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十一話 撤退と一騒動

 探索は続く。

 現在第五層。五段目の階層に侵入してからというモノ、どうにも落ち着かない。感じるのは緊張だ、これまでの階層とは何かが違う。メンバーに視線を巡らせれば、各自何かを感じ取っているのが解る。シュンは僕と同じように緊張、シャオは若干の怯えといった所か。逆にディフェンダー組は興奮して居るようだ。……いや、一人だけ違うか。リオンはメンバー達が感じている何らかの重圧を気にも留めていないのか、戦闘中に見せる顔と同じ無表情だ。凄い奴である。


「……リオン」

「何、ライガー」

「お前、凄いな」

「は?」

「いや、済まない。各自何らかの重圧を受けて精神に若干の乱れがあるっていうのに、お前と来たらちっともブレていないんだもの」

「それって、褒めてるのかしら?」

「ああ、褒めてる。頼もしい限りだ」

「……ふふっ、褒められるのは嫌いじゃないわ。それも心からの賞賛とくればね」


 僕がリオンを評価する言葉を述べると、先程までの無表情がどこへやら得意げに眉を曲げてニヤ付き始めた。……前言、撤回しようかな。


「グルルルルルルッ」


 そんな事を考えている矢先に亜竜種達が唸り声を上げ始めた。

 前方へ視線をやれば、一層にてゴブリンが出現した際に見られたモノと同様の発光現象が起きている。魔物か猛獣がその光の向こう側から現れる事だろう。

 それを見て取ったケビンとマイクは、即座にホプロンを前面に構え集団の前に躍り出る。中衛とも言える位置で僕とリオンが構え、その更に後ろ、後衛と呼べる位置でシュンとシャオが待機している。

 光の向こう側から影が行進してくる。多い。目測だけでも、一層にて遭遇したゴブリン二十体の二倍以上は居ると確信できる。

 やがて、姿を現した影の輪郭がはっきりと捉えられる様になってくる。以前見た物よりも一回り大きいだろうか。その内の一体が手に持っているモノを見て、僕は驚愕する。それはクロスボウだった。弓の引き絞られた、矢の番えられたクロスボウだ。構える手を見る。指は既に引き金を引き絞ろうとしている。

 不味い。

 そう思った瞬間、クロスボウを持つその手が弾け飛んだ。


「リオンッ!?」

「ライガー下がって!!」


 青い残光を残し、リオンは敵陣から此方へと即座に帰還する。

 手首を斬り飛ばされたゴブリンは喚き声を挙上げながら後方へと下がる。そう、下がった。次々と姿を現すゴブリン達、その全容が明らかになる。

 大きいと感じる訳だ。奴らは甲冑を纏っていたのだから。黒い金属で出来たプレートアーマーに身を包ゴブリンの軍勢。それらは居並び此方に向けて得物を構える。隊列だ。この鎧を纏ったゴブリン達は隊列を組んでいる。

 それの指し示す事実に怖気が奔る。軽く見ただけでもメイス、タワーシールド、クロスボウと多彩な武装に身を包んだゴブリン共が猪突猛進な突撃を仕掛けてこない。詰まる所、このゴブリン達には知恵が有るのだ。そして訓練も積んでいる筈だ。訓練も積まずに隊列など組めるものか。

 不味い、と焦燥感が再び訪れる。これらは真面に相手をしていられる相手ではない。


「どうするライガーッ、突っ込むか!?」

「突っ込むな!! 僕が何とかする!! 援護を!!」


 それだけ言って、僕は槍杖を構え呪言を唱える。


「――――火に嘆願する、敵兵の喉を焼き払い給え!!」


 虚空より出現した炎の波がゴブリンの軍勢を飲み込む。

 鎧の材質は金属であり、それを纏うのは生物だ。ならば熱や炎による攻撃は有効である筈だ。咄嗟の考えにより行使した魔法であるが、どうやら効果は有った様だ。

 熱に悶えながら、最前列から順にゴブリン達が膝を付いて行く。奴らは今、熱せられたフライパンを纏っている様なモノだ。そこへ止めとばかりにシューター組が矢を射かける。凡そ四分の一は削れただろうか。

