十四話 判明した事
「……何、を」
「言葉通りの意味だ、君にはプレイヤーが居ない」
「訳解らない、どう言う事だよそれは!?」
普段のライガーとは打って変わり、冷静さが欠片もない声で狼狽するライガー。それを見ていた三日月はライガーの手に肩を置き、己の座っていた椅子へと誘導する。
「それについて説明するには予備知識が必要となる。説明のためにも私の話を続けていいかね?」
「……解った」
渋々、といった表情で返答するライガー。それを見ると、三日月は一つ頷いて口を開く。
「さて、どこまで話したかな。……そう、リオン君がテスターをやっていたという話だったな。ダイバーズ・ギアは本来、異世界を観測する為に作った物なんだ。何で作ったかという動機については省こう、今はどうでもいいしね。それを調整し改造する事で、私達は異世界へ自己の意識を転送する機能を開発した。……ところが」
そう言うと三日月はアイテムウィンドウを展開し何かを選択する。すると三日月の手に湯気を立てるコーヒーの注がれたマグカップが出現した。
それを見てライガーとリオンは驚くが、そもそも異世界転移を行った元凶なのだから不思議ではないと納得する。
コーヒーを少し啜ると三日月は話を続ける。
「問題が発生してね。異世界へ意識を転送するまでは良かったのだが、転送された精神体はダメージを受けると肉体の様に目に見えて傷付いてしまうという事が判明したのだ。そして帰還した精神が肉体に戻ると崩壊を起こす。それと言うのも、肉体と精神の形があまりにもかけ離れている為に拒絶反応が起こり、最終的に肉体側が精神体を攻撃し始めるのだ。無論、ボロボロの状態で帰還した精神体は泣きっ面に蜂も良い所だ。その結果廃人になってしまう、という絡繰りだったのさ」
「……死ねよ三日月」
当時の実験風景を思い出したのか、リオンが睨み付けながら発言する。その言葉に対して、三日月は反省の色を見せずただ肩を竦めるだけだった。
「そう言うなよ。そして実験を重ねる内に、帰還した精神体が攻撃を加える肉体を制圧して復活を果たすという事例が発見された。まあ、それをやって見せたのが当時九歳だったリオン君な訳だが。堅牢なる精神強度を持った精神体だからこそ出来た荒業と言えるが、その事例から私達は更なる調整をダイバーズ・ギアに加えていった。精神体を離脱させた肉体は、眠っていないと猛獣の様に暴走する事例がある事から脳波を制御する効果を付加し、投影される精神体への防壁を製造したりと彼此やる内に三年が過ぎたな」
懐かしむような声音で三日月は言った。その様子を睨むライガーの手は震えている。判然としない自己存在の明確化を図ろうとする本能と、未知であるそれを知る事で訪れる変化への恐怖が複雑に交り合い、ライガーの能動的な行動及び発言を抑制しているのだ。
「オンライン・ゲームの空間を疑似的な異世界として運用する術を発見した事により、我々は行動資金の確保と世の中への浸透を目的にダイバーズ・ギアを販売した。予想以上に大反響だったね、意識が飛ばされるのだからフルダイブであり、ゲームと言う世界の作り手は人間であるから魔法の様なモノを法則として設定も出来る。これは他のゲームではスキルであったり信仰対象からの加護であったりと呼称を変えた同じモノを流用していたりする。そして発売から二年の時を経て、私達はソルジャーズ・ワールドを製作した。……っと、いるかね?」
「「いらない」」
何かに気が付いたような表情を浮かべた三日月はアイテムウィンドウを操作し二つのマグカップを取り出して言う。いる、とは勿論コーヒーの事だ。それに対して二人はいらないと即答する。その反応に三日月は肩を竦めて苦笑した。
「しかしまあ、ダイバーズ・ギアの完成からも様々なトラブルが有った。それもまあ当然の話だ、何せ魂を肉体から切り離す様なモノなのだから。そして、ゲームをやっている内に死亡した者も居る」
