第25話『精霊王の導き』
陽の光が宿の窓から差し込む。
アルシェは、少しおしゃれを意識した装いで待ち合わせのロビーに降りてきた。
「蒼真、もう来てるかな……」
その時、元気な声が背後から響く。
「おはようございます、アルシェさん! 本日はご一緒できると伺って、とても楽しみにしておりました!」
振り返ると、笑顔で魔導書を抱えたリュミエールが立っていた。
アルシェの表情が一瞬で固まる。
「……え、なんで、あんたが……?」
そこへ、蒼真が階段を降りてくる。
「お、二人とも準備できたんだな!」
アルシェは思わず声を荒げそうになるのを必死にこらえ、頬をぷくりと膨らませて視線を逸らした。
「……別に、三人でも……いいけど……」
そのふてくされた横顔に、蒼真はまったく気づかない。
リュミエールだけが「あ、あの……アルシェさん……?」と困ったように彼女を見つめるのだった。
ーー武具屋や防具屋が軒を連ねる通りは、冒険者や傭兵たちで賑わっていた。
陽光に照らされて磨き上げられた剣や槍が並び、革や金属の匂いが空気に混ざる。
「わぁ……すごい。まるで武器や防具の博物館ですね!」
リュミエールはきらきらと瞳を輝かせ、小さな身体を必死に伸ばして店先を覗き込んでいる。
「リュミエールはアルミナ出身なんだろ? この辺りはこないのか?」
「恥ずかしながら、私は図書館からあまり出ないので……」
蒼真の言葉に恥ずかしそうにリュミエールが応えた。
一方でアルシェは腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「まったく……。あんた、防具くらいまともに着なさいよ。今のままじゃ、駆け出し冒険者の格好よ?」
「え、そうか?」
蒼真は首をかしげる。
剣は壊れる度に新調していたが、彼の防具は旅立ちの時に揃えたもので、すでに何度も傷つき、ところどころ継ぎ当てが見えていた。
「はい。冒険者の生存率は、装備の堅牢さに比例すると文献にも記されています」
リュミエールも笑顔で頷き、追い打ちをかける。
「う……わかったよ。じゃあ、まずは防具屋に入ろう」
ーー店の奥にずらりと並ぶ鎧や革装備。
店主が蒼真の体格を見て、彼に合ったものを勧めてくる。
「こちらは特別製の防具です。『蒼紋装』と呼ばれまして……使用者が魔力を流すことで、素材の強度が増し、魔法に対する抵抗力も高まります」
店主が差し出したのは、深い青の光沢を帯びた軽鎧だった。
「魔力を……流す、か」
蒼真は手をかざし、そっと魔力を注ぎ込む。
瞬間、鎧の紋様が蒼い光を走らせ、きらめきながら硬質な響きを立てる。
「すごい……まるで生きてるみたいに応えてくる」
「相性が良いのでしょうね」
リュミエールが微笑む。
「蒼真さんは、無から魔法を紡ぐより、既存の物に力を宿すのが得意ですから。この防具なら、その特性を最大限に活かせます」
「そうね……ふん……悪くないじゃない」
アルシェは自分も思っていた事をリュミエールに先に言われて悔しそうに呟いた。
「うん、着た感じもしっくりくるし、防具はこれにするよ。あとは武器だよな」
続いて蒼真が目を留めたのは、棚の片隅に置かれた一振りの剣。
何の変哲もない、地味な意匠の剣――だが蒼真がその剣を見つめた瞬間、刀身がかすかに震え、淡い光が蒼真の胸へと共鳴するように走った。
「……え?」
蒼真が手を伸ばすと、剣は彼を選ぶかのように温かな光を放ち、掌に吸い付く。
リュミエールが目を見開いた。
「蒼真さん……その剣、まるで……あなたに応えているように見えます」
「すごい……武器に選ばれるなんて、普通ありえないわ」アルシェも声を失っていた。
鍛冶師の店主が興奮した様子で語る。
「その剣の名は『共鳴剣』。かつて精霊王の加護を受けたと伝わる逸品だ。周囲にいる異なる種族の数だけ刀身に魔力が宿ると言われており、仲間を多く持つ者ほど強く振るえる」
「蒼真さん……その剣は、きっとあなたの力になります」
リュミエールが真剣な眼差しで言った。
アルシェは一瞬だけ黙り込んだが、やがて小さく頷く。
「……お人よしのあんたには、似合うかもね」
店主が神妙に頷く。
「武器が持ち主を選ぶことなんて、百年に一度あるかないかの事だ」
蒼真は剣を握り直し、静かにその名を口にした。
「……共鳴剣」
蒼真の声に呼応するかのように、刀身がうっすらと蒼く輝いた。