 視線を映せば、後衛の無事なゴブリン共がクロスボウを構えている。がそのクロスボウを持つ腕が順に宙を舞う。その場に残る青い残光が切り裂いたのだ。

 ……というか、むしろリオンだけで十分なのではなかろうか。


「――――氷柱、綴り、連ね、番え、爪弾く」


 魔法により氷柱を出現させ、成形し、並べて、矢の如く切っ先をゴブリン共へ向け、そして放つ。成形した氷柱の鏃の群れ、数にして凡そ五十を高速で撃ち出す。それを見て取ったリオンが残光を残し即座に撤退する。

 それらは不規則にゴブリン共へと降り注ぎ、その生命を貫いた。

 僕の放った氷柱の鏃は、ゴブリンの群れの大半薙ぎ払い、討ち漏らしをシュンとシャオの矢が仕留めていく。暫くして戦いが終わった。

 前方には死体の山。それを目にするメンバーの表情は明るいものでは無い。


「……ゴブリンアーミー、か。前情報とは随分違うな?」

「そうだね、でも仕方ない事なのかもしれない。情報を収集したとはいえ、それはまだ一回だけなのだから」


 マイクの漏らす言葉にケビンが答える。両者とも冷や汗を流していた。


「これからもこういった事がある、って事か?」

「あり得ない話じゃないわ。むしろ、もっと悪辣なのが出てくる可能性もあるわね」


 慄くシュンの言葉に、リオンが無表情に返した。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 息を荒げているシャオの表情には明確な怯えが見て取れた。そしてその怯えはこのメンバーの誰しもが抱えているモノだった。

 そして僕は考える。このまま続行すべきか、それとも撤退すべきかと。

 戦果らしい戦果は眼の前に有るゴブリン共の装備のみだ。それは迷宮に潜ったにしては余りにも低いリターンである。しかし逆に考えればまだ被害らしい被害は出ていないと言えた。今回は僕とリオンが居たからこそ早期に戦闘を終えられたが、通常の戦闘手段しか持たない者だけが先の戦闘に巻き込まれた場合、待っているのは数の暴力に起因する死だけだ。

 そして僕の魔法も完璧と言えるモノでは無い。欠損した肉体の部位は恐らく戻せないだろう。まして、一度命を失えば生き返らせる事は出来ないのだ。更に、この先魔法が無効化されないとも言い切れない。

ここは、やはり慎重性を重視すべきだろう。


「……皆、撤退しよう」

「……馬鹿言わないで、まだイケるわ」

「いや、いけない。先の戦闘は魔法が無ければ数の差で死人が出ていた。これは早急に伝えるべき重要な情報だ。もしも僕らがここでうろうろしている間にどっかのチームが迷宮に入ったらどうする? 死ぬぞ、確実に」

「……そう、ね。ええ、異論はないわ」


 異を唱えたリオン以外の面々も見渡すが、反対意見を唱える者はいない様だ。


「じゃあ、ゴブリン達の装備を引っ剥して取得し次第撤退!! 帰るよ!!」

≪応≫


 僕達はゴブリン共の死体から使えそうなモノを引っ剥がして己のモノとした後、亜竜種達を連れて迷宮を後にした。

 撤退作業は順調に進み、魔物の造園が来ることもなく僕達は迷宮を問題なく脱出する。

 ただ、反対意見を述べた時のリオンの表情が思考の隅に引っ掛かった。



 二日掛けて街に帰還した僕達を最初に迎えたのはトーマスさんだった。


「御帰り、欠員はなしか」

「ただいま。僕が死人を出させるモノかよ」


 差し出された拳に拳を合わせると、僕は本題を切り出す。


「それより、資料とか纏めてる人を中心に伝達したい情報が有る。僕が探索してきた迷宮についてだ」

「……急ぎか?」

「速いに越した事はない」

「解った」


 僕の訴えを聞くと、トーマスさんは自らが所有する屋敷に案内した。

 その際に引き連れていた亜竜種達をどうするかと言う話になったが、縄で繋いでケビンとマイクが見張りをするという事で落ち着いた。

 そしてディフェンダー組の離脱した僕達はトーマスさんの計らいで、一先ず客室に移動し料理を食べていたりする。聞けば外に居るディフェンダー組にも同じものが振る舞われているそうだ。


