第39話『百年前の勇者』
雪崩の混乱を経て、仲間たちは一人、また一人と山の麓に辿り着いた。
最初に下山したグラントとミラが、多少の小競り合いをしつつも、力を合わせて結界を張り、火を灯していたため、その微かな光を目印に全員が集まることができたのだ。
結界の内側は、外の吹雪が嘘のように静まり返っている。
氷風を遮った簡素な魔法の膜と、焚き火の温もりが、凍える身体に小さな安息を与えていた。
「……まったく、年寄りにはきつい寒さじゃな」
グラントが白髭を撫でながら肩を竦める。
「ようやく身体が休まるな。寒さで指が凍る前に酒が飲みてぇぜ」
「アンタは肉が厚いから平気だろ」
ディランが火のそばに座り込み、バルドランへと皮肉をとばす。しかし、その言葉には不思議と棘を感じない。
「なんだと、細っこ剣士が!」
そんな二人の軽口に、焚き火の炎がゆらめいてその笑顔を照らす。
一方で、蒼真はセラフィナの肩に外套をかけていた。
まだ雪崩の衝撃が抜け切らないのか、セラフィナの頬は蒼白で、肩は小さく震えていた。
「……大丈夫?」
「はい……少し、寒さにやられてしまって」
彼女の囁きに、蒼真はそっと微笑む。
「なら、俺が隣に座るよ。少しはマシになるはずだ」
その光景を見たアルシェの瞳に、冷たい影が宿った。
吐き出された言葉は、焚き火の熱を奪い尽くしてしまう程に冷たい。
「……勇者様は、誰にでもそうして寄り添うのかしら?」
空気が張り詰める。
その隙間を突くように、ロイの低い声が響いた。
「敵と馴れ合うな。今は一時停戦と情報の共有のためにここにいるだけだ。明日になれば、また刃を交えるかもしれん相手だぞ」
ミラがくすりと笑った。
「あら、大好きなセラを取られて妬いているのかしら? ふふ、硬派なあなたには珍しいわね」
ロイとアルシェが顔を真っ赤に染め、反論しようとしたその瞬間――
「はいはい、喧嘩はあとじゃ」
グラントが両手を広げ、子どもをなだめるような声音で言った。
「ここは吹雪の夜じゃぞ。無駄に体力と心を削ってどうする」
「そうね……」
「そうだな……」
そう言って、アルシェとロイは、ばつが悪そうに黙った。
火の粉がぱちりと弾け、静寂が戻ったところで、リュミエールが口を開いた。
「……実は、先ほど、古びた家で、とある記録を見つけました」
彼女は慎重に革表紙の写しを広げる。
皆の視線が、一斉にその古文書に吸い寄せられた。
「百年前、この地に召喚された勇者――シオンが残した手記です。原本から失われた一部も復元してみましたが、完全ではありません。ですが、先程、私とロイさんが発見した時点よりは、解析は進みました。それでも、所々が失われています」
焚き火の光に照らされ、インクの文字が浮かび上がる。
リュミエールの澄んだ声が、ゆっくりと読み上げた。
シオンの手記(抜粋)
……私が召喚されたこの星は、地球とよく似た星々を仰ぐ。
だが、その空には地球では観測されぬ星の連なりが存在し、我らに新たな道を示す。
星々を結ぶ星図は、ただの羅針盤に非ず。
正しく紡げば、宇宙を渡るほどの莫大な魔力を呼び起こす──
ここでは、それを星間魔法と呼ぶ。
その力は強大で、星海を渡る船を進めるための唯一の炎にして、地球へ還るための希望だ。
……されど、星図を維持する器を我らは持たぬ。
ならば、いずれかの「核」に刻まねばならない。
(──この頁は破り取られている)
……己の選択が、祝福か呪いか、今は知る由もない。
ただ、後の世に残るものがあるとすれば、それは我らの「罪」であろう。
星間魔法の全容は、この地に残す。だが、その資格を持つ人間にのみ、開かれるよう仕掛けを残す。
「始原晶」これは始まりの鍵。
ゆえに、土地の守護者に託す。
決して乱用されぬように──。
「百年前の勇者も地球から来た人間だったのか……」
蒼真の視線は、インクの文字の一行ごとに釘付けになった。
「ただの偶然とは考えにくいですね」
リュミエールが慎重な面持ちで言った。
「……ここ、破られているな」
ページの隙間を見つめて、バルドランが眉を顰める。
「大事な箇所じゃ。星図を“核”に刻む……その続きを誰かが意図的に消したのじゃろう」
グラントが低く唸る。
「一体誰が……? そして何を隠すために?」
セラフィナが小さく呟く。
「先程、解析した結果、後世の誰かが意図的に一部を持ち去った形跡があります。今は持ち去られたページが破れている事がわかりますが、私達が発見した原本は、破った痕跡すら修復していました。誰かが意図的に何かを隠そうとしているように感じます……」
リュミエールが冷静な分析結果を述べた。
火の揺らぎが影を濃くする中、全員の胸に不穏な疑念が芽生えていった。
この破られた頁には、間違いなく、後世の誰かの意志が介在している。
「……勇者シオンの仲間に、確かエルフがいたと記録にあったはず。長命の種族なら、百年前の真実を知る者がまだ生きているかも知れない」
ロイが静かに言葉を落とす。
「エルフ……」
アルシェの瞳がかすかに揺れる。
「思い当たる話ならある……」
彼女はそう言って、重々しい空気の中、エルフの里に伝わる、忌まわしき歴史を口にする。