「ちょっと、新しい女ばっかり見つめて無いで、私の武器選びも手伝いなさいよ!」
「え!? いや、この剣、女なのか!?」
アルシェからの思わぬ罵声に戸惑う蒼真。
「……知らないわよ。でも名前の響きから考えてもきっと女よ!」
「……。」
アルシェの気迫に彼はもう押し黙るしかない。
急いで弓が立てかけられている棚へと駆け寄る。
蒼真はふと一つの弓に目を止めた。
透明な樹脂で形作られた弓で、空気を震わせるように淡く輝いている。何より目をひくのは、弓の中心部にはめ込まれた青い宝石。
「これなんか、宝石の色がアルシェの瞳とそっくりで、すごい綺麗だぞ」
「……っ!」
アルシェの耳が真紅に染まる。
「これは……『精霊導弓』。周囲に漂うマナを自然に集め、矢に宿す性質があります。エルフのあなたにはぴったりです」
店主が熱心に説明する。
「やっぱり、アルシェにぴったりの美しい弓だ」
蒼真が思わず口にすると、アルシェの頬は更に紅潮し、耳の先端などは湯気が出るのではないかと心配になるほど真っ赤に染まりきっていた。
「……な、何よ。あんたが決めることじゃないでしょ」
そう言いながらも、実際に弓を軽く引いてみると空気中のマナが手元に集まり、火花のような小さな雷が弦に走った。
「……っ!」
その手応えに、アルシェは思わず目を輝かせる。
「……悪くないわね」
小声で呟きながらも、心のどこかで蒼真に選んでもらえたことを誇らしく感じていた。
ーー武具屋の奥、試し斬り用の石台に向かって蒼真が《共鳴剣フィリア》を握る。
その瞬間、刃の紋様が脈打つように光り、店内の空気が震えた。
「……っ」
アルシェの耳がぴくりと揺れ、碧い瞳が細められる。
彼女は一歩、蒼真に近づき、声を潜めて囁いた。
「感じる? この剣はね……持ち主の周りにいる“異なる種族”の数だけ力を増すの。私とあなた――エルフと人間。これだけでも二重に力を重ねられる」
蒼真が驚きで息を呑むと、アルシェは視線を外し、声を落として呟く。
「……そして、もしそこにドワーフや魔族、獣人なんかが加われば……もっと。どこまでも」
彼女の声色は冷静な説明を装っているのに、耳先はピンと張り詰め、剣ではなく蒼真の手元にばかり目が向いている。
「もしかして……俺の場合は?」
蒼真が問いかけると、アルシェの喉が小さく上下した。
「――あなたは、“この世界の種族じゃない”」
アルシェは唇をきゅっと結び、悔しそうに吐息を洩らす。
「だから……誰と一緒にいても、それが全部“異種族”になるの。つまり……」
彼女は意を決したように蒼真の瞳を真っすぐ見据えた。
「あなたは仲間に囲まれるほど、制限無く強くなれる。
……まるで、この世界そのものが……あなたの存在を祝福しているみたいに」
その言葉には嫉妬が滲んでいた。
――仲間が増えるほど強くなる蒼真。
――自分一人で彼を支えたいけれど、一人では彼を完全に支えきれない。
アルシェの胸中には、苛立ちと誇りと……そして確かな尊敬が入り混じっていた。
リュミエールが思わず感嘆の声を洩らす。
「……蒼真さん。そんな奇跡のような力、私……御伽話でしか聞いたことがありません」
蒼真は困ったように笑いながら剣を握り直した。
アルシェはその横顔を盗み見て、小さく舌打ちした。
けれども――彼の特別さを認めるように、そっと視線を剣へ戻す。
「……調子に乗らないでよ。強くなるのは、私たちが隣にいるからなんだから」
その声は拗ねた響きを含みながらも、不思議と誇らしげだった。
ーー買い物を終えて夕陽を背に街を歩く三人。
アルシェがふと足を止めた。雑貨屋の店先に色鮮やかな栞が並んでいる。
アルシェはその中から一つを手に取る。繊細な刺繍が施された、美しい花模様の栞。
彼女はリュミエールを横目で見ながら、ふいにそれを差し出した。
「……ほら。魔導書に挟んで使いなさいよ」
リュミエールはぱちぱちと瞬きし、顔を赤らめる。
「えっ……よ、よろしいのですか? ありがとうございます……!」
アルシェはぷいと顔を逸らした。
「べ、別に……余った小銭で買っただけだから。それに、あんたが本気で蒼真や私の事を心配して武器選びも付き合ってくれたのは、伝わったから……」
蒼真はそんな二人を見て、ふっと笑った。
三人の間には、これまでにない穏やかな空気が流れていた。




