第二話
「え…………」
驚愕の表情を浮かべ涙を流すステルノ。
突然の事に驚きながらも、まずは発動中だった(おそらくバリアの)魔術の解除を試みる。
とりあえず“解除”と頭に思い浮かべてみると、その瞬間周囲の魔法陣は消え、赤の指輪からも光が消えた。
そしてゆっくりと、心配した声音で問いかけた。
「大丈夫ですか?ステルノさん」
「……っ大丈夫だ」
俺の問いかけに、彼女はハッとしたように涙を拭う。そして、
「そうだな…少し休もうか」
と言うと、その場に座り込み、震える自らの手を見つめて動かなくなってしまった。
これは…どういう状況だ?
彼女がああなった原因は十中八九、先ほど俺が発動した魔術『“閉じる世界”』だろう。
想定されるパターンはいくつかある。
まずは『この世界の何らかのタブーに触れた説』
ただこれは彼女の驚愕した表情からして考えにくい。
彼女はこちらを警戒していた。ならば、俺が『タブーに触れる』行動をしたとしても驚愕なんかせず即座に攻撃して来るはず。よって除外。
次に『この世界においてもあり得ない現象説』
驚愕したという点から可能性を考えたが、この指輪と詠唱は恐らくじいちゃんがこの世界で手に入れたもの。よってこれも可能性が低い。
最後に『発動した魔術が彼女個人に関係する何かだった説』
現状この説が一番可能性が高く、厄介だ。
その場合、俺の持つ情報だけでああなった原因を推測するのは不可能に近い。
だが、それは逆にチャンスでもある。
泣いている理由が気になるのは人として当然の事だし、その理由がこの世界特有のものでなく彼女個人のものなら、純粋な疑問として聞けるはずだ。
とは言っても一度『大丈夫』と断られた以上簡単には答えてくれないだろう。
なら、ここは一度敢えて無神経に言ってみる。
「流石に泣いてる人を無視はできませんよ。
この指輪がどうかしましたか?」
「…………それは……何処で手に入れた?」
「これは祖父の形見でして、祖父が何処で手に入れたかまでは知らないんです」
嘘は言ってない。
それに「形見」と言っておけば何も知らない説明にもなるし、心理的にも深く突っ込みづらくなるはずだ。
俺の返答を聞き、また暫くの時間をおいて、彼女は深く溜息をつく。
そして
「よし、済まない。取り乱してしまった。
詳しいことはここを出た後で話そう」
と言い、剣を腰に差して再び出口に向かい歩き始めた。
どうやら彼女の中で結論が出たらしい。
そして幸いな事に俺への警戒も緩くなったようだ。
色々聞きたい衝動に駆られるが、その気持ちを抑え
「大丈夫なら良かったです。では行きましょうか」
と安心した表情で、彼女の後をついて行く。
歩き始めてから大体10分程経ったが、出口まではまだ遠そうだ。
また暫く、彼女の後ろを無言でついて行く時間が続く。
そして、新しい魔術を発動し少しだけ情報が手に入った今、一つの仮説を思いついた。
この仮説の検証も、彼女の警戒が少し解けた今なら可能だろう。
「結構歩きましたが、出口まで後どのくらいですかね?」
「■■■■■」
俺の質問に彼女が答えるが、その言葉の意味が全く分からない。
今まで聞いたことのない未知の言語が彼女の口から発せられ、俺の耳に届く。
予想通りだ。
先の魔術発動で得られた情報を纏めると、
・詠唱すると魔術が発動し、発動中魔導具(今回は指輪)が光り続ける
・赤の指輪は(恐らく)防御魔術
・“解除”と思い浮かべると自由に魔術を解除可能
・魔術を解除すると魔導具の光も消える
となる。
ここで気になるのが、この世界に来てからずっと光を纏っている緑の指輪。
これはつまり、今までずっと何らかの魔術を発動し続けていると思われる。
そして、この世界に来てからずっと気になっていた疑問。
何故言語が分かるのか?
そしても一つの疑問。
何故彼女の言葉は俺の頭に直接届くのか?
そこで俺は、先程彼女に話し掛けると同時に、緑の指輪を意識しながら“解除”と思い浮かべた。
すると緑の指輪の光が消え、彼女の言葉は理解できないものへと変わり、その言葉は耳へと届いた。
これはつまり、緑の指輪の効果は『翻訳』なのだろう。
そして今度は緑の指輪に“起動”と念じると、また指輪は光を纏い、
「何か急ぎの用でもあったか?」
また、理解出来る言葉が頭に直接届いた。
「いや、ちょっと気になっただけです」
(だめだな、『生存の為の行動』より『仮説の検証の為の実験』を優先してしまっている。
緑の指輪の“解除”だって、“起動”で再び起動する保証なんて全くないのにやってしまった。
じいちゃんの紙を見つけた時と同じだ。
色々な情報を前にして、未知への好奇心がどんどん高まっていく。
ダメダメ。もっと冷静にならないと)
そんな事を考えていると、先導していたステルノの足が止まる。
「着いたぞ」
目の前には上に続く階段があり、その先には光が見える。
彼女に続き階段を一歩、また一歩と登る。
そしてとうとう遺跡の外に、未知の世界に足を踏み出す。
そこには、
目の前には奥が見えないほどの森林が広がり、
遠くに角を持つ兎が闊歩しているのが見える。
さらにその向こうには雲にも届く山々が顔を出している。
後ろを振り返れば切り立った崖があり、その壁に今通った穴が空いている。
極めつけには、空を飛ぶ巨大な竜。
正に、『異世界』としか表現出来ない世界がそこにあった。