第33話『対立』
白い息が交わり、剣と剣が火花を散らす。互いの視線が真っ向からぶつかり、どちらも一歩も退かぬ気迫が氷原を震わせた。
その瞬間、蒼真とロイの背後で轟音が鳴った。
「――燃え尽きろォォ!」
杖を振りかざしたミラが、狂気すら感じさせる声で絶叫した。
白銀の氷雪を紅蓮に塗り替え、灼熱の業火が奔流となって襲いかかった。氷壁が瞬時に溶け、蒸気が霧のように立ち込める。
「来たかっ……!」
アルシェが即座に弓を構え、矢を番える。
炎の奔流を切り裂くように、氷を纏わせた矢が放たれた。だが、ミラは冷笑を浮かべ、杖を軽く振り抜いた。
――炎が収束し、ミラの周囲を守るように矢を呑み込み爆ぜる。
「焼け爛れなさい……!」
ミラの操る炎はまるで意思を持った蛇のように縦横無尽に戦場を駆ける。
「奴が相手の中で一番の手練れとみた。わしも加勢させてもらう!」
白髭を揺らしながらグラントが立ち上がり、腰のポーチから光る瓶を取り出す。
「さぁ、炎雷の魔女! 実験の時間じゃ!」
投げ放たれた薬瓶が砕け、銀色の霧が広がった。霧は炎を遮り、熱と触れるや凍結し、蒸発した。
「……へぇ。面白い小細工ね」
ミラは唇を吊り上げ、今度は雷を編み上げ始める。杖の先から奔る雷光が、氷上を這った。
一方その脇では、バルドランとディランがぶつかり合っていた。
鉄槌と剣――重量と速度の激突は、まるで雷鳴のごとく。
「おらぁッ!」
バルドランの大槌が氷を砕き、破片が弾丸のように飛び散る。
だがディランは眉ひとつ動かさず、寸分の無駄のない動きで氷の礫を切り落とした。
「……力任せでは、俺は倒せん」
鋭い剣筋が槌の柄を弾き、バルドランの巨体がわずかに揺らぐ。
「くっ……小癪な小細工を!」
氷原の中央では、勇者同士の剣戟が続いていた。
「遅いな……どんな強者かと思えば、どうやら噂が一人歩きしていただけのようだな!」
ロイの刃が容赦なく蒼真を追い詰める。
必死に受け止めながらも、蒼真は息を切らし、額から汗を垂らした。
その後方――
セラフィナが両手を組み、仲間を包む癒やしの光を絶え間なく流し続ける。
「ロイ、皆さん……どうか無事で……!」
彼女の祈りが血を止め、凍傷を癒す。
対するはリュミエール。
小さな体を震わせながらも、魔導書を強く抱きしめ、声を張った。
「魔力共鳴陣――!」
眩い光陣が蒼真たちを包み、心臓の鼓動がひとつに重なっていく。
剣が、槌が、弓が、杖が、まるで同じ拍動で打ち鳴らされるように力を増した。
氷原は、二つの勇者の一行が鏡合わせのようにぶつかり合う戦場へと変わっていた。
剣と剣が交わり、火花と血飛沫が氷上に散る。
互いの戦力が拮抗し、戦場はますます混沌を極めていく。
「……やはり、その程度か」
ロイが剣を押し込みながら、低く吐き捨てた。
「ゴーレムなんて、ただの石像だろう。俺たちは、人の命をかけて白龍を討った。勇者ごっこで遊んでいるお前らと、一緒にするな!」
その言葉に、蒼真の瞳が鋭く細まる。
「……遊びで命を懸けてるつもりはない」
「なら証明してみろ! この氷原で、誰が本物の勇者か!」
互いの言葉が熱を帯び、戦場は一気に激化する。
その瞬間――
「全て消してあげる!」
杖を高く掲げたミラが、狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「――《炎雷双蛇(アルター=サーペント)》!」
轟音と共に、二匹の大蛇が顕現した。
ひとつは燃え盛る炎の蛇。もうひとつは稲妻を纏う雷の蛇。
二頭は咆哮を上げ、絡み合いながら氷山を抉り、雪原を這いずり回る。
「やばい……! 退けっ!」
蒼真が叫ぶより早く、轟く振動が戦場を揺らした。
――次の瞬間、戦場に雪崩が起きた。
切り裂かれた氷壁が崩れ落ち、怒涛のように白銀の奔流が迫りくる。
それは、剣も魔法も、勇者の誇りさえも呑み込もうとする自然の暴威。
「クソッ、正気かミラ!」
ディランが怒鳴り、飛び退いた。
「はは……良い顔してるじゃない」
ミラは愉悦を滲ませながらも、咄嗟に防御の魔法陣を展開する。
蒼真も叫んだ。
「グラント! リュミエール! 防御陣を頼む!」
光の障壁が張られ、崩落の奔流をどうにか押し返そうとするが……。
――更に激しく大地が、揺れた。
次の瞬間、白い世界が音を立てて全てを飲み込み完全に崩れ落ちた。
轟音と共に雪と氷の層が加速度的にに崩壊し、氷原一帯を飲み込む暴力的なまでの自然の怒りが全てを制した。
「……っ、みんな散れぇぇっ!」
咆哮のようなバルドランの声。
だが、逃げ場はなかった。天地を引き裂くような轟音が全てをかき消し、蒼真たちはなす術もなく呑み込まれた。
凍てつく闇と衝撃。押し潰されるような雪の重み。必死に手を伸ばすが、仲間たちの姿は視界から消えていく――。




