第11話『結晶の門番』
戦闘の緊張が解けると、蒼真たちは改めて洞窟の奥へと視線を向けた。
岩肌は光を反射して淡くきらめき、道の先にはまだ未知の領域が広がっている。
バルドランが顎をしゃくって言った。
「よし、雑魚は片付いた。坊主、アルシェ嬢ちゃん、グラント――本番はここからだぜ。奥に眠ってる鉱石は、ただの石ころじゃねえ。竜骨に匹敵するほどの価値があるはずだ」
「竜骨……?」
蒼真は思わず呟く。
「そうだ。武器を鍛えるもよし、魔力を込める器にするもよし……場合によっちゃ宇宙船のボディにも使えるかもしれねえな!」
バルドランの目が燃えるように輝く。
蒼真の胸も高鳴った。
(……ここで見つける鉱石が、俺たちの未来を繋ぐ鍵になるはずだ)
アルシェが静かに呟いた。
「気を抜かないことね。……奥に進めば、さっきの岩蜥蜴よりも強い魔物が潜んでいるかもしれない」
「だな。けど、もう怖くはない」
蒼真は剣の柄を握り直し、仲間たちを見回した。
「みんなと一緒なら、きっと――」
その言葉に、アルシェの目がふっと和らぎ、ほんの少しだけ微笑みを浮かべた。
こうして一行は再び歩みを進める。
洞窟の奥に眠る鉱石、そしてさらなる試練を求めて――。
奥へと進むにつれて、壁の岩肌は変化していく。最初は灰色の無骨な石だったが、やがて青白く光る筋が浮かび、まるで星空を閉じ込めたかのような光景が目の前に広がっていった。
「……これは」
蒼真は思わず立ち止まり、見とれた。
淡い光を帯びた鉱石が壁一面に散らばり、洞窟の中を幻想的に照らし出している。
頭上の鍾乳石から滴る水滴がきらめき、床にできた小さな水たまりが鏡のように反射して、光は幾重にも揺らいだ。
「“星涙石”だな」
バルドランの低い声が響く。
彼の目も子供のように輝いていた。
「何百年に一度、地下のマナと鉱脈が重なって生まれる希少鉱石だ。星鋼と呼ばれる鉱石の中でも特に希少性の高いものに与えられる呼び名、それが星涙石だ。熱にも魔力にも耐性がある。こいつでなら、アルシェの膨大なマナに耐えられる魔力炉が鍛えられるかもしれねえ」
その言葉に、蒼真の胸が高鳴る。
「……これだ。これなら、本当に――!」
アルシェは浮かれる蒼真を制するように手を伸ばした。
「待って。……気配がする」
彼女の瞳は真剣で、耳がぴんと立ち、森で培った警戒心が全身に現れていた。
蒼真も思わず息をのむ。
確かに、空気が異様に重くなった。
グラントが低く呟く。
「星涙石は強いマナを集める性質を持っておる。つまり、同じようにマナを餌にする“何か”も、ここに引き寄せられているはずじゃ」
その言葉に、蒼真の背筋が震える。
(つまり、この光に惹かれて……魔物が?)
空気は張りつめ、壁面には紅や蒼の鉱脈が脈打つように光を放っている。
その中心に――巨影。
ずしん、と大地を鳴らして立ち上がったのは、人の数十倍もの大きさを持つ結晶の巨人だった。
全身は鋼鉄に似た灰銀の鉱石で覆われ、その節々に埋め込まれた水晶が脈動するたび、赤と青の光が血管のように流れていく。
「……なんだ、あの化け物は」
蒼真が呟く。声は震えていた。
顔にあたる部分には眼も口もなく、ただ巨大な結晶の塊が嵌め込まれている。
だが光が点滅するたび、確かにそれは「睨んで」いた。
「晶鋼巨人じゃ……。数百年に一度、鉱脈を護るために目覚めると伝わる守護者よ」
グラントの老いた声が低く響く。
巨人が一歩を踏み出した瞬間、地面が沈み、壁の鉱石が振動で砕け散った。
その拳は岩塊そのもの。振り下ろされれば、人間など塵にすぎない。
巨体の胸奥で赤いマナがゆっくり脈動する。次の瞬間、地面が跳ね上がるほどの踏み込み。水晶の拳が岩壁を砕き、衝撃波が走った。
「正面は俺が受けるッ!」
バルドランが鉄槌を構え、火花を散らしながら拳を受け流す。続けてバルドランは反撃に出る。
「かかってこいよ、このデカブツ!」
バルドランが豪快に吠え、鉄槌を振りかぶる。
火花を散らして晶鋼巨人の腕に打ち込むが――。
甲高い音とともに弾かれた。
逆に衝撃に耐えきれず、床にひびが広がっていく。
「クソッ、硬ぇ! 俺の渾身の一撃でも、表面をかすりやしねぇ!」
アルシェの矢が次々に巨体へ突き刺さる。
だが、身体を覆う結晶に当たると火花を散らすだけで、深くは届かない。
「……私の矢も……通じない」
アルシェが眉を寄せる。
グラントが杖を掲げ、雷撃を放つ。
眩い光が巨体を包み込んだが、晶鋼巨人の胸部の結晶が赤々と輝き、雷を吸収していく。
「ほう……雷撃を喰らうか。厄介じゃのう」
巨人の拳がうなりを上げた。
避け損ねたら一撃で終わる。
晶鋼巨人の巨腕が振り下ろされ、床石が粉砕される。
衝撃波だけで蒼真の体は宙を舞い、岩壁に叩きつけられた。肺から息が漏れ、呼吸が詰まる。
「がっ……は……!」
視界が揺れる。耳鳴りがする。
――それでも見えた。仲間たちの必死の姿が。
バルドランは鉄槌を構え、巨人の足を止めようと必死に殴り続けていた。
だが表面は欠けても、すぐに結晶が修復してしまう。
「おいおい、冗談だろ……! どんだけ叩きゃいいんだ!」
アルシェの矢が放たれる。狙いは関節の隙間。鋭い光矢が突き刺さるが、それもすぐに結晶の再生で押し出される。
「……止まらない……!」
彼女の声に焦りが滲む。
さらに、巨人の胸の結晶が光り、放たれた衝撃波がグラントを直撃した。
「ぐぉっ……!」
老人の身体が床に叩きつけられる。
「グラント!」
蒼真は叫び、駆け寄ろうとするが、巨人の影が覆い被さる。
――このままじゃ、全員やられる。
頭ではわかっている。けれど、どうすることもできない。
震える手で剣を握る。
だが、恐怖と無力感で膝が動かない。
その時、アルシェの声が飛んだ。
「蒼真! あなたなら、できる……!」
彼女の視線が、真っ直ぐに射抜いてくる。
戦場の轟音の中で、その声だけが鮮明に届いた。
――脳裏に、繰り返し続けた早朝の特訓が蘇る。
剣を構えては爆発させ、手を焦がし、地面を焼き焦がしてうずくまった日々。
何度も失敗して、心が折れかけたその時、アルシェが隣で言ってくれた言葉。
『あなたは魔法の無い世界で生まれ育ったのでしょう?
