い点が有り、それぞれバラバラなモノと集合しているモノとが有る。


「これは?」

「この世界の地図さ。そしてこの赤い点は君達来訪者の者だ」

「集団が俺達、って事か」

「だとすると、バラバラに灯っているのが魔法使いという事ですか?」

「そう言う事だ」


 確認するように言うメイド服の少女の声は喜色に満ちている。

 喜びと安堵を胸に、地図上の赤い点を見つめる。

 見れば、プレイヤー達の居る街からそう遠くない草原に一つ点が見える。

 その点は他のどの点よりも街に近く、少女が本気を出せば直ぐにでも到達出来る場所に有った。

 近い距離は少女の憧れをより現実のモノへと接近させる。

 脈打つ鼓動により血行が良くなった為か、その頬は紅潮し始めていた。


「……同志」

「何かね?」

「その地図の情報を私にも見れるようにして下さい」

「ふむ、確かにその方がスムーズに魔法使いを回収できる事だろう。宜しい、受け取りなさい」


 同志と呼ばれた男がキーボードを操作すると、メイド服の少女の手の中に地図が現れる。

 ただの地図ではない。

 その柔軟さは紙でありながら鋼鉄の如き光沢を放ち、そして地図に記された点が移動しているのだ。

 男が渡したモノは、プレイヤー達が転移させられた島の地図であり、本来ゲームにおける管理者用のユーザー監視システムだったモノを応用して出来た代物だ。


「ありがとうございます。……では、やる事を早急に終わらせ探しに行くとしましょうか」


 メイド服の少女は先程から立っていた御立ち台の上からプレイヤーを見下ろし口を開いた。


「――――静かに。これより、貴方達の能力及び適正により住居と物資を支給致します。産業に関わる技能を持ち、且つそれを専門に行ってきた者はこの大広場の右手に見える青い旗の前へと集合してください。次に戦闘を主な生業としてきた人々は左手に見える赤い旗の下へと集合してください。そして生産と戦闘どちら付かずという者はこの場に残って下さい。それでは、移動を開始してください」


 毅然とした声でメイド服の少女が指示を出す。

 集団はその指示に従い移動し、暫く経ち三つに分断された。


「ではこれよりそれぞれの担当区へと向かってもらいます。各自案内を行う妖精の後に続きお進み下さい」


 その言葉と共に、小さな影が噴水から飛び出した。

 燐光を振りまく小さな影は人の形をし背中から虫の様な羽を生やしている。

 確かにそれは妖精と言われる生き物だった。


「よ、妖精!?」

「わわっ、マジで異世界じゃないっすか!!」

「凄い、……興奮してきた」

「おい、そこのはぁはぁ言ってる奴は捕まえるべきか?」

「ほっとけよ、行くぞ」


 集団は先頭を飛ぶ妖精の後を追い歩き始める。

 そして広場には営業マン風の男とメイド服の少女のみが残った。


「では、健闘を祈る」

「はい、そちらも」


 短い挨拶の後、営業マン風の男が移っていた映像が掻き消えた。

 それを確認すると、メイド服の少女は街の外へと通ずる門へと歩を進めた。



 生産系の技能に長けた者達が辿り着いたのは露店や店の並ぶ通りだった。


「……ここは、商店街か?」

「確かに、ゲームでプレイヤーに解放されてた市場にそっくりだけど……」


 先頭を行く厳つい顔の男と髪の長い少年が意見を交わす。

 他の生産者達も辺りを見回しやれあそこなど日当たりが良い、あそこなら目に付き易いと話している。


「ここは商業区として設定されたエリアです。貴方達には商品の開発と販売、そして研究を行ってもらいます。その役割は技術の促進です。生産技術、作業工程の効率化、その他役立つ情報や商品などを精力的に作り上げて頂きたいモノです。では、これより技能を見てそれぞれの権限及び住居等の待遇を決めます。少々お待ちください」


