第31話『代替品』
白龍の死骸から放たれる冷気が、まだ氷原を満たしていた。仲間を二人も失ったというのに、ロイは剣を握る手を緩めなかった。全身が震える中――「勇者として選ばれた日」の記憶が蘇る。
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装飾華美な謁見の間。
蒼真が勇者の任を拒否した、その翌日だった。
王は民の不安を鎮めるため、すぐさま次代の勇者を立てねばならなかった。
大臣と騎士たちが見守る中、国王の声が高らかに響いた。
「ロイ・グレイ。汝を――新たなる勇者に任命する!」
彼は一瞬、耳を疑った。
騎士団首席という立場ではあったが、自分が「勇者」と呼ばれる器かどうか、正直、自信が無かった。勇者は代々、時代の転換期に異界から召喚される選ばれし者だ。果たして、この世界に生まれた自分が成れるものなのだろうか……。
だが人々の目は、驚きと、希望に縋る光で満ちていた。
「お前ならやれる」「祖国を救え」――
仲間や部下、民衆の言葉が矢のように突き刺さる。
その重圧に押し潰されそうになりながらも、ロイは片膝をつき、頭を垂れた。
「……はっ。必ずや、王国をこの世界を救ってみせます!」
その時の決意は、本物だった。
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最初の遠征先。腐敗した大樹の魔物の出没情報をもとにロイはエルフの里へと向かった。
だが――彼らが到着した時、森は既に光を取り戻していた。
壊れかけた建物も既に修復の目処が立っており、エルフたちは感謝の歌を口にしていた。
「救世の勇者が……」
そう呼ばれたのはロイではなく、“異界の来訪者”蒼真の名だった。
エルフの長老は「彼こそが勇者の器かも知れぬ」と誇らしげに語った。
ロイは微笑んで聞いていたが、心の奥底では焼け付くような屈辱を覚えていた。
セラフィナが気を遣うように囁いた。
「……偶然が重なっただけよ、ロイ。次はきっと」
しかし、ロイはその言葉を信じきれなかった。
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次に向かったのは山脈のドワーフの里。
だがそこでも――すでに決着はついていた。
赤龍は打ち倒され、里には焼け焦げた鱗が散っていた。
バルドランと蒼真の名が酒場で語られていたが、既に彼らの影はそこになかった。
「一歩遅かったなぁ、勇者殿!」
勇者と呼ばれても、それはただの形式的な呼び名だった。
彼が成したことは、何一つない。
その夜、ロイは杯を握りながらも酒を喉に通せなかった。
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そして魔法都市アルミナ。
供給局の依頼を受け、魔物の討伐に赴こうとしたが、そこでもすでに蒼真たちが魔族の影を退けた後だった。
街では「異界の勇者と仲間たち」の噂ばかりが流れ、人々の心を奪っていた。
ミラが冷ややかに笑った。
「あなた、いつまで“代替え”の勇者をやるつもり?」
ロイは何も答えられなかった。
ただ剣を強く握り、血が滲むほど拳を握り締めた。
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そして今、仲間を犠牲にしてまで討ち果たした白龍の亡骸を前に、ロイは膝をついた。
凍り付いた風が鎧を鳴らし、始源晶の淡い光が彼の顔を照らす。
「……ようやく……ようやくだ」
誰にも先を越されなかった。
誰にも奪われなかった。
この成果は、自分の手で掴んだ。
だが胸の奥には、歓喜と同じくらい、どす黒い感情が渦巻いていた。
――常に先に立ち、英雄として讃えられる蒼真への、拭えぬ嫉妬と憎悪。
その感情の暗がりは、いつしか彼を勇者として突き動かす為の最大の炎となっていた。
暗く深く、途切れることの無い、嫉妬と憎悪の黒炎に。




