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十八話 ライガーの魔道具研究

「……つまり、三日月は知っていたのか。リオンの住む世界が崩壊するという事を」


 噴水広場の地下にて。

 ライガーは試作した魔道具を三日月の下へ届ける為に来訪していた。その際にライガーは三日月に対し魔道具を作る目的を尋ねる。返答を期待していなかったが、三日月は軽々と言って退けた。リオンやその他の人々が住む世界が崩壊し、その世界を取り戻すために使うのだと。

 オフィスの椅子に座ったライガーは三日月に問う。知っていたのかと。知っていながら帰還組を返したのかと。

 それに対し、三日月はいつも通りの笑顔で言い放った。


「知っていたさ。だが、誰も信じはしない。一体誰が、脈絡も無く世界が滅ぶと信じるかね? あれだよ、学校にエイリアンが居る!! と声高に叫ぶようなモノだ。信憑性が無い。……異世界から魔の軍勢が攻めてくるなど、それこそ出来の悪い空想でしかない」


 三日月はリオン達の住む世界の崩壊を予知していた。それというのも、三日月達が異世界へ飛ばされた事に起因する。

 三日月やその仲間達は、ある日突然着の身着のままで異世界へと放り出された。襲い掛かる魔獣の牙に倒れる同じ境遇の仲間達。転移した三日月達に只管冷たいその世界の社会。その当時の事を鮮明に思い出しながら三日月が口を開く。


「……まあ、同じ境遇の奴が何人死のうと、社会がどれだけ冷たかろうと関係のない話だった。ただ、私は帰還を目的とし、その世界に根を下ろそうとしていたチームで覚醒した魔法使いを籠絡し、様々な情報をかき集めた。するとある事実が判明した。私達の身に降りかかった異世界転移の不幸は、何と人為的なモノだったのさ」

「誰かが、三日月達を呼んだ?」

「私達である必要はなかったのだろう。ただ、異世界の存在を知る事が出来れば良かったのさ。その国は小国だった。範囲の小ささは勿論、取れる資源が無く、そして兵の質だって高くない。利用価値がないという理由だけで国としての体裁を保っていた。そんな国がある日、召喚の魔法を見つけてしまった。彼らは研究がてらに様々な世界から多種多様なモノを呼び寄せた。有機物、無機物を問わずに、ね。私達はそんな中の一部に過ぎなかった。小国だったからね、召喚魔法で様々なモノを呼び出して権威を上げようと試みたんだろうさ」


 アイテムウィンドウを操作し、三日月はコーヒーを取り出し口に含む。口から鼻へ、空気を排出する際に通過する匂いを堪能しているのだろう、その笑顔は比較的安らかなモノだった。


「その事を知った私は、今度は仲間達を扇動してその国を攻め落としにかかった。簡単だったさ、此方は日々命懸けの浮浪者であり、その時点では既に人として大切な倫理観をどこかへ蹴り飛ばした後だったからね。虐殺や略奪を重ね、私達はその国の城を包囲した」


 ライガーは語り部と化した三日月の話を静かに聞く。その思考にリオンや帰還した者達の安否が過るが、それを放置し今は情報を得るべきだと耳を傾ける。

 真剣に話を聞くライガーの様子に気を良くしたのか、三日月は再びアイテムウィンドウを操作しライガーの座る席の机にコーヒーを配置する。


「飲み給え」

「……頂く」


 出されたコーヒーを目にし、ライガーは暫しその黒い水面を見つめた。香ばしい香りがライガーの鼻孔を刺激するが、全情報としてコーヒーは苦いと言う知識が有り、その認識が口にする事を躊躇させている。

 暫く考えると、ライガーは意を決してコーヒーを口に運んだ。


「あちっ、にがっ!?」

「はっはっはっ」

「……何笑ってんだよ」

「いやなに、微笑ましくてな」

「……ふん」


 釈然としない気持ちのままにライガーは鼻を鳴らす。

 それを見て肩を竦めると、三日月は話を再開した。


「さて、城を包囲したまでは良かったのだがねぇ。奴ら、土壇場でとんでも無い事をしてくれたのだよ。いや、やった事は毎回奴らが行ってきた魔物の召喚なのだが、呼び出した対象が悪かった」


