第43話『復活の儀と新たな目的地』
大魔導図書館の隣接区画には、都市を象徴する魔法広場があった。
床一面に組み込まれたクリスタルの線路が、まるで血管のように都市中の魔力を循環させ、そこに立つ者は絶えず大気の震えを肌で感じることができた。
「……ここなら、始原晶の儀式に最適だ」
「あぁ、やるからには、最善の状態で挑むぞ」
蒼真の言葉にロイが応じた。
ロイは広場の中央に立ち、皮のポーチから始原晶を取り出す。
掌の上で淡く輝くそれは、まるで星そのものを凝縮したように美しい光を放っており、見ているだけで心臓を掴まれる感覚が走る。仲間の犠牲を払ってまで手にした始原晶を慎重に蒼真へと手渡す。
「始める前に言っておくわ」
ミラが指を鳴らすと、広場の床一面に光の紋が走り、幾何学模様が浮かび上がった。
「この儀式、失敗すれば暴走して都市ひとつ吹き飛ばすわよ。だから、私の指示には絶対に従うこと」
「へえ、珍しいわね。あんたが真面目な顔をするなんて」
アルシェが皮肉めいた笑みを浮かべる。
「意図しない爆発に巻き込まれるのは嫌なだけよ。どうせやるなら、自分の意思で都市を消しとばす」
ミラは吐き捨てるように言い、魔法陣の制御に集中した。
ロイは黙ったまま、剣の柄に手を添えていた。
その瞳は鋭く、蒼真の一挙手一投足を見逃すまいとしている。
「……気にしないで、集中して」
小声でそう囁いたのはアルシェだった。
「彼はあなたを疑っているんじゃない。己の責任を果たそうとしているだけ」
蒼真は頷いた。
「わかってる。だからこそ、証明してみせるよ」
そう言って、始原晶を魔法陣の中心へと置いた。
瞬間――結晶が震え、広場全体のクリスタル回路が反応する。
「小娘、マナを流し込んで」
ミラの声が鋭く飛ぶ。
「了解」
アルシェが両手を広げ、瞳を閉じる。
周囲の空気が震え、見えざる奔流が始原晶へと収束していった。
風が巻き起こり、広場全体の温度が下がる。
「……すごい」
蒼真は思わず呟いた。
アルシェの身体を通して、大気のマナがまるで生き物のようにうねり、始原晶に吸い込まれていくのが見える。そしてその光が広場の中央に置かれた晶鋼巨人の半壊した核へと移っていく。
「蒼真、次はあなたの番よ」
ミラが指を弾いた。
「復活させる対象の記憶を思い出しながら、始原晶に魔力を流し込みなさい。それがゴーレムを目覚めさせるための“呼び声”になる」
「……わかった」
蒼真は深呼吸し、始原晶に手をかざした。
心の奥底から湧き上がる魔力を解き放ち、光の粒を流し込んでいく。
淡い光が脈動を始めた。
それは鼓動のように強まり、やがて大地の奥深くから応じる震えが伝わってくる。
「……聞こえる。クリスタルゴーレムの声が」
蒼真が呟いた瞬間、始原晶の光が一層強くなり、広場を白銀の輝きで満たした。
その輝きが晶鋼巨人の核へと勢い良く流れ込む。
その様子をロイは黙って見守っていた。
だが、鋭い瞳の奥にほんの一瞬、信頼とも安堵ともつかぬ色が揺れた。
ーー蒼真たちが広場で術式を立ち上げている頃、別働隊は大魔導図書館へと足を踏み入れていた。
重厚な扉の先は静謐な世界だった。高天井から差し込む光は淡く、積み上げられた無数の書架が迷宮のように広がっている。革と紙の匂いが満ち、時の流れが外界と切り離されたかのように感じられた。
「ここに来ると、やはり胸が高鳴りますね……」
リュミエールが静かに息をつく。彼女はこの大図書館の新米とはいえ、司書のひとりであり、通常なら立ち入れぬ禁秘書架にも、特別な許可を持っていた。
長机に古文書を並べると、彼女は手早く索引を捲り、必要な書物を次々と選び出していった。
「探すべきは二つです。ひとつはセレーネの名を追うこと。もうひとつは始原晶や古代星図に関わる記録です」
彼女の指が古代文字をなぞるたび、青白い光が浮かび上がる。
「魔導解析網、そして、再構写」
淡い光の網が文字を這い、削られた痕跡や書き換えられた筆跡を暴き出し、復元を試みる。
ディランが息を呑んだ。
「……記録が、切り取られているのか」
「はい。勇者シオンに関する部分だけが、意図的に抹消されています」
リュミエールの声は落ち着いていたが、その奥に冷たい緊張が漂う。
「縫い直しの痕跡は人間の手によるもの。しかし墨の成分には、エルフ特有の調合が混じっています。つまり“王国とエルフの里の双方が関わった改竄”の可能性が高いのです」
グラントが重々しく唸った。
「勇者シオン……やはり真実は、どちらの勢力にとっても触れられぬ“禁秘”というわけか」
さらに解析を進めると、一つの地名が浮かび上がった。
「――“日の訪れぬ大陸”」