「……まさか」
「いや、リオン君。ライガー君の事情はそれとは関係ない」
思い当った可能性に驚き確認しようと声を発したリオンを、三日月が手で制す。その視線は、リオンの言葉に痙攣するかのような反応を示したライガーに向けられていた。
「前提知識はここまでとしよう。さて、ライガー君の正体なんだが、端的に言ってしまえば私達も知らないんだ」
「……死にたいの? 三日月っ」
「剣を戻し給え。ダイバーズ・ギア完成以後も様々な依頼を熟してくれていた君とはいえ、流石にこうも危険をチラつかせられたら堪ったモノじゃない」
「どうしてそうなるのか、深く物事を考えてから言いなさい」
既にライガーは睨み付ける気力が無い程にその精神を疲弊させていた。
その思考を駆け巡るのは自己に対する認識だ。
記憶を遡り、ライガーが見つけた最初の己は希薄な存在だった。着色されていない真っ新なキャンパス、とでも言うべき空白を保持していた。白色のライガーはどこかを彷徨っていた。その場所についての知識が無い以上、それはどこかとしか形容のしようがない。
その光景を例えるならば、それは流動する光の三叉路が集合したモノである。暗い、何もない空間をただ光だけが飛び交っているのだ。時折移動する光を妨害する壁が現れたり、何かに直撃した光が高速で増殖を始めたりと、振り返りそれが奇妙な光景なのだとライガーは初めて認識する。
場面が切り替わる。その場面はライガー自身も良く覚えており、むしろ現在のライガーを構成する主柱とも呼べる出会いだ。
ある時、光の三叉路を漂っていたライガーは普段から見る光とは別種の光を見た。日常風景で良く目にする光が白色光であるのならば、それは青色の光だった。ライガーはそれに触れる。当時のライガーは己が人型である事に疑問を持たない程に知識が無かった。その希薄な存在であるライガーに、真っ新なキャンパスであるライガーに、光は着色を行った。その色は青。寒色故に温度を奪う力がライガーに宿る。
ライガーはそこで初めて己以外の存在を認識した。そして、己が如何に孤独かという事に気が付いた。ライガーは泣いた。赤子の様に、親を求める子の様に喚き散らす。三叉路の光はそんな事は知らないとばかりにライガーを通り過ぎ、青色の光もいつの間にか消えていた。
そんなライガーに、手が伸ばされた。白色の光に包まれた手だ。その輪郭は人間のモノだ。三叉路のある暗闇にいる、ライガーと同一の輪郭を持つ存在。止め処なく溢れ出る孤独感からライガーは即座にその手を取った。
「何か、思い出したかね?」
「っ!?」
己の思考に没頭していたライガーは、突如眼の前に現れた三日月の貌に驚き椅子から転げ落ちた。喧しい音を発てて椅子が転がる。後頭部を強かに打ち付けたライガーはその痛みに涙目になっていた。
「驚かせてしまったかね? 済まない。しかし、それだけ何かを熱心に考えていたと言う事だろう? 良ければ聞かせてくれないかね?」
「……さっきの衝撃で粗方吹っ飛んだよ」
「それは済まない事をした」
頭を押さえながら床に座っているライガーへ三日月は助け起こすために手を差し出す。その光景が、ライガーの中で先程思い出したビジョンと重なる。その相似性に吐き気を催しながら、ライガーは三日月の手を跳ね除け、自らの力のみで立ち上がった。
「私はライガー君の正体を知らない。しかし、彼の関係からその存在がどの様なモノかは凡その予測が付いていた。魔法使いが魔法を行使する際、何らかの形で非物質界に存在するエネルギーを利用する。これは解るね? ライガー君」
「……うん。僕はそれをスピリットとエレメンタルを合わせてスピリタルって呼んでるけど」
「安直だな、しかし解り易い。ならば私は精霊元素とでも言おうか。魔法使い達はまず、これを感じ取り何らかの形で接触する事が出来なければならない。合ってるかね?」
一々尋ねる三日月に、ライガーは眉根を潜めながらも答える。