「ケビンとマイクも休ませたい所だが……」

「しょうがないよ、『年長者の務めだ』って休憩は最後にするって言ってたから」


 水を飲み軽食を挟んでから三十分ほどが経過した。

 僕はその間にも迷宮で遭遇したことに関する情報を纏めた紙を用意する。

 僕とリオンを除いたメンバー、この場合シューター組のシュンとシャオは貸し出された部屋で休憩に入っていた。

 暫くすると部屋の外から足音が聞こえる。足音は段々と近付き、部屋の前で止まる。そしてドアが開かれた。


「よう」

「俺達も休憩に来たよ」


 姿を現したのはディフェンダー組の二人だった。


「二人とも恐竜さんの見張りは?」

「トーマスだったか? アイツが手配してくれた人員に任せた」

「基本的に教えた事は俺達の時と同じさ。肉をやってれば大人しい」

「成程ね」


 席に付いた二人はまず一杯と酒を飲み、その後はゆっくりと用意された軽食に舌鼓を打つ。

 ふとリオンが何をしているのか気になり、視線を部屋の中へ泳がせた。

 見つけたリオンは、逆立ちしながら腕立てをしていた。

 ……成程、剣を軽々と振れる訳だ。ラフな格好になって露となった腕を見て僕は驚く。物凄い筋肉だ。岩の様という形容の仕方はあれを指して言うのではないだろうか。


「……何よ?」

「いや、別に?」


 凝視していたことがばれたので適当に返し、そして資料整理を再開した。



 夕暮れ時。

 傾いた日の光が窓から侵入し部屋を赤く照らす時間帯にトーマスさんが部屋のドアを開けた。


「こちらの準備は出来た。そちらは?」

「大丈夫、終わってるから」

「そうか、じゃあ案内をする」


 部屋を出て夕暮れの廊下を僕達は歩く。

 十分もしない内に鍵室に辿り着いた。ドアを開け中に入ると、まず広い空間が広がっている。その中央に木製の大きな四角いテーブルが置かれ、集まった面々が用意された席に座っている。年齢、性別共に様々な人々が三十人ほど集まっていた。


「さぁ、座り給えよ」


 その中で、貴族風の格好をした男が手で席を指し、僕に座るよう促す。

 それを聞いた僕は促されるがままに席へと座る。


「……よし、ではこれよりライガー君の報告会を開始する」


 僕の着席を確認するとトーマスさんが開始を告げる。

 どうやら司会を務めてくれるようだ。トーマスさんの目配せを確認し、僕は立ち上がる。まずは挨拶からだ。


「忙しい中集まってくれてありがとう。僕はライガー、魔法使いだ」


 魔法使いと言う単語に驚きを示す者はこの場に居なかった。恐らくトーマスさんが事前情報として伝えてくれていたのだろう。


「今回、報告会を開いてもらったのは西の森にある迷宮を探索している内に発見した危険性についてだ」


 迷宮、という単語を出した瞬間にそれぞれの視線が鋭くなった。

 ハイリスクハイリターンの代名詞とも言える迷宮。そこで発見された危険性は見逃せるものでは無い。ゲーム内でならば死んでもデスペナルティを喰らう程度で済んでいたが、この異界の地では死んだら生き返れない。


「と言っても、今回伝える事の出来る情報は出て来た魔物とその武装、そして出現パターンのみだ」

「武装、だと?」


 眼鏡を掛けた背の高い青年が顔を青褪めさせながら呟いた。

 見れば、他にも何人か顔色の悪い人が居る。彼らは恐らく迷宮を探索した経験のある人なのだろう。

 しかし僕はそれに取り合わず、まずは己の役割を果たす事を優先する。


「迷宮内で遭遇した魔物はゴブリン種のみだった。強さは第五回大型アップデートの悪夢、とでも言おうか。遭遇したことがある人なら解るだろう。一般的な成人男性よりも強力な腕力を持ち軽快な足捌きで接敵し棍棒で殴りつけてくる緑のあれだ」

「ああ、あれか」

「おい、あれかよ……」


 ああ、あれか。

 そう呟いた少年の想像するのは第一階層にて遭遇したノーマルに分類されるゴブリンだろう。力は強いがやり合って勝てない事が無いレベルの魔物だ。

 だが、青褪めさせた顔を更に青くした眼鏡の青年の想像するゴブリンは、当時の迷宮を潜ったモノが遭遇した悪夢に他ならない。


「……フルアーマー、ゴブリンアーミー」

「その通り。その中でも僕達が遭遇したのは小隊規模の集団だ。咄嗟に火の魔法で行動不能にしたけど、……今考えると密閉空間で大火力って危険だよね。酸素不足で死ぬかもしれないじゃんか」


