第46話『思わぬ招待状』
蒼真たちに続き、門をくぐろうとした仲間たちは、異様な気配を肌で感じ取っていた。
ロイが剣に手をかけ、振り返る。
「何だ……? 空気が澱んでいる」
セラフィナは神杖を抱きしめ、静かに祈りの言葉を紡ぐ。
その声をかき消すように、低く嘲る声が闇に響いた。
――「ようやく揃ったな、英雄ども」
それはいつぞやの仮面の魔族の声だった。
次の瞬間、門の奥から放たれた闇が蜘蛛の糸のように伸び、彼らの身体を絡め取る。
「しまっ……!」
バルドランが鉄槌を振るうが、その打撃は暗闇に飲み込まれた。
グラントはすぐさま杖を構えるが、闇の糸が一手早い。
他の仲間達も同様に、漆黒の糸に拘束されていた。それぞれが門へと引きずり込まれ、別々の方向へと引き裂かれていく。
「ロイ! 離れないで!」
セラフィナの叫び声も虚しくただ闇に吸い込まれた。
最後に仮面の魔族の声が、追いすがるように響く。
――「さあ、試練の続きを始めようか」
どこまでも不吉なその声音だけが、彼らの鼓膜を揺らし、闇の底へと誘って行く。
⸻
蒼真たちは、星光だけを頼りに歩き出した。
足元の大地は、黒曜石のように硬質で割れやすく、靴底を通してひび割れの感触が伝わる。
周囲に点在するのは――植物だった。
だが、その姿は人の世界で見慣れたものとはまるで異なる。
葉は一枚もなく、代わりに管のようにうねった茎が絡まり合っている。
幹の表面は半透明で、内部を淡い青白い光が脈動していた。
光を発するのではなく、まるで“内側から燃え尽きようとする命”の残滓が浮かび上がっているかのように。
「……良い趣味ね」
ミラが吐き捨てるように言った。
一本の茎が風に揺れたかと思うと、ぎし、と骨の軋むような音を立て、隣の管と絡みつく。
蒼真は思わず息を呑んだ。
「……生きてるのか、これ」
「吸っているのよ。光じゃなくて、空気や……もしかしたら、魔力を」
アルシェが眉をひそめる。
「エルフの伝承で聞いたことがある……“永夜の地の草木は、星の光を食む”って」
彼女が言葉を終えるより早く、茎の先端がぱっくりと裂けた。
白濁した粘液を滴らせる口のような器官が現れ、夜風を吸い込む音が響いた。
――ひゅううぅぅ……。
生き物の呼吸に似たその音に、蒼真の背筋が粟立った。
さらに進むと、広がるのは朽ちた廃墟だった。
石造りの建物は半ば崩れ落ち、壁面を覆うように先ほどの管状植物が絡みついている。
塔だったはずの建物は、先端が途中で溶けたように崩れ、黒い滴が固まった跡を残していた。
「……昔は誰かが住んでいたのね」
アルシェが小さく呟いた。
蒼真は崩れかけたアーチを見上げる。
その表面には、今にも掠れそうな古い紋章が刻まれていた。
だが、星光に照らされて浮かんだ模様は、人の国のものでもエルフのものでもなかった。
見たことのない幾何学模様と不吉な螺旋。
ミラが冷ややかに笑った。
「歓迎されてるわね。“ここはお前たちの場所じゃない”って」
吐き気を催すほど重い空気。
それでも三人は互いに視線を交わし、前へと進んでいった。
⸻
門の歪みで別の場所に弾き出されたバルドランたちは、黒い塔の麓にいた。空は暗く、稲妻が紫に走る。
「……嫌な気配だな」
バルドランは鉄槌を構え、唸った。
リュミエールは魔導書を広げ、魔力の残滓を追う。「仮面の魔族……やはりあの者が介入したと見て間違いありません」
ディランは腰の剣に手を添えながら、周囲を見渡し慎重に口を開く。「ロイとセラは別の場所に飛ばされたみたいだな。それにグラントもいないな」
そこへ、影から這い出すように魔物の群れが現れた。獣と人との中間のような異形。十や二十ではない。
クリスタルゴーレムが低く唸り、蒼白の光を胸に灯す。大地を震わせ、一歩前に出る。
「数で押す気か……舐められたものだ」
ディランが剣を抜き、疾風のごとく素早い突きを繰り出す。
リュミエールが結界を張り、ゴーレムが腕を振るう。巨腕が地を叩き、魔物の群れをまとめて粉砕する。
戦場は轟音と閃光に満ち、バルドランが鉄槌を振り抜くたびに血飛沫が霧となる。
戦いは苛烈であり、彼らは正面から魔物の群勢を押し返していた。武力と知識、そしてゴーレムの圧倒的な存在があればこそだった。
⸻
同時刻、ロイとセラフィナとグラントは、閉ざされた廃城の中へと飛ばされていた。漆黒の壁、赤く灯る燭火。空気は湿って重く、吐息さえも濁る。
「ここは……」
セラフィナが神杖を握りしめる。
その時、低く笑う声が闇の奥から響いた。
「ようこそ。我が館へ……勇敢な者たちよ」
仮面をつけた魔族が、静かに姿を現した。白い仮面の下から漏れる声は冷ややかで、だがどこか愉悦を含んでいる。
「久しぶりじゃのう……」
そう口にするグラントの背には緊張の汗が流れる。
「門を通るお前たちの気配を“調律”させてもらった。さあ……存分に抗ってみせろ」
その宣告とともに、城の扉が閉ざされた。
ロイは静かに剣を構え、その瞳に覚悟の火を灯した。




