第21話『嫉妬』
魔法都市アルミナの街は、戦いの爪痕を修復するために慌ただしくも、英雄たちを称える空気に包まれていた。
蒼真たち一向は街の宿に迎え入れられる。
柔らかな灯りが揺れる食堂の片隅。蒼真は、リュミエールが広げる魔導書に目を落としていた。
「見てください、蒼真さん。この書は、古代の魔族の戦術についてまとめられていて……!
しかも脚注には、弱点属性とその成り立ちまで……」
小柄な体を乗り出すようにしてページをめくるリュミエール。
その眼差しはきらきらと輝き、知識を語る喜びに満ちていた。
蒼真は思わず苦笑を浮かべる。
「すごいな……こんなに詳しく読めるなんて。俺は字を追うだけで精一杯だよ」
「ふふっ……! じゃあ、私が噛み砕いて説明します。蒼真さんなら、すぐに理解できますよ」
リュミエールの言葉には純粋な信頼と興味が込められていて、彼女がどれだけ知識を他者と共有したがっているのかが伝わってくる。
その光景を、少し離れた席からアルシェが見ていた。
手元の冷製スープをかき混ぜながら、わざと視線を逸らす。
「……知識だとか古文書だとか。役に立つのは分かるけど、戦いは机上でやるものじゃないし」
小声で呟くが、その声音には棘よりも、寂しさに似た響きがあった。
そんなアルシェの様子に気づいたのか、グラントがニヤリと笑って酒杯を傾ける。
「おやおや、矢より鋭い視線が飛んでおるのう」
「なっ……! ち、違うから! 別に気にしてないし!」
顔を赤らめて否定するアルシェ。
そんな彼女の様子をバルドランは豪快に笑い飛ばした。
「ガハハ! エルフも嫉妬するんだな!」
アルシェはさらに頬を染め、椅子の背にもたれてぷいと横を向いた。
その夜、蒼真はリュミエールに魔族に関する基礎知識を教わり、リュミエールは蒼真の真剣な姿勢に胸を熱くしていた。
一方でアルシェは眠りにつくまでの間、窓から差し込む月明かりを眺めながら胸の奥がざわつくのを抑えきれずにいた。
蒼真の隣を歩むのは、誰? ここまで支えてきたのは誰だと思ってるのよ。
答えの出ないモヤモヤを抱えたまま、アルシェは静かに目を閉じた。
ーー翌日の早朝。
蒼真はいつものようにアルシェとの秘密特訓に呼び出される。
しかし、その日のアルシェは明らかに様子が違った。
「蒼真、今日からは本気でいくわよ」
「え、ちょっと待っ……うわっ!」
彼女は弓矢に炎や氷を次々と付与し、容赦なく蒼真に向けて放ってくる。
蒼真は必死で剣を振るい、魔力を流して炎を纏わせるが――間に合わず、髪の先を矢がかすめる。
「い、いきなり全開じゃねぇか!?」
「文句言わない! 魔族と戦うのよ、これくらいで音を上げてどうするの!」
必死に応戦する蒼真。
しかしアルシェはさらに一歩踏み込んでくる。
「昨日みたいにチビ女にニヤニヤしてたら、本番じゃ死ぬわよ!」
「な、なんでリュミエールの話がここで出てくるんだ!?」
「う、うるさい! 黙って集中しなさい!」
怒りと焦りで真っ赤な顔のアルシェにひたすら追い回され、蒼真の特訓はこれまで以上に苛烈なものとなった。
ーー早朝の特訓が終わり、情報収集の為に、蒼真一向は大魔導図書館を訪れた。
図書館に着くなり、リュミエールが古い魔導書を広げた。
ページの隅に小さく書かれた脚注を、彼女は指を差しながら説明する。
「ここです。強力な魔族は、それぞれが“魔核”と呼ばれる特異な器官を持っているらしいんです。しかもその魔核には固有の属性が宿る……つまり、弱点も存在するはずです!」
興奮気味に語るリュミエールの肩が蒼真の肩に触れる。
「なるほど……幹部討伐の手がかりになるな」
蒼真は真剣に頷いた。
しかし、少し離れた椅子に腰かけていたアルシェが口を尖らせる。
「……書物に書いてあることなんて、あてにならないわ。実際の戦場で何が起こるかなんて、本の一行じゃ語れないのよ」
空気がぴんと張り詰めた。
リュミエールは肩を縮めながらも、必死に言葉を返す。
「で、でも……知識がなければ戦いの準備もできません! 私は……役に立ちたいんです!」
「……」
アルシェは言葉を飲み込み、視線を逸らした。
この状況を見兼ねたグラントとバルドランが二人の間に割って入り、それ以上の口論にはならなかったが、アルシェとリュミエールの間には目に見えない冷たい距離が生まれた。