リュミエールの瞳が青く光る。
セラフィナも神妙に頷きながら語る。
「私も教会で教えられた事があります。朝が来ない永夜の地。長らく外界と断絶された、忌避の土地……」
リュミエールは、崩れそうな冊子を丁寧に開きながらも、古代文字をなぞる指先を止めない。
「……ありました。ここに“呪われたエルフ”――ダークエルフの記録が」
リュミエールの声は小さくも張りつめていて、皆の耳にすぐ届いた。
「禁忌に触れたエルフは、内なるマナが濁り、魔力そのものが汚染されてしまう。その結果、陽光に触れればその肉体は崩れ去る”……と」
静寂。誰もがその言葉の意味を咀嚼しようと、息を潜めた。
やがて、グラントが重々しく口を開いた。
「ふむ……つまり、堕ちたエルフは“太陽の敵”というわけじゃな。光に焼かれるがゆえに、夜を棲み処とせざるを得ない」
「……だから“影の国”へ向かう」
セラフィナが囁く。
「陽の光が届かない、朝の来ぬ場所でしか、生きられないのですね」
リュミエールはうなずき、さらに書を繰った。
「続きがあります。“彼らは、かつて存在した『永夜の地』に集う。そこは人の世の理から切り離された領域であり、朝が訪れぬ闇に閉ざされている”」
そこで、バルドランが腕を組み、眉を寄せる。
「永夜の地……まさか、ネファルティスのことか?」
グラントが頷いた。
「間違いあるまい。わしも古い伝承で耳にしたことがある。“一度入れば戻らぬ闇”――それが影の国、ネファルティスじゃ」
リュミエールは魔導書を閉じ、皆を見渡した。
青白い光に照らされたその表情は、普段の柔らかさを失い、司書としての厳粛さを帯びていた。
「……結論を言います。セレーネを追うなら、影の国ネファルティスを避けて通ることはできません」
「ネファルティス……」ディランが低く呟く。「だがそこは、ただの闇の地ではないのだろう?」
「はい」リュミエールは静かに答えた。「ここに記されている限りでは、永夜に閉ざされた空間そのものが“呪い”によって形づくられているようです。昼と夜の循環はなく、星明かりさえ届かぬ時がある。外界の理から切り離されているため、魔法も必ずしも正常には働かない……」
「なるほどのぅ」グラントが顎を撫でる。「昼の光を避けるだけの隠れ里ではなく、最初から“永遠の夜”として造られた領域、というわけか」
セラフィナの表情には祈りにも似た緊張が浮かんでいた。
「それは……人の手で創られたのでしょうか。それとも、神か、あるいは魔王の力か……」
「記録は曖昧です」リュミエールは首を振る。「ただ一つ確かなのは、そこに“堕ちたエルフたち”が集まり、数百年にわたってひそかに生き延びてきた、ということ」
静寂が書架の迷宮に落ちる。重苦しい言葉のひとつひとつが、蝋燭の灯火を圧するように感じられた。
やがて、ディランがその沈黙を断ち切る。
「だが、そこにセレーネがいる可能性が高い……そうなんだな?」
リュミエールはしっかりと頷いた。
「セレーネは勇者シオンと深く関わっていた。彼女が“堕ちた”経緯も含めて、この記録が示す通りならば……影の国ネファルティスこそ、彼女の痕跡を辿る最も確かな場所です」
セラフィナは唇を噛んだ。
「危険極まりない地へ、進まねばならぬのですね……。けれど……放置することもまた、罪に繋がる」
バルドランが低く唸り、拳を握りしめた。
「影の国が実在するのなら、いずれ地上にも災いが漏れ出す。ならば、今ここで向き合うべきだろう」
「……決まりだな」ディランが静かに言った。
リュミエールは深く息を吐き、手元の古文書に視線を落とした。
「ただし、ネファルティスに至るには“夜刻の門”を越えなければならない、と記されています。その扉は、限られた時間と星座の位置が重なる時にのみ開かれる……」
「星の導き、か」グラントが頷いた。「まるで勇者召喚の儀のようじゃのう」
「えぇ」リュミエールは小さく笑みをこぼすが、その瞳は揺るがなかった。「ですが、逆に言えば……その扉を見つけさえすれば、必ずネファルティスへ辿り着けるということでもあります」
セラフィナは胸に手を当て、囁く。
「神の導きであれ、呪いの道であれ……私たちは進むしかない」
仲間たちはそれぞれの想いを胸に秘めながらも、視線を交わし合った。
迷いはあった。恐れもあった。だが――その先に真実があるのならば。
「……よし」ディランが短く宣言する。
「蒼真たちの儀式が終わり次第、俺たちも合流だ。次の目的地は決まった――影の国ネファルティス」
その名を口にした瞬間、図書館の空気がわずかに冷たく震えた。
まるで、遠い闇の底から彼らを待ち受ける影が、その言葉に応じたかのように。




