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『異世界造船』〜勇者なんてやらない。宇宙船作って彼女の待つ地球へ帰ります〜  作者: 新月 望


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第37話『魔力封じの洞窟』

 轟音と共に雪崩に呑まれ、エルフと老いた魔法使いと炎雷の魔女の三人は白い奔流に押し流された。

 やがて落下の衝撃で意識が薄れ、目を覚ました時には――そこは暗く閉ざされた洞窟の中だった。


 冷たい岩盤の上で最初に立ち上がったのはアルシェだった。尖った耳が緊張によって張り詰めている。彼女は即座に弓を握り、矢筒を確かめた。


「……空気中のマナが集められない。それに、体内の魔力も不安定だわ」

 周囲に漂うマナも、自身から漏れ出る魔力も、普段よりも圧倒的に少ない。


「どうやら、この洞窟自体が魔法を拒絶しているようじゃな」

 低く唸る声で応じたのは、グラントだった。

 白髭を撫でながら岩肌を指で擦り、舐めるように観察する。

「ふむ……鉱物にマナや魔力を分解する成分が含まれている。興味深い……!」

 眼光は研究者のそれに変わり、危機より好奇心が勝っている様子だった。


「ふふ……愉快な場所ね」

 最後に立ち上がったのはミラだった。黒衣を翻し、挑発的な笑みを浮かべながら二人を見回す。

「魔法が封じられているのなら、私を殺す絶好のチャンスよ? 地上じゃ勝ち目がないんだから、今のうちに矢でも放ったらどう? 負けず嫌いなエルフさん」


「死ぬ直前だというのに、お喋りな口だな」

 アルシェが即座に矢を番える。矢尻は岩肌の光を反射し、鋭く輝いた。


「やめろ」

 グラントが手を挙げ、二人の間に立つ。

「ここで争っても意味はない。この洞窟は生半可な場所ではない……まずは生き延びることを考えるべきじゃろう」


 短い沈黙の後、ミラは肩を竦め、挑発的な笑みを緩めた。

「私、死ぬ事よりも退屈が嫌いなの。面白いものを見せてちょうだい?」


 彼女の視線は、グラントの腰に揺れる薬瓶に注がれていた。赤、青、紫……様々な色の液体が光を反射している。


「魔法薬……ね。それも、ただの治療用じゃない。調合の仕方次第では――とてつもない規模で人を殺せそう」

 ミラの声音は甘やかでありながら、不穏な影を落とす。


「お前……!」

 アルシェが吐き捨てるように睨む。


 だがグラントは、むしろ興味深げに彼女を見返した。

「確かに、その通りじゃ。薬も毒も、紙一重……。だからこそ使い手の心が試されるのじゃよ」

 彼は一本の瓶を取り出し、手の中でかざす。

「確かに薬は人を殺すこともできる。だが――人の命を救うこともできるのじゃよ」


「救う……ね。理想論は美しいけれど、退屈よ」

 ミラが笑みを深める。


 そこでふいに、彼女の視線がアルシェへと移った。

「ところで――蒼真とかいう異界の彼は、あなた達と共に過ごしているのでしょう? 実に羨ましいわ」


「……蒼真に興味があるのか?」

 アルシェが矢を構え直す。


「ええ、もちろん。異界から来た勇者なんて、とても興味をそそるじゃない? 良い退屈凌ぎになりそう」

 ミラはゆっくりと歩み寄り、アルシェの正面に立つと、不意に指先で彼女の胸元をなぞった。


「ふふ……見た目通り華奢なのね。あの子、あなたみたいな“可憐な体”が好みなのかしら? それとも――」


 豊満な胸を誇示するように押し付け、ミラが妖艶に囁く。

「私のように、抱き心地のある方がお好みかしら?」


「ふざけないで! 蒼真は私達にとって、かけがえのない仲間よ!」

 アルシェは顔を真っ赤にし、反射的に矢を引き絞った。


「仲間、ねぇ?」

 ミラは面白そうに目を細め、ゆるやかにアルシェへ歩み寄る。

「ふふ……その言い方、まるで本当の気持ちを誤魔化してるみたい」


 囁くような声が耳に近づく。ミラの指先が、アルシェの長い耳をなぞるように撫でた。

「蒼真は――あなたが思う以上に人の心を惹きつける男よ。もし私がその気になったら……どうなると思う?」


「っ……やめなさい!」

 アルシェは頬を赤く染め、身を引こうとする。しかしミラはさらに一歩踏み込み、豊かな胸を更に強く押し当てる。重量感のある胸が妖艶に形を変えた。


「可愛い反応ね」

 ミラの吐息が首筋をかすめる。

「でも……ちょっと物足りないかしら。男の子って、こういうのに弱いでしょう?」

 自分の豊かな胸に目をやった後に、わざとらしくアルシェの胸元に視線を落とす。


「……っ!」

 矢を握るアルシェの手が震えた。怒りか、羞恥か、判別できないほどに。


 そんな二人を見て、グラントは深いため息をつく。

「……若いというのは、実に騒がしいのう。嫉妬も恋も、生き延びた先でやることじゃ」


 ミラは楽しげに笑い、さらに追い打ちをかける。

「それとも今頃、おたくの勇者様は――うちのセラフィナと一緒かもしれないわね。あの子、大人しい顔の割に、身体はしっかりと“女”だもの」


「な、何を……っ!」

(蒼真と……あの女が……? そんなはず……!)

 胸の奥に芽生えた不安と焦燥が、矢の先端へと伝わる。

 アルシェの耳は真っ赤に染まり、矢羽が震えていた。


「やめんか!」

 グラントが制止に入る。


 ミラは手を離し、艶やかに笑った。

「冗談よ、冗談。……でも、嫉妬に燃えるエルフの瞳って、本当に綺麗(すてき)


 アルシェは唇を噛み、視線を逸らした。

(……負けない。絶対に……)


 やがて三人は洞窟の最奥の壁に辿り着いた。氷と鉱石が混じり合い、光沢を帯びたそれは矢でも刃でもびくともしない。


「行き止まり……?」

 アルシェが舌打ちする。


 グラントは壁を調べ、指先で氷を掬い取ると、にやりと笑った。

「やはり……魔を封じる成分が強い。だが化学的には、脆さもある」


 そう言うと、彼は二種類の薬液を混ぜ合わせた。

 淡い青と紫の液体が触れ合い、泡立ち、強烈な蒸気を発する。


「退がれ!」

 グラントが叫び、瓶を壁に叩きつけた。

 轟音と共に白い蒸気が噴き出し、氷が音を立てて溶け崩れる。


 やがて光が差し込み、洞窟の外の雪原が顔を覗かせた。


「……薬で、壁を?」

 アルシェが目を丸くする。


「薬は命を救う。時には、このように道を切り開くこともな」

 グラントの声には確信が滲んでいた。


「ふふ……面白いわね、あなた」

 ミラが妖しく囁き、唇に微笑を浮かべる。

「その薬、実に多くの人間を減らせそう。いつかご教授願いたいものね」


「正しい使い方ならば、いつでも教えてやる。しかし、研究成果を争いに使うのであれば、その時は、このわしが全力で止める」

 グラントの声は明瞭で、真のある言葉だった。


 冷たい風が差し込む中、三人はそれぞれに異なる思いを胸に、洞窟を後にした。

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