 一息に言い切ると、妖精は魔法を使う。その顔に表情は無く、己に課せられた仕事を淡々と行っているという印象を見る者に与える。

 風がプレイヤー達の傍を吹き抜けると、妖精の周りに情報が表示される。それはプレイヤー達の見知ったステータス画面と酷似していた。

 妖精は数多く展開されたそれらの画面を一つずつ丁寧に精査しその者の住居及び待遇を決定していく。

 一枚一枚、個人個人へとその身分及び権限を保証する情報を光の中に纏とめ送り付ける。


「ステータスの更新通知? ……これは」

「現在この街における貴方達の身分証を発行しています。暫くお待ちください」

「……工房一つに商店二つ、それと整備費用の負担?」

「あ、俺のは商店三つだわ。商人プレイを中心にやっていたからか?」


 プレイヤー達はそれぞれのステータスを話し基準がどうの実績がどうのと燥ぐ。しかし中には浮かない顔の者も居る。例えばそれは、先頭を歩いていた厳つい顔の男だった。


(……どういう事だ。さっきの広場での話を聞くに、あの男が俺達みたいな奴を放り出したいだけならこんなアフターサービスをする必要もない筈だ)


 男は訝しげに妖精を見つめる。

 この降って湧いた不幸な、人によっては幸福である事件は、可笑しな所が多々ある。異世界への転移とは言ったが本当にここが異世界だと言う証拠が有るのか。自分たちはまだフルダイブのゲーム内に取り残されているだけではないのか。

 考え出したら限がなく、男は視線が鋭くなっていた眼を閉じる事にした。


「オジさん、今は焦らない方が良いんじゃない?」

「……ユウ」


 厳つい顔の男と同じく先頭を歩いていた少年、ユウは男の事をオジさんと呼びながら話し出す。


「相手側の目的がどうであれ、今は基盤を作る事を優先するべきだ。焦って走って転びました、なんて痛い真似はしたくないしね」

「……確かに、その通りだ。だがオジさんは止めろ、俺はまだ二十だ」

「…………え、その顔で?」

「――――お前」

「御免、悪かった、ふざけていた事は謝るよ。で、取り敢えずそっちの権限はどんな感じ? 俺は取り敢えず工房と製鉄所それと計三つの店舗を持てるみたい」

「こっちは工房二つと店舗一つだ」

「まあ、基本的にオジさんは製造だったしね。作った作品を俺が売り捌いて利益を山分けみたいな」

「今回も、それで行けると思うか?」

「どうだろう……、生産技術や商売技術って言っても、それはどこまで行ってもゲームだ。そしてここはゲームみたいな現実だ。NPCに売り捌く事も出来ないし熱い鉄は本当に熱い。慎重に且つ手探りでって感じかな?」

「ま、そうか。取り敢えず、ここらは何が取れるのかを調べないとな。鉱石然り、植物然り」

「焦りは禁物。ゆっくりとやろうか」


 厳つい男は渋い表情で、ユウは騒がしい集団を見つめながらそんな会話を行っていた」



 戦闘を主な生業としていたプレイヤー達は街の中央に有る噴水広場から西へと移動していた。彼等の目に映る西地区の風景はとても窮屈そうに見えた。建物と建物の間が狭く、その分到る所に広場が有る。

 広場は策で仕切られ土が敷き詰められ、その入り口には木製の剣や槍が立てかけられている。プレイヤー達には馴染み深い練兵場の風景だった。


「……練兵場、ね」

「いやはや、これはまた地獄の訓練ですなぁ」

「ホントよね、ここが異世界だと言うのなら魔物の行動傾向とかも見直さなきゃだし」


 プレイヤー達は眼に入る練兵場に苦々しい視線を向ける。

 練兵場。

 それはS.W.で戦闘を行う者にとって馴染み深かく且つ苦労の記憶を集積した場所と言えた。

 彼のゲームには、必殺技という便利な攻撃方法はない。プレイヤー達は己の技術と知識、そして気概で以て魔物達を倒さねばならなかった。最初の内、弱い魔物を相手にする程度ならば、素人でも気概が有れば倒す事が可能だった。しかし魔物が強くなるにつれ素人の浅知恵は通用しなくなる。

 頭の回る者達は罠と集団を用いた戦法を駆使し魔物へ立ち向かうようになった。盾を持つ者、射掛ける者、貫く者、切り裂く者と己に役割を課し大勢で魔物を倒す戦法は有効であり、暫くの間はこの戦法にて多くの魔物を倒す事が出来た。

 しかし、それにも限界が来た。罠の値段が高く、そして少ない報酬の分配が問題となったのだ。

 一回の戦闘に動員される人数が増えれば増えるほど個人に分配される利益が減る。当初こそ得られる報酬を均等に分配していたが、プレイヤー達はそれに満足しなくなった。己は盾を持ち囮を務め危険度が高いのだから多く貰うべきだ、お前は射掛けるだけで安全だから少なくとも良い筈だと言った具合にそれぞれが己の価値を主張し、そしてその全てに一理がある故にプレイヤー達は大規模チーム制を行わなくなった。

