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メモワールの火炉  作者: 向井葵
第2章
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乗車記録


客をひとり降ろしたばかりの車内には、わずかな温もりと静寂が残っている。


車内の表示灯が「空車」に変わると、運転手はハンドルから両手を離し、小さく息を吐いた。


無言のまま、助手席のダッシュボードを開ける。


中から取り出したのは、一冊の重みある記録帳。


布張りの装丁に、年季と手入れの跡がにじんでいる。


黒い手袋越しにページを開き、降りた客の乗車記録を整った文字で書き加えていく。





【乗車記録】


2025年6月16日


乗客  :女性、10代

願望  :主張の主張

時間軸 :過去

運賃距離:31日

損益  :-31日


累積利益:-31日

燃料値 :21853/21915





数字に乱れはなく、筆跡にも癖がない。


その手つきは、まるで何かを送る儀式のように静かだった。


書き終えると、記録帳を再びダッシュボードにしまい込む。


誰を乗せるか、まだ決まっていない。


けれど、遠からず現れる。


決して奇跡ではない。


けれど偶然とも言えない“その瞬間”に。


――次にこのタクシーが現れるのは、

運命を書き換えたいと切望するあなたの前かもしれない――


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