第6話『勇気とは何か』
蒼真とグラントは、里に滞在することを許されたが、歓迎とはほど遠かった。
水汲みに行けば「汚すな」と冷たい視線を浴び、子どもに笑いかければ母親が慌てて連れ去る。
食事も「余り物」として木の葉に包んだ硬いパンのようなものが置かれるだけ。
グラントは苦笑しつつ、それを手に取った。
「まあ、予想通りじゃな。人間に心を許すのは、彼らにとって何よりのリスクじゃ」
蒼真は、差し出された硬いパンを噛みしめる。
「……でも、だからって何もしないわけにはいかない」
彼は里の仕事を手伝おうとした。木材の運搬、畑の世話、傷ついた動物の手当て。
不器用ながらも真剣に取り組む蒼真の姿は、少しずつ周囲の態度を揺らしていった。
ある晩、蒼真が子供たちに星座を教えている姿をアルシェが木陰から見ていた。
その目には、かつての人間への憎しみとは違う色が宿り始めていた。
その夜――森全体が低い唸り声で震えた。
地響きとともに、黒い巨体が姿を現す。
樹々よりも背の高い、極太の蔓を纏った怪物 ――『樹木喰らい』
その名の通り、森を食らい尽くす魔物。幹を引き抜いては巨大な口に放り込み、腐敗の息を吐き散らす。
里を守る結界がきしみ、ひび割れが走った。
「結界が物理的に破られるぞ!」
「皆、退避だ!」
エルフたちの矢や魔法が放たれるが、魔法耐性の高いその巨体にはほとんど通じない。
蒼真は震えながらも、拳を握った。
「……グラント、やるしかない!」
彼が生み出した小さな炎は、グラントの風魔法に乗り、竜巻のように巨大化する。
だが、樹木喰らいの皮膚は厚く、焼け焦げても倒れはしない。
「お願い! 私に時間を――」
アルシェの言葉が終わる前に、蒼真とグラントは前線へと飛び出していた。
彼女の言葉を一瞬たりとも疑わずに。
「グラント、とにかく時間を稼ごう!」
「わかっとる。さっさと火種をよこせ」
樹木喰らいに連携攻撃が効かないことは二人とも承知の上。しかし、今はこの化物の気を逸らすことが何より重要だ。
必死になりながら炎の竜巻を打ち続ける二人。
八発目の魔法を打ち切った瞬間、彼ら二人の魔力が底を尽きた。
ーー絶対絶命
しかし、二人の心は折れていない。何故なら、出会ったばかりのエルフの少女を一片の曇りなく信じているから。
「ーー待たせたわね」
自信に満ちたアルシェの横顔が、放つ前の矢が既に勝利をもたらすことを告げていた。
大気のマナを引き寄せ弓を構える。その矢は青白く光を帯び、森そのものの力を宿していた。
「――穿てッ!」
放たれた矢は稲妻のごとく怪物の胸を貫き、内部から炸裂した。
樹木喰らいは咆哮を上げ、光の柱に呑まれて消滅した。
里に静寂が戻ると、エルフたちは呆然と立ち尽くした。
その中心に、蒼真とアルシェの姿が並んでいた。
アルシェは弓を下ろし、小さく呟いた。
「……あの勇気、そして他者を信じる心。私は、見誤っていたのかもしれない」
エルフの少女は皆の前で宣言する。
「私はこの人間と共に行く。私の力で新たな世界を広げるの。閉ざされていたこの里に新たな魔法や文化を持ち帰り、そして、何より、信じる心を復活させる!」
直後、まばらに鳴った拍手の音が徐々に輪を広げ、増幅していく。その中には、蒼真が星座を教えた子供たちの姿もあった。
「蒼真、あなたってすごいのね。エルフが何百年と抱えてきた恨みを一人で断ち切っちゃうなんて」
「いや、凄いのは俺じゃないよ。誰もが人間を憎む環境で育った君が、一人で声を上げたんだ。その心の強さがみんなを変えたのさ」
ーーその日、エルフの少女は、何十年ぶりに心の底から笑顔を浮かべた。




