第8話『職人達の宴』
山道を抜けた先に現れたのは、巨大な山肌をくり抜いたように広がる岩の街だった。
切り立った崖の中腹からは、いくつもの煙突が伸び、白い煙がもくもくと立ちのぼっている。
岩壁に穿たれた窓の奥では赤々と炉の光が揺らぎ、どこからともなくカン、カン、と金属を叩く音が絶え間なく響いていた。
「……すごいな、ここ。まるで街全体が鍛冶場みたいだ」
蒼真は思わず見とれる。
「これがドワーフの集落よ。彼らは鉄を血肉に、火を魂にして生きる種族」
アルシェの横顔は、ほんの少し緊張を帯びていた。
「エルフとドワーフは、あまり仲が良くないのだろう?」
グラントが冷静に指摘すると、アルシェは黙って頷いた。
街の中へ足を踏み入れると、空気はさらに熱気を増す。
鍛冶屋たちは上半身裸で、汗に濡れた筋肉を光らせ、巨大な鉄槌を振り下ろしていた。
独特な金属の匂い、飛び散る火花、そして豪快な笑い声があちこちから響き渡る。
「おう、旅人じゃねぇか! 珍しいな!」
「腰据えて酒でも飲んでけ!」
屈強なドワーフたちは気さくに声をかけてくるが、その眼光は鋭く、ただの観光客ではないことを見抜いているようだった。
そんな中、ひときわ大きな影が立ちはだかった。
「おい、てめぇら。どこのどいつだ?」
振り返ると、そこには山のような男――いや、ドワーフがいた。
背丈こそ蒼真の胸ほどしかないが、全身は岩のように分厚い筋肉で覆われている。
長く編み込まれた赤毛の髭を揺らし、肩には信じられないほど巨大な鉄槌を担いでいた。
身長こそないが、その迫力は「巨人」と呼んでも差し支えないほどだった。
「バ、バルドラン……!」
周囲のドワーフたちがざわめき、道を開ける。
「ドワーフの鍛冶頭にして、最強の鉄槌使い……」
アルシェが小さく呟いた。
バルドランは蒼真たちをじろりと睨む。
「人間とエルフがつるんでるとは珍しいな。一体、何をしに来やがった?」
蒼真は喉が乾くのを感じた。だが、一歩踏み出す。
「俺たちは――宇宙船を作るために、あなたの力を借りたい」
一瞬の静寂。
次の瞬間、バルドランは腹の底から豪快に笑った。
「ガッハッハッ! 宇宙船だぁ!? 馬鹿言ってんじゃねぇ! だが、大きな夢を語る男は好きだぜ。気に入った、その夢、俺にも聞かせな」
大地を揺らすような笑い声とともに、バルドランが蒼真の肩を抱いた。ひとまずの歓迎ムードに蒼真たち一向は少し安堵したのである。
⸻
夕暮れ時、ドワーフの村の広場は巨大な焚き火の炎に包まれていた。
大樽から汲み出された黄金色の酒が溢れ、鉄皿には豪快に焼かれた肉が山のように盛られている。
どこを見てもドワーフたちが笑い、歌い、杯をぶつけ合っていた。
「まさか歓迎されるとは思わなかったな」
蒼真はどこか居心地悪そうに木の椅子に座る。
「歓迎っていうより……試されてるんじゃないかしら」
アルシェは目を細め、遠くを見つめていた。
そのとき、バルドランがドンッと大樽を肩に担ぎ、広場の中央に現れた。
「おい! お前ら! 俺たちドワーフの仲間になりてぇなら――この勝負に勝ってみせろ!」
「……勝負?」
「酒の飲み比べだ!」
広場は一気に沸き立つ。ドワーフたちにとって、最も分かりやすく、最も誇りある戦い――それが「酒」だった。
樽から注がれた琥珀の液体は、香りだけでも蒼真の喉を焼くほど強烈だった。
「お、おいグラント……これ、アルコール度数どんだけあるんだよ……」
「計算する気も失せるほど、じゃな……」とグラントは青ざめながらも覚悟を決めた顔で答える。
一方でアルシェは鼻先で小さくため息をついた。
「エルフに酒を勧めるなんて、無粋もいいところね」
そう言いながらも、差し出された杯を受け取ってしまう。
「さぁ、一斉にいくぞ!」
バルドランの掛け声とともに、杯が唇に傾けられた。
⸻
最初に異変が起きたのはグラントだった。
「……ふ、ふふっ……ぼ、僕は……な、泣いてなど……っ、うう……っ」
突如、目に涙を溜め、わんわんと泣き出す。
「誰も、僕を理解してくれなかったんだ……! でも、蒼真、君は……君だけは……ぐすっ」
「え、ちょ、グラント!? いきなり泣き上戸かよ!」
次に崩れたのはアルシェ。
杯を重ねたアルシェの頬は桃色に染まり、普段の鋭い眼差しはとろけるように柔らかくなっていた。
彼女は蒼真の袖を引き寄せて、じっと見上げる。
「……蒼真ってさ……なんでそんなに、誰かのことばっかり考えてるの?」
「え? いや、別にそんなことは――」
「うそ。だって、いつもグラントの無茶を止めてくれるし、会ったばかりのバルドランにもちゃんと合わせてる。……わたしにだって、いろんなこと気を遣ってくれるじゃない」
アルシェはことりと杯を置き、彼の肩に頭を預けた。
その声は、焚き火に溶けて消えてしまいそうに小さい。
「ずるいよ……」
蒼真の心臓が跳ねた。
(ちょ、ちょっと待て……これは……完全にデレてる!? いやでも、酒のせいかもしれないし! いや、でも、今の言い方は……っ!)
頭の中で赤信号が点滅する。
彼女は酔ってる。普段なら絶対言わないことを口にしている。だから本気にしてはいけない。――そうわかっているのに。
さらにアルシェは身を寄せ、囁くように続けた。
「……蒼真って、触れてると……安心する」
「えええぇっ!?」
慌てて体を起こそうとするが、アルシェがぎゅっと袖を掴んで離さない。
(待て待て待て! これはその、セーフだよね!? いやもちろんやましい気持ちなんてないよ?? 俺には地球に彼女がいるしね! でも、あの幻影の声が言ってたみたいに……もし彼女が他の男と……いやいやいやいや!!)
頭の中でジェットコースターのように思考が駆け巡る。
その葛藤の最中、アルシェは小さく笑って言った。
「ふふ……そんな顔しないでよ。今だけ……こうしてても、いいでしょ?」
その破壊力に、蒼真は完全に撃沈した。
結局、袖を掴む彼女の手を解くことはできず、蒼真は夜空を見上げながら心の中で頭を抱え続けた。
遠い星々が瞬く下、彼の心は地球と、この世界の惑星間で大きく揺れ動いていた。
星の間を惑う彼にとって、この惑星間の思いはどうなるのか? その結末は、宇宙の誰一人としてまだ知らないのである。




