第52話『喪失と誕生』
セレーネとの対峙を終えた蒼真達の一方で、更なる試練に見舞われている三人がいた。
緊張が最大にまで張り詰め、重苦しい沈黙が、廃城の広間を支配している。
燭火が揺らめき、仮面の魔族の影を歪ませる。
その視線がロイに注がれた瞬間――全てを萎縮させる程の圧倒的存在感が周囲を支配した。
ただの威圧ではない。ただ存在そのものが周囲をねじ曲げるのだ。
セラフィナは思わず息を呑み、神杖を胸に寄せた。
グラントは片手を衣の中に差し入れ、爆撃瓶を探る。
逃げ場はない。
ならば、抗うしかない。
――そして次の瞬間。
仮面の魔族が一閃。
刃の風切り音が鋭く鳴る。ロイはその一撃を懸命に受け止める。金属同士がぶつかり合い激しく火花を散らす。
何度か刀身がぶつかり合い、金属音が三度、甲高く鳴り響いた。
魔族の剣戟は少しずつ速くなる。それはロイの力量を試すかのように、じわじわと加速していく。
八度目の剣戟を受け損ねたロイの身体へと刀身が迫る。
「――っ!」
肉を裂く痛み。血は熱く死への恐怖を煽る。ロイは膝をつきそうになりながらも、なお剣を握る手を離さなかった。
その動きを見た仮面の魔族は、まるで計算ずくのようにゆっくりと歩み寄る。
「愚かだな、勇者の代替品よ。憎しみは力に変わる。だが使い方を誤れば、自らを滅ぼすだけだ」
その声には毒と甘味が混ざっていた。仮面の下で唇が笑っているのが見えるようだった。
「さて、どこまで耐えられるかな?」
ロイの肩口に、白銀の刃が深く食い込む。
「くっ……あぁ!」
ロイは苦悶の表情を浮かべ絶叫し、両手に握りしめた剣を手放した。
「やめて!」
セラフィナが勢いよく飛び出した。
神杖がまばゆい光を放ち、彼女の祈りが形を成す。
「――〈聖環結界〉!」
金色の紋様が宙に浮かび、刹那、仮面の魔族の腕を僅かにはじいた。
だが、その光輪は一瞬で砕け散る。
「えっ……!?」
セラフィナが息を呑む。
魔族は冷笑し、反動を利用して剣を反転させた。
「聖女の加護など、塵にすぎぬ」
セラフィナへと振り下ろされた刃を防ごうと、グラントが咄嗟に杖ををかざす。
魔法陣が複雑に展開し、セラフィナの周囲を守るように囲む。
「舐めるでない!」
グラントは防御魔法の展開と同時に、仮面の魔族へと爆撃瓶を放る。
ーー次の瞬間、雷光と轟音が広間を満たした。
炎が天井を舐め、仮面の魔族の外套を焦がす。
だが――。
爆煙の中から現れた魔族の姿は、傷一つ負っていなかった。
「この程度の攻撃であれば、気にとめることもないな。まずは、偽りの勇者から始末するとしよう」
瞬間、空気が裂けた。
魔族の一閃。光を置き去る斬撃。
ーー瞬間、ロイへと迫る斬撃に向かって、セラフィナが勢いよく飛び込んだ。彼女の瞳には決意の意思が刻まれており、不思議と穏やかな表情を浮かべていた。
「ロイ、私の分もあなたは生き……」
最期の言葉を言い終わらぬうちに、真っ直ぐに振り下ろされた刃がセラフィナの首を飛ばした。
――その瞬間、ロイの視界が白く弾ける。
気づけば、まるで時が巻き戻るように、幼い日の情景が次々と脳裏に浮かんだ。
夏の日差しの中、木漏れ日の村を駆け回るふたり。
泥だらけの顔で笑うロイに、セラフィナが花冠をかぶせて笑っている。
小さな剣を振り回して転んだロイに、彼女が駆け寄って手を差し出した。
――「立って、ロイ。あなたはきっと強くなる」
その声は、風よりも柔らかく、真っ直ぐに胸へ届いた。
夜には焚き火の前で、未来の夢を語り合った。
「いつか、誰かを守れる人になりたい」
そう言った自分の手を、セラフィナは笑顔で握ってくれた。
いつからだろうか。
勇者としての責務に押し潰され、周囲の人間を思いやれなくなったのは。
いつからだろうか。
君への想いを消し去って、くだらぬ名声を追いかけはじめたのは。
いつからだろうか。
君から向けられる視線が怖くなりはじめたのは。
その答えは二度と分からなくなった。
空中に浮いた聖女の首が重力に従い地を転がる。
床に響いた空虚な音が、ロイの世界を完全に断ち切った。
音が消え、呼吸も遠のく。
残ったのは、喪失だけ。
怒りでも、悲しみでもなく――ただ、心が砕けた音がした。
「良い顔になったな。紛い物の正義の器など捨て去るべきだ。今の貴様ならば、星の契約にふさわしい」
茫然自失なロイへと、仮面の魔族はゆっくりと近づく。
そして、ロイの心臓目掛けて自身の腕を突き刺した。




