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普通中堅貴族転生女子カトリーヌ~合いの手お願いします~

作者: 尾黒

 むかしむかし、遠いむかし、あるいは、いつかの未来にか、はるか彼方の異世界に一人の転生女子がおりました。

 名をカトリーヌ・ルネといいます。

 転生女子は、聡明で普通でかわいらしい、中堅貴族の娘として生まれ、そこそこ平和に暮らしておりました。

 ところが、人の世界と魔族の世界の間に取り決められた境界を侵したとして、各地で紛争が起こり始めたのです。

 人も魔族もお互いにお互いが悪いのだと言い張り、論争は激化していきます。

 小規模の諍いから少しずつ大きく変化していき、今ではお互いの辺境は戦時中の様相を呈していました。

 かつての英雄たちが文字通り死に物狂いで手にしたはずの平和は容易く乱されていったのです。


 とはいえ、人の多く住む各国の王都までは、未だその戦火は届くことはありませんでした。

 辺境から離れた地域の人々は怯えながらもどこか遠い事だと感じたまま日々の生活は続いていたのでした。



 不安や恐れや高揚感で、どこか熱に浮かされたような空気のラルジャン国の王都では、建国記念祭が行われていました。各国で建国記念日があるものですから、1年に何度か王族らは他国へ訪問するのが習わしです。

 その日は、ラルジャン国の数日続く建国記念日の初日でした。

 近隣の国から訪れた王族も、その付き添いの一団も揃って歓迎されもてなされておりました。

 また、ラルジャン国の多くの貴族もその式典に参列し、祝い、他国の賓客をもてなして過ごしていたのです。


 そんな賑やかしくも楽しい時間は突然に終わりを告げました。


 魔族の襲来です。


 まさか、まさかと誰もが思いました。


 辺境を飛び越えて、国の中心、ど真ん中の中、王都の王城の、その中に、魔族の一団が飛び込んでくるだなんて。


 そのような、埒外の事がありましょうか。


 はるか彼方の異世界の、RPG、その始まりの王城であれば、中ボス等が攻め込んできてあわや全滅かというところで主人公が一人逃がされ……等ということもありましょう。


 はたまた、敵に王城まで攻め込まれて城が半壊、そして私はお前の父……と敵から明かされる主人公は、自らの力の根源を知るのです……等ということもありましょう。


 しかし、このような現実の世界でそのような事が許されて良いのでしょうか。


 いいえ、よくない! いいわけない!


