2.指針
「とりあえず、やる事をやって陣に引き返しましょう」
「やる事?」
首を傾げるとマーガレットが頷きながら続ける。
「ルミナさんが瞬殺しちゃいましたけど、魔狼がこんな森の浅い所に出たのは結構な問題なんですよ」
「そうなの?」
「ここらへんは森の中ではかなり浅い方でして。本来なら小型の魔物くらいしかいないし、資源も多いので森に沿って町や村がいくつかあるんですよ」
そう言いながら彼女はベルトに下げたナイフを抜き、魔狼から牙を剥ごうとする。
「木材や炭に薬草なんかもそうですけど、森の魔物から採れる素材も貴重ですからね〜。緑風騎士団の大事な役割の一つは、その町や村を守る事なんです。」
「確かにあんなのがいたら、普通の人は危ない」
「そういう事です」
「ちなみになんで牙を取ってるの?」
「魔狼はこの牙が特徴なんですよ。なんでも結構濃い魔力が宿っているらしいので、証拠として提出です。革とかも貴重な素材ですが……いまはそこまでの時間がないので」
四苦八苦しながら牙を採取した彼女は、腰に下げた鞄から植物か何かで包まれた小さい物を取り出す。
「それは?」
「今から狼煙を上げるんです。これは火に焚べると黄色の煙が上がって、『異常あり』って信号になるんです。魔狼が他にも出たら仲間達が危ないですからね。……というわけで、そこら辺の枝や葉を集めるのを手伝って貰っていいでしょうか?」
「わかった」と言いつつ早速そこらの物を拾い集める。
「あまり燃えなさそうだけどいいの?」
「あ、生木でも構いませんよ。魔法で無理やり着火しちゃうので」
「おぉ〜……、マーガレットは魔法が使える?」
「いやいや!本当にお粗末な程度ですよ?こう、ポッて火が灯る程度です」
集めた木や草を山にしていき、火床の準備をする。
「まぁ、野外の活動を考えると、この程度でも便利ではあります」
マーガレットが指先を近づけ集中する仕草をすると、予想より強い火が灯り、間もなく草木を燃やし焚火となっていった。
「あとはこれを入れて、っと」
そう言いつつ彼女が先ほどの物を投げ入れると、黄色い煙がもくもくと立ちのぼる。
「証拠よし。連絡よし!」
「手際がいいね」
「ふふーん、これでも従士の中では成績良好なんですよ!いずれ手柄を立てて、騎士になるんです!」
「そうなんだ。じゃあ次は手柄を奪わない様にするね」
「いやいやいやいや、あれは無理ですよぉ!」
ノリ良く返してきたマーガレットが、「んんっ」と咳払いし真面目な顔になる。
「ルミナさん、ここからは真面目な話です」
「なに?」
「そのペンダントも、体の秘密も、剣の技量も、普通ではないです。場合によっては誰かに利用されるかも知れないし、捕まって研究されるかもしれません。最悪命を狙われる事もあるかもしれません」
声のトーンを落とし、淡々と伝えられる。
「これから先、誰に話すのか、どう身を守るのか。とても大事な事だと思います」
「……うん、その通りだと思う」
「なので直接、団長に相談しにいきます」
「従士が直接なんて、出来るの?」
そうわたしが言うと、マーガレットは少し気まずそうに笑みを浮かべながら続ける。
「まぁ普通はそうなんですけどね……一応、親戚筋に当たるんですよ私」
「あぁ、それなら大丈夫だね」
「もちろんそれっぽく誘導する必要はありますが。魔狼が出た事と、御令嬢を保護したって事でなるべく同席者を減らす事は可能だと思います」
それに、と彼女が続ける。
「団長は今でこそ年齢もあって前線から退いていますが、凄腕の冒険者として身を立てた後に、腕と人柄を買われて騎士になったんですよ」
「冒険者から騎士って、なれるんだね」
「やっぱ凄いことみたいですけどね~。私の憧れの一人なんです」
