第51話『百年前の真実』
轟音が止み、夜空に漂う紅と蒼の残滓が、霧のように消え、星々の光だけが彼らを照らしていた。
荒れ果てた墓地の中央に、蒼真、アルシェ、ミラ、そしてセレーネが立っていた。
三人は肩で息をし、膝をつきながらも、決して視線を逸らさない。
彼女が再び襲い来るなら、もう一度立ち上がる覚悟でいた。
「……ふふ」
セレーネの微笑は、先程までの冷徹なものではなかった。
疲労と、わずかな安堵が入り混じっている。
「アルシェ……強くなったのね。あの小さな里で泣きじゃくっていた子どもが、こうして私の奥義を受け止めるなんて」
アルシェは肩で息をしながら、矢を握りしめたまま叫ぶ。
「……だったら答えて! あの時、どうして……! どうして、私たちの里を焼いたの!?」
セレーネはその声にしばし沈黙する。
やがて――紅玉の瞳を閉じ、深く息を吐いた。
「……知りたいのね。私が、なぜあの日……あなたを置いていったのかを」
夜風が吹き抜け、彼女の黒髪が揺れる。
墓地に落ちた静寂の中で、セレーネは静かに語り始めた。
「エルフの里には、秘匿された文献があったわ。――様々な星に関する強大な魔法の記述。その中には、この星の根幹に関わる禁術もあった」
「禁術?」
アルシェの声は震えていた。
「……あの日、私たちが焼かねばならなかったのは、星の魔法に関する文献と、知識の欠片……」
セレーネは墓地を見渡しながら、低く、しかしはっきりと続けた。
「人間の心臓に星図を刻めば、魔族になる。そして、その知識は、当時の国王の耳に届いてしまったの。
あの男はそれを戦争に利用しようとした。時間的猶予もなく、対話の道は残されていなかった。エルフの一部の重鎮達は、星々の奇跡を私利私欲に使っている者もいたのよ。人間とエルフの戦争は、目の前まで迫っていた。戦争で失う命の数を考えれば、避難経路を残し、里を焼き払う方が多くを救えた……。
勇者シオンは……最悪の未来を断つため、私と共にすべてを焼き尽くしたのよ」
アルシェの瞳が揺れる。
「……じゃあ、私たちを裏切ったんじゃ……」
「裏切りじゃない。選ばされたの。
戦争を防ぐために、私たちはエルフの叡智を、自らの手で滅ぼすしかなかった」
セレーネの紅い瞳が、一瞬だけ痛みを滲ませる。
「そして……里を裏切った私のマナは汚染され、私はダークエルフとなった。
シオンは――」
言葉を区切り、胸に手を当てる。
「人間としての寿命では、私の傍にいられないと悟った。だから彼は、自らの心臓に星図を刻み、魔族となったの。彼が地球へ戻らなかったのは、私を……一人にしないため」
その声には微かな震えがあった。
強靭な弓を操る戦士でありながら、一人の女性としての孤独がにじんでいた。
アルシェの瞳に涙が溢れる。
「……そんな……そんな理由で……! どうして教えてくれなかったの!? 私たちに背を向けて、黙って去って……!」
セレーネは俯いたまま、小さく答える。
「幼いあなたに背負わせるには……重すぎる真実だったから」
その言葉は、鋭い刃よりも痛烈にアルシェの胸を刺した。
だが同時に――確かに彼女が、最後まで「師」としてアルシェを思っていた証でもあった。
「肝心の勇者シオンは今、どこにいる?」
蒼真は緊張した面持ちで疑問を口にした。
セレーネは蒼真の問いにしばし口を閉ざした。
やがて、墓地に落ちる月光を仰ぎ見る。
「シオンは……魔族としての強大な力を得て、当時の魔王とその幹部を討ち滅ぼした。
だがその膨大な魔力は、彼の心を徐々に蝕んでいった。
気づけば――魔王を討ったはずの勇者が、魔王の座についていたの」
ミラが目を細める。
「……つまり、彼が現在の魔王だと?」
セレーネは静かに頷いた。
「そう。彼は僅かに残った理性を振り絞り、己の魔力を制御するために、自らの手で魔王城を築いた。
そこは今や、魔法と、科学と呼ばれる未知の力が融合した異形の城塞……。人工知能と呼ばれる未知の力が支配する、この星には存在しなかった異形の城」
「人工知能だと……」
蒼真は言葉を失う。
セレーネの表情は冷ややかでありながらも、その奥に複雑な痛みが見え隠れしていた。
「シオンはその城で、世界を一つに制する力を集め続けている。
けれど……私にはもう、彼が何を目指しているのか――見当もつかない」
アルシェが拳を握り、必死に声を絞り出す。
「……分からないなんて……あなたが一番近くにいたんじゃないの!?」
「……だからこそ、言えるのよ」
セレーネは静かに首を振る。
「シオンが抱いた思想、その真の意図は……彼自身の口から聞くべきだわ。私たちが思うよりも、ずっと遠くを見ているのだから」
紅玉の瞳が、蒼真を射抜く。
「あなたが彼に辿り着いた時――必ず問いなさい。
魔王シオンが、何を欲するのかを」




