第23話『地中に潜む顎』
リュミエールの魔法により、蒼真一向は順調に探索を進めている。
そんな中、魔力反応が色濃く検知された岩盤地帯に差しかかった時だった。
地面全体が激しく揺れた。
リュミエールの指先が、空間に走る魔力線を強くなぞる。
「……近づいてきます。ものすごい速さで――!」
次の瞬間、坑道の奥から大地そのものが呻いた。
ゴゴゴゴゴ――!
強烈な振動が床を割り、岩の破片が雨のように降り注ぐ。
「来るぞッ!」
蒼真の声と同時に、支柱の一本がひしゃげ、導晶脈が粉々に砕け散った。
暗闇を突き破り、巨大な顎が姿を現す。
岩盤を削りながら突進してきたのは――全長十メートルを優に超える石喰いワーム。
灰白の鱗は鋼鉄じみて硬く、体表には棘のような結晶が生えている。
その口腔は人ひとりを丸呑みできるほどに裂け、幾重もの円環状の歯列が蠢きながら岩石を噛み砕いた。
ギチチチチチ……!
耳障りな歯の擦過音が坑道全体を震わせる。
吐き出された岩が熱を帯び、赤い火花を散らしながら床を転がった。
「な……なんて化け物だ!」
案内役を勤めていた監督官が悲鳴をあげる。
リュミエールの青ざめた顔に、浮かび上がる魔導文字列。
「……耐久値、常軌を逸しています。外殻硬度、ドラゴンの鱗に匹敵……!」
彼女の声が震えた。
「上等だぜ!」
バルドランが鉄槌を肩に担ぎ、火花を散らして構える。
「結界が保たん……ここで討たねば、街が飲まれる!」
グラントが杖を構え、魔力を奔らせる。
アルシェは弦を引き絞り、刃のように冷たい眼差しで狙いを定めた。
「……逃げ場はないわ。ここで仕留める!」
蒼真は剣の刀身へと炎を纏わせ、仲間たちの前へ一歩踏み出した。
「行くぞ! 街の未来は――俺たちの手にある!」
轟音とともに石喰いワームが全身をうねらせ粘液まみれの巨体が迫る。
その顎門が開かれ、黒い闇の奥から腐蝕性の唾液が滴り落ちた。
巨体がのたうち、岩壁を押し広げ、結晶の棘が削れた火花を散らす。
「ぐっ……意外に速ぇ!」
バルドランが砕けた岩を蹴り飛ばして身を翻すが、ワームの顎が振るわれるたびに地面が抉れ、岩石の破片が弾丸のように飛び交った。
「防御を張るぞ!」
グラントの杖が地を打ち、青白い魔法障壁が展開する。
だが、唾液に濡れた礫が触れた瞬間――ジュッ、と煙を上げて溶解し、障壁がみるみる薄れていった。
「腐蝕性か……! 長くは保たん!」
リュミエールは必死に魔導書を開き、古代文字を走らせる。
「魔導解析網!」
青い光の網がワームの巨体を走り、無数の数値がリュミエールの瞳に流れ込む。
彼女は息を呑み、声を張った。
「外殻硬度は竜鱗級……けど! 節々の結晶が成長しきっていない箇所があります! 左下、一つだけ光の鈍い結晶部分、そこだけ硬度が半分以下です!」
「よし、そこを狙う!」
蒼真が叫ぶ。
アルシェはすでに弓を引き絞っていた。
「……言われなくても」
矢に淡い光が宿り、空気が鋭く震える。
バルドランが鉄槌を掲げ、唸るように叫ぶ。
「俺が隙を作る!」
巨体が再び突進する。
バルドランは正面から踏み込み、鉄槌を床に叩きつけた。
轟音とともに坑道全体が震え、瓦礫が落ち、ワームの頭部がわずかにのけぞる。
「今だ!」
蒼真が地を蹴る。
アルシェの矢が疾走し、狙い澄ました一点へと突き刺さる――
が、表面を削っただけで止まった。
「くっ……硬すぎる!」
アルシェが歯噛みする。
リュミエールが唇を噛みしめ、蒼真を見つめる。
「蒼真さん、私の魔力を送ります、私を信じて飛び込んでください!」
「分かった!」
リュミエールの言葉を聞いた蒼真は何の躊躇いもなく最前線へと飛び込む。
「魔力共鳴陣!」
淡い魔法陣が二人の間に浮かび、力の波が交わる。
リュミエールの解析で導かれた座標が蒼真の意識に正確に刻み込まれ、全身に圧縮された魔力が流れ込む。
迫るワームの顎。岩を噛み砕き、唾液が雨のように飛び散る。
蒼真は正面からそれを受け止め、渾身の叫びとともに炎剣を振り抜いた。
「――砕けろォッ!!」
刀身が結晶の弱点を直撃した瞬間、爆ぜるような閃光と轟音。
厚い外殻が粉砕され、内側の肉が露わになり、敵の咆哮が坑道を満たした。
「今だ! 畳みかけるぞ!」
グラントが雷撃を撃ち込み、バルドランが鉄槌で内部の肉を潰し、アルシェの矢が脈打つ内臓めがけて突き刺さる。
石喰いワームの巨体が痙攣し、坑道を激しく揺らしのたうち回る。そして数秒後、その巨体が崩れ落ちた。
静寂。
土煙が舞う中、仲間たちは肩で息をしながら互いを見回した。
「ふぅ……助かった。リュミエール、ありがとう」
蒼真が礼を言うと、少女は顔を赤らめ、慌てて首を振った。
「わ、わたしなんて……ただ、少し解析しただけで……」
「……解析“だけ”じゃないわ」
アルシェがぼそりと呟く。
振り返ると、彼女は顔を背けていたが、その声にはわずかながら敬意が滲んでいた。
リュミエールの瞳が大きく見開かれ、次いで小さな笑みが浮かぶ。
「アルシェが蒼真以外を褒めるとはな。明日の天気は槍で決まりじゃな」
「まったくだ。嬢ちゃん、酒場にだけは降らせないでくれよ?」
そう言ってバルドランは豪快に笑い、その笑いは次第に全体へと広がり、戦闘後の緊張を和らげた。
それは、恐怖と不安に震えていた少女が、仲間として一歩踏み出した瞬間だった。




