十六話 別れ際に
時刻は夜。僕は自室に籠り蝋燭の明かりを頼りに作業に取り組んでいた。その作業とは魔道具の作成である。リオン達が僕の下を尋ねた次の日、僕は早速三日月の話を聞きに行った。そこで僕は三日月達が先駆けて研究し作成した資料を貰い、現在屋敷に有った資料と見合わせて魔道具の政策に取り掛かっているのだ。
僕はその時、三日月に魔道具を作る理由を聞いた、だが三日月はいつもの胡散臭い笑みでその問いを受け流し、そしていつもなら浮かべない真剣な表情で悪用だけはしないと誓った。その表情が新鮮であり、僕は今回だけこの信用し難い男を信用する事にした。
「……ふぅ、腰痛いや。休憩」
椅子から立ち上がり机から離れ、ベッドに倒れ込む。長時間机に向かって作業すると腰が痛くて敵わないというのは迷宮の情報を参照していた時に味わった。放って置くと酷い音がするのが面白くもあったが痛くてだめだ。なので凡そ二時間に一回程度、ベッドに寝そべったり柔軟体操をしたりして休憩しているのだ。
寝そべったまま視線を机に投げる。蝋燭の仄暗い明かりに照らされた作り掛けの魔道具がそこにはあった。
現在製作している魔道具はアミュレット、お守りである。数ある文献やアイディアの中からこれを選んだ理由は規模が小さく簡単そうだったからという理由があるが、何より僕は製作した魔道具を帰還するリオンに贈ろうと考えたからだ。魔道具の製作に協力を約束したとはいえ、記念品とも言うべき初めての魔道具を研究材料に使われるのは何となく嫌だった。だから、どうせなら共に冒険をし、取っ組み合いまでしたあの乱暴で強い女に贈ろうと考えたのだ。
製作するアミュレットは魔道具としての核となる結晶と、それを覆う装飾用の金属、後はそれを首からかける日もなりチェーンなりを組み合わせる事で完成する。結晶は僕が普段から氷柱を出す時の要領で用意した、僕の力が込められたモノである。
そもそも、僕の魔法である氷柱は平然と物理法則を無視している。一体全体、どこからあれだけの質量を出現させているのかと自分でも疑問に思っていた。そんなこんなで色々と試していたが、僕の氷柱は厳密には物質ではない。僕の意志と非物質界に滞留するスピリタルが呼応し、一時的に物理的干渉を行うというのがあの魔法の正体であった。故に魔法を使う場合は僕の魔力なり生命力なりを消費し続けなければならないのだ。故に魔法で出した物質の存在は保つ事が出来ない。
しかし今回、僕は三日月の資料や屋敷の資料を見てそれを可能とした。いや、厳密に言えば違うか。僕の氷柱を分類する言葉を用意するなら、それは一時的魔法物質とかそんな感じだろう。これは物質界に存在していられる時間が短く、直ぐに消えてしまうまるで霞のような存在だ。魔法としての力は勿論の事、物理的属性を併せ持つ極めて強力な存在だがその存在は継続しない。僕の力は物質として残すという用途にどこまでも向いていないのだ。嘆願を聞き届けてくれたスピリタルが水を出すのとは訳が違う、あれは自然の恩恵とかそんな感じだから。その問題を解決する方法が資料には有った。それは媒介を作り出す事である。
媒介とはつまり魔道具の核である。魔法なり魔力なりに物質を浸し、その存在を変性させるのだ。変性した物質は人の意志に反応し、その意に沿った軌跡を起こすかその身を浸した魔法や魔力に起因する属性の事象を引き起こす事が可能となる。
媒介の作成は思いの外上手くいった。酒場などで酔っ払いが壊したグラスなどのガラス片を改修し、それを一晩氷柱を発生させてその中にぶち込んでいたら出来ていたのである。尤も、その日の朝は酷いモノだった。夜の内にスピリタルへ嘆願し自分が寝ている間も魔法を使い続けるという強制契約染みた魔法を使ったのだが、その間に色々と持っていかれたのだろう。起きた僕の身体には魔力や生命力、その他活力とか雑多なエネルギーが根こそぎ無くなっていたのである。当然その日、僕はベッドから出るのが大変だった。同居人の蜘蛛が手助けしてくれなければ大変な事になっていたかもしれない。