ふへっ、と笑うと「とりあえず、歩きながら話しましょう」と歩き始めたため、わたしも続く。
先ほども思ったのだが、居心地の良い森だ。大きな木がまばらに生えており、程よく木漏れ日が差し込む。草花も背が低く、居るだけで穏やかな気持ちになれそうだった。
「なんか魔狼がいるとは思えない雰囲気だね」
「この森林は黒き森って言われていて、シルヴァニア王国北部のほとんどを覆っているんです。なんでも奥の方へ行くと鬱蒼としてて、厄介な魔物がいーっぱい居るって話ですよ」
「そうなんだ」
そう言いながらふと考える。マーガレットがいた事もあり武器を借りる事が出来たものの、よくよく考えれば丸腰だ。魔物だろうが悪漢だろうが、対抗する手段は欲しい。
「剣が欲しいかも」
「あ~、確かにルミナさんの動きを見たら、剣があれば大抵の事は切り抜けられそうですよねぇ」
「うん。それに剣を握ってると落ち着く。なんかしっくりくるから、何か思い出すかもしれないし」
「け、剣を握って落ち着くって、そこだけ聞くと危ない人ですよ……」
「そうかな?」と言いつつ、歩みを進める。騎士みたいな職業や冒険者なら、剣が相棒になっていてもおかしくないと思ったのだが。
そんなやりとりをしていると木々の密度がさらに減り、少し先に大きな陣の様なものが見えてくる。
「よし、着きましたよ。あれが今回の作戦拠点の陣です」
「結構大きいね、あまり人はいないけど」
「今は作戦中ですからねー、見回りが少しいるくらいです。団長が従士の質を見たいとかで、年に1、2回ほど従士を集めて直接大規模な作戦を展開するんですよね。本来は分団長以下、部長や班長が作戦指示を出すんですけど」
ふと、マーガレットが足を止める。
「あの手前の天幕の前にいる方が平時の班長です。重大な件が2つあるので団長と会えないか、できれば呼んでいただけないかと相談してきます。その際に、ルミナさんがいかにも団長の指示を仰がなくてはいけないような貴人として扱うので、話をつけるまでここでお待ちいただいてもいいですか?」
「わかった」
彼女が件の騎士と話をしていると、そのうち騎士が奥の方の天幕へ向かっていく。それを見届けたマーガレットが天幕から外套を持ちだし、こちらへ駆け寄ってくる。
「さ、ルミナさん。これを被ってあの天幕に入りますよ」
促されるまま外套を被り、顔以外を隠しつつ彼女と天幕に入る。中は簡単な事務作業用の机と椅子のほか、武器や陣を構えるための道具が整理して置いてあった。
しばらくすると先ほどの騎士と、立派な体格の騎士が入ってくる。鎧や装飾からして恐らく団長なのだろう。顔に刻まれた傷や皺が重ねた年月の重みを伝えるが、思ったより穏やかそうな表情をしている。
「おいマーガレット。俺を呼びだすとは良いご身分だな。しかもまだ作戦行動中だろう。あの狼煙を上げたのはお前か?」
「団長!ご足労いただき有難うございます!」
マーガレットがビシッと姿勢を正し、礼を取りながら、
「急ぎご報告を申し上げる案件と、非常に重要な案件があり戻ってまいりました」と告げる。
「ほう、なんだ。言ってみろ」
「はい、まずは作戦行動範囲内にて魔狼一匹と遭遇し、退治ました。異常発生の狼煙は上げております。これが証拠です」
そう言いつつマーガレットは魔狼の牙を取り出し、団長へと手渡す。
受け取った団長は牙を一瞥し、眉をしかめ横の騎士に指示を飛ばす。
「レイチェル、急ぎ作戦中止の狼煙を上げろ。折を見て、帰陣をしない者がいたら居る者を編成し迎えを出せ」
「はっ、承知いたしました」
レイチェルと呼ばれたマーガレットの上司の騎士は急ぎ天幕を出ていく。というか、マーガレットの上司は女性らしい。やはり同性だから選ばれたのだろうか?
