第14話『意思疎通』
赤龍の巨体は、里の外れの山肌に横たわっていた。
討伐から数日経っても、その存在感は圧倒的で、近づくだけで皮膚が焼けるような残滓の熱気を放っている。
赤黒く輝く鱗の一枚は、鱗と呼ぶにはあまりに巨大で家の屋根ほどの大きさを誇った。
それをどうにか剥ぎ取り、宇宙船の装甲に加工せねばならない。だが、並の力では到底動かせない。
「よし、物は試しよね」
アルシェが静かに呟き、晶鋼巨人に視線を送る。
巨人は応えるように、山を揺るがす重低音と共に一歩を踏み出した。
地面が震え、里の子供たちが歓声を上げる。
「……すげぇ……本当に動いてる」
蒼真は思わず唾を飲み込んだ。自分たちが戦っていた時は敵だった巨体が、今は仲間として目の前に立っているのだ。
巨人は両腕を伸ばし、岩盤に埋もれた鱗に指をかける。
――ギリギリギリッ。
大地が悲鳴を上げるような音と共に、鱗が少しずつ剥がれていく。
「よっしゃぁ! いけるぞ!」
ドワーフたちが口々に叫び、巨大な滑車やチェーンで補助する。
ズバァァンッ!!
赤龍の鱗が一枚、本体から外れ、地面に叩きつけられた。
その衝撃で土煙が舞い、近くの岩壁が崩れ落ちる。
「……っ! 重すぎる……!」
数十人のドワーフが押してもびくともしない。
しかし晶鋼巨人は、まるで布切れでも扱うように、その巨大な鱗を両腕で抱え上げた。
その光景に、誰もが息を呑む。
「すっげぇ……」
「アルシェ嬢ちゃんの言葉ひとつで、あの巨体が……」
巨人はアルシェの命令に従い、里の中心に建てられた鍛冶場へと運んでいく。
その歩みは大地を揺るがし、まるで山そのものが動いているかのようだった。
⸻
里に鱗が運び込まれた瞬間、ドワーフたちは一斉に鬨の声を上げた。
「これで宇宙船が造れるぞぉぉぉ!!」
「乾杯だぁぁ!!」
再び宴が始まる。
大鍋で煮込まれた肉料理、樽ごと並べられた酒、そして歌と踊り。
晶鋼巨人の足元では子供たちがはしゃぎ回り、アルシェは少し気恥ずかしそうに笑っていた。
「……なんか、みんなに頼られるのって、悪くないわね」
「流石、マスターの言うことは違うね」
蒼真がからかうように言うと、アルシェは顔を赤くして睨み返す。
「ち、違う! 巨人が勝手に従ってるだけで、からかわないでよ……」
⸻
宴の熱気がひと段落した深夜。
蒼真が酔いつぶれたバルドランとグラントを肩に担いで宿へ運んでいったあと、アルシェはひとり鍛冶場の裏に立っていた。
月光に照らされた巨体――晶鋼巨人が、静かに佇んでいる。
まるで眠るように動かず、胸部の核だけが淡く青く光を放っていた。
「……ちゃんと聞こえてる?」
アルシェがそっと問いかけると、巨人の胸核が一瞬強く輝いた。
答えるように。
「そう……。あなたは敵だったのに、今は私の言葉に従ってくれる。不思議ね」
巨人は動かない。けれど、アルシェには感じ取れた。
――まるで、頷いているかのように。
「蒼真は強くなったわ。私も負けないつもりだけど……あの子って、時々危なっかしいのよね」
少し笑って、アルシェは巨人を見上げる。
「だから、あなたも見てて。私ひとりじゃ、あいつを支えきれないから」
その瞬間、巨人の核が再び脈動するように明滅した。
主人の想いに呼応するように。
アルシェは小さく目を細めて、巨人の膝にそっと触れた。
「……ありがと」
⸻
翌朝。
鍛冶場の前には、すでに巨大な炉が設えられていた。
赤龍の鱗を晶鋼巨人の力で加工するための特製の溶鉱炉だ。
ゴオォォォッ!!
ドワーフたちが一斉に巨大なふいごを踏み、炎が噴き上がる。
バルドランが腕を組み、誇らしげに吠えた。
「さぁお前ら! 今度は竜の力を船に宿す時だぁ! このバルドラン、命を懸けて鍛え上げてやるぞ!!」
「おおぉぉぉ!!」
里中に響き渡る雄叫び。
巨人が赤龍の鱗を炉の口まで運ぶ。
ドワーフの槌が一斉に振り下ろされる。
火花が夜空を焦がし、蒼真の胸は高鳴った。
「……ここからだな」
アルシェも同じ景色を見上げていた。
炎の赤と、晶鋼の青――二つの光が交わるその光景は、まるで未来への灯火のようだった。
こうして、宇宙船建造の第一歩が踏み出されたのだった。




