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一話 流離う魔法使い

 僕の状況を端的に説明するならば、『僕は気が付いたら異世界に居た』という言葉が何よりも適切だろう。しかもゲームで使っているキャラクターのままで。


「な、なんだってぇ!?」


 一先ず口に出して驚いてみよう。

 ……中々に乙なものだ。まるで物語の主人公にでもなったかのような錯覚を覚えつつ、辺りを見回す。ものの見事に荒野である。砂嵐が吹き荒れ、生物の息吹が薄い、とでも言おうか。そして寒い。サボテンでも見つけないと満足に水分を補給する事も難しそうだ。


 何故ゲームの中ではないという結論に達したかと言えば、それはやはり感覚の違いだ。ゲームにリアリティを持たせる事は出来たとしても、そのリアリティが現実を塗りつぶす事はない。ゲームの中で動かすキャラクターと現実の自分の身体は、似ているようでいてどこまでも違う。故の違和感。ゲームをやっている時の感触であると言うのに、感覚の訴える世界は現実であるのだ。現実世界にゲームで使用するキャラクターの姿で出て来たかの様な、ある種の不快感に襲われている。……まあ、それは後回しで良いだろう。


 次は己の状態だろう。ソルジャーズワールドの仕様上、キャラクターの性別、骨格、顔の出来、腹のでっぱりはプレイヤー本人のモノが流用される。そのため評判を聞きつけたプレイヤー達は、まずダイエットから始める事になる場合が多い。

また、このゲームにはコマンド化された必殺技が無く、技巧はプレイヤー達が自ら編み出さねばならない。故にこのゲームは陰でザ・プレイヤースキル・オンライン等と言われていたりもする。


 中には『デブでも出来る高速戦闘術』などの著者の様に腹が盛大に出っ張っていても戦闘を行える、俗にいうカッコいいデブも居たりするが、プレイ人口からみればごく一部だ。

 デブの話は置いといて。そんなこんなで容姿は恐らく普通だろう。普通、だと信じたい。というか、リアルばれ防止のために皆が皆仮面を装備して戦うゲームというのもS.W.ぐらいのモノではないだろうか。


 そうこう考えていると小腹が空く。その欲求に対し、僕はいつもの様に指を鳴らした。すると眼の前にステータス画面が投影される。S.W.では己の動作に合わせてスキルやアイテム等をショートカットで呼び出す事が出来る。僕の出したこのステータス画面もその一種だ。

 ステータス画面からアイテム欄へ視線を移す。職人達がゲーム世界でも喰いたいと創意工夫を重ねた菓子類が列を為していた。口が寂しくなる欲求というモノは緩和しづらいモノであり、食料系のアイテムで味が整っているモノとなると余程金を積まない限り食せるものではないか、アイテムの価値的に手を出せないモノだった。僕も職人の知り合いがいなければ味覚の乏しい日々を送っていた事だろう。

 その他のアイテムをチェックする。武器類は投げナイフ一式と投げアックス一式と投げロープ一式と……。ああ、そうか。確か一人ぶん投げ祭りやってたんだっけ。他には、内広袋が三個といつもの槍杖、そして硬貨か。後は雑多な食料品やら趣味の果実ジュースやらで埋まっていた。


 ふと、そのステータス画面に違和感を覚えた。ゲームにおいてステータス画面に触れる際は、そこに物理的錯覚が用意されていた。自由に消せるガラス板に指で触れるような感覚とでも言おうか。それが、ない。選択するコマンドに触れた時の感覚はガラスではない、もっと不思議なものだ。それが何であるかまでは明言できないが。

 

 一先ず出したスナックを喰らう。スナックはチョコクラッカーの様な香ばしい味わいとその爽快な触感で以て僕の味覚を楽しませた。だが、やはり違和感が付き纏う。味わいはゲームのそれだと言うのに、触感は現実のモノなのだ。


 そして、極め付けと言えば……、


「キシャァァァァァァッ!!」


 眼の前の恐竜っぽい何かである。


 何か、とか言ってしまったが、どう考えたって魔物である。

 S.W.の初級ボスクラスの亜竜種だ。

 その特徴は鋭く発展した爪と牙、強靭な顎、何よりその巨躯を支える足の筋肉。


 砂嵐の彼方よりご登場の恐竜さんに対して、僕はどう対応するべきだろうか。この荒野だ、獲物が中々見付からずお困りの事だろう。しかし。喰われるとこちらも困る。それはもう大変だ、主に痛みとかが。