なら、ゼロから魔法を操ろうとするより……剣や道具に魔法を乗せる方が、きっと馴染むはずよ。
剣は、あなたにとって“現実”の延長線だから』
彼女の瞳は真剣で、揺らぎがなかった。
その声に救われたから、諦めず続けてこられたのだ。
晶鋼巨人がアルシェへと拳を振り下ろす。
彼女は避けられない――。
「やめろぉぉぉおお!!」
蒼真は全力で地を蹴った。
恐怖も迷いも吹き飛んでいた。
剣を振りかざす。
その瞬間、刃が炎を纏った。今まで暴れていた火が、まるで応えるように静かに流れ込んでくる。
「……っ、これが……!」
刀身は灼熱に輝き、周囲の空気が震えた。
炎は爆発せず、刃と一体となって歌うように揺らめいている。
「炎剣――!」
蒼真は渾身の力で、巨人の拳を迎え撃った。
轟音とともに結晶が砕け、巨人の腕が吹き飛んだ。
仲間たちの目が驚きに見開かれる。
蒼真は荒い息を吐きながらも、剣を構え直した。
「まだ終わってねぇ……! ここからだ!」
炎を纏った蒼真の剣が、晶鋼巨人の胸を切り裂く。
灼熱の軌跡が結晶を溶かし、欠片が雨のように散った。
「はぁ……はぁ……! まだ……!」
刀身は悲鳴をあげるように赤く焼け、手のひらまで熱が伝わってくる。
それでも蒼真は力を振り絞り、叫びながら刃を振り下ろした。
「うおぉぉぉおおおっ!」
炎剣が巨人の胸部に深々と突き立ち、結晶の奥に輝く核へと迫る――。
だが、そこで限界が訪れた。
剣が音を立てて溶け崩れ、柄だけが手の中に残った。
「……っ!?」
目の前の核は、まだ砕けていない。
晶鋼巨人が揺れ、赤く光る眼孔が蒼真を見下ろした。
巨大な腕が持ち上がる。避ける間もなく、振り下ろされれば終わりだ。
「ここまで、か……!」
蒼真は目を閉じ、歯を食いしばった。
「――甘いわね、蒼真!」
鋭い声とともに、青白く光る矢が風を裂いた。
矢は一直線に飛び、晶鋼巨人の胸の亀裂に吸い込まれる。
次の瞬間、閃光。
核が砕け散り、巨人の全身が崩れ落ちるように膝をついた。
その巨体が石のように静まり返り、やがて完全に動きを止めた。
蒼真はその場に膝をつき、残った柄を握りしめたまま呆然と息を吐いた。
額から流れる汗と血が混じり、肩が大きく上下している。
「……助かった……」
横に立つアルシェが、弓を下ろして深く息をついた。
彼女の頬も紅潮していたが、視線は真っ直ぐ蒼真に向けられていた。
「蒼真、今の……本当にすごかったわ」
その声には驚きと、わずかな誇らしさが滲んでいた。
蒼真は照れくさそうに目を逸らし、肩で息をしながら苦笑する。
「いや……結局、とどめは君が刺したんだ。俺じゃ……」
言葉を遮るように、アルシェは静かに首を振った。
「いいえ。あなたの炎剣がなければ、核まで露出しなかった。
だから……勝利はあなたのものよ」
一瞬、彼女の声は柔らかく、目元も揺らいだ。
けれどすぐに口調を引き締め、弓を背に戻す。
「……ただし、爪が甘いわね。剣が最後まで保たなかった。
それじゃ、死ぬのはあなたの方よ」
蒼真は息を詰め、思わず笑ってしまった。
「……はは、やっぱり最後は厳しいな」
アルシェはふいと視線を逸らし、髪をかき上げてつぶやく。
「厳しいんじゃないわ。心配なの」
その小さな声は、砕けた結晶とともに静寂の中に溶けて消えた。