 プレイヤー達はこの時点で選択を迫られる事となった。このゲームを辞めるか、それとも己の腕を研鑽するかという道であり、それを選ばなかった者は戦闘と生産をどちらも行うと言う安定しないスタイルを取った者達だった。

 研鑽を選んだ者達は他者の視点や思考、意見を貴重なものとして認識した。プレイヤー達の殆どが先頭における素人であり、剣の握り方や振り方、身体の動かし方等様々な問題が浮上していた。指摘し指摘され、おかしい所を改善していく内に、プレイヤー達の動きは様になっていく。それを実感したプレイヤー達は勉強会を行う様になった。その内容は魔物の行動傾向から有効な戦法の組み立てにまで及び、プレイヤー達は時間の許す限り討論や意見交換を行い、そしてそれを実践してきた。

 そして一ヶ月が経ち、プレイヤー達は大規模討伐戦を行った。そこで、プレイヤー達が覚えた感覚は充足感だった。今まで散々手古摺ってきた魔物共が先手を取るだけで、小手先の技術を使うだけで簡単に倒れたのだ。

 以降、戦闘を主な生業とするプレイヤー達は対人訓練及び型の反復を行い、勉強会では有用な戦法を追及する意見交換を行った。そしてその度に、練兵場は満杯となった。一時期は練兵場を確保するためにプレイヤー間での戦いが起きた程だ。

 故にプレイヤー達は練兵場を見る度に思い出すのだ、当時の苦労を。


「諸君!! 私に注目したまえ!!」


 案内を務める妖精の発した声にプレイヤー達は視線を向ける。

 妖精は自身に満ち溢れた得意げな顔でプレイヤー達を見下ろしながらウィンドウを開いた。


「ここは我らが街の西区に位置し、戦士達の寝床となるべき場所だ!! 各自鍛錬に励み高みを目指したまえ!! では君達の能力を量りこの街での権限及び待遇を決定しよう!! 暫し待ってくれ!!」


 妖精の自信に満ちた声が途切れた途端、その周囲に膨大な数のウィンドウが表示される。妖精はそれらを一瞥すると直ぐに次のモノへ視線を映し、かと思えばまた次へという工程を繰り返す。

 その処理速度にプレイヤー達は眼を疑う。


「……おい、あれってちゃんと処理されてるのか?」

「むっ、馬鹿にしないでくれたまえ!! 私の速度はこの街に住む妖精の中で一番なんだぞ!?」

「うおっ、聞こえてたか?」


 若干不機嫌そうになりながらも妖精の処理速度は変わらない。

 そしてプレイヤー達は妖精についての話題で盛り上がり始めた。


「ああ、愛らしい……」

「確かに、自信満々且つ元気が良い所はポイント高いよなぁ」

「だが、女だろう? 俺は男にしか興味が無いんでね」

「一々自己主張しなくて良いぞホモ野郎」

「ふん、何をどう主張しようと俺の、……お前、良い尻してるじゃないか」

「!? 誰かこのホモをどうにかしろぉ!!」

「ハッ、俺には関係ないね」

「馬鹿言うな、俺の次はお前かもしれないんだぞ!?」

「……気が変わった、助太刀する」

「増えたか、こっちは全体の筋肉が良いな」


 局地的に死闘が繰り広げられようとしていた正にその時、妖精が声を上げた。


「処理完了、一斉更新ッ!!」

「うおっ!?」

「むっ」

「な、なんだっ? ステータスが勝手に?」


 集まっていたプレイヤー達の眼前に己のステータスが表示される。

 その中に権限と待遇情報の項目が追加されているのを見て、プレイヤー達は情報を交換し始めた。


「……木製の剣と槍、それに鎚か」

「……俺のはっと、木製の剣と、弓と、…………練兵場の所有権限!?」

「何!?」

「個人所有だと?!」


 練兵場の個人所有、そのフレーズにどよめきが起きた。

 訓練をより実践的に行おうとすれば、それだけ実戦を想定したフィールドを必要とする。故にチーム同士で練兵場を争うのだ。危険の少ない広い場所というのは集団戦の訓練に最適だった。また生産者と関係を作り様々な状況や罠を設置する練習を行うにしても広い場所は重要であり、故にプレイヤー達の驚きは当然と言えた。


「練兵場の権限は彼のゲームにおいてどれだけ戦いに貢献したかで決めたモノだ。それは何も実践の武功だけではない。仲間を教え導く者、戦術を考案した者、窮地を救った者等様々な点から考慮したモノだ。そして、それはこれからも変わらない」