蜘蛛の活躍は置いておいて。
そんなこんなで媒介と化したガラス片を火の力を借りて溶かし成型する。これにより魔道具の作成はほぼ完成した様なモノだった。
ただ困った事がある。媒介を包む金属フレームとを作ろうとしているのだがこれが難航していた。どうにも、僕には美的センスが掛けているのか、それとも不器用なのか、納得できる出来にならないのだ。
「うーん、あのライオンの様な女に似合う装飾ってどんなんよー。……ライオン?」
言っていて、ふと思いついた。これなら満足できるかもしれない。
思い立った僕はベッドから跳ね起きて作業を再開するのだった。
◇
約束の日。
リオン達帰還希望者は噴水広場に集まっていた。時刻は既に昼。三日月の姿はまだ見えず、集まった人々は情報の伝達者であるリオンに詰め寄る。
「どういう事だよ、まだなのか!?」
「喚かないでよ、あの男なら嫌がらせに態と遅刻する事ぐらい平気でやるでしょ」
「それは、……そうか」
リオンの言葉に詰め寄っていた少年は押し黙る。帰還希望者の中における三日月の評判は地に落ちていたといっても過言ではない。何せ彼らは決して異世界を望まない性質の人間だったのだ。守る者が元の世界に置き去りという状況で、一体どのようにして三日月に好意を持てるだろう。
中には追放云々の話を持ち出し議論する者も居たが、それも帰れるのだからどうでも良いではないかと言う結論で幕を閉じた。
「やあ、遅れて済まない」
「……一応、理由を聞こうかしら?」
噴水広場に、ゆっくりとスーツ姿にニヤ付いた笑みが特徴的な男が歩み寄る。三日月だ。その姿を認識した瞬間、リオンは即座に接近しその胸倉を掴み上げた。
「本当に乱暴だな。もう少し御淑やかに出来ないのかね?」
「糞喰らえ。それで、話す事は何もないのかしら? だったら遠慮なく貴方を地面に叩き付けるのだけど……」
「落ち着きたまえ、話そうじゃないか。遅刻した理由は転移を行うためのゲートを整備していたからだ」
「ゲート?」
「そう。この街の地下に設置した大型の魔道具であり、座標を設定して効果対象を転移させる事を可能とする。これがモノになるまでは悲惨な事故が相次いでいたね。一番驚いたのは両腕両足の接合部分がそっくり入れ替わっていた奴かねぇ?」
「…………」
三日月の言葉にリオンを含めた帰還希望者達が黙り込んだ。それだけの危険を伴って異世界転移は行われていた。それを知り、一行の三日月への憎しみは一層濃厚なモノとなった。
「ふふっ、怖いな。……さて、では順番にお帰り頂こうか。――――開門せよ、彼らは旅人である」
三日月が呪言を発すると同時に半径二メートル程の魔法陣が姿を現す。魔法陣は薄赤い光を発しながら明滅を繰り返していた。
「この陣に足を踏み入れれば君達は元の場所へ帰れる。さぁさ並んで、順番にな」
三日月の言葉を聞き、帰還希望者達は一人、また一人と陣へ足を踏み入れる。中には仲間に見送られている者もおり、リオンはその様子をみてライガーの事を思い出す。
見送りに来てくれと言ったが、広場にライガーの姿はない。その事にリオンは何とも言えない気分になる。寂しさとイラ付きが混じった様な感情は心地よいモノではない。リオンはそれを溜息と共に吐き出した。
「……また、考え事でもしてるんでしょうね」
先日様子を見に尋ねた時の様子を思い出しながらリオンは苦笑した。基本、ライガーと言う少年はマイペースであり、短い期間ながらも時を同じくしたリオンはその事を知っていた。見送りには、来ないかもしれない。
そう考えた矢先の事だった。