 コーヒーの入ったマグカップを机の上に置き、佇まいを直す三日月。その真剣な様子にライガーは身を乗り出し、より一層話に集中する。


「奴ら、魔王を召喚しやがった。いや、追い詰めすぎると何仕出かすか解らないのが人間だ、等という事は既に理解していたのだがねぇ。それで、私達は資料を持てるだけ掻っ攫いその場を逃げた。そして帰還した訳だ。その後の異世界の様子は想像に難くない。何故なら、研究を終わらせ帰還する方法を見つけた時点で、既に世界の半数が魔王の軍勢により滅ぼされていたのだから」


 ライガーはスケールの大きくなった話に額から冷や汗を流す。

 魔王の詳細こそ知れないが、その思考の中では強大な炎で世界を飲み込む様子が想像されていた。


「帰ってきた私達は喜びの余り涙を流した。しかし数日して罪悪感に飲まれる奴が出てきてな。仕方なく魔法使いに頼み異世界を覗いてもらったのさ。そうしたら、魔王の奴らはなんと私達の世界に来ようと召喚魔法を研究しているのだ。大いに慌てていたね、当時は」

「その事が、ダイバーズ・ギアの作成動機になったわけか」

「その通り。ダイバーズ・ギアを用いて奴らの放つ斥候を狩る毎日だったのだが、奴らの数が多くてね。おまけに強い。生物学的に見て、我々通常の人類種はスペック面で劣りに劣っていたのさ。ならばどうするか。私達は考え、そして思い付いた。魔法使いの量産、魔道具の量産とそれに伴う使い手の量産という作戦をね」

「それが、今回の騒動か? そして、僕や他の魔法使いが必要だった理由」

「そうさ。僕はこれでも、自分の世界を救いたいと思っているのだよ?」


 優しい笑顔で三日月が語る。恐らく嘘ではないのだろう、ライガーはそう判断し、少し冷たくなったコーヒーを口に運ぶ。

 苦いが、その後鼻に抜ける香りが心地良く、ライガーは少しだけコーヒーという飲み物を気に入った。


「帰還組を帰したのも作戦の一環かい?」

「予想以上に奴らの手が速くてね。魔物との戦闘経験を持つ人材、まして自ら帰りたいと言うのならこちらも有り難い限りだ。因みに言えば、彼らの肉親や関係者は私の仲間が完璧に保護している。故に、彼らは戦わざるを得ない。……そう、ソルジャーズ・ワールドをプレイしていた者達の関係者だけは保護したのさ」

「……詰り、それ以外は」

「見捨てた。手に余るからね」


 言い切る三日月を前にして、ライガーは喉を鳴らす。

 倫理観は蹴り飛ばした、三日月はそう言った。一般的な人ならば、現実を見据えて見捨てる事はあれど、罪悪感がかせとなりここまで平然と発言できない筈だ。三日月は、その状況で笑みすら浮かべている。

 その底の知れ無さに、ライガーは若干の恐怖を抱くのだった。


「第一、私達はどこまでも個人的な集団だ。組織な力が有ろうとも、私達を助けられなかった国や集団に対し態々助けてやる義理はない。そもそも、警告は行ったのだ。彼らは私達を狂人と罵ったがね。ここまで来たら、もう知った事か。後は自己責任というものさ」

「……力が有るのなら、助けるべきでは?」

「力を持つのに人々を助ける義務が生じるとでも? おいおいライガー君、あまり笑わせてくれるなよ。力がそんな御目出度いモノだったら今頃僕の世界は天国になっていたさ。あるのは、何時だって暴力だ。集団による暴力、言葉による暴力、人は誰かを傷付けずにはいられない。結局、人間は大局的な視点を持てない生き物だ。いや、私の主観的意見だ、賛同はしなくて良いよ」

