第42話『それぞれの役割』
長い雪山の道程を越え、海を渡り、一行が魔法都市アルミナへと戻ってきたのは、黄昏に街の尖塔群が赤く染まり始めた頃だった。
高くそびえる魔法塔が幾何学の文様を描くように立ち並び、空を翔ける魔導船が夕空に影を落とす。その光景は、吹雪と氷壁に閉ざされた日々を経た彼らにとって、まるで別世界のように温かく映った。
「文明とは素晴らしいものだな……」
ディランが小さく呟く。
その声に応えるように、城壁の向こうから魔導灯がひとつ、またひとつと灯り、都市全体が柔らかな光に包まれていく。
石畳の大通りには行き交う人々の活気が戻り、香辛料や薬草の匂いが鼻をくすぐった。街角に響く楽師の竪琴の音色が彼らの疲れを癒す。
「吹雪の音じゃなくて、人の声が聞こえます。生活音って、こんなにも安心するものなのですね」
セラフィナが胸に手を当て、安堵の吐息をこぼす。
「本当だな。温かくて、人がいるだけでもありがたい」
蒼真も、そう言ってほっと息をついた。
だが、安らぎの時間は長くは続かない。
彼らにはすぐに向かうべき場所があった。
「さっそくだが、セレーネについての情報収集と、クリスタルゴーレムの復活の儀式を行っていこうと思う」
蒼真が前を向き直すと、仲間たちの足取りも自然と引き締まる。
ロイが腰のポーチに手を当てる。そこには、始原晶が収められていた。
「……こいつを安定させるには、魔法陣の準備が要る。ゴーレムを蘇らせるための儀式も、この都市で整えられるだろう」
星々が瞬き始める黄昏の空を背に、一行はアルミナの中心地へと歩みを進めていった。
魔法都市アルミナの中心部には、王宮に匹敵するほどの規模を誇る大魔導図書館が聳え立つ。
数えきれない程の無数の書庫の塔は、まるで星々の記憶そのものが形をとったかのようだった。
「これが……アルミナの叡智の中心……」
セラフィナが息を呑み、聖句を唱えるように囁いた。
扉を前にした蒼真は、仲間たちを振り返り真剣な面持ちで口を開く。
「ここからは二手に分かれよう」
仲間たちの視線が一斉に彼へと集まる。
「セレーネの行方を探す調査は確かに大事だ。けど、同じくらい――いや、それ以上に急がなきゃいけないのは、クリスタルゴーレムの復活だ」
彼は腰に携えた剣に手を置き、真剣な眼差しで告げる。
「守護者を取り戻せなければ、これから想定される戦いに勝ち目はない」
ロイが静かに頷き、ポーチを叩いた。
「始原晶を安定させ復活の儀式を進めるチームと、この大魔導図書館でセレーネの調査を行うチームに分かれるというわけか」
「あぁ」蒼真は頷く。
「リュミエールの持つ文献によれば、始原晶を動かすには、魔法を定義する為の術式の陣と、大気に満ちるマナの流れを調整しなければならない。俺一人では到底無理だ。だから――」
彼はアルシェへ視線を送る。
「アルシェ。力を貸してくれ。大気中のマナを扱えるのは君だけだ」
「もちろん、責任を持ってやり遂げる」
アルシェの瞳がすぐに決意の光を宿す。
さらに、蒼真はロイとミラに視線を移した。
「ロイは……俺の監視役として来てほしい。疑われても仕方がないのはわかっている。だからこそ、見届けてほしい」
「……承知した」
ロイの返答は冷ややかだったが、そこに迷いはなかった。
「ミラ」
「なるほど、良い人選ね。私ほど魔法陣に詳しい人材はいない。異界の勇者様はどうやら、見る目はあるようね?」
彼女は退屈そうに肩をすくめる。だがその声音には、眼前に迫った未知への欲求が溢れていた。
こうして、蒼真・アルシェ・ロイ・ミラの四人が復活の儀式組として行動することが決まった。
一方で――リュミエール、グラント、ディラン、バルドラン、セラフィナは大図書館での調査を任される。
「セレーネの痕跡、そして百年前の勇者に関する記録は、私たちで探し出します」
リュミエールの言葉に、グラントが穏やかに頷いた。
「復活の儀式も楽しそうじゃが、この世界の真実もまた、ワシの知識欲を満たすじゃろう」
「私も微力ながらお力添えさせていただきます」
セラフィナが真っ直ぐな瞳で言った。
「まぁ、たまには酒無しで、付き合ってやるか」
「お前も我慢という言葉を知っているのだな」
バルドランとディランが軽口を叩き合う。
こうして、蒼真たちとロイ一向は、それぞれの使命を胸に、それぞれの役割を果たす。
この先で待つ、世界の真実など、何一つ知らずに。