 発言した後に、僕は己の行動に背筋を凍らせた。

 あの空間が一般的な迷宮と比べて広すぎると形容できる程のスペースを持っていたからこそ出来た業だと言えよう。もしも一般迷宮で使っていたら酸欠で死んでいた。これも別の対策を考える必要がある。

 そんな事を考えつつ周りを見る。ゴブリンアーミーの名前が出てから顔色を悪くする人の割合が半数以上になった。

 ……そう言えば、拠点侵攻イベントで三回くらい登場してたっけ、旅団規模で。


「おい待て、ただのゴブリンアーミーじゃないのか? フルアーマーなのか?」

「フルアーマーだよ。ヘルムからグリーブに至るまで、黒い金属にその小さい体躯を収めた奴らだ。無論、アーミータイプには隊列を組めるだけの知性が有り、今回の奴らの主兵装はクロスボウ、メイス、後はタワーシールド何かも有ったかな。見たい人は参考品を後で提出するからそれを確かめてくれ」


 信用したくない、といった雰囲気の人も参考品を提出するという言葉に項垂れながら必要事項を手元にある記録用の紙に書いていく。

 暫くして、全員が書き終わったのを確認すると僕は次の問題を述べる。


「そして、奴らは転送式の出現だった」

「徘徊式じゃないのか!? 嘘だろ?!」


 徘徊式と転送式、という二つの単語が魔物の出現に際して良く使われる。

 どちらも名称の通り徘徊していたモノに遭遇するか転送されたモノに遭遇するかの違いだ。しかし、その違いが危険度に大きく差を付けている。

 徘徊式の場合、見通しの良いフィールドならば遠くに居るモノを目視で確認でき、見通しの悪い迷宮内であろうとも足音や鳴き声などで接近を察知できる。

 だが転送式はそうもいかない。転送式で出現する魔物は出て来るまでその正体と規模が不明であり、故に対策が立て難い。そして、大抵の場合最低でも十以上の個体が姿を現す。僕の知る最大は大隊規模で八百体以上だっただろうか。


「嘘じゃない。僕が貰った迷宮の情報に無かった所を見ると徘徊と転送はランダムに切り替わるのかもしれない。それでも注意するに越した事はない。と、まあ伝えるべきはこんな所かな。後は各自対策を考えて欲しい。現状では十分な対策が取れるまで迷宮には関わらない様にしよう。……異論がある人は?」

「……異論じゃないが、質問だ」

「どうぞ」


 背の高い眼鏡の青年が、指で眼鏡の位置を調整しながら言う。


「対策するにしても、情報が不足している。情報収集はどうする?」

「僕と、後数人を選抜してまた迷宮に潜る。恐らく、現状の最大戦力は僕だろうからね」

「人選はどうやって決める?」

「それはまだ考え中だ。対策の件も含めて、今度また報告会を開こう」

「……ああ、賛成だ」


 反対の意見を唱える者はいなかった。

 故に、一先ずこの話は終わりだ。僕は次の資料を手元に用意して口を開く。


「次に、迷宮に到達するまでに起こった出来事を話す。まず……」



 報告会が終わった後、僕はトーマスさんの用意した部屋にあるベッドに倒れ込んでいた。思っていたよりも疲労が溜まっているのか、身体が重い。眠気がすぐそこまで忍び寄る感覚だ。目を閉じると開けられない。泥の中に沈むが如く、僕の意識は沈んでいく。


「ライガー、起きてるかしら?」


 ノックの音と共に、そんな僕から睡魔を取り払ったのはリオンだった。


「寝るとこだった」

「まだ寝てないのね。少し、話をしない?」

「……良いよ、入ってどうぞ」


 リオンの提案を了承する。

 本心を言えば即座に眠ってしまいたかった。しかしこんな夜更けに態々訪ねてくるのだから何か重要な要件があるのかもしれない。

 部屋に入ったリオンは、備え付けられている机の椅子に座りベッドに腰掛ける僕へ視線を向けている。


「今回の遠征、私は目的のモノを手に入れられなかったわ」

「まあそうだね。でも、それも仕方がないんじゃない?」

「ええ、確かにそうね。命あっての物種。それぐらいは私も解る。けどね? 探索の全面的禁止を全体の方針とするのはどうなの?」

「……対策も無い内に、無闇に探索するのは危険だと思ったんだよ」

「それって強制力有るの?」

「今日集まった人達は商いをする人が殆どだった。そういった人に嫌われると辛いよね」

「……危険はあるけど、多くの人が探索を行えばそれだけ対策も早く作成できるじゃない」

「そんなに急いで迷宮を探索必要がどこにあるの?」

「私には、その理由がある……」


 僕の言葉に対し、リオンは鋭い視線を向けてくる。

 声音は静かだが若干震えていた。焦燥、もしくは怒りの感情が滲んでいる様に感じられる。それほどまでにリオンが迷宮を探査億仕様とする理由とは何か。決して馬鹿な女ではない。何がコイツを駆り立てているのか。


