第16話『命宿りし鋼』
ドワーフの里の大広間は、熱気と鉄の匂いに満ちていた。壁際では炉が赤々と燃え、武具を打つ槌音が遠くから響いてくる。天井は高く、巨木を削り出した梁に無数の篝火が吊るされ、黄金色の光が広がっていた。
蒼真たちは、広間の中央に据えられた大きな石のテーブルを囲んで座っていた。卓上には肉やチーズ、濃い酒の壺が置かれ、周囲には里の職人たちが笑い声を交わしている。だが四人の表情は真剣で、宴の空気とは隔絶した緊張が漂っていた。
蒼真が口を開いた。
「……これからどう動くか、決めないといけない。魔族を探すにしても、このまま闇雲に動くのは無謀だ」
焔の揺らめきに照らされ、グラントが長い白髭を撫でながら静かにうなずく。
「その通りじゃ。奴らは人目を忍び、時に幻惑し、罠を仕掛ける。探す側が安易に足を突っ込めば、こちらが狩られるだけじゃろう」
バルドランは鉄槌を傍らに置き、豪快に杯をあおると、石のテーブルにごんと置いた。
「だがよ、魔族との戦闘となると、新しい戦力や物資の補給が必要だ。どこかでまとめて整えねぇと動きが取れん」
アルシェは両肘をつき、真剣な眼差しで口を開く。
「……情報が集まり、人が行き交う街がいいわ。そういう場所なら、魔族の噂や影を追えるかもしれない」
その言葉に、グラントが杖の先でテーブルをこん、と叩いた。
「――ならば、わしの提案はひとつじゃ。魔法都市アルミナを目指そう。古代から続く知識と魔法の都。学者も商人も冒険者も集まり、諸国の情報が渦巻く。魔族を探すにも、武具を整えるにも、最上の拠点となろう。それにまだ見ぬ実験器具も山ほどあるしのぅ」
蒼真は思わず息を呑んだ。
「魔法都市なんて場所があるのか……」
バルドランは目を輝かせ、にやりと笑った。
「おうとも。アルミナの市場は職人にとっちゃ夢の宝庫よ。俺ぁずっと行ってみたかったんだ」
アルシェも小さく微笑む。
「なら決まりね。アルミナへ行こう」
蒼真は仲間たちの顔を見回し、拳を握った。
「……よし。次の目的地はアルミナだ」
その時、広間の扉が重々しく開き、里の長老が姿を現した。背は低いが、背負った斧は大岩をも割れそうな重厚さを誇る。
「アルミナを目指すなら、海を渡らねばならぬ。だが心配はいらん。わしらが鍛えた《鉄鯨の船》がある」
ざわ、と広間がどよめいた。長老は厳かな声で続ける。
「晶鋼巨人をも運べる巨船じゃ。炉心を抱いた鋼の腹で、嵐すら裂いて進む。我らが誇りを、お前たちの旅に託そう」
蒼真たちは思わず顔を見合わせる。アルシェが微笑みながら囁いた。
「……運命が、また導いてくれるのかもしれないわね」
こうして、彼らはアルミナを目指す決意を固め、海を渡る旅へと向かう。
ーー翌日。
蒼真たちは長老に導かれ、山腹の大空洞へと足を踏み入れた。洞窟内は水路と繋がっており、そこには黒鉄の巨体が静かに水面に浮かんでいた。鋼の板で覆われた船殻は波打つ鯨の背を思わせ、船体を覆う特殊な金属が光を反射している。
それはまさに――《鉄鯨の船》。
周囲には数百の松明を掲げたドワーフたちが列を成し、静謐ながらも、迫力ある光景が広がっていた。やがて長老が前に進み出て、重々しい声を響かせる。
「久方ぶりに、この鉄鯨を目覚めさせる時が来た。
山の炎よ、大地の力よ、再び我らの誇りを駆けさせよ!」
その合図とともに、職人たちが炉へ赤々と燃える石炭と希少な鉱石の欠片を投じる。火打石の閃きが散り、炉心に炎が落ちると――
ごうっ、と地の底から唸るような音が響いた。
船体の側面に刻まれた古代文字がひとつ、またひとつと光を帯び、まるで眠れる巨獣が息を吹き返すように振動が広がる。
蒼真は思わず息を呑んだ。
「……生きてるみたいだ」
長老は満足げにうなずく。
「その通り。この船はただの鋼の塊ではない。我らが魂と誇りを注いだ結晶よ」
アルシェが目を細め、静かに囁く。
「……マナが流れてる。船そのものがひとつの大精霊みたい」
グラントは感嘆を隠さず、杖をとんと鳴らした。
「ほほぅ……これは見事じゃ。動力と魔導炉の完全融合。今なお稼働するとは、狂気すら超えて神業じゃのう」
バルドランは胸を張り、にやりと笑った。
「どうだ、蒼真。これがドワーフの誇りだ! こいつに乗れば、どんな嵐だろうと突破できる!」
やがて鉄鯨の船は、軋む音とともにゆっくりと姿勢を変え、巨大な滑走路となっている水路を下り始めた。空洞の奥、岩を穿った先へと導かれ、青白い光を放つ大海へ繋がっていく。
蒼真は拳を握りしめ、仲間たちに向けて言った。
「行こう。アルミナへ――俺たちの次の旅が始まる」
その声と同時に、鉄鯨の船は水面を割り、深い唸りと共に大海へと漕ぎ出した。
炎と鋼と誇りを抱いて。