 転生貴族普通女子、カトリーヌは思いました。


 転生貴族普通女子は、中堅貴族。

 式典会場でいえば中心ではなく壁に近い所におりましたので、逃げ惑う普通貴族達にもみくちゃにされながらも、魔族たちの動向を伺いました。


 もちろん、国の中枢である王族を狙ってのことであるのでしょうから、他には目もくれていないようです。


 王城に飛び込んできた魔族の中で最も体躯が大きく、装備が大仰なものが大将でしょう。

 カトリーヌには、いえ、カトリーヌでなくともひと目でわかりました。

 一際大きく、蜥蜴のようにしなる尾は太く強く、床石を容易く砕きます。笑うかのように大きく開いた口は猛禽の嘴。立ち上がった姿は3メートル程もありましょうか。

 身につけた鎧は、他の魔族よりも上等でありました。

 当たりをつけたカトリーヌは、硬そうな鱗に覆われた丸太のような腕が持つ槍を見ました。


 馬上で扱う様な大きく長い槍は取り回しに不自由しそうなものですが、軽々と振り抜いているのを見れば膂力も逞しいことに違いないようでした。


 賓客を、そしてラルジャン国の王族を守ろうと、護衛の騎士が立ち向かいます。

 けれどもその力の差は歴然。

 辺境地で争い合う手練と、平和を享受していた王都の騎士では明確な差があったのです。


 そもそも、対峙する魔族達は辺境地の戦地をぬけてここまで至った強者。それだけでわかることでありましょうが、端役ではないのです。


「この程度であるのか、人の世の中枢は! 弱い弱い! 王子がおらぬだけでこれか! 最早誰も我らを止めることなどできぬ! この地は我らのものとなるのだ!」


 魔族の大将が、かかと笑います。

 自らの強さ、そして今自分にかなうものなどいないという事を知っている者の言葉です。


 ラルジャンの王とその娘である王女が、悔しげに、しかし強い目で仇を睨みます。

 各国の賓客を背に庇う姿は、王とはかくあるべしという見本のようでもありました。


 ラルジャンの唯一の王子は、辺境地で紛争をおさめようと心血を注いでいるためここにはおりません。

 かの王子は、かつての英雄の再来と言われる程の強者で、恐らく王子がここに居てくれたならば魔族の侵攻はなかったかもしれません。


 誰もが諦めを感じはじめた時、カトリーヌが声をあげます。


「私が、その、えーと、マクシム王子のかわりにあなたをとめます」


 はい、と、高く手をあげて、高位貴族の人垣から抜け進み出ました。


「……何者だ」

「お、王子の……友人? です」

「強者の友人だからなんだというのだ」

「その、万が一のことがあれば頼むと申し伝えられておりまして、今がそうではなかろうかと」


 万が一、といえばそうなのである今。

 間違いではないな、と誰もが思いました。


「そうだとして、お前は、何を、どうするというのだ」


 空気を切り裂いて、槍の切っ先がカトリーヌの目前に向けられます。

 でかい、大きい。

 ですが、カトリーヌは下がることは出来ぬのでした。

 なぜなら、王子に頼まれていたというのは嘘では無いのです。


「あなたの仲間たちを下がらせてください。私とタイマンいたしましょう、と、言えと王子が言っておりました」


「本当に王子はお前の友なのか? 普通、お前のような者にそのような言伝をするか? いじめられておらぬか?」


 今まさに対峙している敵にあわれまれたカトリーヌ。

 虐めではありませんので、王様と王女様はご安心ください。カトリーヌは、そっと頷いてみせましたが、全然安心しては貰えていないようでした。


「では、……あ、その前に、武具の装備をお許しいただけますか」


 このようなドレスとヒールでは、とカトリーヌが弱々しく口にすると、対峙していた魔族に視線が集まったのです。

 がっちがちにかためた防備に大きな槍装備の3メートルの鱗に覆われた巨体。

 確かに装備くらいつけてもよかろう、ずるいよね、という声が、そこここから囁かれはじめました。

 多少の装備を身につけたとてどうにかなる話でも無さそうではあるが、というのが双方大方の見解ではありましたが、そこはそれ。

 魔族の大将は大仰に頷いてみせました。


「どのような武具だろうがかまわぬ。むしろ、それでやり合えるようになるというのであれば面白かろう」


「ありがとうございます、では、会場から出まして、あちらの中庭にて装備を整えさせていただきます」


 襲撃で破壊された壁からしずしずと青空の下に出たカトリーヌは、会場を振り向いて言うのです。


 手拍子や合いの手など、できましたらよろしくお願いいたします、と。


 手拍子……とは? 会場内が戸惑いに包まれたまま、カトリーヌは再び高く手をあげました。

 そして、ぐ、と拳を握りしめ……



「貫け轟雷、輝け拳!

 我が勇姿をとくと見よ!

 熱き正義の誓いと共に!」


 カトリーヌが高らかに声をひびかせると、言葉のままに彼女の背後や前方、はたまた斜め後ろに稲妻が轟音と共に突き刺さります。

 突き上げた拳が、握りしめた手の中から溢れる光で輝いていくのを、誰もが呆気にとられて眺めるばかり。

 光とともにカトリーヌは空に浮かんでいき、そして。


「鋼鉄合体! ラルジャンガー!」


 がしゃしゃん!

 がきーん!

 ぷしゅー!!!

 きゅいぃん!

 どーん!!


 空から、噴水の水の中から、大地が割れて地下から、鋼鉄の鎧(巨大)が現れ、およそこの国の誰もが聞いた事のない金属や機構が擦れ接続する音が響き渡り、おおきなおおきな巨人が形作られていったのです。

 そして、その胸元の赤い石の中にカトリーヌが吸い込まれていきました。


 光がおさまると、そこには城の高さをゆうに越す大きな大きな鎧人形が、半壊した式典会場を見下ろしてたっています。


『王子にかわって! ぶん殴りますわよ!』


 がしーん!