「……だったら」

「ん?」


 三日月の言葉に俯き気味だったライガーがその顔を上げて言う。


「僕が人をどれだけ助けようと構わないよね?」

「――――」


 ライガーの放った言葉に、三日月は笑顔を忘れた。


「……は、ははっ。まあ、その通りだ。私達には君を拘束するだけの力はない。好きにし給え。けれど、解っているだろう?」

「ああ、君達への協力は惜しまないさ。けど、そうだな。……ここで改めて尋ねよう。三日月達は、何をしようとしているの?」


 視線で射抜き、問いを投げるライガー。

 三日月はその視線を真っ向から受け止め、不敵な笑みを浮かべながら答えた。


「世界の奪還だ。あそこは私達の居場所だ。どれだけ苦しかろうが、どれだけ汚れていようが、それは私達のモノだ。今は精々、観光気分でいさせるさ。準備が整ったら、私達が葬り去ってやる」

「……そっか」


 三日月の答えを聞いて、ライガーは苦笑を浮かべる。

 普段の態度とは異なり、三日月と言う個人はどこまでも熱い精神性の持ち主であるとライガーは判断する。老獪にして苛烈。だがライガーは、そんな三日月が嫌いではなかった。


「援軍を送るのは何時?」

「二週間後を予定している」

「その時は僕も行こう」

「大丈夫か? あっちのスピリタルはその存在が希薄なのだよ?」

「大丈夫さ。僕は、半分以上がスピリタルなんだろう? 言われて自覚した。多分、氷柱で戦闘するだけなら出来ない事も無い」

「……そうか、ならば名簿に君の名前を追加しておこう」

「ありがと」

「礼を言うのは此方なのだが、まあ良いか。引き続き、魔道具の研究を行ってくれ。それと、魔法使いとして弟子をとる件なのだが……」

「そっちもやるさ。ただ、今は魔道具の生産が忙しい。あっちの現状も知りたいから、援軍行って帰ったらかな?」

「大体一ヶ月と言う所か。解った、此方も出来るだけ準備しておこう」

「宜しく。……さて」


 コーヒーの残りを一気に呷り、空になったマグカップを机に置いてライガーは立ち上がる。


「行くのかい?」

「うん、話を聞いて俄然やらなきゃって思ってさ」

「君自身の問題が片付いていないのに?」


 三日月の言葉に、ライガー心の内で呻く。

 ライガーの中には、まだ判明していない部分が有り、それらを明かせない事で起きる不快感があった。それでも、ライガーは考えるより行動する事を選んだのだ。


「今は、それどころじゃないしね。考える時間なんていくらでもあるさ」

「君が良いならそれで良いよ」

「うん。……じゃあね」

「ああ、頑張ってくれ」


 足早に退出するライガーを、三日月はいつも通りの笑顔で見送った



 ライガーは己の住む屋敷の自室にて三日月の言葉を反芻する。

 異世界からの侵攻、壊れる世界、見捨てた人々、戦力としてのプレイヤー達。

 事件に対する予防策を講じることが出来ず、三日月達はカウンターを考える事しかできなかった。三日月の見解はどれだけ人が死のうとも世界を取り戻せるのならばそれで良いというものだ。その精神的強さに、ライガーは惹き付けられていた。

 三日月は語っていた、その世界は既に滅ぼされていると。一つの世界を滅ぼした者、魔王が率いる軍勢こそが敵である。それに、三日月は立ち向かうと宣言した。既に壊れてしまった世界を奪還すると語って見せたのだ。

