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『異世界造船』〜勇者なんてやらない。宇宙船作って彼女の待つ地球へ帰ります〜  作者: 新月 望


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第45話『永夜の地ネファルティス』

 港を離れ、黒曜の石の並ぶ岬へと進む頃には、アルミナの喧騒は遠ざかっていた。

 蒼真たちは晶鋼巨人クリスタルゴーレムを伴い、静かな列になって歩を進める。夜の風が塩と鉄と古い魔法の匂いを運んだ。


「ここが……夜刻の門か」ディランの声が低く落ちる。門は想像より遙かに古く、黒曜石の巨石をくり抜いたような外観で、表面には星の配列を思わせる深い線刻が無数に刻まれている。月夜の光はそこに留まらず、ただ冷たく反射していた。


 リュミエールが古文書の抜粋を広げ、淡々と説明する。

「記録によれば、門は“星辰の刻”――特定の星の位置と時刻が重なったとき、その配置を鏡写しにすることで開く、とあります。だがその鏡写しは単に天体の位置を写すだけでなく、思いを『刻む者』の心象を反映する、とも。つまり、正しい星の時刻に加えて、『導き手』の意思と共鳴しなければ扉は応えない」


 蒼真は地図と携えた小さな星図盤(自作の星表)を取り出した。地球で覚えた星座の知識を、ここセレスタリアの星刻と照合する。彼の指先は冷たい金属の目盛りを滑り、算術的に時刻を割り出していく。昼間に見た空の色や、昨夜の星の揺らぎを脳裏で反芻するように。


「星は、三度の移りを見せる。雷光星の傍らに小さな列が来る。その瞬間が“夜刻”だ」蒼真は割り出した時刻を言い、仲間に向けて短く説明した。「ここから南東へ三十三度、星列が刻まれた紋と一致する」


 アルシェは静かに頷き、封じられた歌詞を口元で確かめる。エルフの古歌は音節が長く、耳に残る。彼女の血に刻まれた伝承が、遺された詞句を呼び起こす。

「星が繋ぐ夜のふしよ。眠れる大地に我が手を伸ばせ――」

 彼女の声は低く、しかしはっきりと広場に染み渡った。周囲の空気がぴんと張る。


 ミラは地面に魔導布を広げ、複雑な触媒を慎重に配る。小さな結晶片が、彼女の指の合図で所定の座へ収まる。魔紋の線が空中に浮かび上がると、冷たい風が円を描き、紋は次第に光を帯びていく。彼女は唇を引き結び、低い音で呪文を紡ぐ。


門割陣ノクターナル・アライメント、発動準備完了。蒼真、刻限を――」


 蒼真は剣の柄に手をかけ、夜空を仰いだ。星々は淡く、だが確かにある配置をなしている。彼は胸にある理論(この世界の天体の周期と地球で見た恒星の動き)を頼りに、時刻が来るのを待つ。腕時計のような道具ではなく、彼の頭の中で数字と角度が滑り、次第に合致していく。


「今だ」彼が低く言うと同時に、アルシェの歌が頂点を迎え、ミラの指が最後の結晶を置いた。魔紋が星の刻と同期するように微かに震え、黒曜の門に刻まれた線刻の奥から微光が浮かび上がった。


 表面の星の紋がひとつ、またひとつと応答する。紋の線が天の星列と鏡合わせになった瞬間、石の縁から細い裂け目に沿って光が走った。風の音が一瞬消え、時間が引き伸ばされたような静寂が訪れる。


「合ってる……!」ミラが叫び、全身の力を魔紋へと注ぎ込む。彼女の呪文が空間の張力を縫い、紋と紋の間に橋を架ける。アルシェの歌はさらに深く、エルフ語の組み合わせで門の「鍵穴」を呼び覚ます。蒼真の指先は冷たくも確かな調整を続け、時刻の誤差を0.2秒まで縮めている。


 黒曜の石が震え、縫い目のように開かれた裂け目が広がる。裂け目の奥から、夜よりも濃い闇が溢れ出し、薄い光の糸がそこに吸い込まれていく。門はゆっくりと、だが確実に開いていった。