「……その理由、聞いても良い?」

「ええ、話そうと思っていたから」


 そう言うと、リオンは姿勢を正す。

 その姿勢を見るだけでも、話す内容がリオンにとって重要なのだという事が理解できる。


「ライガー、私は帰りたい」

「それは、元の世界に、か?」


 僕が返した言葉に、リオンは口を開く。

 吐き出される言葉には、短い付き合いの中で最も強く感じる感情が込められていた。


「ええそうよ。どいつもこいつも浮かれて馬鹿みたいに燥いでるから解らないだろうけど、帰還を望む人間は確実に居るわ。私なんかその筆頭よ。あの迷宮は、帰還に対する手掛かりがあるかもしれない。だからこそ探索禁止なんて方針を打ち出されたら困るのよ」


 静かな怒りを込めてリオンが発言する。

 成程、迷宮に目的の手掛かりを見つけたとすると、現状の僕は邪魔者に他ならない訳か。しかし、手掛かりか。あの迷宮が帰還に対して一体どんな役割をするというのか。


「手掛かりって?」

「魔物の出現法よ。奴ら、ゲームみたいに何もない所から出現したでしょ?」

「転送式の事か」

「それよ。転送って事は、奴らは恐らく元居た場所が有りそこから転送された可能性が有る訳よね?」

「まあ、そうだろうな」

「だったら、この異世界から元の異世界へ私達を転送する事って出来ないかしら?」

「!!」


 リオンの言いたい事は解った。

 転送式の現象を引き起こす何かしらの魔道具、もしくは技術なりを手中に収める事で期間を果たそうと言うのだ。よくも思いつくモノだ。普通なら未知の技術など取扱説明書も無しに扱おうとは思わないだろう。どんなデメリットが有るかも解らないのだから。……いや、リオンには例え危険だろうともそうしなければならない理由が元の世界に有るのか。

 僕の場合は、浮かれる側に居た。異世界への移動という現象は超常現象であり、神秘に対する憧れを持つ僕は元の世界について何て考えていなかった。それは、僕の思考の主体がそれらへ向けられているからだ。けれど、そうでない人もいる。もしかしたら、僕の出会ってきた人々の中にもそう言った考えをする者がいたかもしれない。むしろ、それが普通の人間なのかもしれない。


「……成程、だから探索禁止は困るって訳か」

「そうよ。危ない事は百も承知。けどね、何もしないでいられる程私は悠長に構えてられないの。今にも迷宮へ走り出したいくらいよ。それに、他の帰還希望者の中にもそう考えている者は少なくない」

「……そっか」


 僕は言うべき言葉を探した。

 気持ちが解るなどとは口が裂けても言えない。僕は彼女の様に元の世界に執着する理由が無いのだ。そして彼女は僕とは正反対の思考で動いている。かと言って探索禁止を解除すれば死者が続出するのは目に見えている。それを容認しても良いモノか。命と心。優先すべきはどちらなのか。

 危険でもやらずにはいられない、彼女はそう言った。それは他の者達にも当て嵌まる筈だ。迷宮にて大探索を行い、大量の死者が出れば止まるかもしれないが、それは色々とダメだろう。そして、探索を共に行った者の好として彼女を特別待遇で迷宮に放り込む訳にもいかない。


 ……いや、特別待遇する理由を設ければ良いのか?


