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手紙

作者: きみタマ

短い詩のような話。少しでも読者さまに思いが伝わりますように。



「郵便です。」



手紙が届きました。



私はこの手紙で一人で生きていくことを決めたのです。




〜手紙〜




青い空、白い雲、暖かい風。

なんでもないような普通のことが、今日は幸せだと感じる。


『戦争が終わった。』


文字にするとたった一行のことだけど、一体何万人の人がこの一行を見て嬉しさの涙を流すのでしょうか。

もう、この澄んだ空から爆弾が落ちてくることを心配しなくて良いのです。

もう、この綺麗な雲が真っ黒なキノコ雲になることを心配しなくて良いのです。

もう・・・


今日から丁度半年前、私は婚礼の儀を挙げました。

こんな時世だから身内だけの小さな式でしたが、その時だけは私はとても幸せでした。

「愛する人とやっと結ばれることができた」

そのことだけを考えることができた。


何がいけなかったのか、誰が悪いのか、あの人を失った今の私にはそんなことを考える力もありません。



一通の手紙。

たった一枚の赤い紙が家に届いたせいで私とあの人は離れてしまったのです。


24の若い男が戦争に駆り出されない訳がなく、

あの人は私に「行って来る」の一言と、口付けを残して行ってしまった。

私はこれがあの人の顔を見る最後になると思っていた。

だからあのときは驚きました。



毎日の日課で、半分燃えてしまっている神社にあなたの無事を祈っていました。

何もお供えすることなんてできませんが、ただあなたが生きていて欲しいと、

ずっと祈っていたのです。


帰りに寄る川の水はいつもと変わらず冷たくて、木々のない道にも風は吹いていました。

戦争が終わったからと言ってまだまだ町は寂れたままですが、黒い雲からも光が射したように、逞しい人々によって少しずつですがにぎやかさを取り戻そうとしています。

あなたと歩いた川ではないけれど、ここを通るたびにあなたと手を繋いだあの川を思いだします。


ゆっくりと家までの道を歩いていく。

ゆっくりと・・


家の前まで行くと、いつもと少しだけ様子が違いました。

閉めてきたはずの戸が開けっ放しにしてあったのです。

泥棒が入るにはあまりに貧しい家。

こんなときに家に来るような人もいない。

私はまさかと思い駆け出しました。


ガンッ


大きな音を出して勢い良く残りの戸を全て開けると、戸口には薄汚れた靴が並べられていた。

今思えばちゃんと靴を揃えているところがあの人らしかった。

私は急いで履物を脱ぎ捨て、居間への戸を開けた。


「祐介さん!!」


私の見た先にいたのは、

紛れもなくあの人でした。


服は汚れていたし少し痩せていたけど、確かにあの人でした。

考えない時はない程思い描いた顔。

間違える訳がありません。


「雪、ただいま。」


そう笑いかけるあの人は、今まで戦場にいたなんて嘘のように思えました。


「腹が減ったな、雪、何か食べるものはあるか?」


腹をさすりながらあの人は言いました。

だけど私は何も答えないまま抱きつきました。


「祐介さん!!」


あの人は私をしっかりと受け止めてくれました。


「雪」


そっと背中に腕を回されて、

額に口付けを受けて、


私は気付きました。


そして、


ただただ、涙が溢れてきました。


「祐介さん、あなたがいなくなった日から、もう一度会えることだけを願っていました。」


私は泣きながら必死に言葉を紡ぎました。


「あなたにもう一度抱きしめられることをずっと願ってきました。」


あの人は何も言わずに私の背中をさすってくれました。


「今朝、手紙が届きました。」


白い紙が封筒に入って、布切れと一緒に送られてきました。


「あなたが死んだと、手紙に書いてありました。」


あの人が戦死したことが、最後に着ていた服の一部と共に書かれていました。


「雪、俺は・・」

「何も言わないでください。全て、全て分かっていますから。」


「雪」

手紙を受け取ったときから、私は一人で生きていくと決めたのです。


あなたに映る最後の私は、一番綺麗でありたかったのに、どこから出てくるのか、涙が止まりませんでした。


「もっと強く抱いてください。あなたの胸の中で、私は生きたいのです。」


背中に暖かいものを感じました。

あぁ、あの人も泣いている。

それがなんだかおかしくて、泣きながら笑う私の顔は変だったかもしれません。


「ありがとう。」


頭の上から小さい声が聞こえてきました。

幻のような香りの中で、確かにあの人はいた。


「会いに来てくれて、ありがとうございます。」


声になっていたか分かりません。

それでも必死に伝えました。


「雪」


「雪」


名前を呼ばれました。

とても優しい声。

すごく心地が良い。



「雪」


「はい」



「雪、愛している。」



「私もです。」




光に包まれました。

とても暖かい光。

そのまま眠ってしまいそうなほど気持ち良くて、そのまま私は目を瞑りました。



目を開けたとき、もうあの人はいない。


それでも私は、あの人の胸の中にいるような気がしました。

前も見えず、息もできないほどあの人を思っていた私とは違う。



目を開けると、あの人はいなくなっていました。

戸口から差し込む光が暖かく、切なかった。


髪を触ると、一枚の桜の花びらが落ちました。

もう夏も終わるというのに・・



どこからともなく声が聞こえてきました。

懐かしいような声。

昔、あの川で言ってくれた言葉。

手を繋いで歩いたあの川で・・




「雪、桜が綺麗だな。」





やがて全てが過ぎ去る後も、あなただけを思う。


この声が聞こえますか?


あなたを思うこの声が・・




END


読んでくださりありがとうございます。もし何か感じることがあったら幸いです。

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