 その時、クリスタルゴーレムが低く唸る。アルシェはそっと一歩前に出て、掌をゴーレムの胸に置いた。二つの存在が互いの鼓動を確かめるように呼応し、巨人の胸部からは安定した脈動が放たれた。それが門の内縁に流れ込み、開いた裂け目のふちを不穏な揺らぎから守る盾となる。


「……開いた」蒼真は震える声で告げる。そこには、星も光も差さない純粋な「黒」の深淵が見え、冷気が指先の温度を奪っていく。空気の粘度が変わり、音が遠のいた。


 アルシェが振り向き、仲間たちの顔を一つずつ見た。彼女の瞳には決意と不安が混ざり、唇に小さく言葉を落とす。

「行きましょう。セレーネの声を聞くために」


 蒼真はフィリアの柄に指を滑らせ、ほんの短い間だけ地球のことを思った。彼女は――俺を待っていてくれるだろうか。胸に渦巻く焦りを押し込め、彼は深呼吸をして仲間の列に加わった。


 最初に足を踏み出したのはアルシェだった。夜刻の門の縁は凍てつき、そこへ触れると刺すような冷たさが骨にまで届く。だがゴーレムの大きな掌が門の暗がりを一度だけ撫で、彼女へと道を示す。アルシェが一歩、漆黒へと消えると、暗闇は吸い込みながら閉じなかった。裂け目は彼女の姿を受け入れ、内側から薄い蒼光が漏れ出す。


 蒼真とミラが後に続く。

 踏み出した足が暗闇に沈み、世界の色が変わる。光も音も一緒くたに闇が呑み込む。平衡感覚は奪われ、確かな感覚など何一つ無い。吐き出す息すら重く、耳をつんざく静寂が全身を覆う。永遠にも感じる一瞬の時が過ぎ去り、彼らの両足が硬い地面の感触を得た。


 見上げれば――果てしなく広がる夜空。

 だがそこには月も太陽もなく、星のみが無数に瞬き、地平線まで淡い銀の川を描いていた。

 星は近すぎて、指を伸ばせば掴めそうなほどだ。

 その輝きが、地表の黒き岩肌を僅かに照らし、影を幾重にも重ねていた。


「……ここが……」

 アルシェの声は震え、言葉が途切れた。

 彼女の銀髪は星光を浴び、淡く輝きながら揺れ、そこに小宇宙を創り出していた。


「……ネファルティス……永夜の地」

 ミラが低く呟いた。

 彼女の瞳に映る光は、いつも以上に鋭く、それでもわずかな畏怖を隠し切れていない。


 蒼真は深く息を吸い込み――すぐにむせた。

 空気は冷たく、けれど湿って淀んでいる。まるで世界そのものが腐敗しかけているような重さを孕んでいた。


「……ロイたちは?」

 蒼真が振り返る。

 背後には、ただ閉ざされた闇しかなかった。門は消え、帰路はどこにもない。


「一緒に入ったはずなのに……」

 アルシェは胸に手を当て、唇を噛む。


「……門を抜ける瞬間、妙な魔力の流れを感じたわ」


「魔力の流れ?」蒼真が眉を寄せる。


「あれは自然な転移の波じゃない。もっと……淀んでいて、歪められていた。気のせいかと思ったけれど……いま思えば、誰かが細工していた可能性が高い」


 アルシェも小さく頷いた。

「私も……感じた。匂いに近いものだけれど、あれは確かに魔族特有の魔力。仮面の……あの男に似ている」


 三人の間に冷たい沈黙が流れた。


 その静けさを打ち破るように、蒼真がはっきりと言葉を放つ。


「みんな別の場所に飛ばされたみたいだな。それが仮に敵の策略でも、俺たちにできることは一つだ」


彼は拳を握りしめ、仲間二人を見渡す。

「進むしかない。セレーネを探すんだ。きっとみんなも、同じ場所を目指しているはずだ」


 その言葉に、アルシェの表情がわずかに和らいだ。

 ミラもため息をつきながら、肩をすくめる。

「……あなた、いつも前ばかり見てるのね。でも、まあ……今はそれしかないか」


 闇の森の奥で、風がざわめく。

 重苦しい空気が肌の上にまとわりつく。


 それでも彼らは、百年前に隠されたこの世界の真実を求め、一人のダークエルフを探し追い求めるのであった。

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