第41話『決断と旅立ち』
吐き出されたアルシェの語りに、焚き火の炎は小さく揺らぎながら、彼女の影を静かに映し出していた。
セレーネ――かつて勇者と共に戦ったエルフ。だが同時に、里を焼いた裏切り者。
その存在を追うことが、次の旅路の指針となった。
しばし沈黙が続く。焚き火の爆ぜる音だけが耳に残る。
やがて、蒼真が静かに口を開いた。
「……どのみち、セレーネを探すならアルミナに戻る必要がある」
彼の視線は炎の奥に向けられ、その声音には迷いがなかった。
「アルミナの大魔導図書館には、彼女の手掛かりが残っているはずだ。そして――」
蒼真は言葉を区切り、周囲を見渡した。
仲間たちの瞳が一斉に彼へと注がれる。
「俺達がこの地に来た本来の理由を忘れちゃいけない。仲間の復活だ」
その言葉に、ロイの目が細められた。
「……始原晶が必要だということか」
「そうだ」蒼真は真っ直ぐに応じる。
「仮面の魔族に砕かれた守護者の核を修復するには、始原晶の力がいる。ロイ……頼む」
焚き火の赤に照らされる蒼真の瞳は、誠実な光を宿していた。
だが、ロイはすぐに答えなかった。唇を固く結び、静かに首を横に振る。
「……軽々しく言うな。俺達は仲間を失い、血を流してやっと手に入れたんだ。そう簡単に渡せるものではない」
その声には、確かな怒りと哀しみが滲んでいた。
焚き火の周りに緊張が走る。誰も口を開けぬまま、重苦しい沈黙が落ちた。
だが、その沈黙を破ったのは彼の右腕とも称されるディランだった。
「だがよ、ロイ」彼は腕を組み、低く唸るように言った。
「戦力は多い方がいいだろう。俺達だけでこの先やりきれると思うか? 守護者の力は絶対に必要だ」
続いて、セラフィナが柔らかくも揺るぎない声で口を添えた。
「ええ……きっと、私達の力になってくれるはずです。これは感情論の問題ではありません」
「別にいいじゃない。仮にそのなんちゃらゴーレムとやらが敵になったとしても、私の魔法で粉々にするだけよ」
ミラが興味なさげに言った。
仲間たちの視線がロイに集まる。
焚き火の赤に照らされた彼の横顔は、苦悩の影を色濃く映していた。
やがて彼は、深く息を吐いた。
「……貸すだけだ」
低く、だが確かに響く声で告げた。
「使い道は限られる。俺の目が届く場所でしか使わせない。それでいいなら、認めよう」
蒼真は目を見開き、そして深々と頭を下げた。
「……ありがとう。必ず、無駄にはしない」
その言葉に、張りつめていた空気が少しだけ緩む。
バルドランが豪快に鼻を鳴らし、ディランはふっと笑みを洩らす。グラントは温和な笑みを浮かべた。
決意が固められた瞬間、焚き火の炎がひときわ強く燃え上がったように見えた。
外ではなお吹雪が荒れ狂っているはずなのに、この小さな結界の内側だけは、一つの灯が暗闇を照らし続けていた。
「アルミナへ戻る……」
蒼真が改めて口にすると、その言葉は雪の夜を切り開く道標のように響いた。
「まずは大魔導図書館で、セレーネについての記録を調べる。そして勇者シオンの仲間であった彼女が何故、自らの里を焼き払い、“裏切り者”と呼ばれるようになったのか、その真実を知る必要がある」
「うむ。それに、ゴーレムの復活も急がねばならん」
グラントが白髭を揺らして頷いた。
「守護者を取り戻せば、次の戦いで大きな支えになるじゃろう」
「守護者、か……」
ロイは焚き火を見つめながら呟く。
彼の瞳には、始原晶を手に入れる為に散った仲間たちの姿が今も残っているのだろう。
しかし、それでもなお「貸す」と告げた彼の決断は、容易いものではなかった。
ミラが焚き火に木片を放り込みながら言った。
「大魔導図書館にある文献が、全部そのまま残ってる保証なんてないわよ。都合の悪い歴史ってのは、大体どこかで抹消されるものだもの」
その言葉に、リュミエールが小さく頷いた。
「……ええ。ですが、断片であっても、必ず意味があります。欠けた頁の隙間を埋めるのは、時に私たち自身の想像力かもしれません。だからこそ、“記録を追う”ことには価値があるのです」
彼女の声は焚き火の音に重なり、夜の空気をやわらかく震わせた。
アルシェの双眸には決意と不安の両方が宿っていた。
勇者シオンがセレーネと共に里を焼いた裏切り者であるという伝承。
そして今、百年前の真実の断片を前に、その認識は音を立てて揺らぎ始めている。
「アルシェさん」
セラフィナがそっと声をかけた。
「あなたにとって、この旅はきっと苦しいものになる。それでも……私たちは、共に歩みたいと思っている」
アルシェは目を伏せ、小さく息を吐いた。
「……分かってる。私が信じてきたものが、覆るかもしれない。でも、それを知らなければ前に進めないのも確かだ」
その答えに、蒼真は力強く頷いた。
「じゃあ決まりだな。アルミナで手掛かりを探し、ゴーレムを復活させて、セレーネを探す」
焚き火の炎がゆらめき、全員の瞳に決意の光を映す。
「夜明けを待って出発しよう」
ディランが短く告げた。
「まだ雪は止む気配がねぇが……どうせ俺たちは進むしかねぇんだ」
外套を整えたセラフィナが微笑む。
「ええ……吹雪の先にしか、真実はないのだから」
その夜、結界に包まれた小さな野営地で、彼らはそれぞれの思いを胸に、眠りについた。
勇者の謎、裏切りのエルフ、百年前に歴史から抹消された真実。
それら全てが、焚き火の残り火のように彼らの心にくすぶり続けていた。
やがて訪れる朝は、彼らを再び新たな戦いへと導くのだろう。