 と、大きな鎧が人のような器用に動き、カトリーヌの声とともに、びし、と式典会場を指さしました。

 決めのポーズとセリフのようです。


「……いや、駄目だろ!」


 魔族の大将が、正気を取り戻して槍を振り上げます。

 カトリーヌ入り巨大鎧人形は、首を傾げました。

 その度に聞いた事のないような駆動音等が聞こえます。


『何がでしょうか』


「デカすぎるし、デカすぎるし、こんなの見たことねぇし、デカすぎるしお前の面影声しかないのずるいだろう!!!」


『ですが、どのような武具であろうと構わないとおっしゃいましたよね』


「『どのような』は、それを想定してないけどな!」


『お話がちがいますのでこのままいきますね』


「いや、話を聞」


『成敗』


 がしょーん!!








『ということで、王子とのお約束通り、万が一対応完了致しました』


「うん、ありがとね、そのまま来たんだね、カトリーヌ」


『魔族の人を移動させるのに便利でしたので』


 ここは、辺境地、紛争地帯。

 その一角に、カトリーヌ入り巨大鎧人形と、それをなれた様子で見上げる青年がいました。

 青年は、にこにこと笑って頷きました。


「うんうん、そうだね。……あ、みんな、『ロボだー!』って叫んでるやつらは転生者だから回収しておいて」


 へーい、と、良い子の返事をしたむくつけきおっさんたち、またの名をラルジャン国王子、マクシムの元で働く傭兵や冒険者、または、騎士たちは、指示に従って戦場に飛び出して行きました。


『では、わたしはそろそろ帰ります。普通の中堅貴族の小娘がここにいては邪魔になりましょうから』


「うんうん、普通の中堅貴族女子だもんね。今度お礼しに行くよ」


『ありがとうございます。では、お気をつけて』


 がしゃん、ぷしゅー……、という駆動音の後、カトリーヌはジェット噴射で空に飛び上がり、王都の方角へ消えていきました。


「……普通の中堅貴族女子っていう縛りがあるから、戦場には出せないけれど、いい牽制にはなったかな」


 隠れている転生者のあぶり出しにも有効であると思考しながら王子は土煙で見えない空を見上げました。


 ジェット噴射の土煙がおさまるのをながめて、王子は思います。

 まさか同級生がロボット操縦転生者だなんて、面白すぎる。だから今も王子として戦場でも生きていられるのだ、と。


 かつて、孤独に転生人生を過ごした記憶を持ったまま再び生を受けた、この世全てを諦めていた王子の魂は、熱き心の正義のロボットと出会って息を吹き返したのです。

 カトリーヌ自身はそうと思わなくとも、ラルジャンガーが敵を倒さなくとも。


 世界を諦めた悲しい転生者たちの魂は、いつか、鋼鉄のラルジャンガーの元で熱い正義の心を取り戻すことになるのです。


 むかしむかし、遠いむかし、あるいは、いつかの未来にか、はるか彼方の異世界に一人の転生女子がおりました。しかし、その世界には、孤独に彷徨う異世界の魂がまだまだ沢山いるのです。

 神様は、転生女子に正義のロボットを与え、迷える魂を救うようにと祈り送り出しました。

 彼女が忘れてしまっても、正義のロボットは覚えています。

 彼女が誓いと使命と共にあることを。

 本当の平和を手に入れるまで、カトリーヌは輝く拳を握りしめ……



『ぶん殴りますわよ!』



 END


カトリーヌ:転生者にしてロボット操縦者。熱い名乗り口上は時々かわる。本人が意図しなくても口上が言える。


マクシム王子:荒んだ気持ちで三度目の転生人生を歩んでいたら、学院で出会った同級生がロボ乗り回す系女子だったので、テンション爆アゲ。熱い!楽しい!…で、本人も三度目の転生特典と熟練の人生経験で英雄の道を歩むことになる。

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普通、とは。 心の中に男児がいるならそりゃあ騒ぎますよねw テンション爆アゲは致し方なし。 うっかり見つかっちゃう他の転生者たちどんまいw
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