「リオン!!」
「っ、ライガー!?」
北地区に通ずる通りからライガーが駆け寄ってきていた。その手には布の袋が携えられている。リオンは駆け寄ってくるライガーの姿を微笑みながら見つめていた。
「……遅かったじゃない。もう帰る所だったわ」
「ぜぇ、はぁ、良かった、間に合った」
全力疾走だったのか、ライガーは膝に手を突き息を切らせている。暫くして息を整えたライガーは手に携える布の袋をリオンに差し出す。
「はい、これ」
「え、何これ?」
「プレゼント」
「!!」
プレゼント。
その言葉にリオンの心は揺らされた。父を失くして以降の人生において、リオンはプレゼントを貰った事はない。母はそもそも病に臥せっており、金を稼ぐ必然性として友人との交流は少ないため誕生日パーティなど行わないし招かれない。そもそも同年代の子供と話が合わないために友達が少ない。妹はそんな姉を見て育ったため、出来るだけ金を消費せずにしようと心がけ立派な倹約家と化していた。
詰まる所、それは父が死んでからの人生で初めて貰ったプレゼントだった。大人として振る舞わざるを得ない状況に立たされ精神を硬化させていた少女の心は、この時に限り年相応かそれよりも少し幼い一面を見せた。
「……開けても、良い?」
「どうぞ?」
戸惑いながら聞くリオンに、ライガーは得意げな笑みで以て答えた。
袋の口を閉じる紐の結び目を解き、その中のモノを手に落とす。
「――――あ」
思わず、リオンの口から無意識の内に声が漏れた。
掌へ転がり込んだそれは、リオンの眼にとても美しいモノとして映ったのだ。加工された宝石の如き神秘的な輝きを放つ結晶とそれを覆う燻銀の金属。燻銀はある形を作っていた。それは、顎を開き咆哮を上げる獅子の横顔だった。
「ライガー(Liger)からリオン(Li・on)へ、ってね。ちょっと洒落を効かせてみた」
「…………」
獅子の横顔。
それを見てリオンが思う事は己のキャラクターネームの由来だ。ゲームを始める際、リオンは己の人生を振り返った。その人生は家族の為に費やされており、女ながらに養う存在だった。そう考えリオンはこう考えた、まるでライオンのメスじゃないかと。
その考えから、リオンはlionというスペルを途中で切り離し、ライオンよりも女らしく聞こえるリオンという名前を己に課したのだ。
リオンにとって、ライガーから渡されたプレゼントは己の象徴として相応しく、そしてライガーがリオンをそういう印象で見ていたという証明書となった。
ライオンの様だ、そう評される事がリオンは堪らなく嬉しく、そして誇らしかった。
眼を閉じ両手でそれを握り抱きながら、心の中で歓喜による涙を流す。そして眼を開ける。その表情は澄み渡る青空の様に爽やかな笑みを形作っていた。
「ありがとう、最高のプレゼントよ?」
「お褒めに預かり光栄の至り、とでも言おうか。一応それは魔道具だ。その力は守護であり、交通事故とかに遭遇したら障壁が展開されるバリア発生装置みたいな感じだ。あ、でもあっちで使えるかどうかは解らないのか」
困った。
そう呟きながら、ライガーは顎に手を当て考え込んでしまう。その様子を見て、リオンは微笑ましい気分となった。自然とその手がリオンよりも低い所に有るライガーの頭を撫で始めた。
「ん? ……こら、ガキ扱いするなよな」
「何を言ってるのよ、貴方は正真正銘のガキでしょうが」
「ぐっ」
三日月に明かされた真実が正しいのなら、ライガーは子供である。それを解っているのか、ライガーは呻くだけで反論しない。
暫く、帰還組の数が少なくなるまでリオンはライガーの頭を撫でていた。
「……行くわ」
「うん、元気で」
撫でる手を止め、リオンはライガーに背を向け歩み出す。
魔法陣へと踏み込んだリオンは元の世界へ向かうためその姿を掻き消した。