 故に、お困りなのだろう事は百も承知ではあるが、喰われる訳にはいかない。

 だが奴さんはやる気十分、そして食欲も十分と来た。

 衝突は、避けられるものではない。

 れっつ、さばいばる。


「ガォォォォォ!!」


 突貫する巨躯。

 滑り出しこそ鈍いが加速は凶悪であり、直ぐにその身はトップスピードだ。

 その大きく強靭な顎をあんぐり広げこちらを噛み殺そうと迫る恐竜さん。……うわ、唾跳んでる、きったね。

 その恐竜さんが目前10メートル圏内に入った瞬間、俺は脚で地面を蹴り叩いた。

 弾ける音と共に足元から巨大な魔法陣が展開される。発動させたのはゲーム内において使用頻度の最も高かった魔法だ。


「――――氷柱、綴り」


 呪言と共に魔法が発動する。

 足元に閃光が奔り、そして近付いてきた恐竜目掛けて巨大な氷の槍が姿を現した。

 氷の槍は顎を開いて迫る恐竜の口の中へ侵入し、上顎を突き破りその頭蓋を貫通した。

 飛び散る肉塊を見てやはりここがゲームの世界ではない事を悟る。S.D.O.はスプラッタ表現を規制している為ここまで血肉が飛び散る事はない。グロテスクなモノに対する耐性が無い人も、街中ゾンビイベント以外では心置きなくプレイできるとても良いゲームだ。

 ……とか何とか考えつつも限界である。


「オェェェェェ」


 個人的に、映像などの媒体を通して認識するグロテスクさには耐性が有り、これらのグロイベントも僕ならば平気だと高を括っていた。だが、駄目だった。やはり現実は上手くいかない。ここまで上手くいかないのだからここは現実で間違いないだろう。

 そんな事を考えながら、恐竜さんから吹き出す生暖かいシャワーを浴びながら僕は胃の中のモノを吐き出した。



 それからというモノ、僕は歩きに歩いた。

 旅の合計時間は既に一週間を過ぎただろうか。己がゲーム内で魔法を習得していた事にどれだけ感謝したか解らない。このゲームの魔法は独自の法則性の下で動いており、正しい知識と呪言を持たない者には使えない仕様となっている。


 故に某掲示板などで勉強が嫌いな人達に扱き下ろされるのだ。僕の場合、勉強は嫌いでもそれが興味の対象である内は何ら苦にならない性質であったため魔法の習得は問題なかった。


 そして旅におけるこの魔法の利便性ときたら、もう凄い。水出せるから飲めるし洗えるし、火出せるから焼けるし暖かいし、風出せるから吹き飛ばせるし乾かせるしともう便利便利。


 そんなこんなで一週間余り荒野を彷徨った結果、僕は現在遊牧民さんにとっ捕まっていたりする。

 馬の上からこちらを見下ろす視線は厳しい。それはそうだ、僕の装備ときたら布の服に外套を纏う程度であり、荷物を何も持っていないのだ。遊牧民達にとってはさぞ奇怪に映った事だろう。


「……お前、何者?」


 集団の長らしい女が警戒を多分に含んだ声で問う。

 一言で表せば美人だ。方まで伸ばした黒髪に褐色の肌。顔に施された独特な赤色ペイントなどエキゾチックさを醸し出すのに一役買っている。

 言葉が通じるのは有り難いが、どうにも状況が呑み込めない。

 囲んで殺すでもなく、立ち去れと言う訳でもない遊牧民達の考えが読めないのだ。まさか、馬で引き摺り回すという事はないだろうが、ここは無難に魔法使いを演じる事としよう。


「初めまして、遊牧民の方々。私はしがない旅の魔法使いでございます。何かお困り事が有れば、適正な報酬にて力の及ぶ限り協力しましょう」

「っ、魔法使い、良かった!!」


 僕の魔法使いという言葉に反応した集団の長らしき女が急いで馬から跳び降りこちらの手を両手で掴んだ。まるで藁にも縋るかのように。


「私は、赤を着る荒野の民が長、ネラ。どうか、私の妹を助けてほしい!!」

「落ち着かれよ、まだ状況が見えませぬ」


 赤を着る、というのは民族特有の色が有るのだろうか。

 一先ず、このネラという女は妹が危ういらしい。病気か、それとも重症か。


「妹、病気。治して!!」

「ほう、病気ですか。一先ず、案内を」

「こっち、乗って!!」


 ネラが僕に乗ってきた馬の後ろへ乗る様に言う。

 それに従い、ネラの後ろへ跨る様にして騎乗する。

 懐かしい感覚だ。ゲームでは慣れるまで何回振り落とされた事か。

 等と考えていると間にも馬は走り出してしまった。


 馬に揺られる事小一時間。

 僕は遊牧民達の使うテント、ゲルとか言っただろうか、それの前に辿り着いた。他のゲルよりも装飾が多く、そこに住まう者の権力を見せつけている。


「ついて来て」


 ネラの言葉に従いその後ろを付いていく。

 ゲルの中には毛皮の毛布に包まった幼い少女が居た。

 熱が有るのか顔を赤らめ息を荒くしている。

 遊牧民の服装を見るに、風邪薬を作れるだけの知識はないのだろう。あったとしても民間療法程度の知識くらいと推測する。

 風邪程度ならば治療魔法や付与魔法を駆使しどうにか出来るだろう。しかし重病や感染症だった場合はどう考えたってお手上げだ。


「お願い」

「解った見てみよう。――――風に嘆願する、その者の様子を映し給え」


 対象であるネラの妹の下に魔法陣が展開される。

 使用した魔法は解析の魔法だ。風に属し、本来ならば敵対する魔物や他のプレイヤーに対して使うモノだが、このような場合でも使えるだろう。要は応用だ、人を殺すための武器で誰かを救える事が有る様に、魔法だって使い方を考えれば色んな事に応用出来る筈だ。