 相も変わらず自信満々な笑みを浮かべて言う妖精の言葉にプレイヤー達の視線は自動的に鋭くなる。

 その視線に根付くのは名誉への欲求、支配への欲求とそれぞれ違う。だがその根底には飽くなき向上心が潜んでいた。


「故に、諸君らの健闘に期待する。では、各自それぞれの住居へと移動したまえ」


 妖精に言われ、プレイヤー達は駆け足に己の住居へ向かう。

 その移動する大勢の人の波で、唯一人動かない少女が居た。

 黒いセミロングの頭髪と鋭い視線が特徴の少女だ。少女は視線を妖精に向けながら考え事に耽っていた。


(権限、ね。練兵場の権限なんて与えたらソイツを中心に派閥が形成されそうなものだけど、……いや、案外それが狙いなのかもしれない。一先ず、動くにはまだ早いか。もっと情報を集めないと……)


 鋭い視線の少女は、乗れの疑念へ区切りを付けると移動する人々の波に紛れた。



 街の中央に位置する噴水広場から東の地区、生産と戦闘を同時に行ってきたプレイヤー達は黙々と表情を変えずに歩いていた。

 街の東区は唯の住宅街という印象を見る者に与える。煉瓦や石材で作られた立派な家々に住むべき人は居らず、プレイヤー達はそれを心底不気味がっていた。


「……誰も、いないな」

「そうね、元から誰も居なかったのかしら? 生活を感じさせる、雰囲気とでもいうのかしら、それがちっとも感じられないわ」

「死でいる街、か」


 プレイヤー達は一言二言呟くが、全体的に口数が少ない。

 必要最低限の情報さえ交換できればそれで良い、纏う雰囲気が言外にそう告げていた。


「ようこそ、生産と戦闘同時にやろうなんて考え付いた狂人達。ここがお前らの居住区だ」


 案内をしていた妖精が振り返り言う。

 その口調と表情には侮蔑と尊敬が入り混じっていた。


「失礼な物言いだ。俺達はそれらを同時に行い、そして一定以上の成果を出せただけに過ぎない」

「その通りよ。自分で出来るんだから人に頼る必要が無い、人よりも不足が少ないだけの事じゃない」

「……ハァ、こいつ等揃いも揃って自分の異常さを理解していやがらねぇ」


 頭が痛いとでも言う様に妖精は額に手を当て首を振る。

 両立させたプレイヤー達の特徴は器用さに有る。次から次へと役に立ちそうな物や知識を手に入れそれを活用してきた。己に何が出来るのか、何を為せるのかを見極め足りないモノを道具で補う。故に彼らの生産する道具類はより実戦を想定された造りになっているのだ。

 そしてここに居る者達は、通常ならばどっちつかずになる二足の草鞋を物の見事に履き熟した者達だった。どちらも専門的に携わる者に後れを取るが、どちらもある程度熟せると言うのはそれだけで強みとなるのだ。

 その自覚が無い事に妖精は頭を痛めているのだ。彼らはゲーム内においても異常である自覚が無く、他のプレイヤー達の間で密やかに名が知られていた。

 曰く、自覚無き天才達とか。


「見ての通り、ここには何もない。工房も商店も練兵場もだ。それらが欲しけりゃ一から作り出せ、お前達の叩き出す可能性を鑑みて敢えて何も用意しない。そんじゃ住居を割り当てる。お前達がこの東区で得られる権限は住居周辺の土地だ。そんじゃ、暫く待ってくれ」


 妖精は雑な口調の中に優しさを込めながらプレイヤー達の情報を処理していく。

 暫くしてプレイヤー達のステータスが一斉に更新される。

 プレイヤー達はそれを一瞥すると何事かをぶつぶつ呟き始める。

 どうやら自己の思考を口に出している様だ。


「……与えられたのは住居。ならば宿屋とかも出来るか?」

「防犯機能を確認せねば」

「取り敢えず倉庫」

「工房を作るか」

「この機会に室内戦を想定した訓練を積むか」


 一斉に放たれた独り言は不協和音となりつつその音量を増大しざわめきと化す。

 しかしそれも直ぐに収まり、プレイヤー達は己のステータス画面に映し出されたマップに従い新たなる己の住処へと足早に移動を始めた。


「……なんだよ、反応薄いな」


 取り残された妖精は拗ねた様にそう呟いた。


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