「うん。僕が知り合ってきた魔法使いは皆それを認識していた。……程度の差は有ったけどね」
「そうかそうか。では、ここで面白い事を教えて上げよう。実はだね、ソルジャーズ・ワールドに居た魔法使い達は皆ライガー君と顔見知りなんだよ」
「……え?」
「ライガーが魔法使い全員と知り合いって事?」
三日月の言葉にライガーとリオンが疑問の言葉を漏らす。その反応に機嫌を良くしたのか、三日月は明るく鼻を鳴らした。
「その通り。そしてゲーム内の記録を洗う内にそれは新たな事実へと繋がった。彼等魔法使い達は、ライガー君と出会ってから魔法使いになっているんだ」
「それって……」
「まさかっ!?」
「そう!! ライガー君が魔法使いの覚醒を促す要因となっている可能性が高いのさ!! そこで私はぜひ訪ねたい……」
三日月がライガーの肩に手を置き、その身を引き寄せながら言う。三日月の貌は笑顔だ。満面の笑みと言っても指す使えない程のモノである。しかし、それを見たライガーが抱いた感情は恐怖だった。
「――――君は一体、何時何処で精霊元素を認識したのかね?」
ライガーの肩を握り込む三日月の指が軋む音を発てた。
知らず、ライガーは喉を鳴らす。三日月の指が肩に食い込む。ライガーは少しずつ滲み出す痛みを感じる。
問われた事に対する解答を探し、思考が再び脳内を洗う。そしてある言葉が思い出された。
『俺にとってのお前は教科書みたいなものだよ』
その一言は、魔法使いの知り合いが言った言葉だった。
その者は、ライガーが初めて会う自分以外の魔法使いになった。
何かが脳内で繋がろうとする感覚をライガーは覚えた。しかし現在それは関係ないと切って捨て、解答を用意しようと躍起になる。
そして思い浮かぶのは、先程思い浮かんだ三叉路だった。
「……三叉路」
「うん?」
「流動する光の三叉路だ。そこで、僕は青い光に触れた。今考えると、多分それはスピリタルだったんだ」
「そうか、良く解った」
「じゃあその解った事を話しなさいよ」
「慌てる事はないぞリオン君」
コーヒーを飲み乾し、空になったマグカップをアイテムウィンドウを操作して仕舞うと、三日月は適当な席の椅子を引き座る。足を汲み、交差する脚の上で更に手を組むと得意げに口を開いた。
「私達が最初にライガー君の存在を認めたのは、監視していたオープン後間もないS.W.の世界に異物が迷い込んだからなんだ。それは突如現れ、そして違和感も反発もなくその世界へ馴染んでいった。私達はそれが堪らなく気になった。それはもう痒くてしょうがない背中のようなモノだったよ。で、だ。発生した場所は疑似的異世界である情報の海だ。漂っていた君は何らかの形でそこに定着した。でね? 私は思うのだよ。電子的世界とは、果たして此方側なのか、と」
「此方側って?」
「精霊元素を感知できない世界の事さ。元の世界では人類が環境を破壊しすぎたせいか、それとも高度に文明を発達させ過ぎたせいか、それら神秘の反応は希薄であり残滓的だった。では仮想世界に精霊元素は存在しないのか、そもそも我々の作った仮想世界は元の世界と同一のモノなのか」
「……結果は?」
「私の読みは正しかったとも。仲間の魔法使いに仮想世界内へ潜ってもらい調査した結果、元居た世界と比較して夥しいと形容できる程の精霊元素が飛び交っていた。私達人類は、知らぬ間に新世界を作り出していたのだろうね。では、まとめに入るとしよう」
椅子から立ち上がった三日月は適当なデスクからタブレットを取り出し操作する。すると空間にスクリーンがどこからともなく投影された。
「ライガー君の特徴として魔法使いの覚醒を促す効力」
三日月がタブレットに入力すると、スクリーンがそれを投影する。
「そして、精霊元素の飛び交う仮想世界」
覚醒効力と仮想世界がワードとして並ぶ。