 風が吹き、ネラの妹の頬を撫でる。この妹は、どうやら風に対する霊的親和性が高いようだ。学べば良いシャーマンと成れる事だろう。

 やがて風が止み、その情報が表示される。ステータス画面が開くのと同じ要領でウィンドウが表れ、対象のステータスを詳細に記している。

 状態以上の欄には、風邪と表示されている。

 風邪ならば、まずは暖かくする事が大事か。次に栄養の有るモノとか。遊牧民は確か野菜の代替としてヨーグルトを飲むとかだったか。後は水分だが、これもどうにか出来る。

 何とか、成りそうだ。


「風邪ですな。温かくし、栄養と水分をしっかりとれば三日もしない内に良くなりますよ」

「……水、か」

「何か不都合な点が?」

「最近、日照りが続いていて、他の部族間で水場の取り合いが起こっている」

「……成程」


 見渡す限りの荒野は雨が降らないためのモノか。

 部族間の抗争、長として無用な争いを避けたいが妹も助けたい。

 彼女の悩みはそんな所だろうか。


「――――火に嘆願する、この場を暖め給え」


 一先ず室内の温度を調節する。

 気温にして26度くらいに保ち、更に免疫能力を向上させる付与魔法を施す。

 次は水だ。


「ネラ、水を溜められる物を用意してくれ」

「どうするの?」

「魔法で水を出す」

「出来るの!?」

「出来るとも」


 ネラは驚きながらも、外へ飛び出し荒野の民達へ支持を飛ばしていく。

 すると三分後には各ゲルから水瓶らしきモノを持ち出す人々がずらりと集合していた。


「集めた」

「いや、まあ良いか」


 水瓶一つ分の心算だったが、どうやら全体に対し水を与えると取られたらしい。ステータス画面を見るに余裕は有りそうだが、水の魔法を全開で使ったら今日はそこで打ち止めだろう。


「よし、では二列に並んで下さい。水瓶一つずつに水を注ぎます」


 水瓶に水を溜める作業が始まった。

 終わるのは、日が暮れた頃になるだろう。



「これで、最後、か?」

「ああ、最後」

「よし、……ふぅ。――――水に嘆願する、水瓶を満たし給え」


 最後に老夫婦の持ってきた水瓶へ水を与えると僕はその場にへたり込む。


「お疲れ様、魔法使い」

「ああ、本当に疲れましたとも」


 胸が焼け付くように痛い。

 おそらくは魔力を生成する器官が限界を越えて酷使された事による筋肉痛の様なモノだろう。

 これが致命傷となりました、なんて事態にならない事を祈るしかないのが現状である。厄介なモノだ。


「ネラ、先程も言いました通り妹さんは暖かくし水分を細目に取らせて栄養の有る物を食べさせなさい」

「解った、ありがとう」

「ぬぉっ!?」


 ネラは俺に抱き着き、頬にキスを一つ落とすとそのまま己のゲルへと走り去る。

 その背中を僕は呆然と見つめていた。

 ……いや、やばい。胸が別の意味で痛い。何これ、凄い嬉しい。別に人生語れる程生きちゃいないけど、何か凄く素敵な気分だ。うわ、顔まで熱くなってきた。


「――――水に嘆願する、我が頭に冷水をぶち撒け給え」


 盛大な音を立てて虚空に出現した冷水が僕の顔面を強打する。

 それにより、漸く思考が冷静さを取り戻した。

 どうにも、女性経験の少なさから取り乱してしまったが、あれは遊牧民の挨拶かもしれん。もしそうでなくともあれだ、色っぽいお姉さんが子供をからかってキスするとか恐らくそんな所だろう。

 そんな事を考えた17歳の夕暮れ。

 落ち着いた頭に胸の鼓動が響く。

 どうやら僕はこの異世界で恋をしてしまったらしい。

 身体も重い。

 心を縛られると、身体も縛られるのだろうか。

 そんな事を考えながら僕は客人様にと用意されたゲルの中で眠りに付いた。



 恋じゃなくて風邪だった件。

 なんだよ、『心を縛られると、身体も縛られるのだろうか』って。ポエムか。

 別の意味で恥ずかしいわ。


 そんな事を考える僕を看病するのは民長のネラとその妹であった。

 話を聞くに、ネラの妹は一晩も眠ると忽ち治ってしまったそうだ。

 それと入れ替わる様に僕が風邪でぶっ倒れたものだから荒野の民の間で僕が代わりに災いを背負ったとか勘違いされて大変だったモノだ。

 姉妹は、僕の看病をしながら楽しそうに笑っている。

 妹の風邪は一週間も継続されており、どうして良いか解らない状態だったそうだ。

 この二人の笑顔を見ると、異世界に転移された事もそう悪いものじゃないなどと考えてしまうあたり、僕の脳みそはスカスカなのだろう。

 もっと、元の世界へ変える方法を探求するべきだとか考えるべきなのだろうが、僕は魔法の恩恵が有るからか、ぐっすりと安心して眠ってしまうのだった。

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