「まさかお前が魔狼を倒したのか?」
「いえ、流石にそれは……もう一つの件と関係しています」
「ふむ……重要な案件ってのはその子か?」
「はい、そうなります。……彼女の件でいくつか驚く事がありまして、耳目に晒すのは危険が伴うと考えています」
「団の仲間であってもか?」
「直接は問題ないかもしれません。ただどこから話が漏れるかわかりませんので、何か対策をしてからのほうが望ましいと思います」
「なるほどわかった、少し待て」
そう言うと団長は天幕の外へ顔を出し、近くにいた団員に「おい、ちょっと女子の繊細な話をするからな。人払いをしてくれ」と言い戻ってくる。
「ちょ、ちょっと団長!?何言ってるんですか」
「うるせぇ。これくらい言ったほうが下手な奴は近づかんだろ」
「いやまぁそうですけど……変な噂を立てられそう……」
団長はしたり顔をし、マーガレットはげんなりしている。どうやら思ったより愉快な関係らしい。
「うぅ~、本題に入りますよ!ルミナさん、どうぞ」
そう促され、被っていた外套を脱ぐ。その瞬間、団長が「む」と顔を変える。
「どこのご令嬢を攫ってきた」
「ええぇぇ!?違いますよ、助けてもらったんです!」
「冗談だ。……ん?助けてもらった?まさか魔狼を倒してもらったとかじゃないだろうな」
マーガレットは「ええと」と事の顛末を話始め、わたしも補足しながら伝える。
しばらく目を閉じながらじっと聞いていた団長だったが、こめかみに手を当てながら喋り始める。
「じゃあなんだ、貴重品を持ってる、記憶喪失をした人間じゃないっぽい超強いお嬢さんをどうしましょう、ってことか?」
「そんな身も蓋もない……」
あきれ顔のマーガレットをよそに、団長は「ふーっ」と息を吐きながら続ける。
「恐らく、いやほぼ間違いないな。そのルミナってお嬢さんは古代魔道人形だ」
「「古代魔道人形?」」
二人揃って聞き返してしまう。
「ああ。このアウストラリス大陸には各地に遺跡があるのは知ってるだろ?でかい遺跡の深ーくには人間そっくりな人型がいる事がある。そいつが古代魔道人形だ」
どうやら人形っぽいというのはあながち間違いではなかったようだ。
「だがそいつらは決まった行動や会話は出来るが、人間みたいにゃ動けんし、決まった事以外は喋れん。どうも勝手に修復されるみたいだがな。遺跡なんて殆どはボロで掘り出し物は少ないが、そいつらの類は比較的形を保ってた」
「はぁ~、そんな存在がいるんですねぇ。そんな現代の魔導士全否定みたいな存在がいたら、もっと騒ぎになってたり、知られてたりしたんじゃないですか?」
「全否定って……お前も大概辛辣だな。まぁアレを知ってやる気を無くす魔道人形を生業とする魔導士は実際いるらしいが。」
「んと、魔道人形って魔導士が作るの?」
ふと気になり質問してみる。
「ああ。土だとか木を形成して、んでもって魔力を流して、術式だかなんだかをどうこうして動かすらしいぞ。正直、門外漢だからさっぱりだが」
「でだ」と、団長が続ける。
「お嬢さんと話してると、言葉遣いはアレだが人間としか思えん。どういう理屈か知らんが、前が人間だったってのはあり得るかもしれんな」
「じゃあきっと凄腕の剣士だったんですね!」
マーガレットが明るく言う。よく考えたら別の体になってる時点で死んでるっぽいし、あまり凄そうじゃないな……、と思ったが流石に飲み込んだ。
「あとは人間じゃないって可能性もあるけどな。お偉い学者先生の話じゃ、精霊やら妖精ってのはいるらしいぞ。俺は色んな所へ行ったが、そんなもん見た事ないがな」
はっ、と皮肉な笑いを浮かべながら団長が言う。絶対信じてない顔をしてる。
「うーん、妖精のルミナさんですか。美人さんだしそれも有り得そうですね!妖精が美人なのかは見た事がないですけど」
「マーガレット、適当に言ってない?」
思わず突っ込んでしまった。
「だいぶ脱線しちまったが、自分の正体を知りたいなら魔道人形を研究している学者ってのがいる。古代魔道人形の研究をしてない訳がねーから、どこまで知ってるかは知らんがそういうヤツらから当たっていくのはアリだろうな。」
新しい情報が色々舞い込んできたが――――――どうやらわたしの目標が定まってきたようだ。