「以上の情報から、ライガー君は電子世界で生まれた情報体のようなモノなのだろう。そしてその在り方は人間よりも精霊元素的何かに近い。故にライガー君は当たり前の様に精霊元素を知覚出来る。そしてライガー君以外の魔法使い達はライガー君と言う疑似的精霊元素と関わる事で魔法を覚醒させた。いや、ライガー君が結び付けた、とも言えるか。意図的では無かっただろうがね。以上の事を踏まえて……」
三日月が新たな情報を入力しながら口を開く。
「――――Spirital Conductor。今日から君の事をそう呼ばせてもらう事にするよ」
その言葉が、精神的輪郭の安定しないライガーへ新しい形を提供する事になった。が、現状のライガーはそれまで聞いていた話を処理しきれずに混乱している。
暫し何事かを考え、そして俯かせていた顔を上げ、三日月に視線を向けながら口を開く。
「……僕は人間じゃないの?」
「現状で言えば君の身体は人間のモノだ。しかしそれは人間の誕生における正規の手順を踏んではいない。母親の腹から生まれるモノを人間と呼称するのなら、君は確かに人間ではないな。そして、君の魂は間違いなく人間のモノではない、それだけは断言出来よう」
「……そっか」
それを聞くと、ライガーは項垂れる。その隣で、アリッサがライガーの傍に因ろうとして足を踏み出せないでいた。流し目でそれらを見ていたリオンは、我関せずとばかりに口を開く。
「それで、一段落ついた所で帰還の話をしたいのだけど」
「……私も大概だが、君もアレだね?」
「優先事項を見誤らないだけよ。確かに彼の事情は気になるし、少なからず心配もある。でもそれとこれとは別よ。何せ、命懸けよ? そうまでして築いたモノがっこにはない。私が帰還の手段を持っているのなら。今すぐにでも貴方を切り殺しているのに……」
「やれやれ、おっかない女性だな君は。……良かろう。先程言った通り、一週間後に噴水広場に来給え。君以外の帰還希望者もだ、連絡を頼む」
「そこで、全員を帰すのね?」
「その通りだ」
「……解った、今日はこれで退散させてもらうわ」
約束を取り交わしたリオンは視線をライガーへと向ける。視線の先のライガーは、憔悴しながらも思考の海へその身を放り出している様だ。その姿が、リオンの眼には憐れに映った。
三日月の話が本当ならば、ライガーという人格が形成され始めたのはソルジャーズ・ワールドが出来てからであり、その日を誕生日とするのならば、ライガーの年齢は三歳だ。人間の基準で考えた場合、それは何も出来ない幼子でしかなく、その幼子は今剥き出しにされた真実を前に傷付き泣く間も惜しんで考えている。
その有様が、リオンの中で自身の妹の像と重なる。妹が泣いている時、常にではなくとも、出来る限りリオンは傍に居てその心を守っていた。だが、現状のライガーには防壁や緩和剤となる人物がいない。大概の場合それは親であり肉親である。それが居ないと言うのは、一体どれ程の孤独なのだろうか。
初めて命を掛けた時、リオンは九歳という低年齢の子供であった。そのリオンを突き動かしたのは、リオンの中で最も価値のある存在、家族だった。苦痛に喘ぐ日々であろうとも、その暖かさを知るが故に戦えたのだ。それが、ライガーには無い。
それは、どれだけ寒いのだろうか。
考え、リオンは寒気を覚えた。とてもではないが堪えられない。
「……ライガー、帰るわよ?」
「……うん」
消沈した感情のまま返答するライガーは、リオンの差し出した手を握る。
「お帰りは此方の転送陣を利用すると良い」
洞窟に繋がる扉を開けた三日月が足元を指示して言う。扉のある地点の地面には黒色の魔法陣が描かれていた。
「…………」
無言でライガーは魔法を行使する。配置された陣がスピリタルを経由しその使用方法をライガーの脳内へと叩き込んだ為に対して苦にはならなかった。
発光する魔法陣。その上に居た二人は閃光と共に姿を消した。
その跡地を、アリッサは心配そうに見つめていた。