 その言葉に、ライガーは無意識化で力を貸そうと、そう思えた。理屈ではない感情の動きが、ライガーの行動方針を定めたのだ。


「……敵との戦いが予想される。相手は、まず魔物か。下手をすれば魔法使い的な奴もいるかもしれない。となると、魔道具の形態は武器や防具であるべきか」


 時刻は夜。

 最近の魔道具研究と作成に伴い半ば工房化した自室のベッドでライガーは呟いた。首を二回ほど鳴らし、ベッドから飛び起きる。そしてライガーは魔法を行使した。


「――――氷柱、綴り、連ね、鎚起し、剣と成す」


 呪言と共に氷柱が出現する。氷柱はライガーの呪言に導かれる様により合わさり、重ねられ、見えぬ圧力に打ち付けられ、そして剣の形へと変容する。

 青く透き通った、刃渡り凡そ一メートル程の両手剣。心なしか、その形状はリオンの持つバスタードソードと酷似している様に見える。

 剣を一振りし、ライガーは眉を曲げて難しそうな表情を浮かべた。


「……うーん、作ってみたは良いけど、僕は剣なんて振った事ないしなぁ。まあ、それは置いとこうか。試し切りだ。……なんで案山子が積まれてるかな、まあ良いけど」


 ライガーは研究材料が雑多に積まれた山から何故か有る案山子を取り出し、床に固定すると作ったばかりの剣を構えた。

 両手で構える剣は軽い。魔法の産物だからか、それとも材質の問題か、振るのには苦労しないと考えてライガーは剣を振り下ろす。

 袈裟懸けに案山子へ刃を振り、刃が接触した。


「うぉっ!?」


 力み過ぎたのか、ライガーは前に体勢を崩す。心得の無い者、振り慣れていない者にとって剣とは大きくバランス感覚を阻害する。剣に関して初心者も同然であるライガーが剣に振り回される事は火を見るより明らかだった。

 剣の刃が藁で編まれた案山子を両断し、その勢いのままに木製の床を劈いた。何の抵抗も無く、そこに何も無いと言いたげに、剣は易々と木製の床を切り裂いた。


「……うわー」


 予想外の切れ味にライガーは冷や汗を流しながら呻く。

 暫し考え、何を思ったか剣を構える。片手の逆手に持ち、切っ先が下へ向く様に構える。そして同じ部屋に同居人の蜘蛛が居る事を確認すると、その手を離した。

 ライガーの手を離れた剣は霧散しながら木製の床を障害が無いかの様に突き抜ける。

 下の階で、陶器の転がる音が聞こえた。


「……怖いな。けど、見なくちゃいけない」


 意を決してライガーは部屋を出る。そして階段を下りて自室の下に位置する今の様子を確認した。今に有る長い机には、丁度剣の刀身と同じサイズの穴が開いている。そして、後で使おうと思っていたスープ用のボウル皿が綺麗に両断され床を転がっていた。


「恐ろしい切れ味だ」


 机に出来た断面を指でなぞりながら、ライガーは考え事を始める。

 魔法で出来た者とはいえ、剣にここまでの威力を持た去られるだろうか。考え、そもそも材質が物質界のそれとは大きく異なる法則性を持っている事を思い出す。ライガーの作り出す氷柱は物質的な氷ではなく、概念的でありながら物質界に干渉する氷の性質を持つ何かでしかないのだ。

 重要なのは、魔法が剣としての形を取った事ではないだろうか。

 ライガーは考える。ライガーがこの氷柱を行使する時は鏃にして飛ばすか棘として地面から突き出すかだった。剣の形状を取ったのは今回が初めての事である。そこでライガーは鏃として飛ばす時の事を考えた。物理法則に捕らわれていないとはいえ、ライガーは吹き飛ばす魔法を使っている訳では無いのだ。詰り、鏃として飛ばした氷柱が敵に向けて放たれる原理は、形状を設定する事により鏃としての概念的機能が宿るのではないか。

 鏃の機能、または矢の機能とは飛来し対象を射抜く事であり、それが付加されたが故に作り出した鏃が呪言と共に飛んでいくのではないか。そうライガーは考える。

 剣の機能ならば、斬り裂く事と貫く事だろうか。考え、それにしても切れ味が良すぎないだろうかとライガーは再度冷や汗を流した。


「魔法剣:氷柱。ゲームのアイテム名は多分こんな感じだろうなー」


 呟き苦笑する。

 三日月の話からして、事はゲーム感覚で済まされるものでは無い。いや、それは始まりの時点でそうだったのだ。異世界に放り出され、魔物との戦いに慣れ、そして元の世界に戻り戦う。勝手な事をと憤る者は居るだろう。しかし、壊れた世界でいきなり戦えと言われるよりも良心的であり合理的だとも言える。

 この方法は三日月なりの優しさなのかもしれない。ふとライガーはそう考えた。


「……いや、あの胡散臭い男に限ってそれはないか」


 ふと考え、直後にその考えを否定した。


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