 ふと浮かんだ思考が加速する。

 リオンが他のプレイヤー達と違うのは持っている魔道具の力による所が大きい。眼にも止まらぬ速さで動きながら平然と剣を振り回す様は、戦闘者として高次元の実力と言えよう。そもそも、あの魔道具は本当に動作の高速化だけが能力なのだろうか。どのくらいのスピードが出ているかは知らないが、速く動くのならばそれだけの負担が有る筈だ。なのに彼女は戦闘後も平然としていた。高速化の弊害を緩和するモノもあるのかもしれない。

 いや、リオンの魔道具については今は置いておこう。そう、迷宮探索の権利を魔道具持ちにのみ与えるのはどうだろうか。今回の探索では能力の要因も大きいだろうがリオンの活躍が目立っていた。武装や防具の魔道具を持つ者達で探索隊を編成すれば死傷率も下がるのではないだろうか。むしろ、少数精鋭でえ動く方が良い。代人数で行くのもありだが、それを賄う食料の問題や指揮系統の問題も浮上する。そう考えるとこの考えは有りかも知れない。


「リオン」

「何?」

「魔道具を持った知り合いっている?」

「居るけど、それがどうかしたの?」

「うん、リオンみたいに動ける人を集めて少数精鋭の迷宮探索隊を作るのはどうだろうかと思ってさ」

「…………」


 僕の言葉にリオンは少し考え込む。

 そして首を振った。縦にではなく横に。それは否定である。


「理には適っているとは思う。けど、私みたいに帰還を望む者は必ずしも論理的な思考を維持できているとは考えられないわ。慣れない環境だもの、精神的に脆い人はそろそろ問題行動を起こしていても不思議じゃないわ」

「そうだね。それでも、リオンが迷宮に潜ると明確に発言できる理由の一端はその魔道具に有る筈だ、違う?」

「……否定はしないわ。私は他の人々よりも強く、その要因はこの魔道具にある。けど、行く人は勝手に行くと思うわ。その際、規制が無ければもっと大勢の人が行けた、規制による人数減少のせいで死ななかった筈の人が死んだ、なんて事にはならないかしら?」

「感情論って厄介だな」

「まったくね、我が事ながらもう少しどうにかしたいモノよ」


 僕とリオンは同時に苦笑する。

 元の世界に理由が無ければ、リオンは僕と同じような考えをしたのだろうか。そんなしょうもない事を思わず考える。感情的になる人間は、少ないどころか恐らく殆どだ。大多数の思考が異世界への移動を好意的に受け止めているが為にリオンの様な思考を持つ人の問題が表面化していないだけに過ぎない。人間は良くも悪くも全体主義であり、大多数の支持がある方を選択する。だがそれにだって限界はある、というリオンの言葉も理解できる。

 彼らが異世界に移動して、そろそろ一ヶ月が経過しようとしている。そろそろ、フラストレーションを押さえられなくなった人々が問題を起こしても可笑しくない、そう思えてしまう。今眼前に座っているリオンだってフラストレーションが無い訳ではないのだ。


「…………」

「…………」


 僕とリオンは同時に閉口した。

 僕と彼女の意見はどこまでも食い違っている。僕は安全性を尊び、彼女は速度を望む。僕は、僕の決定で死人が出る事が嫌で、彼女は元の世界に戻れない事で起こる何かに怯えているのだろう。

 視線が交わる。彼女の目元は強張っている。恐らく、僕を敵と認識する一歩手前の心情なのだろう。良く理解できる。何故なら、僕の目元もまた強張っているだろうから。


 僕とリオンは同じタイミングで立ち上がり、同じタイミングで得物を構えた。僕の思考は既に戦闘時のそれに切り替わっている。殺しはしない、なんて言える程の戦闘技術が有る訳では無い。それでも、出来る限りダメージを少なく無力化したい。その方法を模索する為に思考を回転させる。

 眼前のリオンから殺気が滲み出始めている。どうやら彼女は、僕を殺してでも、誰かが死のうとも元の世界に帰りたいようだ。強い。そして羨ましい。その様な行動を起こさせるまでの何かを持つ彼女が堪らなく羨ましいのだ。

 彼女の構えるバスタードソードの刀身が青い光を放ち始める。淡い灯ではない、極光とでも形容すべき強さの光だ。それは、その青色で暗い部屋を照らし出していた。


「ライガー、大変だッ!! って何をやっているんだお前たちは!?」


 そんな一触即発の現状に身を置く僕達を止めたのは、慌ててこの部屋に入ってきたトーマスさんだった。


「何って、……」

「えっと、……演武?」

「ふざけんなッ!! そんな事してる場合じゃないんだ、先走った馬鹿が規制案に反発して迷宮に行きやがった」

「なんっ!?」

「ですって!?」


 僕とリオンは素っ頓狂な声を上げながら、普段とは打って変わって荒い口調のトーマスさんに詰め寄った。


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