2.洗髪
「お前さ」
コウタは僕の事を『陸』とは呼ばない
もっとも、怖い時のパパみたいに『陸ちゃん』とか『陸くん』と呼んできたら、僕は恐怖で動けなくなるかも知れないが
彼は、僕を『兄』と思って居ない
血も繋がって居ない
僕と違って、コウタ達は今のママの子供だ
パパから暴力を振るわれる事も無い
当然の事なのかも知れなかった
「お前さ、汚いとか自分で思わないの?」
僕は、風呂に入る権利を与えられて居ない
お店で髪を切った事も無い
いつも、ぼさぼさの長い髪を肩より下まで垂らして居る
コウタの言葉の意図が解らなかった
コウタみたいに綺麗に、学校にも通って、明るく生きたいと思わないでは無い
しかし、僕は───
「いまパパもママも居ないしさ、良いから来いよ」
パパに似た顔が、僕の手首を掴む
腕を強く引かれて、内心では僕は泣きそうになりながら恐慌を起こして居た
連れて行かれたのは、風呂場だった
着ている物を脱ぐように言われる
コウタも僕に指示を出しながら、いそいそと自分の服を脱ぎ始めて居た
もう腕を引っ張られるのは怖くて嫌なので、自発的に風呂場に入る
続いて入って来たコウタが、僕にシャワーをかけ始めた
「痛い!」
───痛い痛い痛い痛い痛い痛い
柔らかな湯が躰を濡らして居るはずなのの、全身に針を刺されたような痛みが在った
日頃は一声も発しない僕が叫んだのが意外らしく、コウタは驚いて「ごめん」と小さく謝った
「傷口だらけだから、水がかかると痛いんだな」
言葉ではそう言うけど、根本的には僕を人間と思って居ないのか、コウタは泡立った石鹸のついたスポンジで、僕を擦り始めてきた
声も出せない程の痛みの中で、涙がぼろぼろと流れる
ようやくコウタは、僕が痛がって居る事に気が付いたのか「痛いなら言ってよ!」と言いながら、スポンジを慌てて床に投げ捨てる
そのスポンジの表面が、血と汚れでべたべたになって居る事に気付き、僕もコウタも怖くなって息を飲んだ
シャワーの音だけが淡々と、部屋に響き続けて居た
それでも最終的には、痛くない手洗いでコウタは僕を洗ってくれた
役目を終えたシャワーが、水を吐き出すのを止める
「ドライヤーは自分でしろよ」とコウタが言い掛けた時、アパートのドアが乱暴に開けられる音がした
「じゃ」
「じゃあ……後は自分でね」
まだコウタは自分を洗って居なかったが、僕を置いて浴室から離れていく
玄関の方から、パパが「陸ちゃん」と穏やかに呼ぶ声が聞こえた




