第一話
ふと気がつくと、見知らぬ場所に立っていた。
遺跡のような石造りの部屋。
その真ん中に立つ俺の足元には、俺が書いたのとは比べものにならないほど緻密な魔法陣。
壁には彫刻が施されたランプが静かに灯り、目の前には――こちらに剣を構えた、女の子がいた。
「え、どういう状況!?」
(ここどこ!?ていうかあの子誰!?こっちに剣向けてるよ!?あの剣たぶん本物だよ!?俺なんか一刀両断だってヤバイヤバイヤバイヤバイ)
「おい」
「はいっ!」
女の子に話しかけられ、パニックになりながらとりあえず両手をあげ返事をする。
「お前、何者だ?」
「え、俺ですか?」
「あぁ。何者かと聞いている」
「えーっと…………名前はカイトといいます」
とりあえず名前を答えつつ、俺は今の状況に結論を出す。
おそらくだが俺は『黄金郷』に来た。
というかそれしかあり得ない。
自分でやっておいてなんだが、まさか本当に異世界に来るとは思わなかった。
しかしどうする?
目の前の女の子は俺の言葉の続きを待っている。
だが、なんて答えればいい?
『何者?』という聞き方から、恐らく俺の身分なり何なりを聞きたいのだろうが、現状をなんて説明すればいいんだ?
異世界において俺の立場はどう扱われる?
じいちゃんが一度ここに訪れて帰って来れてるからといって、安全な場所とは限らない。
よし、取り敢えずは迷子の旅人という事にして情報を集めよう。
「実は…道に迷ってしまいまして…」
「こんな発掘済みの遺跡の中でか?」
「えぇ、少々興味があって。ただ方向音痴でして何処から入ったのか分からなくなってしまって」
適当に話を合わせつつ、女の子を観察する。
(身長は165センチ前後か?年上っぽいけど、見た感じせいぜい20歳くらい。
髪は黒髪ポニーテール。ただ顔立ちはどう見ても日本人じゃない。しかし言葉は通じてる、なぜだ?
しかも、言葉の聞こえ方にどこか違和感がある。まるで頭の中に直接話しかけられているような感じ。それなのに不思議とうるさくない奇妙な感覚。
そして格好。
胸当てや肘当ての様な防具と、背中に背負う大きな鞄、そして今まさに俺に向けられている長剣。
刀身が鏡の様になっている。どう見ても魔剣的なやつだ。
間違いない。彼女は「冒険者」だ)
「遺跡」と呼ばれる場所に単独でいる冒険者。
恐らく魔剣であろうその剣を、片手でブレずに構えている。
直感だが、この子は強い。
ならば、ある程度仲良くしておいて損はないだろう。
「いやほんと、人がいて助かりました〜………あっそうだ、お名前をお伺いしても?」
俺は安堵した表情をつくり、敢えて右手を差し出す。
女の子は少し考える素振りを見せたあと、剣を下ろして、差し出した手を握って言った。
「私はステルノ。……ついてこい。出口まで案内しよう」
――――
剣を下ろしたステルノに続いて遺跡を歩いて行く。
……が、視界の端をチラつく鼠のような生き物、足元を這う虫。正直、鳥肌が止まらない。
だが、出来るだけ「好奇心で一人で遺跡の奥まで来てしまう性格」と矛盾しないよう、その全ての感情を押し殺し、顔だけは安堵の表情から変えないようにして進む。
(さて、改めて現状を整理しよう。
俺は恐らく、じいちゃんの遺した紙に書かれていた『黄金郷』にやって来たのだろう。
『黄金郷への道標』とあった詠唱は、日本からここへ渡るための魔術だと思われる。
そして、あの紙には他にも、もう一つ別の魔術詠唱らしきものが書かれていた)
そう考えながら、俺はふと自身の右手を見る。
そこには、ここに来る際に身に着けてきた3つの指輪があった。
薬指に赤の指輪。
中指に黄色の指輪。
人差し指に緑の指輪。
そして今、なぜか緑の指輪が薄っすらと光を纏っている。
(そしてこの3つの指輪。
恐らくは魔導具的なアイテム。
あの紙に『詠唱の際は指輪を装着』と書いてあったから装着したが、効果はなんなんだ?
今見たら緑の指輪だけ光ってるし。
残りの詠唱の確認もしたいし、指輪の実験もしたいが……)
俺は次に、目の前を歩くステルノを見る。
歩きながら情報収集しようと思っていたが、ステルノは一切振り返る事なくどんどん進んでいく。
その為、この世界についての情報が全く集まらない。
(紙には詠唱だけがかいてあり、その効力は不明。
指輪についても実験の結果何が起こるか分からない。
この世界の常識もルールも分からない以上、彼女がいる前では何もしない方が無難だろう)
そこで突然、目の前を歩くステルノが沈黙を破る。
「ところで、カイトは何使いだ?」
(やっぱりきたか!)
彼女の剣を持つ手を見ながら考える。
(彼女は剣をまだ手に持っている。
当然荷物として常に持っている可能性もあるが、それならば腰に差せばいい。
つまりこの場所は、戦闘が発生する可能性が高いということだ。
そして当然、そんな場所にいる俺も戦闘能力がないと不自然。
何使い?という聞き方から連想するに、丸腰の俺を見て魔術師の様な存在だと思ったか?)
「俺ですか?」
(最初彼女は俺に剣を向けていた。
当然目の前に現れた不審者への対応としては正しいが、問題はその後だ)
世界の進む時間がゆっくりになる。
思考がどんどんスムーズになる。
(俺の名前、目的、この場所にいる理由。それらを話しても彼女は剣を下ろす素振りすら見せなかった。
俺が剣を下ろさせる為に握手を促して、そこでようやく剣を下ろしたが……)
彼女の剣を持つ手。
出会ってからずっと、すぐに振り抜ける構えになっている手を。
(この世界のルールや法律は不明だが、彼女は間違いなく俺を殺せる。
ここで変な返答をすれば、俺はあの剣で真っ二つだろう。
だが、今の俺にはその警戒を解く為の手段がない。
ならば)
「詳しくは言えませんが……これで」
と、右手の指輪をステルノに見せる。
(ステルノが持っているのは恐らく魔剣、即ち魔導具の類。それはつまり、この世界に「魔導具で戦う人間」が居るという確実な証明)
「まぁ、戦うは余り得意ではないですが、これのおかげでなんとか」
(これで満足してくれれば御の字、指輪の効果が分かれば一石二鳥だが……)
「そうか、どういう魔導具だ?」
(くそっ、駄目か。こうなったらもう、賭けに出るしかない)
「そうですね、説明するよりお見せした方が早いでしょう。」
そう言って俺は、万が一にでもステルノを巻き込まないように右手を構えながら、紙にあったもう一つの詠唱を唱える。
「“閉じる世界”」
その詠唱を言い終わった瞬間、赤の指輪が光を放ち、俺を覆うように直径2メートル程のドーム状の魔法陣が展開された。
安全そうな魔術に魔法陣の中で安堵しながら、得られた情報を元に考察を続ける。
(これは、バリアの様な魔術か?
魔術が発動している今も、赤の指輪が光り続けている。
なら、同じく今も光を纏っている緑の指輪は何なんだ?
また別の魔術を発動して続けているのか?
っていやいや、今問題なのはそれじゃない。
彼女だ)
「いかがです……か……?」
警戒が解けたか確認しようと彼女の方を見ると、そこには、
「え…………」
剣を取り落とし
驚愕の表情を浮かべながら
涙を流すステルノの姿があった。。